魔物使い、はじめました。   作:YTとりあえずぶん投げてみる

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第75話 それはそれ。これはこれ。

 松下さんは片腕だけで構え、残った拳をぎゅっと握り込む。

 

「ハハッ……一か八か、って顔してんなぁ」

 

 竹原が、楽しそうに言った。

 

「やってみるか? 上手くいけば、犠牲は最小限で済むかもなぁ」

 

 それを無視して、松下さんが腰を落とし、踏み込もうとして――

 

「あぁ、言い忘れてたが」

 

 竹原が、まるで思い出したかのように軽い調子で付け足す。

 

「俺に攻撃した瞬間、こいつら全員――廃人だぞ?」

 

「……っ!」

 

 空気が、止まった。

 松下さんの動きも、完全に止まる。

 

「そう、命令してある」

 

 竹原は指先で自分のこめかみをトントン叩く。

 

「俺に向けて敵意のある攻撃が行われた瞬間、魅了した連中の頭ン中にある魔力をな……ぐちゃぐちゃにかき混ぜる」

 

 こいつ……!

 やることが本っ当に!!

 

「精神を直接、だ。壊す。廃人一直線。こういう使い方もできるんだよなァ」

 

 竹原は、にやにやと松下さんの顔を覗き込む。

 

「まぁ、そうなった後のあんたの顔も、ちょっと見てみたいがな?」

 

 松下さんの拳が、わずかに震えた。

 

「それに――」

 

 竹原は肩を竦める。

 

「俺を気絶させた程度じゃ、魅了は解除されねぇ」

 

「……どういうことです?」

 

「なんだ、俺を落とせば全部終わりだとでも思ってたのか? つくづく甘いなぁ、あんた」

 

 竹原はやれやれと言わんばかりに首を小さく振った。

 

「少し考えれば解るだろ。その程度で解けるなら、吸血鬼があんなに苦労するわけねぇ」

 

 竹原は楽しそうに続ける。

 

「殺せば……まぁ、どうなるかは分からねぇな。前例がねぇもんでな」

 

 そして、ゆっくりと首を傾げる。

 

「だがよ。あんた、俺を殺せるか? 部下や一般人を巻き込んで?」

 

 その言葉が、深く突き刺さる。

 

「それ以前に、人を殺した時点で――あんたの『正義』ってのは、どこに行くんだろうなァ?」

 

 言葉を重ねるごとに。

 松下さんの表情から、選択肢が一つずつ削られていく。

 

 沈黙が駐車場を満たす。

 長く、重い沈黙。

 

 竹原は、ただそれを眺めていた。

 勝ちを確信した者の顔で。

 ヘラヘラ笑いながら。

 

 

 やがて――

 

 松下さんは、拳を下ろした。

 

 ほんの数センチ。

 だが、決定的だった。

 

 竹原の口元が歪む。

 

「は、はは、ははは! 良ぃぃい顔だァ!」

 

 心底、愉快そうに。

 

「そうだよなぁ。あんたはそういう人だ。……だから好きなんだよ、松下さん」

 

 竹原の顔が、ぱっと明るくなる。

 

「ハハッ! あー、本当にいい顔だ松下さんよぉ!」

 

 心底楽しそうに、声を上げる。

 

「そうだよ、その顔だ。あんたの『正義』が『現実』に負ける瞬間ってのをなぁ……俺はずっと見たかったんだ! ハハッ!」

 

 竹原が、松下さんへと歩み寄る。

 無防備に、護衛も置かずに、一人で。

 

 そして、目を伏せる松下さんの顔を覗き込むようにして。

 醜く、楽しげに顔を歪めた。

 

「――最ッ高に面白ぇ! ハハハッ!」

 

 今まで以上に声を上げ腹を抱えて、嗤う。

 

「ハハハッ! ハハッ! ――はぁ……」

 

 だが突然、スンッと無表情になる。

 

「……その程度かよ」

 

 短く、吐き捨てる。

 

「その程度の覚悟で、正義ヅラしてんじゃねぇよっ!」

 

 ドゴっ!

