魔物使い、はじめました。   作:YTとりあえずぶん投げてみる

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第72話 うんこマン VS モブ

 竹原の頬が、ビキビキと音を立てるんじゃないかってくらい引き攣ってる。

 

 周囲の女たちも護衛も、命令待ちの機械みたいに誰一人として声を発しない。

 呼吸すら許されてないような、異様な沈黙。

 全員が硬直したまま――ただ、竹原の顔色だけがじわじわと赤黒く染まっていく。

 

「……テメェ……今、なんつった?」

 

 声が低い。

 さっきまでのあのウザい軽さが、1ミリもない。

 

 あぁ、いいねその顔。

 効いてる効いてるー。

 やっぱこいつには「うんこマンいじり」が刺さるな。

 

 俺は肩を竦めて、馬鹿にするように鼻で笑った。

 

「聞こえなかったか? 耳までうんこ詰まってんのか? うんこマンよぉ」

 

 空気がさらに一段階、ギシリと歪んだ。

 

 

 竹原の周りにいる女たちは、助けを乞うような泣きそうな顔をして俺を見てくる。

 護衛の警察官たちはさすがプロというか、俺の登場で事態が変わると思ってるのか、わずかに期待の色すら浮かべていた。

 

 なお、双方ともその表情とは裏腹に、こちらに向ける殺気がエグい。

 意識残したまま魅了されてんのに、殺気は飛ばしてくるってどうなってんだろ……。

 

 それも気になるけど、殺気とか分かるようになった自分にビックリ。

 なんか漫画とかの強者っぽい。

 

 竹原は一拍……いや三拍ほど遅れてから、沸騰するように笑い出す。

 

「ハッ……ハハッ! あー……っははははははッ!!」

 

「……え、怖」

 

 ……いきなり何笑ってんだこいつ。

 ヤバい薬でもキメてんのか?

 これだから素面で人前でうんこもりもりする奴は……。

 

「詐欺師、オメェよォ……状況、わかってねぇよなぁ?」

 

 竹原は言いながら、再び王様気取りの玉座にゆっくりと座り直す。

 

「俺の王国に足を踏み入れて――」

 

「あ、わかってわかってる。お前が『魔眼を奪ってイキリ散らしてるだけの弱虫』ってことは」

 

 竹原の笑いが、ピタッと止まった。

 

 はい二度目のヒット!

 口喧嘩のコツは相手にペースを握らせないこと。

 こいつには喋らせない。

 ついでに言うなら、こいつは「強者扱いされない」ことに死ぬほど耐えられないタイプだ。

 

「弱虫……俺が、弱虫だと?」

 

 竹原の顔から、さっきまでの余裕が欠片もなく消える。

 怒ったり笑ったり、ころころと忙しい奴だな。

 ……いや、俺のせいなんだけど。

 

「え、違うの? だってお前、一人じゃ何もできないクソ雑魚じゃん」

 

 竹原の目の奥がギギギ、と動いた。

 ガンギマリと言ってもいい。

 

「今の自分を客観的に見てみろよ。無理矢理みんなを魅了して強くなった気でいるだけだろ。クソ雑魚弱虫くん?」

 

「俺は弱くねぇ!!」

 

 竹原が怒鳴る。

 怒鳴りながら、視線はずっと俺だけに向いている。

 狙い通り。

 あいつはもう、周りを意識してない。

 

 だが、まだ足りない。

 松下さんたちが竹原に近づけるように、場を動かさないといけない。

 

 護衛たちは命令のまま静止したまま、ただ目だけが苦悶して揺れる。

 

 竹原はゆっくりと玉座から立ち上がる。

 ソファの肘掛けをギチギチ握り潰す勢いで。

 

「……テメェ、調子に乗ってんじゃねぇぞ」

 

「調子に乗ってるのはそっちだろ。なんだよ、その王様ごっこ。ショッピングカートにでも乗ってパレードしてみろよ。いや、便器のほうがいいか? うんこマンだし」

 

 竹原の喉が、怒りでガクガク震えた。

 

「魅了使って周りに侍らせてイキってるけど……。ぷぷ、うんこにたかるハエにしか見えなくて臭。じゃなくて草」

 

