避難所の奥にある簡易会議室。
机を囲むのは、松下さんに桐生、そして竹原と梅野さんだ。
その中に、なぜか俺。
うん、空気が悪い。
自業自得な気がするが、梅野さんの隣に座るのキツいってぇぇ……。
「集まってもらったのは、今後の対応についてです」
松下さんが淡々と口を開く。
その横で、竹原が露骨に不満そうに腕を組んでいた。
「……松下さん。なんでこいつらまで呼ぶ必要があるんですか。民間人ですよね?」
「竹原、静かに」
桐生が低い声でたしなめるが、竹原は引かない。
「いえ、先輩。俺、言ってること間違ってます? そこに座ってる怪しいやつ、尋問しなくていいんですか?」
「……」
……怪しいやつって俺か?
怪しくないよ、ただちょっと……セクハラかまして自己嫌悪に陥ってるだけ。
出来れば放っといて欲しい……。
「それに――」
さらに、竹原は視線を梅野さんに向ける。
「おい、美鈴。なんでお前がここにいるんだよ」
その声は、明らかに上から見下ろすようなものだった。
威圧感に、梅野さんの肩がビクっと震える。
「あの、その……私も、呼ばれただけで……。ごめんなさい、慎ちゃん……」
「はぁ……お前は何やらせてもダメなんだから、そこで黙って座ってろよ?」
「……え、あの、」
「ちっ、美鈴っ! いいな?」
「その……はい。ごめん、なさい……」
あー……。
なるほどね。
この子の自分を責める癖、たぶんこいつが作ったんだな。
幼馴染って言ってたし、小さい頃からこの調子だったんだろう。
クソだな、こいつ。
「おい、なんだそれ?」
「……はぁ?」
「彼女が謝る必要なんてねぇだろ」
やべ、思わず口に出てた。
でも、しょうがない。
俺はこういう上から物言う偉そうな奴が、マジで嫌いなんだ。
……昔の上司を思い出して。
あ、腹立ってきた。
竹原がこちらを睨む。
「は? 何だよ、お前」
「別に。お前の態度にイラッとしただけだよ。いい歳してその物言いはねぇだろ」
「……はぁ? お前、誰に口きいてんの? 一般庶民が警察に楯突くとか、頭沸いてんのか?」
竹原は口の端を吊り上げニヤニヤと笑う。
前のめりになってこちらを眺める様子は警察というより、もはや輩だ。
「なんだお前。女の前でカッコつけて気に入られようって? どうせ、ソイツの無駄にデカくて気持ち悪い胸に鼻の下伸ばしてんだろ、キモいぞおっさん」
「……」
……はい、その通りでございます!
やべぇ、何も言い返せねぇ。
こんな事ならあそこで梅野さんと話さなきゃ良かった!
いや、でもそれだとあの素晴らしいモノを拝めなかった……くそっ! 俺はどうしたらっ……!
「おい、竹原!」
桐生の声が会議室に鋭く飛ぶ。
「相手は協力者だ。態度を改めろ」
「ちっ……」
竹原は舌打ちしてドカッと椅子に座る。
その音で、美鈴はまた小さく縮こまった。
ほんと、この構図見てるだけで胃が痛ぇ。
「では、話を続けます」
松下さんが軽く咳払いをして話を戻した。
いや、アンタもなんか言えよ。
アンタがトップだろうが!
この落ち着き、長年現場を回してきた癖なんだろうけど、冷静すぎて腹立つな。
「昨夜、そして今日。避難希望者の一部がここを追い出された件はご存じでしょう」
俺と梅野さんが頷く。
「その追い出された者たちが、現在この避難所への襲撃を計画している可能性が高いです」
「また物資泥棒か……」
桐生が低く呟く。
「す、すみません。そんなの、どうやって分かったんですか?」
梅野さんが小さく手を挙げて尋ねる。
「部下の一人に、遠距離で会話を拾えるスキル持ちがいます。その信頼性は高い。尾行、監視をしていたところ、十数人規模。恐らく今夜にも動くとのことです」
「マジかよ……」
「ええ、なんとも嘆かわしいことです」
俺が思わず呟くと、松下が頷いた。
でも、俺は内心で別のところに驚いていた。
スキルで会話を盗み聞きできるとか……怖すぎだろ。
あれ? もしかして、俺と梅野さんのセクハラ会話も聞かれてたんじゃ……?
