ああ、そうだ。
こいつみたいなクズは言葉でいくら言っても無駄なだけだ。
いちいち選択肢を与える必要もなかった。
後腐れなく、ここで片付けたほうが合理的だ。
「な、何言ってんだテメェ……!」
竹原の声なんか無視して、俺は無言で椅子を引き立ち上がる。
頭の中で『剣術』と『戦士の心得』を強く意識する。
「「「……っ!」」」
その瞬間、部屋の空気がきゅっと狭くなるように冷えた。
ゴブ太郎から承継したあいつの血と汗がこびりついたスキルは、すっかり俺のものとなっている。
果物ナイフを掴み、竹原へと切っ先を向ける。
「こんなもんでも――お前を殺るには十分だ」
ゴブ太郎も包丁で無双してたしな、そう変わらんだろ。
「……望月さん。落ち着きなさい。あなたに
「別に、似合う似合わないでやってないすけど」
桐生さんがわずかに肩を強張らせ、松下さんが息を呑む気配を隠しきれてない。
「ひっ……!?」
隣で梅野さんの怯えた声が聞こえた気がした。
「待ちなさい! 何してるのよ!」
吸血鬼が椅子からずり落ちかけている梅野さんを支えながら俺を見る。
「ん? あぁ、もうめんどくせぇからさっさと殺そうかなって」
「すぐ投げやりにならないの! これだから脳筋は!」
脳筋とか言うなよ。
ちゃんと考えた上でやってるっつーの。
「いや、それに気になるだろ?
「そんな理由で殺気出さないの! とにかくそれ抑えなさい!」
吸血鬼が梅野さんを庇うように俺の前へと回る。
「……殺気?」
「貴方めちゃくちゃよ! ウメノが泣きそうになってるじゃない!」
え、俺そんなの出してんの!?
マジか……漫画じゃあるまいし、そんなん本当にあるのね。
「ま、待て! 俺を、殺す? そんなこと許されるわけないだろ!」
「……許す? 何言ってんだ?」
思わず鼻で笑う。
「お前も言ってただろ、世界が変わったって。許すも何も……なぁ? だからお前も色々やらかしたんだろ」
「な……っ! イカれてんのかテメェ!」
「イカれてねぇよ、お前と一緒にすんな。俺は正気だ」
俺はゆっくり竹原へ近づく。
「あくまで正気で、お前を殺そうとしてる」
「な……」
果物ナイフを指の間でくるくると弄ぶ。
ゴブ太郎の真似だ。
やってみると、少し落ち着くんだよな。
「ただな、いざ殺すとなるとやっぱちょっとだけ……躊躇するんだよ。まぁ、タイミングもなかったし」
くるくると回していたナイフをガチッと掴み、竹原へ切っ先を向ける。
「――そこでお前だ、竹原」
「お、おい!」
「都合よく、殺しても誰も困らないクズが目の前にいるじゃん」
「な、てめ……っ! 」
「人を殺したらどうなるかも確かめられて、ゴミ掃除もできる……うん、一石二鳥! 決まりだな」
間合いもバッチリ。
あとは『先制斬り』を起動するだけで――竹原の首は飛ぶ。
「ふ、ふん! どうせハッタリだ! テメェ、強がってんじゃねぇぞ! 魔物に任せて後ろでビビってる魔物使いが、何を……!」
「俺さぁ、今じゃ魔物殺っても特に何も感じないんだよ。ただ、経験値ゲットって思うだけで。……魔物も俺たちと同じ生き物なのにな?」
「な、なんだテメェ……っ! その目は……!」
竹原と俺の視線がぶつかる。
竹原の瞳が少しだけ震えてる。
だが、まだ自分が死ぬとは1ミリも思っていないように見える。
「お前もさ、もう俺の中ではそのカテゴリーなんだよね。殺したら経験値はどのくらい入るんだろうとか、殺したら魔物みたいに消えるのかなとか、そういうことしか気にならないんだ」
俺が一歩近づく。
竹原が立ち上がる。思わず、といった風に。
「ちょっ、ちょっと望月さん! じょ、冗談ですよね?」
梅野さんが場の空気に耐えきれずおどけた調子で言う。
必死に笑おうとしてるが、声が震えてて少しだけ可哀想になるな。
「あ、えっと……ドッキリですよね? ね? そう、ですよね……? さっき、みたいな……」
俺は答えない。
答える代わりに、ただじっと、竹原を見つめる。
「梅野くん……彼は、本気です」
「え?」
「彼の魔力に揺らぎは一切ありません。むしろ、出会ってから一番澄んでます」
「う、嘘ですよね……?」
松下さんの魔眼にはどう映ってんだろう。
その言葉に信じられないといった顔で驚く梅野さん。
「……あれ、彼は本気よ。本気で殺すつもりだわ」
「吸血鬼さん……」
吸血鬼が冷静に言う。
