ジリリリリリンッ!
ジリリリリリンッ!
「くそっ、出ろよ! 『戦士の心得』はどうした!? 仕事しろよスキル!」
スキルの説明に上司の命令は絶対って書いてあったはずだろ!
出ろよ! 俺、上司だぞ!
ガチャっ!
《……ゴブ?》
「なんか用? じゃねぇよ! おい、なんですぐ出ねぇんだ! てか、俺の指示以外のこと勝手にやるなよ! お前はアレか、流行りのモンスター新人か!? 言うこと聞けよ! 報連相しっかりしろ! 野菜じゃねぇ、ホウレンソウ! 報告、連絡、相談だ! 社会人なら常識だろ! これだから若ぇ奴は――」
《ゴブ》
「なっ……!?」
《ゴブブ!(キレ気味)》
「えっ!? あ……ご、ごめん」
《……チッ(呆れ)》
「は!? 今、舌打ちっ……」
ガチャ、ツーツーツー……。
えぇ……。
いや、うん。確かにお前は魔物で、チームの新人だよ……モンスター新人、言い得て妙だな。
でも、だからって「邪魔!」って、そんなキレなくてもいいじゃん。
舌打ちとかちょっと傷つくんですけど!
☆
「……ハァ」
ゴブ太郎はさっきから頭の中で鳴り響いていたベル音がやっと止み、ホッと一息つく。
♡ゆうと♡が自分を求めてくれるのは嬉しい。
だが、時と場合を考えてほしい。
今、目の前には
「っ!」
――ドゴンッ!
「ホッブッブ!」
鉄塊でも振り下ろしたかのような重い一撃。
地面が破裂するような衝撃音。
ホブゴブリンの『鉄腕』がコンクリを砕き、粉じんが舞った。
ゴブ太郎は無言のまま、紙一重で身をひねり、横に迫っていたゴブリンの顔を足場にして宙を舞う。
「「「ぎゃあっ!?」」」
ナイフがキラリと鈍く閃き、すれ違いざまに一体の喉元を裂いた。
噴き出す血飛沫が周囲のゴブリンの視界を潰し、その隙を突いてさらに二体の首が飛ぶ。
「ほぶっ!」
光の粒へと変わる手下の兄弟たちを見て、ホブは低く唸り声を漏らす。
膨れ上がった腕の筋肉をわずかに揺らし、獲物を狙う獣の目でゴブ太郎を追う。
仲間を失った群れが怒声を上げて殺到する。
だがその動きは、先ほどまでの雑兵のそれではない。
ホブが持っている『指揮』スキルの力か、短く指示を飛ばすたびゴブリンたちの動きが統制され、ゴブ太郎の逃げ道を徐々に狭めていく。
「「「ごぶごぶ!」」」
次々と襲い来る攻撃を紙一重で避け、ゴブ太郎は息を乱しながらも無表情のまま足運びを変え、再び間合いを切る。
「ゴッ! っブ!? 」
左肩に鈍い衝撃。
ナイフで切り裂いた腕の隙間を別のゴブリンの棍棒がかすめ、皮膚を割った。
着ているシャツの肩口に赤黒い染みができ、袖から赤い血が滴り落ちる。
「ゴブっ!」
自らが負った傷よりも、好きピに貰った大切なシャツが汚れたことに、ゴブ太郎の怒りが込み上げる。
その怒りを握ったナイフに込めて、ゴブ太郎は顔色ひとつ変えず縦横無尽に跳ね回り、少しずつ周囲を削る。
仕留める順を見極め、狙い澄ました一撃だけを確実に通す。
再び距離を取る。
荒くなった息を整えながら、女王の、母の仇である兄を睨む。
「ほぶご!!」
ホブが短く吠える。
群れが動き、ホブゴブリンの『鉄腕』が再びゴブ太郎を襲う。
打ち下ろされた拳がアスファルトを砕き、火花が散った。
ゴブ太郎は刃を閃かせ、再び一体を光の粒に変えながら、地を蹴って後退。
無言の殺戮が続く。
☆
ピロン!
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《レベルアップ! レベル10→11》
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「おお……俺、レベル上がった?」
物陰からスマホを覗いた俺は、画面に表示された『レベル11』の文字に思わず声を漏らした。
まだ戦闘が始まって少ししか経っていないはずなのに、ゴブ太郎がゴブリンを倒していくたびに経験値が一気に入ってくる。
あいつ、一体どれだけ倒してんだ?
普通のゴブリン相手じゃこんな速度でレベル上がらないはずだが……。
駐車場に視線を戻す。
ゴブ太郎がホブの拳をギリギリでかわし、血をにじませながらも群れを削り続けている。
ゴブ太郎のやつ、なんであんなに必死なん?
急にやる気になったーとか言ってたけど、なんか兄弟の確執とかあるのかね?