 

「……ぐっ!」

 

 松下さんの身体が強く蹴り飛ばされる。

 駐車場を転がり、俺のすぐ近くで止まった。

 

「松下さん!」

 

 駆け寄るが……何度も俺を庇った傷、折られた腕、さらに今の一撃。

 松下さんはもう、ボロボロだ。

 

「……大丈夫ですか? その、色々と」

「えぇ……はい」

 

 ゆっくりと立ち上がり、竹原を見る。

 

「大丈夫。まだ……私は折れてませんよ」

 

 そう言って微かに笑う。

 

「腕は……折れましたけどね」

 

 いや、ツッコめねぇよ……。

 その笑顔は、少しだけ疲れたように見えた。

 

 そして、竹原の視線がこちらに向く。

 

「さて、ジジィは……もういい。もう何もできねぇからな」

 

 俺を睨み、指を差す。

 

「……次はお前だ。詐欺師」

 

 俺は黙っていた。

 

 松下さんがどうするか。

 それを、ずっと見ていた。

 

 「お前はどうする? 望月ィ」

 

 俺が見返すと、竹原は鼻で笑った。

 

「いや、テメェは違うな」

 

 ニヤリ、と。

 

「分かってるぜ。テメェは目的のためなら他人がどうなろうが構わねぇ。必要なら俺も殺す」

 

 ……分かってるじゃないか。

 

「さっきナイフ振るった時も、目は本気だった」

 

 こいつ、ここ最近で一番俺を分かってる人間かもしれん。

 

「だがな」

 

 竹原は、ゆっくりと手を広げる。

 

「今は動けねぇ。違うか?」

 

 周囲には、魅了された警官と女たち、それに大量の一般人。

 そして、店の奥――避難所の方角。

 

「ここでテメェが暴れりゃ、誰かが壊れる」

 

 俺の胸の奥が嫌な音を立てる。

 避難所の奥にいる、あいつの顔が脳裏をよぎったからだ。

 

 ……気には、なる。

 

「ほら、その顔。やっぱりだ」

 

 竹原は満足そうに頷く。

 

「強がって冷徹ぶっちゃいるが、テメェも状況には縛られる」

 

「……」

 

 

 気には、なるっちゃなるけど――

 

 

「つまり、何もできない。ジジィと同じでな」

 

「……」

 

 

 それはそれ、これはこれ――

 

 

「この勝負、俺の勝ちだ。ハハッ、俺の『正義』が正しいと、今、証明され――」

 

 

 ――じゃね?

 

 

「え?」

 

 思わず、声が漏れる。

 

「いや、別に俺は構わんけど?」

 

「……あ?」

 

 竹原が、間の抜けた声を出す。

 

「何が」

 

 俺は肩を竦める。

 

「ん? いやだから、別に構わんて。避難民がどうなろうが俺、正直どうでもいいし」

 

 俺の言葉を聞いた竹原が驚いたように目を見開く。

 

「……は?」

 

「俺さぁ……知り合いとか、子供とかが死ぬならさすがに後味悪いけどさ。でも後味悪いってだけだし。廃人くらいなら、ふーん、って感じ。知り合いでも何でもない他人なら、なおさら」

 

 自分でも驚くくらい、淡々と言えた。

 

「そもそも俺はな? 松下さんが頑張ってるから付き合ってるだけで、元々お前殺して終わりにしようとしてたよな。お前攻撃すれば全員片付くなら……楽でいいかなって」

 

「て、テメェ……! 人としてどうなんだそれは! もう少しなんかあるだろ、おい!」

 

「いんやぁ、別に……うん、ないな。つーか、お前に言われたかねぇし」

 