わかってるじゃないか。
さすが、殺気がわかるファンタジー女はこういうの敏感なんだな。
そして、竹原は――、
「はっ、はっ……ハハッ、殺される? 俺が? お前に? 笑わせんなよ詐欺師。お前如きにできるわけねぇだろ!」
竹原の顔には、なにか「確信」があるようだった。
……まあ、そう思ってるよなコイツ。
こいつの中じゃ、まだなにか勝ち筋が残ってるんだろう。
「望月さん、極端な選択はやめなさい。……
松下さんが一歩前に出て、落ち着いた声で言った。
「望月さん、待ってくれ! 竹原なら俺が必ず説得する! だから!」
「望月さん、早まらないでください! 本気なんですか……?」
桐生さんと梅野さんはまだ甘いことを言っている。
しかし、吸血鬼は腕を組み、冷ややかな目で竹原を見下ろす。
「……でもタケハラ、まだ余裕があるのはなぜかしら。『自分は殺されない』って顔だわ」
俺は、ため息を深く吐く。
「そう。だから俺は聞いてんだよ。魅了されて大人しく犬になるか。それとも、夜のうちに間引かれるか。――二つに一つだ」
竹原は、鼻で笑った。
「ハハッ、さっきから偉そうに言ってるとこ悪いが、お前らにはどっちも無理だ」
「……なんだと」
「魅了? バカかテメェは。俺がそんな中途半端なクズに魅了されるわけねぇだろ」
俺は吸血鬼に視線を向けた。
「……おい、今さらだけど、ちゃんと魅了できんのか? ほら、俺には無効だったし」
吸血鬼は肩を竦めた。
「夜の今なら、私も本来の力も戻ってる。タケハラ程度なら一瞬で終わるわ。……貴方が特殊で変だっただけよ」
「お前、仮にも上司に向かって、真顔で変とか言うなよ」
竹原はゆっくりと顔を上げ、全員の視線を受け睨み返しながら言い放つ。
「ふん! クズどもが調子に乗んなよ! 魅了でも殺すでも、やれるもんならやってみやがれ!」
そして俺をまっすぐ挑発するような目を向け、唇の端を吊り上げる。
俺は無意識に竹原へ一歩踏み出す。
「……いい加減、うるせぇな」
視界の端で桐生さんが構え、松下さんが目を見開く。
梅野さんが不安そうに縮こまり、竹原の顔が引きつる。
「そんなに死にたきゃ……殺してやるよ。『先制斬り』――」
俺は果物ナイフを振りかぶり、竹原の首を――
「待ちなさい!」
吸血鬼が俺の腕を掴んだ。
「……ちょっと待って。私に任せて」
「……お前、魅了する気になったのか?」
「ええ。……こんなのでも、殺すよりマシでしょう?」
吸血鬼が俺をじっと見つめる。
紅い瞳が、妖しく光る。
「いいのか?」
「ええ。そんなことより、私は貴方に……」
「なんだ?」
「いえ、なんでもないわ」
吸血鬼が俺の腕を離し、俺もナイフを下げてフッと軽く息を吐く。
「俺は……反対だ。魅了するのも殺すのも、結局やってることは同じじゃないか!」
桐生さんが唇を噛み、苦しそうに呟いた。
松下さんが静かに首を振る。
「ですが、彼に更生の見込みはありません。今の状況で彼にソースを割く余裕はない。……これが、今の最善でしょう」
「松下さん……でもっ!」
桐生さんも分かってはいるんだろう。
だけど、心はまだ納得してない様子だ。
「キリュウ、と言ったかしら? 大丈夫よ。魅了は魅了でも、意識までは奪わないようにするから」
「本当か!?」
「ええ。意識はそのままに、マツシタとあなた、二人の命令を嫌でも守るように魅了するわ。今なら、たぶんできると思う」
「まぁ、コイツにとったらその方が嫌だろうな」
俺もその中に入れてくれないかな?
毎日恥ずかしい命令して心を折ってやるのに。
「……それなら、まぁ」
桐生さんはそれを聞いて渋々頷く。
「吸血鬼さん、それではそのように」
「了解よ」
「申し訳ありません。我々が不甲斐ないばかりに……」
「いいのよ、元はと言えば私の責任でもあるしね」
「そうだそうだ! そもそもお前が竹原に恩がどうとか言ってっから」
「うるさいわね! あなたは黙ってなさい!」
茶々を入れたら本気で怒られたでござる。
そんな睨むなよ。俺上司だぞ。
全員の視線が、吸血鬼と竹原に集中する。
吸血鬼が一歩前に出る。
銀髪が揺れ、紅い瞳が妖しく輝いた。
「じゃあ、タケハラ。……悪いわね」
「……はっ」
吸血鬼がその白い手を竹原の頬へそっと優しく添える。
吸血鬼と竹原の視線が交わる。
そして――。
竹原が、にやりと笑った。