数分後、駐車場に男たちがズラリと横たわる。みんな気絶中。
「……な、な」
紅い瞳が、俺をガン見。
吸血鬼はポカンと大口を開けて俺を見ている。
あ、牙がある。やっぱ吸血鬼なんだな。
「なんで……無言で、無表情でこんなことできるの……貴方、誰かに魅了されてたりしない?」
「されてねぇよ、一緒にすんなよ」
「……私、とんでもない人と契約したのかしら」
今さらやっぱなしは困るぞ。
お前はもううちの従業員なんだから。
「よし、大体手加減の感じ掴んだわ。これなら殺さんで済みそう」
「……それは良かったわ。でも、この人たち放置したら死んじゃいそうね。他の魔物に襲われたりしないかしら」
「あ、どうしよう。考えてなかった。運ぶのもダルいしな……どうしよ」
「はぁ……。貴方、色々考えてそうで何も考えてないのね。私がやるわ。ナイフか何か持ってる?」
吸血鬼は黒いコートの袖から白い手を覗かせて、こちらに催促してくる。
「ナイフ? なに、どうせ死ぬならトドメ刺してやるって? うわぁ、他人のこと言えねぇじゃん」
「違うわよ! 貴方、可愛い顔して意外と物騒ね! 私の魔法を使うの! もう夜だから力も戻ってるし」
「魔法?」
ポケットから果物ナイフを渡す。
吸血鬼が自分の白い指を軽く傷つける。
ポタポタッと、血が滴り落ちる。
「私のもう一つの力――『血液魔法』よ」
血が、月の光に照らされて紅く輝く。
地面の血が糸みたいに浮き上がり、男たちの頭に絡みつく。
「おおっ! ファンタジー来た!」
「一応、頭の怪我も応急処置しとくわ。貴方、ボコボコ殴り過ぎなのよ。この人なんて酷い内出血してるわ、放っとけば死んでたわよ」
「え、マジで? やべ。でも応急処置とかもできるのか」
絡みついていた血が、鼻や耳から男たちの体内に入っていく。
「あくまで応急処置よ。私の血を自由に操作できるの。こうやって私の血を混ぜてやれば、相手の血もね。それで傷を塞いだり、血を止めるくらいがいいとこね。大きな傷はさすがに無理」
「へぇ、すげぇな」
でも、血を混ぜるって大丈夫なのか。
拒否反応とか出て、それで死んだりしない?
「それに、私の血を混ぜすぎると影響もあるしね……」
「影響ってどんな?」
「言ったでしょ? 錬金術師が私の血を瓶詰めにして売ろうとしたって。言いたくないから察して」
「あぁ……なんとなく分かった」
どうせ吸血鬼化するとか、人外っぽくなるとか、そんな感じだろ。あるあるだな。
男たちが少しずつ息を整える。
まだ気絶中だが、ちゃんと生きてる。
「応急処置はいいけど、コイツらどうする?」
「安全なところに運んでおこうかしらね」
吸血鬼がスッと指を動かす。
すると、流れ出ていた血が集まり、形を作っていく。
「この人たちをその辺の家へ運んでおいてちょうだい」
「おお! 血のコウモリ!」
吸血鬼の血でできた無数のコウモリたちが、男たちを掴んで飛んでいく。
「これで大丈夫よ」
「すげぇ、マジで魔法じゃん。魅了の魔眼よりこっちの方がテンション上がるわ」
「ふふ、なによそれ」
吸血鬼と言ったらこれって感じのベタベタな魔法だけど。
「他にはどんな事ができるんだ?」
「そうねぇ、血を硬化せて矢のように飛ばしたり、盾にしたり。身体を血の霧に変化させることもできたり、まぁいろいろね」
「汎用性高いな、アイデア次第では何でもできそう。便利すぎるだろ」
「そうね、使い勝手は良いわ。ただ、その分……うっ……」
突然、吸血鬼の意識が一瞬飛んだようにしてよろめく。
倒れないようにサッと支えてやるが、そのまま俺の腕の中へと倒れ込んでくる。
「おい、どうした? やっぱりリスクがあったりすんのか。アンタ、まだ本調子じゃないんだから無理するなよ。大丈夫か、顔色悪いぞ」
俺の腕の中で、吸血鬼は元々白い肌が青白くなっている。
見るからに体調悪そう。
病人みたいになってる。
「うん、大丈夫……ただ、お願いがあるんだけど……」
「なんだ、俺にできることなら」
「血、ちょうだい」
「……えぇぇぇ」
嫌なんだけど。マジで。
でも腕の中の吸血鬼は、顔色が悪くて、息も浅い。
銀髪が頰に貼りついて、体温はほとんど感じない。
やたら軽い。ちょっと力入れたら壊れそうだ。
「おい、ほんと大丈夫か」
「うん……ただ、夜になって力は戻ったけど……しばらく血を吸ってないから、本調子じゃないの。お、お腹すいた……」
「それ吸血的な意味でだよな?」
苦しい顔。
細めた紅い瞳がふるふる揺れて、潤んだままどこか上目遣いで俺を見上げる。
目を逸らしたり、また戻したり。
……なんだその仕草。ずるいって。可愛いかよ。
「血液魔法使うと、お腹すくの……さっきの応急処置で、結構使っちゃったし」
「へぇ……そうなんだ」
知らねぇよ、そんな話。
契約書に書いてあったか?
