魔物使い、はじめました。   作:YTとりあえずぶん投げてみる

80 / 105
第79話 鳴らせ

 吸血鬼の体が、ぐらりと揺れた。

 

 虚ろだった瞳に、一瞬――確かに、光が戻る。

 

「……モチ……ヅ……」

 

 掠れた声で名前を呼ばれ、心臓が跳ねた。

 

 ――まさか……戻った?

 

 だが、その期待はすぐに打ち砕かれる。

 

 吸血鬼の目から感情がすっと消えた。

 さっきまで宿りかけていた意志が、引き剥がされるように霧散していく。

 

「……って、一瞬かよ!」

 

 思わず、声が漏れる。

 今、魅了解けたはずだろ!?

 なんだその「希望見せて即没収〜」みたいな演出は!

 さっきから「やったか→やってない」が多すぎんだよ!

 

「おい! 吸血鬼! お前、俺より強いくせになに素直に魅了されてんだよ!」

 

 ダメ元で声をかけてみるが、全く反応がない。

 

「お前うちの社員だろ! うちは副業禁止だ! 竹原との掛け持ちは許さんぞ!」

 

 しかし、松下さんの言う通り、()()()()()()()()()()()()意味がないっぽいな。

 

 吸血鬼は再び、糸の切れた人形のように立ち尽くす。

 

「……ちっ、やっぱ殴るしかないか――」

 

「……ははっ」

 

 諦めてバットを肩に担ぐと、背後から楽しそうな嗤い声。

 

「クズ女とはいえ、こんな便利な駒よぉ」

 

 いや、違う。

 糸はまだ切れてない。

 

「そう簡単に解除させるわけ、ねぇだろ?」

 

 糸を操っている張本人、竹原が肩をすくめて愉快そうに顔を歪める。

 

「……あぁん? なんだとコラ」

 

 俺が睨むと、竹原は自分のこめかみをトントンと叩いた。

 

「俺の魅了はな、一枚だけじゃねぇ」

 

 にやりと歯を剥く。

 

「こいつに関してはなぁ、解除された瞬間に次が噛み合うように重ねてある」

 

「……はぁ? なんだそれ」

 

「言ったよなぁ。俺は元の持ち主より強化してスキル使えるってよぉ」

 

 吐き捨てるように。

 

「夜の吸血鬼は強ぇ。昼間は使えねぇゴミっつー弱点を差し引いても、捨てるには惜しいんだよなぁ」

 

 だから、

 

「保険くらい、かけとくに決まってんだろ」

 

 保険ってお前……。

 まぁ確かに、ビビりだもんなこいつ。

 そらぁ殴れば解除っていう明確な弱点、どうにかするか。

 

「……そんなことできんのなら先に言っとけよ」

 

 後出しジャンケンとかほんとやめて。

 お前そんなことばっかしてっから嫌われるんだぞ。

 

 竹原は心底楽しそうに嗤い、また頭をトントンと指先で叩く。

 

「スキルは使いようだ」

 

 トントン。

 

「お前らみてぇなバカには――難しかったか?」

 

 トントントン。

 

 ……クソが。

 トントントントン、その仕草マジでやめろ。

 すげぇムカつく。

 ドヤ顔と相まってマジで殴りたくなる。

 

 そして――

 

 竹原は、吸血鬼に向けて指を突きつけた。

 

「命令だ、吸血鬼」

 

 お前、楽しそうだな、ほんっとに。

 

「望月を殺せ」

 

 自分で来ないチキン野郎が。

 

「……ただし」

 

 竹原の口元がぐにゃりと歪む。

 

「死ぬほど痛めつけてから、な」

 

 

 ――ぶわっ!

 

 吸血鬼の周囲に、爆発するように血の霧が渦巻いた。

 

 刃。

 槍。

 鞭。

 

 血液魔法が、一斉に展開される。

 

「……おぉ、マジか」

 

 数も圧も洒落にならんのだが?

