スキル『鉄腕』って、確かホブゴブリンが持ってたスキルだよな?
でも、あいつはこんな見た目が変わるような感じではなかったはず……。
「松下さん、そのスキルって……」
つい口が動く。
さっきの血の槍を
「単純に、腕が鉄のようになるだけです。硬さ以外には特にありませんよ」
淡々と答える松下さん。
なんか、めちゃくちゃクールに見える……。
「でも、あのスピードで攻撃を弾くって、さすがに人間離れしてません……?」
ちょっと恐る恐る言うと、松下さんは小さく微笑む。
「速さは私の『ジョブ』の特性ですね。まあ、慣れです」
慣れ!?
いや、慣れってなんだよ。
慣れとかいう領域の話じゃねぇだろ。
そう話していると――
「モチヅキっ!」
叫びとともに、空気が震えた。
吸血鬼だ。
俺たちの会話をぶった斬るように、血の刃が一斉に飛んでくる。
「うおっ!?」
ヤバい、と思ったと同時に。
――パァンッ!!
「は?」
視界の中で音が弾けた。
と思ったら、次の瞬間には血の刃が粉砕されていた。
……音より拳が速いってどういう理屈だよ。
「おっと、ここは通行止めですよ」
松下さんだ――この人、全部拳で叩き落としている。
パァン、パァン、と破裂音が鳴るたびに、次々に血の刃が粉砕されていく。
目ではもう追えない。
速すぎて拳が線に見えるんだけど。
「す、すげぇ……松下さん……」
思わず声が漏れる。
ギャップが、ギャップがエグいよ。
つーか、俺のレベルがどうのこうの言ってたけど、レベル関係なくない?
この人と戦っても勝てる気しないんだけど。
普通になんなのこの人……。
「へぇ、やるなぁ松下さん。さすが『拳闘士』だ。ジジイのくせに全部防ぎやがった」
竹原の声。
こいつ本当に一言多いな。
「『拳闘士』?」
「はい。私が選んだジョブは『拳闘士』。拳を使った攻撃に特化した戦士系でして」
言いながら軽くシャドーを始める松下さん。
拳がぶれて見えないんだが……いや、ギャップよ。
「な、なんでそんなジョブ選んだんすか……」
「言ったでしょう? ボクシングを嗜んでいると。あとはまぁ……ノリです」
ノリって……。
ノリで世界トップクラスの速度を身につけるのやめてほしい。
あんた、もうすぐ還暦だよな?
「ハハッ、アンタも良い駒になりそうだなぁ!」
あいつ、松下さんも魅了する気か!
「松下さん、視線を合わせないで――」
「問題ありませんよ。私に魅了は効きません」
冷静に答える松下さん。
竹原も少しだけ目を見開いて、驚いた様子だ。
「……えぇ……なんでなん……?」
「『魅了の魔眼』は、先ほどこの
なるほど、だから無効か。
そうだよね、納得!
いやいやいや、できねぇっつの!
そんな軽いノリで無効化すんなよ!
「マジで、なんなのこの人……」
っと、待て。
竹原がまだ笑ってやがる。
「……へぇ。まぁ最初からあんたには弾かれると思ってたがな。だが――あんたは大丈夫でも、後ろの二人はどうかな?」
「なっ……!?」
振り返ると――
桐生さんと梅野さんが殴りかかってくるところだった。
しかも、これは……!
「……っ! 松下さん、すみません!」
「わ、私、身体が勝手に……っ!」
おお、やっぱり――意識はっきりしてて会話ができる!
「ハハッ、やっぱり自我を残した方がおもしれぇな!」
このクソ野郎、めちゃくちゃ楽しそうにニヤついてんな!
「くそっ、身体が……!」
「望月さんごめんなさいぃ!」
困惑した顔で謝りながら攻撃してくる二人。
「おぉ! 神乳が揺れて……!」
梅野さんの胸部がなんかもう凄いことになってる!
ばるんばるん、いや、ぼるんぼるんだ!
って、いやいや。謝られながら攻撃されても困るんだけど!
「竹原お前性格終わってんだろ! くっ、危なっ!?」
「すまん! 避けろ!」
思わず叫ぶ俺に、襲いかかる桐生さん。
その拳は完全に素人のそれじゃない。
空手のような構えを取り、鋭い突きや蹴りを連続で放っている。
体も大きく強面のイカツイ顔で襲ってくるのは、普通に怖い。
「ちょっ……! 松下さん、俺が抑えるからその隙に――」
「ふむ、桐生くん。少し痛いですよ」
だが、松下さんはその猛攻を軽くいなし、やれやれと言わんばかりに眉を下げ――
――パァン。
一撃。
何が起こったのか理解できる前に、桐生さんは白目をむいて床に沈んでいた。
「ま、松下さん……すみ……ま……」
最後に申し訳なさそうに呟き、そのまま気絶。
「マジか、この人……」
……すげぇ。
何の躊躇もなくやりやがった……もう全部が怖えぇよ!
「おいおい、一撃かよ……。大切な部下に容赦ねぇな松下さんよぉ! ここでも簡単に切り捨てるんだなぁ?」
竹原がニタニタと煽ってくる。
ほんっと性格悪いなお前!
