「――もうやめてくださいっ!!」
今まで黙っていた梅野さんの叫びが、会議室空気を裂いた。
思わず全員が驚いてそちらを見る。
……いや、全員って言っても、俺以外。
俺は正直、さっきの流れで彼女がブチ切れるのも時間の問題だと思ってた。
さっき、やられた側だし。
「な、なに……」
竹原が一瞬怯む。
普段から自分に逆らう奴なんていなかったんだろう。
その顔は、まるで自分のペットに噛まれたみたいな顔だ。
「も、もうやめてくださいっ! ここ、避難所ですよ!? 助け合う場所で、なんでそんなふうに罵り合うんですかっ!?」
声が震えてる。
けど、それでもちゃんと怒ってる。
頬は真っ赤で、目は潤んで。
それでも、彼女は必死に前を向いて言葉を絞り出す。
長年押し殺してた何かが、ようやく溢れ出たみたいに。
松下さんは「ほぅ……」と小さく呟き、興味深そうに見つめている。
桐生はただ目を丸くして、声が出ない。
「な、なに言ってんだよ……お前、俺に逆らうのか?」
竹原は……目を剥いて固まってる。
信じられないものを見たような顔。
威圧のはずが、焦りの色を帯びていた。
今まで自分の言葉が絶対だった男が、その秩序を壊されて動揺してる。
そりゃそうだろ。
今まで言いなりのお人形さんだったんだもんな、彼女。
「逆らうとかじゃない! さっきから慎ちゃん、ひどいよ! 一般の人たちみんな、私だって、ちゃんと頑張ってるのに!」
梅野さんが叫ぶ。
「頑張ってる? 頑張ってるって言ったか? クズのお前が? はっ、毎回ドジ踏んで俺が尻拭いしてやってんだろ! 感謝しろよ!」
「そんな言い方しないでよっ! 私だって、何か役に立ちたくて、みんなを守りたくてやってるのに!」
声が重なる。いや、ぶつかってる。
梅野さんの顔は涙でぐちゃぐちゃだったけど、それでも目は真っ直ぐだった。
逆に、竹原の目は、怒りというより裏切られたみたいに揺れていた。
それが余計に気持ち悪い。
支配者が被害者ヅラすんな。
「それが迷惑だって言ってんだよ! 今まで何度、それで周りに迷惑かけた? 何回、俺が頭を下げた? 役立たずのお前を、ガキの頃から毎回俺が助けてやってんだ! クズはクズらしく、隅っこで大人しく震えてりゃいいんだよ!」
暴力みたいな言葉吐くじゃん。
聞いてるこっちの胃が痛くなる。
でも、梅野さんは泣きながらも一歩前に出た。
怖いはずなのに震えてる足で、ちゃんと。
「誰も、慎ちゃんに助けてなんて頼んでないっ! 勝手に彼氏面して、私のやることに口出してるだけじゃん! もううんざりなのっ!」
「な、なんだと!? お前――」
竹原がまだ言い返そうと口を開くが――
「……いい加減黙れよ」
俺の声がそれを遮った。
「みっともない。大の男が感情で女に噛みつくとか、見てて痛ぇんだよ。お前、恥ずかしくねぇのか?」
「なっ……!」
あ、セクハラ野郎のお前が言うなってツッコミは無しでお願いします。
あ、梅野さん、そんな「正論に見せかけた矛盾男を見る目」やめて。
刺さるから。
そんな目で見ないで。
ちょっと癖になりそうだから。
竹原の顔が引きつる。
言葉を探して、何も出てこない。
「めんどくせぇ。なんなら――ハッキリと実力を分からせてやろうか?」
「ひっ……!?」
お、なんかビビってんな。
あれか、強者のオーラ的な何かが俺から醸し出されてるのか?
