駅前はまさに阿鼻叫喚の地獄絵図だった。
鬼みたいな見た目のオーガが暴れに暴れている。
手に持った金棒を振れば、ブォン!と豪快な音が鳴り、その度に人がボールのようにぶっ飛んでいる。
「おぉ……! 人が空を飛んでる……! いや、スマブラかよ」
ちょっと、いや、だいぶ今の俺じゃ刃が立たなそう。
オークよりも身体がデカく、動きも速い。
あの金棒を受けるのはもちろん、潜り抜けて攻撃するとか怖すぎて無理寄りの無理ィッ!
「それはそれとして、初見の魔物だから鑑定鑑定っと……よっ!」
情報収集のため、スマホを取り出し『魔物鑑定』を発動。
この作業ももはや慣れたもので、秒で完了だ。
カシャ!
ピロン!
「えーと、どれどれ……」
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《鑑定成功》
・オーガ(♂)
能力 : こうげき ☆
まもり ☆
すばやさ ☆
状態 : 健康
弱点 : 頭
好み : 肉
性格 : 残忍
スキル :『咆哮』
《備考》
ムキムキマッチョの強靭な肉体、一振りで全てを吹き飛ばす金棒、スキル『咆哮』による遠距離攻撃、と攻防ともに隙がない。コイツを倒すには何よりも強いパゥワーが必要。
見た目はまんま鬼。トラ柄のパンツは良いパンツ。強いぞー怖いぞー
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「なるほど。相変わらず備考欄がふざけてんな、おい」
でも、一方的に情報をゲットできるのはやっぱりデカい。
鑑定結果を見れば、あいつはオーガで合ってるみたいだ。
能力の☆はやはり種族ごとに基準が違うってのが分かる。
オーガの☆1がその辺のゴブリンの☆1と同じな訳が無い。
つまり、コイツは「オーガの中でも最弱!」って感じかな。
今のとこ、普通の人間からしたら最強クラスなわけだが。
うん、比較になんねぇ。
自分と比べてどのくらいの強さか分かんねぇじゃん。
地味に使えねぇな鑑定!
他に目ぼしいのは……スキルくらいか。
この『咆哮』って、確かホブゴブリンも持ってたやつだ。
バカでかい声と同時に周りに衝撃波を放つスキル。
「遠近どっちもイケるとか地味にめんどいな。アレが一匹だけとは限らないし。よし、やっぱりスルーで!」
俺もレベルアップで強くなったとはいえ、勝てるかわからん相手に単身突っ込むのはリスキーすぎる。
コボルトやオークは初見で「戦っても勝てる」って確信があったからやったけど、筋肉モリモリ鬼は無理だ。
あの筋肉にヒョロガリの俺が勝てるビジョンが浮かばん。
ホブとは違って明確な弱点もなさそうだし。
「と、なればさっさと退散するのが吉だな。ん? うわ、人が……! ちょ、待て待て!」
オーガの脅威から逃げようとする人々が駅前からどんどん押し寄せてくる。
人の波がグワッと押し寄せ、このままじゃ飲み込まれるぞ!
急いで路地裏へとダッシュ、巻き込まれないように急いで離れる。
ビルの狭間で身を潜め、息を整える。
「ここまでくれば大丈……夫……ん?」
ふと、視界の端に――信じられない光景が映った。
俺が隠れている少し先で、オーガに立ち向かっている人間が複数いる。
「おぉ……警察官、すげぇな。アレに向かってくのか」
街のあちこちにいた警察官が集まり隊列を組んで、拳銃を構えて一斉に発砲している。
「うおぉ、映画みたい! 拳銃の音って意外と軽いんだなぁ! でも、連続で聴くとうるせぇ!」
オーガは警察による鉛玉の嵐にその場から動けないみたいだ。
そして、その隙を縫ってオーガに近づく人影。
「……は? マジか、なにあれ? 学生……高校生か? 子供じゃん」
制服姿の、どう見ても高校生くらいの3人組が、オーガへ一気に間合いを詰めた。
だが、ただの学生じゃない。
一人は刀を構えると、刃に炎を纏わせる。
「うわ、火? 刀が燃えてる!? マジかよかっけぇ! けど、刀なんてどっから持ってきたんだよ! 銃刀法違反大丈夫か!?」
近くにいる警察官は何も言わないし、いいのあれ?
