神は、言った。
「異様な魔力を感じたと思ったら……いったい何の騒ぎですか!」
神が、揺れる。
大きく白いまん丸とした御神体をこれでもかと揺らしながら、堂々たる足取りでこちらへ歩いてくる。
「た、隊長さんだ……」
「あれが噂の……」
ザワついていた門前の空気が一気に変わる。
さっきまで殺気立っていた門番二人も、背筋をピンと伸ばして道を開ける。
「た、隊長、違うんです!」
「そうです! こいつがっ、疫病神が!」
「疫病神……?」
俺たちの直ぐ側までやってきた神が、そこで初めて俺の顔を見た。
「あ」
神――梅野美鈴こと神乳。
そのくりくりの丸い目が、ぱちりと見開く。
「望月さん……!」
「ああ……久しぶり、でいいのか?」
「はいっ、お久しぶりです!」
「お、おう」
ゆるふわな柔らかい雰囲気はそのまま。
ふわっとした肩までの茶色の髪。
童顔気味の優しい顔立ち。
ほんのり垂れた目元。
控えめに言って、
しかも以前と違うのは、その表情に迷いがないこと。まぁ、困り顔なのは変わらないけど。
そして何と言っても皆さんお待ちかね――胸だ。おっぱいだ。神乳だ。
この神乳、相変わらず規格外である。
防具の上からでも分かる圧倒的存在感。
いや、むしろ防具が仕事を放棄している。
というか防具……なのかこれ?
え、下着?
ドラ◯エに出てきそうなエッッッ!なやつじゃん!
クソデカな神乳が半分くらい外界へ進出してるんだが。
意味わかんない! 恥ずかしくないの?
でもありがとうございます!
「ああ……神よ……尊い……」
横で影山が両手を合わせて拝み始めた。
うるせぇ黙れ。俺もじっくり拝みたいのにお前ばっかずりぃぞ!
「実際に会うのはいつぶりですかね? 茜さんから
梅野さんはぱっと花が咲いたみたいに笑って言った。
……なんか、前よりテンション高いな。
前はもう少しおどおどというか、常に地雷原みたいな雰囲気だったはずだが。
こんな破廉恥な格好する子じゃなかったよね?
あとなんか姿勢が良い。
前はずっと猫背気味、御神体はお隠れになっていて世界の損失が計り知れなかった。
たが今は背筋を伸ばして本当に――本っ当に堂々としてらっしゃる。
「た、隊長!? やめてください! こいつと楽しくお喋りなんて!」
「そうです! こんな疫病神と仲良くしたら……!」
「え? 仲良くって、そもそも私たち知り合いというかお世話になった人というか……」
門番たちの言葉に、梅野さんは小さい柔らかそうな唇に指を添え小首を傾げる。
そして、
「私の人生を変えてくれた、大事な人ですよ。と〜っても♡」
目を細めて、妙に艶のある声でそう言った。
「「「「は?」」」」
門番二人が固まる。
俺も固まる。
影山は最初から固まってる。
待て。
その言い方なんだよ、やめろ。
語弊しかない。
茜に聞かれたらマズイんだから。
「い、いや、俺は別に――」
「私の初めてでした。あんなに激しく、優しく責め立ててくれた人……」
「うぉおい!? 何言ってんのっ!?」
頬に両手当てて、いやん、じゃねぇんだよ!
なんで爆弾ワードを重ねるんだ!
そんな事実は一ミリもないぞ!
