魔物使い、はじめました。   作:YTとりあえずぶん投げてみる

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第50話 イチャイチャ

 吸われた指先が、まだ少し痺れている。

 心臓が、いつもよりも強く打っていた。

 

 目の前の吸血鬼は、血を吸ったばかりのせいか、頬がほんのり赤い。

 

 わずかに潤んだ唇。

 目が離せない。

 これが、自分の血で濡れていると思うと……顔が熱くなる。

 

 彼女はそんな俺を見て、口元を指で隠しながら笑った。

 

「ふふ……貴方の血、思ってたとおり美味しかったわ」

「……おっふ」

 

 いや、なんだこの空気。

 変にドキドキしてんの、絶対おかしいだろ俺。

 

「ふふ、どうしたの? そんな顔して。……あらぁ? もしかして、照れてるのかしら?」

「……どんな顔だよ。別に、照れてネェヨ?」

 

 否定してるのに声が裏返った。

 やべぇ、完全に童貞みたいなリアクションしてる。

 

「まぁ、確かにぃ? こんなかわいい女の子に指先吸われたらぁ? 男の子だもん、色々思うところあるわよねぇ?」

 

 ニヤニヤしてんじゃねぇよ。

 語尾を伸ばすな語尾を。

 その挑発的な笑みが、地味に効く。

 

「男の子ってなんだよ、こんなおっさん捕まえて。あと言っとくけどな、お、俺は童貞じゃないぞ!」

「ふ〜ん、そうなんだ〜へぇ〜」

 

 まだニヤニヤ。

 だからそのニヤニヤをやめろ。

 地味に、的確に俺に効くんだから。

 ここは敵地だぞ!

 血の渇きが一時的に潤ったせいか、ちょっと気が抜けてるだろ!

 

「ふふ、それなら良いんだけど。今までは、血をちょうだいって言うとドン引きされたり、怒ったりされてばかりだったから……そういう反応、ちょっと意外だわ」

 

「マジ? 別にそこまでではないぞ。まぁ、報酬として約束したし、この程度なら全然いい、むしろ――」

 

 大歓迎なんだが。めっちゃエロいし。

 

「本当? ありがとう! じゃあ、これからもよろしくね!」

 

「……おう、任せろ」

 

 彼女は嬉しそうに笑って、ゆっくりと立ち上がる。

 顔色も良くなって体調も悪くなさそう。

 

 それを見ながら俺は内心では――やっぱりかなり動揺している。

 

 こいつのエロさに、だ。

 なんなのコイツ、人の指吸って恍惚とした顔して……もしかして変態か?

 この顔と体で変態属性とか、ありがとうございますとしか言えないんだけど。

 

 これから先、こいつを雇っている限りこんなエロいのが続くと思うと、正直胸が高まってしょうがない。

 

 コイツ、ヴァンパイアじゃなくてサキュバスだったりしない?

 これで処女とか、どうなってんの異世界。

 

 これじゃラノベの主人公みたいじゃん。

 俺みたいなモブがこんな……

 

 

 ん?

 ……いや、待て。

 ……待て待て待て、おかしいだろ。

 

 いや、俺だぞ?

 俺みたいな普通のおっさんが、魔物とはいえこんな美女に指をしゃぶられる?

 そんなことあり得るのか?

 いや、絶対ない。

 ないない、ありえないだろ常識的に考えて。

 

 確かに、そういう契約はした。

 でも、どう考えたっておかしい。

 思えば、最初からフレンドリーっていうか、距離が近いっていうか……。

 

 いや、ゴブ太郎のときもそうだったけどさ……なんでこいつらはこうも普通に会話に応じてくるんだ?

 

「なぁ、前から思ってたんだけど……なんでアンタ、そんな普通に接してくんの?」

 

「普通に?」

 

 吸血鬼が瞬きをした。

 少し間があって、彼女は小首を傾げた。

 はい、かわいい。

 

「いや、会ったばっかの男相手に普通そんな距離感じゃねぇだろ。身の上話とか、あんな深いことまで話すか? 俺がアンタの立場なら絶対話さねぇ」

 

 身の上話された時、俺、全裸だったしな!