「やむを得ません。ここで彼を放置しては、より危険ですので。彼も承知のはずです」
淡々と説明する松下さん。
落ち着きすぎててやっぱり逆に怖い。
「へぇ、じゃあ……こっちはどうかな?」
竹原が梅野さんの肩をガシッと掴む。
その顔は「あ、こいつ絶対ロクでもないこと考えてる顔だ」ってやつ。
「おっと、動くなよ? 美鈴は、壊れやすいぞ」
「ひっ……! 慎ちゃん、やめてよぉ……!」
梅野さんは涙で顔がぐしゃぐしゃだ。
なんか胸がぎゅっとする。
「おい、お前マジで人としてどうなんだそれ!」
「ふむ、位置が悪いですね……近づけば、彼女が盾にされてしまうでしょう」
松下さんの眉がわずかにひそむ。
この人がこういう顔するときは、本当にヤベェ感じなんだよな。
「よし、吸血鬼。死なない程度にコイツら斬り刻め。もし、抵抗したら――」
「っ……やめ……!」
竹原が吸血鬼に合図を送る。
吸血鬼は血の涙を流しながら苦しそうな顔で、梅野さんの喉元に血の刃をスッと寄せた。
「美鈴の首を切れ」
「……っ!?」
「そ、そんな……!」
二人の動きが完全に止まる。
視線は恐怖で揺れているのに、身体だけが命令に逆らえず従おうとする。
「ハハッ、やっぱ自我残したままだと面白ぇわ。顔が最高だ」
「マジでどういう神経してんだお前!」
何食ったらこんな性格の悪いゴミができんの!?
さすがの俺もドン引きなんだけど!
「さて――吸血鬼。やれ」
命令を受けた吸血鬼の手が、ふわりと上がる。
「き、吸血鬼さん……っ!」
「ウ……メノ……っ」
周囲に血の霧が広がる。
その霧が集束し――
――ズラァッ!
無数の血の刃が空に並んだ。
全て俺と松下さんに狙いを定めている。
「っ……!」
「望月さん、下がってください!」
松下さんが構えを取るが、この数は――無理だ。
いくら松下さんが世界を狙える拳だろうと、普通に考えて死ぬ。
万事休す。
そう思った、その瞬間だった。
「……ぅ……あ、っ……」
「……え?」
梅野さんが、ふっと力が抜けたように崩れ落ちた。
「な……っ、はぁっ!?」
竹原が初めて、本気で驚いた顔をする。
その隣で、吸血鬼が震えていた。
額を押さえ、息を荒げ――それでも瞳には怒りが灯っているのが分かる。
「……ふ、ざけ……っ……じゃないわよ……魅了……なんか……に……」
吸血鬼が震える手をスッと動かす。
すると、梅野さんの口元から薄い血の霧がふわりと漏れ出した。
さっき魅了兵を解除したときと同じ……!
「て、てめぇ……どうして……」
竹原が歯ぎしりしながら吸血鬼を見る。
吸血鬼は、顔を上げた。
涙と怒りと、悔しさと優しさが混じった目で、まっすぐ竹原を睨む。
「……ウメノに……手ェ出すんじゃ、ない……!」
その声は震えていたが、確かな意志があった。
「……はぁ? おいおい、なんでお前が美鈴を庇うんだ?」
竹原が鼻で笑い、挑発するように言った。
「お前みたいな化け物が、人間守るとか……冗談にもなんねぇな?」
吐き捨てるような声。
吸血鬼を見下す目。
「ウメノは……すっごく良い子なの……!」
吸血鬼が涙をこぼしながら叫ぶ。
その声は掠れていて、震えていて。
それでも、竹原に向けて歯を食いしばっていた。
「あなたみたいな人に……好き勝手されて……いい子じゃ、ないっ……!」
吸血鬼の瞳が揺れながらも、強い。
「いい子ぉ?」
竹原の口元が歪む。
あの、心底バカにした笑い方だ。
「へぇ……そんなに庇うほど仲良くなってたのかよ。魔物のくせに、ずいぶん人間っぽいじゃねぇか」
吸血鬼は唇を噛み、何も返せないようだった。
だけど目だけは、絶対に逸らさなかった。
「出来損ないのクズ同士、馬が合ったってか? くだらねぇ」
それが気に入らないのか、竹原の顔がねじれる。
竹原の口角がさらに吊り上がる。
「はっ、じゃあ守ってみろよ。お前みてぇな何の取り柄もねぇ魔物風情に――」
竹原の瞳が赤く染まる。
「――それができるならなぁ!」
瞬間、魅了の魔眼が発動した。
「――っ!?」
吸血鬼の身体がビクッと跳ねる。
肩が震え、息が止まったように固まる。
「や……っ……」
震える声。
指先が痙攣するように動き、やがて――ぴたりと止まった。
顔が俯き、髪が前に垂れる。
棒立ちのまま、まるで首の骨が折れた人形みたいに。
「ふん。せっかく自我残して遊んでやってたのによ……余計なことしやがって。興醒めだ」
竹原は冷たく吐き捨てる。
そして――、
「はぁ、つまんな……吸血鬼。命令だ」
空気が凍る。
嫌な予感しかしない。
「コイツら――」
竹原の指が、俺と松下さんを順番に刺す。
「やれ。……ああ、もう飽きたから殺していいぞ」
「……ッ……」
吸血鬼の指がゆっくり持ち上がる。
その瞳がこちらへ向けられた。
「おいおい……マジかよ」
思わず声が漏れた。
――さっきまで涙と怒りで揺れていた目じゃない。
虚ろ。
焦点なく、ただ命令を待つだけの。
完全に壊れた目。
「……っ、まずい……!」
「望月さん、後退を――!」
殺意と血の霧が、再び形を成し始める。