魔物使い、はじめました。   作:YTとりあえずぶん投げてみる

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幕間 終末、ゴブゴブっとはじめました。

 焦げたアスファルトの上で、甲高い悲鳴が響いた。

 

「た、助けてぇぇっ!」

 

 血に濡れたスーツ姿の人間が倒れ込む。

 その上に覆いかぶさるように、二足歩行する犬の魔物――コボルトが牙を剥いた。

 

 だが、その牙が届くより早く、閃光が走る。

 

「せぇいっ!」

 

 ――ズンっ!

 

 突如現れた緑の影――ゴブリン。

 手には包丁を持ち、アニメの絵がプリントされた男物のTシャツを着ている。

 息を荒げたその顔には、満面の笑み。

 

 手にした包丁が振るわれ、乾いた衝撃音とともにコボルトの首が弾け飛ぶ。

 灰色の毛並みが風に散り、なお動く胴体にもう一撃、容赦なく刃を突き立てた。

 

「ふぅ……やっぱ、弱くなってんじゃん、あーし」

 

 高い声でぼやきながら肩を回す。

 力が抜けたような身体。

 ステータスが一段階下がったときは「まぁ誤差っしょ」と思っていたが、実際に戦ってみると、誤差どころじゃなかった。

 

 包丁の振りが重い。

 呼吸が乱れる。

 感覚が鈍い。

 

「やれやれ、やはりアレと離れた影響が出ておるな……」

 

 低く響く声。

 もう一匹のゴブリンがコボルトの死体を見下ろしてため息をついた。

 身体の所々に包帯が巻かれているが、その背筋は真っ直ぐ伸びている。

 血飛沫を浴びても崩れないその姿勢が、どこか王族の風格を漂わせていた。

 

「なんじゃ、そこの人間族はもう息絶えたようだの」

 

 コボルトの隣で倒れている人間の男を一瞥し、無関心に言い放つ。

 

「うっそ……うわ、ほんとだ。また間に合わなかったかぁ……」

「お主も分からんの。人間族を助けてどうするんじゃ。だが、ふむ……あの者のように、戦える者ばかりではないのじゃな」

「そだね〜。ここに来るまで、そういう人間には会ってないしね」

 

 ――二日前。

 目を覚ましたとき、そこは森ではなく、石と金属とガラスでできた街だった。

 

 突然の転移。

 

 世界が変わった。

 理由は分からない。

 だが、目に映る景色が明らかにいつもと違っていた。

 

 群れが混乱してる隙に逃げ出せたのは幸運だったが、見慣れた森も空も、もうどこにもない。

 

「お姉ちゃん、この世界、ほんとに♡ゆうと♡の言った()()()ってやつかな? あーしたちから見て、だけど」

「ふむ……少なくとも妾の知る大地ではない。建物は奇妙な形をしておるし、空気が薄い、というより濁っておる」

 

 そして、魔物使いだと名乗る人間族――望月友人と契約した瞬間に、なぜか()()()()()()だと、知識として頭に流れ込んできた。

 

「てーか、魔物多すぎ! 昨日だって十体は倒したし」

「お主が弱体化しておるから、余計に苦戦しておるだけじゃろう。あの時、瞬く間に同胞を何十体も斬ったくせに、よく言うわ」

 

 お姉ちゃんと呼ばれたゴブリン――姉ゴブが呆れて軽くため息をつく。

 だが、その目には心配の色があった。

 妹は、以前よりも痩せ細り、傷だらけだ。

 それでも笑う。

 まっすぐで、まぶしいほどに。

 

「ま、しゃーないっしょ! あーし、♡ゆうと♡が強くなるためなら全然オッケーだし!」

「……お主という奴は、どこまで前向きなのだ。アレのどこがそんなにいいのか……」

 

「えー! お姉ちゃん、それ聞いちゃう!? えっとねー、まずあの慎重なとこでしょー、あとはー、ん〜……」

 

 姉ゴブは呆れたように目を細めたが、その表情にはどこか優しさが滲んでいる。

 

「うむ、もう良い。それで、どうなのだ? やっていけそうかの、ゴブ太郎? コボルト程度なら問題はなさそうじゃが」

「うーん、どうだろ……」

 

 コボルトを倒した緑の影――ゴブ太郎は包丁を拭いながら、青空を仰ぐ。

 

 

 大好きな彼ピ――♡ゆうと♡のことを思い出す。

 あの、気だるげで、でも時々真剣な目をする人間。

 適当で、面倒くさがりで、けど、ひとりぼっちだった自分のことを「仲間」と呼んでくれた人。

 