 そう言うと、吸血鬼は「あっ」と小さく声を漏らした。

 ほんの一瞬、表情が固まる。

 

「……そういえば、そうね。言われてみれば……なんでかしら」

 

「なんでって、俺が聞いてんだけど。じゃあ竹原にも話したのか? 俺に話したみたいに」

 

 人間相手なら誰でもいいってんならアイツにも話してるはず。

 アイツは命の恩人らしいからな、俺よりもらしいだろ。

 

「いえ……話すわけないじゃない。いくら命の恩人でも、聞かれてもいないのに自分から話すようなことじゃないもの」

 

 ……なんでだよ。

 お前、俺には聞いてもないのに色々べらべら喋ってたじゃねぇか。

 

「おい……まさか俺の顔が好みだからとか言うなよ」

 

「そ、そんなわけ――っ!? あ、あのね、私だって好みとか……そ、そういうのじゃないんだから!」

 

 さっきまで余裕綽々でニヤついてたくせに、急にしどろもどろになりやがった。

 顔が赤い。耳まで真っ赤。なんだこれ。

 

 ……かわいい。

 いや、じゃねぇよ。

 コレが演技って可能性……はないな。

 目を逸らさずにじっと見つめてやったらめっちゃ動揺してるし。

 少なくとも、マジで俺に好意的なものを持っているのは分かる。

 コレが演技だとしたらハリウッドも真っ青な名女優だな。知らんけど。

 

 視線を逸らした俺に、吸血鬼は小さく息を吐き――ふと、何か思いついたように言った。

 

「……もしかしたら、貴方のジョブのせいかもしれないわね」

 

「ジョブ?」

 

「ええ、貴方、『魔物使い』でしょ? 私が知ってる魔物使いは、魔物を『支配』して仲間《下僕》にするジョブよ。それなら分かるの、そう支配されているから。でも、貴方の場合は『雇用』。魔物と話し合って仲間になるっていう、なんだかよく分からないスキルよね?」

 

 ……へぇ、普通の魔物使いってそんな感じなんだな。

 俺もそっちが良かったよ、何だよ雇用って。

 なんでご機嫌伺って社員募集しなきゃいけないんだよ、仕事か。

 

「でもそれって、普通に考えたら不自然じゃない? 見ず知らずの人や魔物にいきなり『仲間になれ』なんて言われて、すぐ信じるわけないのに、成り立ってるのよ」

 

「……つまり、そういう効果があるってことか。ゲームで言う『隠しステータス』みたいな」

 

「そう。ステータスに表示されないけど、相手に好印象を与えるとか、敵意を和らげるとか……そういう何かがあるんじゃないかしら」

 

 言われてみれば、思い当たる節がある。

 ゴブリンのときも、最初から敵意むき出しではなかった。

 

 直前まで人間を襲ってたくせに、俺が声を掛けると話を聞こうとする姿勢があった。

 スキルを意識して声をかけたときは、なおさら。

 

「なるほどな……『魔物好感度+』みたいな感じか」

 

「ふふっ、ゲームっぽいわね。有り得る話よ。実際、私も最初に貴方を見た時、悪い印象を抱かなかったもの」

 

「俺と話した時か?」

 

「いえ――貴方を裸にしたときよ!」

 

「は?」

 

「気絶してる貴方を、タケハラが引きずってきたでしょ。それで、貴方の服を()()()()()()()()()()()()()()()()()()けど……悪いどころか良い印象しか無かったわ!」

 

「お、おう……あの時な……」

 

 そんな自信満々に言わんでも。

 ムフーって顔して何言ってんだ、コイツ。

 今、視線が一瞬俺の股間に行ったの見逃さなかったからな。

 

「か、勘違いしないで。人間を嫌いになれないとは言ったけど、人間の男にそんな簡単に気を許す女じゃないのよ、私。あの時は……なぜか、悪くなかったのよ」

 

「まぁ、アンタの経験からすればな」

 

 吸血鬼はわずかに目を伏せ、思い出すように呟いた。

 

「貴方が目を覚ましたあとも、気持ちは変わらず同じだった。話していて、不思議と嫌じゃなかったの。むしろ……惹かれる感じがして」

 

 惹かれるって、ナニにだよ。

 悪くなかったって、お前俺が気絶してる間ナニしたんだよ。

 チラチラ見てんじゃねえよ、この、むっつりスケベが。

 お前の行動にこっちが引くわ。

 

「――あっ、あの時、貴方スキル使ってたでしょ?」

 

 吸血鬼がナニかを誤魔化すように言う。

 

「そりゃあ、ね。最初からアンタを仲間にするつもりだったし(スキル的な意味で)」

 

「……え?」

 

「アンタを神社でひと目見た時から、気になってしょうがなかった。逃げてる最中も、頭にはそれしか無かった。それほど魅力的だったんだ、アンタは(スキル的な意味で)」

 

