魔物使い、はじめました。   作:YTとりあえずぶん投げてみる

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第64話 勝った! 第二章、完!

 竹原の口元が、あり得ない角度で吊り上がった。

 今から魅了を食らう側の顔じゃない。

 むしろ逆のような……。

 

 すると、吸血鬼の指先がぴくりと震えた。

 

「……え?」

 

 吸血鬼が、信じられないものを見たように目を見開く。

 

 次の瞬間――

 

 

 

 バチィッ!

 

 

 

 弾かれたみたいな音ととも、吸血鬼が一歩、二歩と後退った。

 

「っ……あ、ぐ……!」

 

 瞳を押さえ、膝をつく吸血鬼。

 悲鳴を噛み殺すような呻きが、部屋の空気を震わせた。

 

「吸血鬼さん!? な、なんで……?」

 

 梅野さんが慌てて駆け寄るが、本人も状況を理解できていない。

 

「え……? ど、どうなったんだ……? なんで吸血鬼さんの方が……?」

 

 桐生さんも完全に混乱している。

 

 対して竹原は――その全員を心底バカを見下す目で眺めていた。

 

 そんな中、松下さんは魔力の流れを凝視し、目を細めている。

 

「……待ってください。今……魔力が、逆流して……?」

「逆流……? どういうことですか?」

 

 戸惑う桐生さんをよそに、竹原は喉の奥で笑い始める。

 まるでこの状況すら全て読んでいたかのように。

 

「……くくっ、はっ……ああ、やっぱりなぁ! ハハッ、ハハぁッ!」

 

 狂ったみたいに笑い出す竹原。

 その笑いは、心の底から嬉しさが溢れて止められないような。

 いや、笑いすぎだろ。

 

「待て……お前、何笑ってんだ」

 

 魅了はどうなったんだ?

 失敗……いや、それにしても俺の時とは違いすぎる。

 竹原も吸血鬼も様子が変だ。

 

 竹原は笑いながら、胸を張って言う。

 

「俺はな、()()()()()()()()()んだよ。コイツが『魅了の魔眼』を俺に仕掛ける、この時をなぁ……」

 

「……っ!?」

 

 吸血鬼が立ち上がろうとして――

 

「なっ……!? おい、目から血が出てんぞ!」

「ま、まさか……私の……魔眼が……」

 

 吸血鬼は狼狽し、俺たちを見向きもせずに手の平を見つめて震えてる。

 手から滴る血がやけに鮮やかで――嫌な予感しかしねぇんだけど。

 

 竹原が、素早く吸血鬼の手首を掴んだ。

 力は強くないのに、吸血鬼の腕が離れない。

 

「は、離して! なに、して――」

「遅ぇ。そうだ、全部遅ぇんだよ」

 

 竹原の身体の奥から、ぞわり、とした魔力が溢れる。

 空気の温度が下がるみたいな悪寒。

 

「テメェが魅了を発動させた瞬間、()()は揃ったんだ」

 

 

「「「……っ!」」」

 

 

 

 俺だけじゃない。

 全員が同時に背筋を凍らせた。

 

「……逆流じゃない。奪っている……魔力をっ!?」

 

 松下さんの低い声が震えている。

 

「ハハッ、正解だよ松下さん」

 

 竹原は満足げに笑う。

 

「松下さん! 何がどうなってる!? 吸血鬼、魅了は――」

 

「ああ、失敗だよ、詐欺師。だから言っただろ? 俺に魅了は効かねぇってな」

 

「な……っ……!」

 

 血で濡れた吸血鬼の瞳が大きく揺れる。

 抵抗しようとしても、掴まれた手が離れない。

 夜の吸血鬼の力に勝つとか、コイツ何かやってんなっ!

 

「お前、うちの新人になんてことしてんだよ! 離せっての、セクハラだぞコラ!」

 

 梅野さんが吸血鬼の身を案じるように叫ぶ。

 

「や、やめて慎ちゃん! 吸血鬼さんを離して!」

「黙ってろ美鈴。今忙しいんだよ」

 

 竹原は完全に梅野さんを無視し、吸血鬼だけを見ていた。

 

 ――ヤバい。

 

 何がどうヤバいかは分からんけど、これは絶対止めなきゃダメなやつだ。

 

 俺はナイフを掴み、踏み出した。

 

「……ちっ、ヤベ――」

 

 だが、俺より早く竹原が動いた。

 吸血鬼の顎を掴み、無理やり顔を上げさせる。

 

「ハハッ、こうか?」

 

「や……め……っ……!」

 

 吸血鬼のかすれた声。

 竹原の顔は、心底楽しんでいるそれだった。

 

「ハハハッ! まさか自分がされるとは思わなかったろ、吸血鬼ィ!」

 

 吸血鬼が苦悶に顔を歪める。

 

 竹原は細い目で笑い、

 

「お前がさっき俺にやろうとしたこと――

 

 

そっくりそのまま返してやるよ」

 

「っ……ぁ……」

 

 吸血鬼の動きが止まる。

 意識はあるはずなのに、抵抗の反射すら見えない。

 

「やめろ竹原!!」

 

 ナイフを握り、距離を詰める。

 

 竹原がちらりと俺に視線を向け――また、あの笑み。

 

「――遅ぇよ」

 

 紅い光が吸血鬼の瞳に映り込む。

 

「……っ……こんな……の……いや……」

 

 吸血鬼は震える声で抵抗しようとするが、体が言うことを聞かない。

 

「吸血鬼!」

「ぁ……ごめん……なさ……モチヅキ……」

 

 泣きそうな顔で俺を見て小さく呟くと――吸血鬼はガクッと崩れ落ちた。

 

「っお前……! 俺のもんに何してんだ!!」

 

 完全に間合いに入った。

 うちの従業員に手ぇ出しやがって……マジでぶち殺すぞコラ!