 ピンチに颯爽と現れて助けてくれた白馬の王子様。

 しかも2回も命を救ってくれた恩人だ。

 

 一緒にいた時間は短かったが、互いを信頼し合って戦った。

 将来を誓い合った、未来の旦那様。

 

「たぶん、あの時も本気で言ってたわけじゃないって分かってる。あーしが弱くて、頼りなくて、だから突き放したんだよね。優しさってやつ?」

 

 ゴブ太郎は少し笑った。

 口元に浮かぶ笑みは、どこか寂しく、でも明るい。

 

「だからさ、♡ゆうと♡の言う通り、群れに戻って女王になってやるの。でっかい群れ作って、めっちゃ強くなって……あーしが認めた魔物をどんどん仲間にしてく! で、いつか♡ゆうと♡に会いに行くんだ。今度は頼られる側として!」

 

 ギラリと瞳が光る。

 その目には、終末を見据える強さが宿っていた。

 太陽に向かって笑うゴブ太郎。

 その声には迷いがない。

 

「……やれやれ。妾の可愛い妹は、前しか見ぬのう」

「そりゃそうでしょ! あーし、前向きなのだけが取り柄なんだから!」

 

「ふふ……ポジティブなところだけは母上譲りじゃの」

「何よそれー。お姉ちゃんも一緒にやるんだよ! お姉ちゃんこそ、ママみたいに頭良いんだから。作戦立てるのは任せたよ!」

「……やれやれ、やっと休めると思うたのにの。姉使いの荒い妹じゃ」

 

 姉ゴブは小さく笑った。

 妹の背中が、少しだけ母に似て見えた。

 強くて、儚い女王の姿に。

 たが、その母はもういない。

 殺されてしまったのだ。

 

 姉ゴブは笑顔を浮かべて、遠い目をする。

 枯れかけた森の向こうに、かつての棲み処――ゴブリンの王国の影が浮かんで見えるようだった。

 

「ゴブ太郎、群れに戻るのはいいが、気をつけねばならぬ」

「え、なんで?」

 

「我らの兄を扇動し、母上を裏切った者たちがまだ残っておる。元は母上の側近だった将軍たち、その部下。おそらく他にも……。考えてみよ、あの筋肉馬鹿の兄上が、一人で簒奪などできようはずもあるまい」

 

「……確かに。兄ちゃん、筋トレしかしてなかったもんね。筋トレだけでホブに進化するとか意味分かんないし」

「うむ。妾たちが生きておると知れれば、必ず捕らえに来る。だから、強くならねばならぬのだ」

 

 姉ゴブの言葉に、ゴブ太郎は頷く。

 だがその瞳には、恐れよりも挑戦の光を帯びていた。

 

「上等じゃん! 全部まとめて倒してやるし! 今のあーしたちなら、余裕っしょ!」

「……おぬし、ほんに物騒な子に育ったのう。昔はもっと……いや、あの人間族の影響かの」

 

 姉ゴブは額に手を当てて苦笑した。

 だが、確かに倒さねばならない。

 彼女たちは追われる身であり、復讐の火を抱えた生き残りでもあった。

 

 ふと、ゴブ太郎が空を見上げる。

 異様な紫色の雲が流れていく。

 街の遠くで、何か巨大なものが吠えた。

 

「ねぇ、お姉ちゃん。この世界って、なんか変じゃない? 魔物の気配、多すぎる気がする」

「妾もそう感じておる。まるで……世界が壊れておるようじゃ。魔力の流れが濁っておる」

 

「やっぱそうなんだ……。ねぇ、これって、あーしらが転移したから?」

「分からぬ。ただ、妾の中に、妙な知識が流れ込んできておる。あの人間族――ゆうとと契約して以来、『ステータス』や『スキル』という人間族の概念が理解できるようになった。離れてなお、それは変わらぬ」

「あーしも! あの数字とか意味わかんないけど、なんか分かるの! それに、♡ゆうと♡と一緒になる前と比べると、あーしメッチャ強くなってるし!」

「そうさの。強いかとうかはともかく。昔と比べて複雑な思考ができるようになった。おそらく、あの人間の記憶が妾らにも少し混じったのじゃろう」

 

 姉ゴブは眉をひそめる。

 思い出すのは、あの男の目――どこか遠くを見つめるような、すべてを諦めたような冷たく昏い目。

 