「え……嘘でしょ……」
「あの隊長さんが……?」
周囲がまた違う意味でザワついた。
「まさか……前に隊長が言っていた気になる人って……」
「よりによってこの、疫病神……」
おい門番、よりによってってなんだよ。俺も知らねぇよ。
そして影山、お前はなんで俺を睨みながら泣いてるんだ。
「茜さんに飽き足らず、僕の、僕たちの乳神様にまで魔の手を……!」
「あなたは黙ってください盗撮魔」
「ひぐっ……!?」
梅野さんの一言で影山が即死。
前の半殺しの一件依頼、影山に対する当たりが強い。
ゴミを見るような目で見てるじゃん。
いやぁ懐かしいな。俺もその目で見られたことあるから知ってる。
しかしこの子。
強くなってる。
精神的にも、たぶん立場的にも。
「それで……何があったんですか?」
梅野さんがすっと表情を引き締める。
さっきまでの柔らかさが消え、スンッと隊長らしい顔になる。
門番二人が慌てて説明を始めた。
「い、いえ! こ、こいつが門前で威圧してきたんです!」
「しかもステータスも見せず、中に入れろと!」
「違ぇよ。そっちが先に喧嘩腰だったろ」
「うっ……」
図星らしい。
梅野さんは門番、俺、影山の順に見て、小さくため息をついた。
「……望月さん」
「はい」
「
「またってなんだよ。してねぇよ」
「本当に?」
「たぶん」
「たぶんなんですね……」
疑うなよ。普段の行いで判断するのやめろ。
まるで俺がいつも問題起こしてるみたいじゃん。
……起こしてないよ? 俺は悪くない。
梅野さんはこめかみに指を当てて少し考え、それから門番たちへ向き直る。
「この方は松下さんの客人です。通行証も本物。通してください」
「で、ですが隊長! こいつのせいで――」
だが門番の二人はここでも引かなかった。
「あの時、コイツのせいで仲間が死んだんです! コイツが連れてきた魔物のせいでっ!」
「そ、そうだ! また魔物を使って避難所《ここ》を襲うかもしれない! だから俺達は……!」
だから襲わねぇって言ってるだろ。
つーかあの時も別に俺が襲わせたわけじゃないし。
「その件はみんなで話し合って、もう終わったはずです」
梅野さんの声は静かだった。
「そもそも望月さんがいたから……竹原の乱もアプデ後の混乱も、あの程度の被害で済んだんです。あなた達も彼に助けてもらって、それは分かってるはずですよね?」
「そ、それは、コイツの力なんかじゃない! 俺たちを助けてくれたのは、ほとんど血霧姫《ちぎりひめ》のおかげで……」
ちぎ……なんて?
「(おい影山。ちぎなんたらってなんだ?)」
「(知らないんですか? 『血霧姫』、血液魔法を華麗に操る、茜さんの二つ名です。まず茜さんの血液魔法により血を霧状に纏って――)」
「(うん、そこまで聞いてない。黙れ)」
また暴走した影山は安定のスルーだ。
てか、なにその二つ名。
あいつ、いつの間にそんなかっけぇ名前つけられたの?
ズリぃぞ、俺なんて疫病神なんだが。
「その茜さんも、望月さんが仲間にした魔物である吸血鬼ですけど。望月さんがいたから茜さんもいるんです。つまり、全部望月さんのおかげです」
「それはっ……! 」
「はぁ……私、予定が詰まってるんです」
梅野さんがまだ引かない門番二人を見据えて――
「通してください」
一言。
――ピキッ。
「「ひぃっ」」
おぉ、俺の時と同じくらいの圧だ。
梅野さんから門番へ、魔力の圧が叩きつけられる。
「もう一度いいます。通してください」
にこっ。
笑顔だった。
なのに門番二人の顔色がサッと青くなる。
「「……はい! 申し訳ありません!!」」
え、怖っ。急に態度変えるじゃん。
俺、思わず一歩引いたわ。
「どうぞ、望月さん」
「……あ、ああ」
梅野さんはそのままのニッコリ笑顔で中へと促す。
「あと、そこの盗撮魔も。入るんだったら早くしてください」
「ありがとうございます! さすが乳神様! お優しい!」
「……きっも」
「酷い!?」
当然だ。だって気持ち悪いしお前。
重い鉄扉がギギギ……と開いていく。
その向こうには、人の声と熱気、そして生き延びようとする連中の気配が満ちていた。
要塞の内部だ。
梅野さんはくるりとこちらを振り返り、にっこり笑う。
「ご案内しますね。……積もる話もありますし」
そう言って一歩踏み出すたび、
世界に――神託が響いた。
「……影山」
「はい」
「すげぇな!」
「はい!」
「……あなたも相変わらずの変態ですね、望月さん」
「そんな褒めないでよ。オーク肉しかあげれんぞ」
「……褒めてないです」
梅野さんは呆れたように、少しだけ笑ってため息を吐いた。