契約書持ってこいよ、確認するから。
「ねぇ………さっき、契約する時に……血をくれるって言ったわよね? まさか、反故にする気?」
知らねぇよ、そんな話。
契約書に書いてあったか?
契約書持ってこいよ、確認するから。
吸血鬼は弱ってるくせに、詰めてくる。
紅い瞳がジッと俺を射抜く。
やめて、その目、心臓に悪いから。
「言ったけど……マジで吸うのかよ。痛そうだし、嫌だなぁ」
「ふふ、貴方が報酬として約束したんだから、ちゃんと払ってもらわないと……ね?」
あー、悪い顔してる。
絵になるなぁ、くそ。
……しょうがねぇか。従業員の福利厚生だと思えば。
うちはちゃんと報酬は払うホワイトな企業だから。
「分かったよ。ほら、どうすりゃいいんだ?」
「本当? やった! じゃ、あ~ん……」
途端に顔を輝かせる吸血鬼。
嬉しそうにニパッと笑い、顔を上げた吸血鬼は口を僅かに開く。
月明かりが銀髪を撫で、唇がほんのり紅く光る。
牙がちらり。
舌先が小さく震えて、艶っぽい。
「あーん、て……どうしろと」
まじまじと見つめてしまう。
月の光に照らされた白い肌は、陶器みたいに滑らかで、うっすら開いた潤んだ紅い瞳が俺を映す。
まつげは長く影を落とし、鼻筋はすっと通って、震える唇が艶めかしく濡れてる。
そこから覗く吸血鬼たる牙は小さく尖り、舌ベロはピンクで柔らかそうで……。
……うわ、ヤバいなこれ。
コイツ、限界までエロい。
心の中の童貞が叫んでいる。
心臓バクバクすんな、俺。
「本当は首筋に噛みつきたいけど……そういうのは、その、そういう関係になってから、だし……」
頰がうっすら赤くなってく。
少しだけ先が尖った耳まで染まってて、目を逸らすその仕草が可愛い。
待って、そういう関係ってなに?
変な想像させんな、おい。
「吸血鬼の恋愛観とか、知らないんだけど……」
彼女は真顔で、俺に小さなナイフを差し出してきた。
「指先でいいわ。ほら、ここに垂らしてくれれば」
自分の小ぶりな唇を指さしながら、そんなことを言う吸血鬼。
「……マジかよ」
果物ナイフを受け取り、躊躇したあと人差し指を軽く切る。
チクッと痛みが走り、すぐに血がじわッと滲む。
「痛いなぁ……でも、報酬として約束したからな。ほれ、ありがたくいただけよ」
「ふふ、いただきます」
これはスキルをゲットするため、いわば先行投資。
今は痛みと羞恥は我慢だ。
指先を吸血鬼の唇に近づける。
ぷるぷると柔らかそうな唇が、指先に微かに触れる。
――あったかい。やわい。しっとり。
……ヤベェな。
なんか、しちゃいけないことしてるみたいな……。
いいの、これ。
魔物とはいえ、こんな美女にお触りしたらセクハラ一発アウトにならない?
あとで、実は嫌だったとか無理やりとか、訴えられたりしない?
今、そういうの多いんだぞ。
そして、吸血鬼の唇に、俺の赤い血がたらりと。
血が一滴、落ちた瞬間――
――ぺろり。
「――あ」
自分の口から間抜けな声が漏れる。
舌が這う。
赤い血をなぞるように、舐め取っていく。
指先で動く舌先は、やけにゆっくりで、無駄にに艶っぽい。
「……おいしい」
紅い瞳がとろんと細くなり、微笑む。
牙がかすかに覗いて、指にまた唇が触れる。
――ちゅ。
軽い吸い込み音。
柔らかい唇が、俺の指を包み込む。
吸い付くような感触。
舌が指先をなぞり、血を啜るたび、微かな熱が指先から腕へ、脳みそへと伝わっていく。
牙が軽く皮膚をかすめて、背中がゾクッと震えた。
……あ、やべぇ、これ。アカンやつだ。
「……んっ、……ちゅ……」
小さく漏れる息。
指先に絡む舌の感触と、湿った息遣い。
目の前の銀髪がふわりと揺れて、ほのかに花の香り。
視線を逸らしたいのに、逸らしちゃダメだと脳味噌が囁いてくる。
ふと、交わる視線。
彼女の紅い瞳が蕩ける。
目の前の光景が、妙に現実味を帯びて目に焼き付く。
……マジで、限界だ。変な意味で気絶しそう。
「……ん……おいし……」
彼女はふっと息を吐き、まだ名残惜しそうに唇を離す。
「……ん。これで……たいぶ、楽になったわ」
血の味を確かめるように舌で拭いながら、微笑む。
その唇の端を伝って、血が一筋、艶めかしく滑り落ちた。
「ごちそうさま。ありがとう、美味しかったわ」
「……あ、あぁ。それなら……良かった」
指先には、まだ微かな熱と感触が残っている。
ヤバい。
彼女から目が離せない。
腕の中の彼女は、満足そうに目を閉じて俺の胸に頭を預ける。
静かな夜風が流れて、遠くで虫の声がした。
……いや、平和か。今、修羅場の最中なんだけど。
息を吐きながら、思わず笑ってしまう。
「……やっぱり、魔眼なんか無くったって落とせるじゃねぇか」
「ふふ、何言ってるのよ」
ほら、また。
その笑顔は反則だろ。
職場恋愛はNGなんだけどなぁ……。