「……妾は、あの『もちづきゆうと』という男に、奇妙な既視感を覚える」

「えー? 見たことあるってこと?」

「うむ。妾がまだ幼き頃、母上と共に魔王様に謁見したことがある。もっとも、妾たち一族は末端の末端。遠くから見ただけじゃが……その時の雰囲気と、よく似ておった」

 

 当時の魔王――黒髪の青年。

 一見ただの人間族にしか見えない男だが、あれはすべての理の頂に立つ存在。

 それと同じような雰囲気を、あのゆうとという人間族は漂わせている。

 

「へぇ~! ゆうとが魔王様みたい? ありえないっしょ! そういうの一番嫌いそうだし。 でも、魔王様かぁ……♡ゆうと♡が魔王になったらなんか、超カッコよくない!?」

「……妾はそんなことは言っておらぬ。似ておるのは雰囲気だけじゃ」

「でも、あーし、ちょっと分かるかも。ゆうとって、気づいたらみんな引っ張ってる感じするし」

「あれにそんな器があるかのう。ただの凡人、一般庶民じゃろ、アレ。というか、お主……昔より頭が悪くなったか?」

 

 姉ゴブは笑った。

 馬鹿な妹だと思う。

 

 だが――

 その直感は、案外馬鹿にできぬかもしれない。

 

「そうなったら、あーしが♡魔王ゆうと♡の右腕としてドーンと頑張っちゃうよ!」

「ふふ、まるで、かの英雄みたいじゃな」

「英雄? そういえばお姉ちゃん、あーしの新しい名前聞いて、なんかビミョーな顔してたよね?」

「……気づいておったか。いやさ、お主のその『ゴブ太郎』という名、その昔、当時の魔王様に仕えたゴブリン族の英雄『ゴブ・ターロン』に似ていると思うての」

「へぇ! そんなのがいたんだ! いいね、それ! じゃあ、あーしは英雄の再来ってことで!」

 

 その言葉に、姉ゴブは小さく笑い、頷いた。

 血と煙の中で、ほんの少し、温かい風が吹いたような気がした。

 

「妾の妹は、ほんに単純で、愛おしい奴じゃ」

「でしょ! ♡ゆうと♡もメロメロにしちゃうんだから!」

 

 姉ゴブは笑いながら立ち上がり、荷物を背負った。

 西の空が赤く染まり、風に灰が舞う。

 

「ところで、ゴブ太郎。ずっと聞きたかったんだがの」

「んー? なーに、お姉ちゃん?」

「うむ、その……『あーし』といい、奇妙な喋り方といい、いったいなんなのじゃ?」

「あー、それね。♡ゆうと♡の部屋で見たんだよ。休憩中に。人間族の本。なんか、人間の♀がいっぱい出てくるやつ」

「……は? な、なにを読んでおるのじゃお前は!?」

「だってヒロインたちがみんなこう喋ってたの! 『あーしねぇ~』とか言って人間の♂と交尾してて! で、それが『ギャル』っていうんだって!」

「ぎゃ、ぎゃる……? なんじゃそれは。新種の魔物か?」

「違う違う! 多分、人間族の可愛い女の子のこと! ♡ゆうと♡、ギャル好きそうだったし、真似したの! 可愛いっしょ!」

 

 そう言ってダブルピースを決めるゴブ太郎。

 人間族の趣味嗜好はよく分からないが、姉の目から見ても、今の妹は控えめに言っても、とても可愛い。

 

「……ふむ、なるほどの。だからこの妾が誘っても靡かんだか。恥を忍んでやったというのに」

「違う違う! ♡ゆうと♡はあーしにゾッコンなの! 本では違うけど、人間族って一人の相手しか愛さないんだから!」

「ふふ、たしかに、ゆうとのお主を見る目は、飢えた♂の目をしてたからの〜」

 

 笑い合う二人。

 焦げた風が吹き抜ける街を、ゴブリンの姉妹が歩き出す。

 

「妾の妹は、やっぱり最強にアホで、最強に前向きじゃ」

「へへっ、褒め言葉として受け取っとく!」

 

「またこうして生きて出会えて、良かった」

「……うん、お姉ちゃん」

 

 人間の死体を背に、二人は進む。

 その背中は、どこまでもまっすぐで、どこか人間らしかった。

 

 ゆうとのいない世界で、それでも笑いながら。

 焦げた街の中で、ゴブ太郎が高らかに叫ぶ。

 

「さーて! あーしたちの天下取り、始めっか!」

 

 その声は明るく、遠くまで届いた。

 終末に沈む世界に、小さな希望の灯りが揺らめいていた。

 

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