 竹原が目を丸くしてる。

 まるで理解できないものを見たような、そんな顔。

 分かる。

 俺も自分でビックリしてるし。

 

「じゃ、じゃあ、あのクズ女は! 吸血鬼はどうなってもいいのかよ!?」

 

「……吸血鬼?」

 

 血の涙。

 歪んだ呼吸。

 壊れかけた表情。

 

「そうだ! お前の仲間だろうが!」

 

 そうだ、あいつは俺の仲間。

 あいつが俺のせいで、壊れたように泣いて。

 

 でも……でもさ。

 やっぱり、()()()()()()()()()()()なんだよなぁ。

 

「おいおい、忘れたのか? 俺は『吸血鬼を裏切って捨てるつもり』だって、お前が言ったんだろ」

 

 さっきはノリで「あいつのために〜」なんて格好つけて出てきちゃったけど……考えたら俺、何も悪くなくね?

 

 うーん、その場のノリで動くと駄目だな。

 反省、反省。

 

「竹原、考えてみ? 入社したての新人のために命かける奴なんている? いくらそいつが超絶美人のおっぱいちゃんでもよ? 普通に考えて、いないよね? じゃあ俺もそれっつーことで」

 

 それに、目当ての『魅了の魔眼』もお前に盗られて無くなっちゃったし。

 アイツももう……仲間《道具》としては用済みかな。

 

 俺の本音を聞くと、竹原が口を歪めた。

 

「……なるほどな。じゃあ――」

 

 指を鳴らす。

 

「死ね」

 

 魅了された避難民たちが、一斉にこちらへ殺到する。

 

 俺は一歩前に出た。

 

 そのまま拳を――振り上げる。

 

 本気だ。

 そろそろ面倒くなってきたし、いい加減飽きたわ。

 こいつのくだらない王様ごっこもさっさと終わらせて、帰って風呂入ってビール飲んで寝たい。

 

「望月さん、やめ――!」

 

 松下さんの声が、すぐ後ろから飛ぶ。

 

 だが、止める気はない。

 

 俺はそのまま右手で――

 

 背中から()()を引き抜き、勢い良く振り抜いた。

 

 

 

 パァン!

 

 

 

 乾いた、間の抜けた快音。

 

 倒れた避難民が一人、ゴロンと地面に転がる。

 

 ――怪我は、ない。

 

「……え?」

 

 松下さんが、呆然と見る。

 俺の顔を見て、そして手へと移る。

 視線の先、俺の手にあったのは――

 

「……ハリセン?」

 

 そう。

 ハリセンだ。

 

「いやさ」

 

 パァン!

 

 俺は、次の一人をハリセンで叩き落としながら言う。

 

「今の俺が一般人殴ったら、下手したら死ぬでしょ?」

 

 パァン!

 

「今やこんな世界だし別に構わんけど、それはさすがに後味悪いじゃん」

 

 パァン、パァン!

 

「で、なんかいい方法ないかなぁって考えてたらさ」

 

 パパン、パァン!

 

「さっき倉庫で見つけたのよ」

 

 パンパパァァン!

 

「これは攻撃じゃない」

 

 俺は、言い切る。

 

「そう―――――ツッコミだ!」

 

 そして、振り返って叫ぶ。

 

「だから松下さんも!」

 

 背中から予備のハリセンを引き抜き、松下さんへと放り投げる。

 

「これ使って! それならアンタの一線は超えない!」

 

 松下さんは、呆然とそれを受け取る。

 

「……」

 

 一瞬、戸惑い。

 

手元のハリセン、避難民、そして俺を見て――

 

 

 ふっと、肩の力が抜けた。

 

 

 

「……まったく」

 

 

 

 小さく息を吐き、構える。

 

 片腕で。

 ハリセンを持って。

 

「……あなたは、本当に」

 

 苦笑とも呆れともつかない表情で。

 

「警察官泣かせですね、望月さん」

 

 笑った。

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