「お、前…、!」

 

「あ、漏らす? また漏らすの?」

 

「……おい、誰か……こいつを黙らせろ……」

 

 その命令が出た瞬間――すぐ近くの魅了された女たちが反応し、俺に向けて足を踏み出す。

 

 だが、それでも竹原の目は俺から離れない。

 

 これだ。

 俺だけが、竹原の攻撃目標になった。

 

 影山のスキル範囲外に出てからの殺気は、すでに横殴りの衝撃のように全身へぶつかってきている。

 

 でも、怖いとか痛いとかそんなのは感じない――ただ、煩わしい。

 

「はは」

 

 俺は手を広げて笑う。

 

「あぁ? テメェ、何笑ってやがる!」

 

 わざとらしく大袈裟に、

 

「はははは! いやいや、俺の言った通りじゃね?」

 

 煽るように。

 

「どしたん、王様? もしかして、ビビってんのか?」

 

「……は?」

 

「そうだよ。お前が一番怖がってるじゃねぇか。俺に近づくのを。こんな女の子にやってもらわないとできないんだろ? 自分のケツも拭けないのか、うんこマン(笑) プークスクス」

 

「テメェェェ!!」

 

 竹原がついにソファを蹴り飛ばして前へ出た。

 女たちに命令を飛ばすのを忘れて、自分が先に。

 

 いいね。

 最高の反応だ。

 

「殺す……ぶっ殺す!! テメェだけは絶対に殺す!!」

 

 うん、言葉のチョイスが完全に小学生。

 やっぱりうんこマン。

 

 俺は肩をすくめて、ゆっくり一歩後ろへ下がる。

 逃げる素振りを見せることで、竹原の視界がますます細くなる。

 

 周りで迫ってくる女たちの気配が近い。

 警官たちの足音も、一定のリズムで近づいてくる。

 ズズッ……と、魅了された民衆が一斉に動く。

 

 その瞬間。

 竹原の背後が、わずかに緩んだ。

 

 そう、これだ。

 狙い通りだ。

 

 竹原は俺一人を殺すために、護衛の警察官たちの配置を前方へ少し崩させた。

 後方が空く。

 

 そのわずかな隙間が――数秒だけ、だけど確実に生まれた。

 

 俺は息を吸った。

 

「おい、いいのか?」

 

「……ああ?」

 

「その命令でいいのかって、言ってんだよ」

 

 竹原は眉をひそめる。

 

「はぁ? なんだ、今さら命乞いか!? 」

 

 こうしてる間にも魅了された奴らが俺に向かって来ている。

 

 だが、俺は顎を上げ、真っ直ぐ竹原を見返した。

 

「お前が言ったんだろ、俺に。『テメェは一人じゃ何もできないおっさん』だって」

 

「…………あ?」

 

 竹原が気づく。

 ほんの一拍遅れて。

 

 自分が、俺の小学生みたいな安い挑発に乗って護衛の配置を崩したことに。

 

「いやまぁ、できなくはないけどね? 今回は……頼まれたからこうしてるだけだし」

 

 竹原の背後、今まで何も感じなかったのに急に気配が現れる。

 俺は笑う。

 

「ほら、多分もう見えてるだろ、竹原」

 

 竹原が息を呑んだ。

 

 背後――自分のすぐ後ろの()()()()()()()

 

 そこに、ゆっくりと影が浮かび上がる。

 

 時間切れで、姿が世界へ戻ってきた男。

 

 静かで、怒りの色をほとんど見せない顔で。

 だけど、鈍い光沢を放つ銀色の拳だけはあり得ないほど強く握り締められている。

 

「……望月さん、ありがとうございます」

 

 松下さんだ。

 

「…………ッッ!」

 

 竹原が振り返る。

 

 警察官としての静かな怒り。

 正義、いや、人としての怒り。

 

 それを纏った松下さんが、竹原の背後に立っていた。

 

 そして。

 

「終わりにしましょうか、竹原くん」

 

 

 ――――――パァン!

 

 

 松下さんの鉄腕が、竹原の頭へ振り抜かれた。

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