 こんなのまともに受けたら、今度こそ普通に死ぬかもしれん。

 

 でも、やっと光明が見えたんだ。

 

「一回でダメならさぁ……」

 

 金属バットを握りしめ、吸血鬼へ踏み込む。

 

「戻るまで殴り続けりゃ、よくね?」

 

 この際パワハラとか言ってられん。

 業務を滞りなく進めるための対処だ、大義は俺にある。

 幸い、吸血鬼の頭はものすごい頑丈みたいだからな。

 あと数発、いや数十発殴ったところで大丈夫だろ。平気平気、知らんけど。

 

 吸血鬼に向かう俺の背後で竹原が吐き捨てる。

 

「はっ、バカが。忘れたのかよ、テメェ如きじゃ防げねぇだろ」

 

 血の刃が一斉に襲いかかる。

 視界を埋め尽くす、赤。

 

 竹原の言う通り、俺が万全な状態でもこれを防ぐのは無理だろう。

 肩と足に攻撃食らって、ツッコミまくって体力も限界。

 松下さんにも頼れない。

 

 状況はさっきより悪いんだから、防げるわけがない。

 

 

「――悪くなってんのが俺だけならな」

 

 金属バットを振る。

 

 ガキィン!

 カカカンッ!

 弾く。

 叩き落とす。

 

「よし、やっぱりな!」

 

 さっきの柔らかい血の障壁。

 あれ見てピンときたんだ。

 

「はっはぁー! 吸血鬼、お前――」

 

 俺は叫ぶ。

 

「ガス欠だろ!!」

 

 血の刃は遅い。

 槍も狙いが甘い。

 飛んでくる血の武器たちはどれもこれも精度が、明らかに落ちている。

 

「言ってたもんなぁ! 血液魔法は燃費が悪いって!」

 

 応接室で見たときより、明らかに。

 

「俺の血、ちっとばかし吸ったくらいじゃよぉ!」

 

「魅了解除に応急処置!」

 

「おまけに、あれだけ遠慮なくバカスカ撃ちまくりゃ!」

 

 見えた勝ち筋に自然と息が荒くなる。

 

「そりゃ、魔力も持たねぇよなぁ!!」

 

 血の刃を弾きながら、距離を詰める。

 引き攣ったような竹原の声。

 

「……なっ!? ま、待て……っ!」

 

 竹原が俺に向かってこようとする気配。

 

「おいおい、お前の相手は俺じゃねぇだろ!」

 

「……なにっ!?」

 

 

 

 竹原の背後で、松下さんが呟いた。

 

 

 

 

 

「――『ゴングを』」

 

 

 

 

 カァァァァン!!

 

 

 

 

 場違いな乾いた金属音が、駐車場に鳴り響いた。

 

「……な、なんだ!?」

 

 竹原が周囲を見回す。

 

 気づけば。

 

 俺と吸血鬼の外側。

 竹原と松下さんの周囲に――

 

 四角い柵。

 張り巡らされたロープ。

 

「……は?」

 

 思わず、間の抜けた声が出た。

 

「な、なにそれ!? かっけぇ!!」

 

 まさか、松下さん……!

 領域を展開する的な、そういう系!?

 

「テメェ……ジジイ!!」

 

 竹原が怒鳴る。

 

「なにしやがった!!」

 

 松下さんはただ静かに構える。

 

「竹原くん」

 

 淡々と。

 

「あなたも、先ほど言っていたでしょう」

 

 感情を乗せず。

 

「私には、『切り札がある』、と」

 

「……へえ」

 

「これが、そうです」

 

 松下さんはにこりともしない。

 

「とはいえ……吸血鬼さんのような必殺技、というほど派手ではありませんが」

 

 拳を握り、竹原を見据える。

 

 だが、さっきのパンチも竹原の『石頭』でガードされた。

 そのせいで松下さんの拳は血だらけだ。

 もう片方の手だって折れている。

 おまけに頼みの『鉄腕』も竹原に押収されたままだ。

 

 竹原が嗤った。

 

「ハッ! そのザマで何ができるってんだァ! 忘れたのか? さっきのラッキーパンチもダメージは――」

 

「スキルなど」

 

 松下さんが遮った。

 

「要りません」

 

 キュッ。

 

 革靴が、コンクリートを噛む音。

 

「ステータスも」

 

 一歩。

 また一歩。

 

「レベルも」

 

 間合いに入る。

 

 竹原はまだ余裕ぶった顔で――

 

 そして。

 

「……あ?」

 

 眉をひそめた。

 

「……スキルが、発動……しねぇ?」

 

 松下さんが竹原の目の前へ。

 

「――そんなもの、ここには必要ない」

 

 

 ――ドンッ!!

 

 重く、芯に響くような打撃音。

 

 竹日の目が見開かれ、

 そして、

 空気が抜ける音。

 

「――かひゅっ……!?」

 

 完璧なフォームの、ボディブロー。

 

 松下さんの血だらけの拳が、竹原の腹に綺麗に叩き込まれた。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。