住宅街の隅の一角、木々に囲まれた小さな空間。
敷地内にはこじんまりとしたお社がぽつんと佇んでいる。
避難所からチャリで20分ほど。
松下さんが言ってたのはあそこだな。
「避難所を襲撃しようとする奴らの拠点が神社とか、罰当たり感がすげぇな。神様仕事しろよ」
俺はママチャリを降りて身を隠しながら、神社の様子を伺う。
神社の正面、少し離れたここからだと中に人がいるかも分からない。
「もう少し近づかないとか……」
嫌だなぁ、と独り言を呟きつつ、周囲を警戒しながらコソコソと神社へと近づく。
辺りに魔物の陰はない。
松下さんたちが避難所の周りはあらかた駆除したと言ってたけど……。
鳥のさえずりも、風のそよぎも感じない。
静かすぎる住宅街ってのは、やたらと不気味だな……。
近づいていくと、道を挟んで神社の隣にいい感じの家があった。
もう不法侵入には慣れたもんだ。
神社からは死角になっている一階の窓からパパっとお邪魔する。
窓の鍵が空いていて助かった。
二階のバルコニーから神社を見下ろすと、境内の様子が一望できた。
午後三時過ぎ。
日差しが長く伸び、木々の影が地面に細く揺れている。
境内には十数人の若い男たちがキッチリ列を成して並んでる。
なんだ?
全員、まっすぐ前を見て動いていない?
息を吸うタイミングまで揃ってる気がするんだけど……え、怖っ。
「……何やってんだ、あれ」
呟いた声が、妙に大きく響く。
少し観察してると、ふいに、列の先頭、お社の奥にうっすらと人影が見えた。
誰かが立っている。
あいつが命令してるのか?
一瞬、その影の頭がわずかにこちらを向いた気がして、心臓がキュッとなって思わず身を伏せる。
「やべ……バレたか?」
心臓がバクバクうるさい。
息を殺して耳を澄ます。
が、シーンと静まり返ってなにもない。
……よし、何も起こらねぇ。
焦ったー、目が合ったかと思ったわ。
ゆっくり顔を上げて、バルコニーの隙間から境内を覗く。
十数人の男たちは、相変わらずキッチリ列をなしてボーッと前見て突っ立ってる。
お社の奥にいたあの影はいつの間にか消えてる。
奥に引っ込んだっぽいな。
「ふぅ……バレてない、よな?」
念の為、スマホでステータスを確認。
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名前 : 望月《もちづき》 友人《ゆうと》
種族 : 人間(♂)
レベル : 15
ジョブ : 魔物使い
能力 : こうげき ☆☆☆
まもり ☆☆☆
すばやさ ☆☆☆
状態 : 健康
スキル :『魔物雇用』+1
『魔物鑑定』
『魔物教育』+1
『魔物通話』
『魔物解雇』+1
承継スキル:『戦士の心得』
『先制斬り』
『剣術』
雇用魔物 : なし
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俺に「魅了」とかのデバフはついてない。
スマホでステータス確認しても異常なし。
よし、セーフ。
もしアイツが元凶なら、目が合っただけで即魅了ってタイプのスキルじゃないってことか。
いや、でも油断は禁物だな。
元凶がアイツかどうかも確定してないし、魅了されてない仲間って線もある。
「さて、どうするかな」
『魔物鑑定』を試してみる。
たが、境内の男たちは人間だから対象外らしい。
「対象がいません」と鑑定が成功しなかった。
まぁ、少なくとも見える範囲には魔物はいないのが分かったから、よし。
ここで今回の仕事の優先順位を整理。
1) 最優先:俺が五体満足で戻ること。これがなにより大事。
2) 次点:敵の情報をできるだけ詳しく持ち帰ること。人数、配置、親玉の特徴、支配傾向(言葉なのか視線なのか)など。これが揃えば、松下が次に打てる手が増える。
3) ベター:親玉の顔なり特徴なりを掴めたら尚良し。生け捕りが理想だが、状況次第。
4) ワースト:何も得られずに魅了にかかること。さらにそのまま避難所へ突っ込むとかシャレにならん。松下さんの奥の手とやらにやられたくないし、なにより、おっぱいが悲しむ。
目的がはっきりすれば、やるべきことも見えてくる。
戦闘は最小限にパパっと終わらせる。
理由は単純、魅了のリスクがデカすぎる。
相手が人間であろうと魔物であろうと、長期戦や騒ぎを起こすと“目”を合わせるチャンスが増える。
だから、やるならバレないように、一人ずつ慎重にやる。
「ふぅ……大丈夫、単独での潜入ミッションなんて慣れたもんだ、ゲームで何回もやってるからな。潜入任務のイロハは頭に叩き込んである」
あとは……ここに段ボールがあれば楽勝だったんだけどな。
残念ながらここにそんな便利なものはない。
俺の好きなステルスアクションゲームのようにはいかない。
冗談はさておき、このままお社に近づくのは敵の情報が足りなすぎてリスキーだ。
もう少し情報が欲しい。
魔物を新しく雇用して突っ込ませる案も頭に浮かんだが、ここらには魔物が見当たらない。
探す時間はないし、見つかる保証もない。
昼に見かけたやつを雇っとけば良かったと一瞬後悔するが……。
正直そいつら全部、牛乳に濡れて二日放置したぞうきんみたいな臭いで、雇いたくなかった。
なんで魔物ってのはあぁも酷い臭いばかりなんだ。
うちはクリーンな職場を目指してるんだ。
そんな奴ら、絶対雇いたくない。マジで。
「どうしよ……何か、ないかな……」
沈黙が続く。
時間は刻々と過ぎる。
情報を持たずに帰るくらいなら、少し強引にでも何かを起こして動かすべきだ。
なにか……。
……。
……。
……。
……あ……めんどくさい。
よし――、
「――燃やすか」
自分でも、あっさりと結論が出た。
敵が動かない?
だったら、動かしちゃえばいいんだYO!
ということで、俺の火魔法の出番だ。
俺は背負ってるリュックに手を伸ばす。
掌にガラスの冷たい感触が伝わってくる。
それを掴みリュックから取り出す。
液体の入ったガラス瓶――そう、火炎瓶だ。
「うん……もう、これで全部燃やそ。お社が燃えてるのに気付いたら嫌でも外に出てくるだろ」
罰当たり?
うるせぇな、神様が怖くて社畜なんかやってられねぇんだよ。
俺はあのブラック会社で学んだんだ、神などいないと。
神がいるならブラック会社なんて、あんな酷いものはこの世に存在しないはずだ。
つまり、神はいない。
いたとしても、それを許してるような奴は神じゃない。
ならば燃やさねば。
ここで動かなきゃもっと迷惑が出るんだ、大義は俺にある。
目的はあくまで局所的な煙と動員の誘発。
大げさに燃やすつもりは……ない。たぶん。
「そうと決まれば、さっさとやろう。俺は暇じゃないんだ」
行動は速い。
準備を整えつつ、バルコニーから目標を定める。
次の瞬間には、火炎瓶を持つ右手を大きく振りかぶっていた。