接近に気づいたオーガがものすごい速さで金棒を振り下ろす。
ドゴンっ!
轟音、火花、衝撃。
結構離れてる俺のとこまで、音と衝撃が届く。
だが、少年剣士は地面を蹴ってギリギリで回避し、その腕に炎をまとった一閃を見舞った。
金棒を持つ手が焼け焦げ、筋肉から煙が上がる。
「マジで効いてる! おお、強ぇ……!」
その後方、杖を握った女子が何か詠唱のように口を動かし、杖の先から光弾を放つ。
白い閃光がオーガの顔を撃ち抜き、巨体がよろめいた。
ドドドッと光弾は連射され、まるでマシンガンのように眩しい残光を撒き散らす。
「魔法! 魔法だ! 魔法少女キタコレ!」
さらにもう一人、フードを被った身軽な男子がオーガの背後にスッと回り込む。
ナイフが閃き、腱を狙って切りつける。
その動きはまさに『盗賊』――というより、斥候職だ。
「うおおお、コンビネーション完璧! すげぇな、ゲームみたい! ドラクエじゃん……!」
3人の連携、さらに警官たちによる援護射撃でオーガは傷だらけでのボロボロ。
膝をついて片腕で頭を守るようにして蹲ってる姿は、少し可哀想に思えてくる。
「おー、すげぇすげぇ。このまま倒しちゃうんじゃないか? ……ん?」
とどめを刺すつもりか、少年剣士が炎を纏う刀を振りかぶって飛び上がる。
あの三人、間違いなく俺と同じ、いわゆるステータス覚醒者だ。
明らかに人間の動きじゃないし。
いくらかレベルアップして強化されてる。
一瞬、勝てるかもって思った。
だが――頭を庇う腕の下で、オーガがニヤッと嗤った。
オーガの喉が大きく膨らむ。
空気が震え、血の匂いが濃くなった気がした。
「……あ、忘れてた。スキル構えた。やべ」
『グォォォォォォッッ!!』
次の瞬間、地鳴りのような咆哮が響いた。
耳をつんざく轟音と共に衝撃波が疾走り、三人と警察官たちが吹き飛ばされる。
炎の刀が弾かれ、杖が転がる。
盗賊っぽい奴は瓦礫に叩きつけられ、動かない。
「……あー、ダメかぁ。アレ、誘われてたんかね。あの見た目で意外と頭良かったり?」
人間は誰も立ち上がろうとする気配もない。
オーガは勝ち誇ったようになおも唸り声を上げ、金棒を振り上げる。
「お? やっぱりか。もう一匹出てきたわ。はい、詰んだー」
目の前で、二匹目のオーガが駅構内から姿を現した。
2匹揃って『咆哮』を上げて、それに共鳴するように人々の悲鳴が重なる。
地面が揺れる。
ガラスが砕ける。
駅前はさながら地獄のよう。
俺はただ、その光景を見ていた。
「うん。ここはもう駄目だな。撤退、撤退っと」
見捨てた?
まぁ、そうだな。
でも、俺が行ったところで何ができる。
助けようとして死ぬのは、ヒーローの仕事だ。
俺はただのモブだ。
生き残ることが、俺の“正義”だ。
あんなのがいるんじゃ、駅前はもうこれないな。
また爆弾でも作りゃ倒せるかもしれないけど、それはそれでリスクがあるし。
わざわざ戦う理由ないし、危ないとこには近づかんのが正解だ。
まぁ、やるにしてももう少しレベルを上げてからだ。
格上の相手にソロで挑むのは精神的にもキツいし、盾《肉壁》になってくれる仲間も必要だ。
危ないことは部下にやらせて、俺は安全圏でのほほんとしてたい。
「身の程を弁えない奴から叩かれて消えてくんだよな。それは終末も仕事も変わらないってね」
呟き、俺はママチャリのペダルを踏み込んだ。
駅前の地獄を背に、風を切って走り出す。
行き先は、隣の市――ネットでまだマシだと噂の方角へ。
「と言ってもなぁ……仲間にしたいと思えるやつがいない! どこかに良い魔物《道具》、落ちてないかな……臭くなくて綺麗なやつが……」