殺し合うほどの確執ってなんだよ。
うん、どうでもいいな。
こういうのは下手に首突っ込むと、ろくなことにならないのは目に見えてるし。
「それにしても、うっわ、ヤバ。どっちもすげぇなぁ。つーか……あいつ、なんで一人でやってんだよ」
独断専行とか普通の会社だったらめっちゃ怒られるんだぞ!
即効で始末書だ!
援護に出るべきか?
でも下手に手を出したら、かえって邪魔になりそうだ。
ナイフの軌道があまりに速く、素人が割り込めば巻き込まれるだけだ。
というか、アレに突っ込む勇気なんて俺にはない!
ゲームだったら、ポケ〇ン的には人間は見てるだけが正しい姿だ。
けど、現実でやると手持ち無沙汰感がすごい。
スマホを握りしめ、どうするか悩む。
このあとの展開を考えてみよう。
1、ゴブ太郎が勝つ。
敵を倒して追跡の憂いもなくなる。俺もレベルアップできる。ただ、今後も命令無視や独断専行が続くなら対応を考えねば。
2、ゴブ太郎が負ける。
敵の目的がゴブ太郎だけならいいが、俺も狙われたら最悪だ。ホブもレベルアップして強くなる可能性もある。とはいえ、ゴブ太郎との戦いで消耗してるなら、軽トラ突っ込ませりゃ俺でもリスク無しで倒せるかもしれん。
3、逃げる。
命令無視する仲間なんて放って俺だけ逃げる。言うこと聞かない信頼できない奴は、今後も邪魔になるだけだ。何よりゴブ太郎は危ない。今後さらに強化された場合、俺に御せる保証もない。この場合、どちらか、それとも両方から追われるかもしれない。
4、めんどいから軽トラ突っ込ませる。
これが一番楽。ゴブ太郎諸共、軽トラ爆弾で吹っ飛ばす。全ての憂いがなくなる。ハッピー。仲間の魔物を殺した場合の経験値、ペナルティを検証できる。もしペナルティ無しで経験値も入るなら、今後の稼ぎ方も変わる。
ただ、どちらか、もしくは両方ともまだ戦える状態で生き残った場合、俺が死ぬ……いや、殺される可能性が高い。
「今思いつくのはこのくらいだけど……うーん」
つくづく、強制的に魔物を従わせるスキルが欲しいと思う。
信頼度もそのまま、なんでも忠実に従ってくれる、ただの戦うための道具みたいな――そんな都合のいいやつ。
「はぁ……結局、人も魔物もコミュニケーションが大事ってことかね」
……これじゃ、『魔物使い』を、選んだ意味がない。
俺が『魔物使い』を選んだのには理由がある。
ハマってるゲームの影響もあるけど、本当のところは……人付き合いが苦手だからだ。
「……ふぅ」
俺は子供の頃からボッチだった。
友達はいたにはいたが、表面上の付き合いだけ。
心から友達と言える奴はいなかった。
中学の時にいじめにあい、クラス全員から無視されて、逆に「ありがたい」と思ったくらいだ。
人と話さなくて済む。
気を遣わなくて済む。
それでけで、心がとても軽くなった。
それから、人間関係なんてものはできる限り最低限でいいって、そう決めた。
それでも大人になれば、社会に揉まれる。
俺も一度は会社でそれなりの役職をやらされて――若いからって部下や上司や他部署に振り回されて、心底うんざりした。
責任ばかり押し付けられる地獄。
今思えば、あれはただのブラックだった。
だから辞めた。
今は工場でライン工だ。
責任ゼロ、人付き合いも最低限。
ただ流れてくる部品を道具を使って加工するだけの簡単な仕事。
俺にはそれでいい。
それが合っていた。
だからこそ、『魔物使い』を選んだ。
自分一人で、魔物という「道具」を使って戦える、そんなジョブだと思って。
人と関わらずに済むなら、それが一番だと信じて。
でも、実際はどうだ?
何のことはない、人間相手と同じだった。
魔物にも意思があって、それぞれの人生がある。
ゴブリン相手に報連相だの指示を聞けだの、結局やってること変わんねぇじゃん。
顔を上げて、駐車場を見やる。
そこには、傷だらけになって血を流しながら戦うゴブ太郎の姿。
……なんであんなに頑張ってんだろうな、アイツ。
「あぁ……くそっ、なんか俺が悪者みてぇじゃねぇか」
このまま何もしないでいるのも、なんかモヤモヤすんだよな。
「それに……やっぱり『魔物使い』ってんなら、一緒に戦ってなんぼってか?」
軽く唇を噛み、スマホをポケットに押し込む。
「よし……とりあえず軽トラ持ってこよ」
せめてもの保険だ。
ゴブ太郎がピンチになったら、火炎瓶とかで牽制くらいはできるだろ。
俺は物陰からそっと離れ、駐車場裏に停めてある軽トラへ走った。