「……竹原、言い過ぎだ」
桐生が竹原の肩を叩いて止める。
桐生の顔、見るとドン引きしてんな。
この人、良くも悪くも普通そうだから。
竹原の歯がギリッと鳴り、その顔が悔しそうに歪む。
「……クソがっ! やってられっか!」
怒鳴って出て行った。
ドアがバンッと閉まる。
「……すみません、俺、止めてきます」
桐生が松下さんに一礼して追いかけていった。
ドアの閉まる音が、やけに響いた。
「……」
「……」
「……」
静寂。
残ったのは俺と、梅野さんと松下さん。
気まずい。
地獄の空気。
松下さんと目が合う。
「……ふむ」
「……」
ふむ、じゃねぇよ。
だから、アンタもなんか言えよ。
さっきから何黙ってんの?
空気読めるタイプだろ、手抜いてんなよ!
「……ご、ごめんなさい。私、つい……。慎ちゃんに、言い返すだなんて……私……」
静寂を破ったのは梅野さんだった。
自分でも、信じられないって驚いてた顔してる。
「あー、いいんじゃねぇの。言うこと言ったほうがいいよ。うん。……さっきも、俺にそんな感じだったし」
美鈴は一瞬きょとんとして、それから少し笑った。
その笑顔は涙でぐしゃぐしゃだったけど、なんか、閉じ籠もってた殻を破ったみたいな清々しさがあった。
「さて――」
松下が咳払いをし、何事もなかったように話を戻す。
ねぇ、この人精神構造どうなってんの?
さて、じゃねぇよ。
「望月さん。先ほど『考える時間を』とおっしゃいましたが……」
「……あぁ、はい」
「申し訳ありませんが、やはりお力をお借りしたい。あなたがいれば、被害を減らせる」
まだ押すか、この人。
営業スキル高すぎない?
「……仕方ないですね。ここまで見せられて、無視もできませんし」
ほんとは嫌だよ。面倒くせぇ。
でも、目の前で涙目になってた女を放っとくのも気が引ける。
セクハラの件もあるし。
つか、それしかないけど。
松下の口元が、またわずかに緩む。
えぇ……、この人、そんな風に笑うの?
こえぇよ。
なんか、ほんと腹の中読めないんだよな……。
「感謝します。では作戦の説明に入ります」
松下がファイルを机に置く。
中には避難所の地図と、周囲の見取り図。
線で囲まれた範囲には、赤で「拠点候補」の文字。
「今夜、奴らに先立って元避難者たちの拠点を叩きます。メンバーはこの五人」
「五人って、俺と梅野さんも?」
嫌な予感しかしない。
けど、話を聞く限りもう断るタイミングもない。
「ええ。むしろ、あなた方が要です」
「……でも、叩くってどうするんです? ぶっちゃけ、俺の持ってるスキルは人間相手にしたら……」
――殺しちゃうよ?
手加減できるか知らんし。
視線にそんな意図を含ませる。
それを受けて、松下さんが一瞬だけ目を伏せた。
「……もちろん、人間は殺さずに鎮圧してもらいます」
少しの沈黙。
その言い淀みが、妙に引っかかった。
「……人間
「はい。それと――望月さん」
松下さんの瞳がこちらを射抜く。
まっすぐすぎて、硬くて、どこか底が光っているようだった。
「気になっているようなのでお話しします。私には、『魔眼』というスキルがあります。人の魔力の流れを見ることができるんです」
「……スキル?」
「ええ。そして――あなたに『人を殺したことがあるか』と尋ねたのも、それに関係しています」
そのとき、ほんの一瞬だけ、松下の瞳が淡く光った気がした。
見透かされてるみたいで、背筋が冷える。
「あー、あれ……。やっぱり、あの質問には意味があったわけか。少し気になってたんですよ」
「はい。先日、避難所から追い出した者、追い返した者たちの中に、魔力の流れが異常な者がいました」
「異常?」
「そうです。まるで、人間の魔力に
松下さんの声が低くなる。
梅野さんが息を詰め、俯いた。
「そして……梅野くんの『鑑定』にも、特異な結果が出ましたね」
「……はい」
梅野さんは唇を噛み、震える声で言った。
「その人たちのステータスに、《魅了中》って、出てたんです……」
会議室の空気が止まる。
二人とも言葉を出さない。
ただ、俺だけが心の中でつぶやく。
――次の相手、デバフ使いかよ。めんどくせぇ。