「えっ……あ、あぁ……そう……」

 

 顔を真っ赤にして俯く吸血鬼。

 耳まで赤い。

 さっきまで俺を弄ってたのに、今は完全にポンコツ化してる。

 

「だから、アンタが部屋に入ってきた時から『魔物雇用』をずっと意識してたよ。仲間になれって。こんな美人なら尚更な」

 

「え……ちょ、ちょっと待って……『気になってた』って……そ、そういう意味で? あ、貴方も……なの?」

 

「いや、スキル的な意味で、な?」

 

「~~~~っ!」

 

 さっきとは違う意味で顔を真っ赤にして口をパクパクさせる吸血鬼。

 

 そりゃそうだろ、いつ自分が魅了されるか分からないんだ。気になるだろ。

 スキルで魅了される前にこっちが先に仲間にしちまえば、あとはどうとでもなるだろし。

 

「あ、貴方ね! そうやって思わせぶりなこと――」

 

「はいはい」

 

 さっきまで煽るように血を吸ってた女の反応とは思えん。

 ほんと感情忙しいなコイツ。

 

 でも、「相手に好印象を与える」か……。

 

「……それってどうなんだ?」

 

「ど、どうって、何が? しょうがないじゃない、やっと好みの顔の男に出会えたんだから! 前に見たのは100年前――」

 

「ちげぇよ! だってほら、ある種の『魅了』みたいなものだろ? 相手の意思を無視して好印象を与える。アンタ、そういうの……一番嫌いだろ」

 

「……たしかに、そうね」

 

 自分の魅了が嫌いな吸血鬼を、魅了じみたスキルで仲間にしてるってわけだ。

 ……皮肉な話だな。

 

 でも、彼女はすぐに首を振った。

 

「でも、違うと思うの。あなたの話を聞く限りだと、そのスキルはあくまで話のきっかけでしょ? その後、話の内容次第では襲われたりもしたって言ってたし」

 

 いや、襲われたのは最初だけです。

 あとは話す前に死にました。殺されました。

 ゴブ太郎ェ……!

 

「……まぁな。話しかけた瞬間に信頼されるわけじゃない」

 

「だったら、それは会話のドアを開けるだけの力。入るかどうかは、結局お互い次第よ」

 

 少し考えたあと、彼女は静かに微笑んだ。

 

「私だって、話してみて貴方が嫌な奴なら――こんなことになってなかったもの」

 

「つまり?」

 

「わ、私は、貴方を良いと思ったから、契約したの。……い、言わせないでよ! もう!」

 

 吸血鬼はそう言いながら視線を逸らして、白い頬を紅く染める。

 その横顔が、妙に綺麗で、俺は――

 

 いやいや、考えるな。

 そういう方向じゃない。

 

「……ま、考えたってしょうがないな。でも、ありがとな」

 

「ふふ、どういたしまして」

 

 そんなやり取りを交わしながら、俺たちは避難所のほうへ視線を向けた。

 街灯のない駐車場の奥、薄暗い夜の中で、煙がゆらゆらと立ち上っている。

 

「それはそうと……はぁ、あの中に入っていくのダルいんだけど」

 

 避難所からはいやな音も聞こえる。

 叫び声、怒号、金属のぶつかる音。

 

「そうね。でも、貴方の想い人も助けなきゃだし」

 

 今度はちょっと拗ねたように口を尖らせる。

 

「だから彼女はそんなんじゃねぇっつの。ただのおっぱいだよ!」

 

「おっぱいって……。貴方、もっと言い方考えなさいよ。でも、中に入るのはいいけど……作戦とかあるの?」

 

「作……戦……?」

 

「まさか、なんにも考えてないの?」

 

「つーか、作戦とかいる? 普通に行って、全部殴り倒して、竹原潰せば終わりそうなんだけど」

 

「貴方ね、面倒臭いからって投げやりにならないの。魅了された子たちはともかく、人質とか取られてたらどうするの? タケハラならやるわよ、きっと」

 

「人質ね……」

 

 別に、人質とか取られても無視すればいいんじゃね?

 俺、関係ない人がどうなろうと知ったこっちゃないですし。

 

「って顔してるわね。……はぁ、分かったわ。私に考えがある。それで行きましょう。耳貸して?」

 

「えぇ? ちょ、誰もいないんだから普通に話せば……、って耳舐めんな! おい!」

 

 

 

 ……平和か。

 

 

 

 

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