 

「お前のもん? ハハッ……違ぇよ、詐欺師ぃ」

 

「黙れ! お前はもう死ねッ!」

 

 

 ――先制斬り。

 

 視界が竹原の首元だけに細く絞られる。

 刃が首に吸い込まれるように――

 

 

 

 ガキィンッ!!

 

 

 

「っ……!?」

 

 

 手に走った衝撃で、腕の骨が軋むように痛む。

 確かに入ったはずの斬撃。

 だがそれは、金属の音を立てて止まった。

 

 ()()()()()()()

 

 そして――硬い感触。

 

「な、なんで……!?」

 

 竹原の首元に、何かが浮かんでいる。

 

「ハハッ、ハハハッ! 残念だったなぁ、詐欺師ぃっ!」

 

 紅黒い液体が固まったような、小さな盾。

 血が光を反射し、揺れている。

 

 

――血の障壁。

 

 

「ちっ! 舐めんなッ!」

 

 俺は連続で斬りつける。

 一撃、二撃、三撃、全部叩き込む。

 

 だが――

 

 

 

 ガキィン、ガキィン、ガキィンッ!!

 

 

 

 全て止まる。

 全部、この血の盾に弾かれる。

 

「くっ、そがっ!」

 

 斬っても斬っても、何一つ届かない。

 

 そのとき――

 

 

「……ごめんなさい、モチヅキ」

 

 絞り出すような、小さな声。

 

 思わず動きを止めた。

 

「吸血鬼……?」

 

 彼女は――まだ崩れた姿勢のまま、震える指先を床につき、ゆっくり、ゆっくりと体を持ち上げた。

 

「まさか……私が、こんな……」

「お前、どういうつもりだ!?」

「違う、違うの……っ! 身体が、勝手に……! 私は……っ!」

「はぁ!? 何言って――」

 

 彼女はゆっくりと顔を上げた。

 

「……っ、お前……」

 

 彼女の顔は、今にも泣きそうだった。

 血の涙が流れていて、見るからに痛々しい。

 

「ハハハッ! どうだ気分は! なぁ、おい! 吸血鬼よぉ! 意識があるまま、勝手に身体が動いて、嫌でも俺を守る! なぁ、今どんな気持ちなんだよ! これで魅了される奴の気持ちが分かっただろ! 教えてくれよ! なぁ、どんな気持ちかって聞いたんだよ! 吸血鬼よぉ、ハハハハハッ!」

 

「わ、私……今まで、こんな……」

 

「そこの詐欺師も『やったらやり返される』って言ってたよなぁ! 今まで散々魅了してきたんだ、自分がされても文句はねぇんだろ!」

 

 ……なんだ、何言ってんだコイツら。

 ちょっと何言ってっか分かんないんだけど。

 

「あぁん? まだ分かんねぇのか詐欺師。察し悪ぃな」

「はぁ? お前調子乗んなよぶっ殺すぞ」

 

「んっん〜? やれるもんならやってみろよ、ほら! ここだここ! ここ狙えよ?」

 

 自分の首を指差しニヤニヤ顔を歪めて挑発してくる竹原。

 俺は反射でナイフを振るう。

 

 ガキィン!

 

 でも、また血の盾に邪魔される。

 

「おい、邪魔すんな吸血鬼!」

「だ、だから言ってるでしょ! 身体が勝手に動くのよ!!」

「はぁ!?」

 

 そこへ、松下さんが鋭く叫ぶ。

 

「望月さん! 彼女は今、操られています!」

「……は?」

「皆さん、竹原くんの目を見ないで!」

 

 ちょっと待て。

 その言い方は、まるで竹原が。

 

「やっぱりあんたは気づいたかよ。松下さん」

 

 竹原が舌打ちをして松下さんを睨む。

 

「ええ、竹原くん。あなた、奪いましたね?」

「奪った……? 何言って……あっ!」

 

 ……そうだ。

 そうだった……。

 

 そういや、竹原はスキル奪取系のスキルを持ってる可能性が――あるんだった。

 

 うっわ、ヤッベぇ!

 すっかり忘れてたわぁ……。

 

「竹原、お前……。吸血鬼から奪ったのか? 『魅了の魔眼』を」

 

 竹原は、まるで核心を突かれたことすらご褒美みたいに、口の端をわずかに吊り上げた。

 

「なっ!? てことは今、彼女は……! おい、竹原! やめろ! それ以上は……!」

「慎ちゃん! やめて、やめてよ! 吸血鬼さんが……!」

 

 桐生さんと梅野さんの叫びもむなしく、竹原はただ笑うだけだ。

 

「ハハッ、やっと気づいたかよ馬鹿どもが」

 

 竹原がすっと手を挙げる。

 吸血鬼の体がビクリと震え、竹原のほうへ勝手に一歩動く。

 

 竹原はその様子を見て、にやりとさらに唇を吊り上げた。

 

「――これで分かったよな? 今、この場で一番()にいるのが誰なのか」

 

 

 

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