うわ、最悪じゃん。
社会的死、再び。
「それで――あなたたちを呼んだ理由ですが」
松下さんの目が、俺に真っすぐ向いた。
眼差しがいやに硬い。
なにか迷ってるような……。
「本来なら、一般の方にお願いすることではありません。ですが、人手が圧倒的に足りない。避難所の守りを固めるにも、私たち警察官だけでは手が回らないのです」
「……と、言うと?」
「ええ。あらかた魔物の掃討は終わりましたが、まだ周辺には出現の兆候がある。彼らが襲ってきた場合、魔物との連携もあり得る。だからこそ人一倍、
「つまり、手伝えってことですよね? いやいや、俺も力って言っても一般人なんですけど」
「分かっています。だからこそ、
「……」
……そういう言い方、ズルくない?
ここで断ったら、完璧に俺が悪者になるパターンじゃん。
それで何かあったら絶対あとでモヤモヤするだろうし。
松下の口元がわずかに緩んだ。
「性格を見れば分かります。あなたは、見捨てることができない人だ。だからこそ、こうして頼んでいます」
……え? いや。普通にできるけど?
平気で見捨てるよ?
なんなら、今日も何人か見捨てたよ?
松下さんの謎の俺への過大評価。
一方で、竹原は机をドンと叩いた。
「ちょっと待ってください、松下さん! こんな素人に頼るとか危険すぎますよ! こいつらどうせ、ビビって足引っ張るのがオチです!」
「……竹原、誰に向かって口を利いてる」
桐生の鋭い声に一瞬怯むも、竹原は立ち上がり俺を指差し睨みつける。
おい、人に指さすなって習わなかったのか?
本当、態度悪いなこいつ。
「っ! で、でも、事実、こいつのステータス見れなかったじゃないですか! こいつも奴らの仲間かもしれない! スパイですよ、こいつ!」
「竹原! いい加減にしろ!」
「でもっ……!」
桐生も立ち上がる。
つか、この人背が高いなぁ。
180以上あるんじゃないか?
おまけに顔も厳ついし、こんなんに詰められたら俺だったらチビりそう……。
「……竹原くん」
松下さんの落ち着いた声。
「人手はすべて戦力です。……扱いを誤らないように」
「は、はい……」
そのやり取りを見ながら、俺は軽く頭を掻いた。
いや、アンタの部下なんだけど。
もっと教育しっかりしろよ。
なに、冷静沈着なできる上司ぶってんの?
「さて、望月さん。どうでしょう? 我々に協力していただけませんか?」
「えっと……」
手伝うのは……正直、ダルい。
人間相手とか面倒臭いしかないじゃん。
ここの避難所がどうなろうと知ったこっちゃない、てのが本音だ。
「……少し、考えさせてもらっていいですか?」
そう言った瞬間、また竹原が吠える。
「はぁ!? お前、松下さんが頼んでんだぞ! なんだその態度は!」
「はぁ……うるせぇな。お前、さっきから声デケェんだよ。黙れ」
「なっ!? お前、今何つった!?」
こいつ、マジでウザいな。
まだ断ったわけじゃないんだから、ゴチャゴチャ言わずに黙ってろよ。鬱陶しい。
俺は立ち上がって竹原を見下ろす。
あ、意外と背が低いな、こいつ。
「……アンタ、竹原って言ったか?」
「な、なんだよ」
「さっきから偉そうに吠えてるけど、見てて痛ぇんだよ。社会人なら黙って座ってろ」
「っ……!? 俺は『警察官』だぞ! レベルも8だ! お前みたいなゴミが何を言ってんだ!」
「うん、数字誇るやつほど中身ないって知ってる?」
「テメェ……!」
なんでこいつ、こんなに必死なんだ?
こっちは別にアンタと競う気もないんだけど。
「俺もさぁ、別に……気が長い方じゃないんだよ」
淡々と告げると、竹原がピタッと黙った。
目が泳いでる。
いいねぇ、その顔。
弱い犬ほど吠えるって言うけど、吠えすぎると息切れするんだな。
「っ……うるせぇっ! 俺は、もう魔物だって何匹も倒してんだ! お前なんかにっ……」
「そうかそうか、すごいなぁ。で? だからなんだよ」
「ぐっ……! お前ぇっ!」
怒鳴り返してきたけど、さっきより声が小さい。
机を叩いて立ち上がる竹原。
お、やるか?
ゴブ太郎直伝、先制斬りしちゃうぞ?
もう、限界だし。空気が。
椅子が倒れる音が響く。
そして――
「――もうやめてくださいっ!!」
梅野さんの声が、会議室を震わせた。