魔物使い、はじめました。   作:YTとりあえずぶん投げてみる

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第81話 あくまで上司として

 ジリリリ……という不快なベル音が止み、スピーカー越しにわずかな吐息が漏れる。

 

 あっちは脳内会話なのに吐息が漏れるってどうなってんだろ……。

 なんて、どうでもいいことを考えながら、スマホを耳に当てたまま歩く。

 

 店内の照明は半分落ち、棚の影がやたらと長い。

 その影の向こうから――

 

 ピシュッ。

 

 弱々しい血の刃が一枚、飛んできた。

 

「はいはい」

 

 金属バットを軽く振って弾く。

 乾いた音が響いて、砕かれた血の結晶が床に散った。

 

「で?」

 

 俺はスマホに向かって言う。

 

「電話出たならなんか言えよ」

 

 返事はない。

 

 吸血鬼はそれ以上何も言わない。

 電話に出た。

 繋がった。

 話せるはずなのに、

 

「おい、聞いてんのか?」

 

《……》

 

 なのに、無言。

 

 その間も、吸血鬼の手からは血液魔法が放たれ続けている。

 だが、その威力はもはや目に見えてボロボロだ。

 さっきまでの「回避不能な弾幕」はどこへやら。

 今は一発、また一発と、単発で弱々しい血の塊が飛んでくるだけ。

 

「お前さぁ」

 

 それを、スマホを耳に当てたまま金属バットを片手で振り回してあしらう。

 

 俺は文句を続ける。

 

「上司からの電話はワンコール以内に出ろって教えなかったか?」

 

 ピシュッ。

 

 また一発。

 今度は避けるまでもない。

 棚の角に当たって、べちゃっと潰れる。

 

「いつ呼び出されてもいいように構えとく。休みも仕事のうちだぞ」

 

《……》

 

「だいたいお前、なんで竹原に魅了されてるわけ?」

 

《……っ》

 

 少しだけ反応。

 

「お前俺より強いんだろ? うんこマン如きの魅了くらい、どうとでもなるだろ」

 

《……》

 

「しかも夜なのに。受け入れてんじゃねぇよ」

 

《……》

 

「どうせ馬鹿みたいな罪悪感とか恩人がどうとか、しょぉぉぉもないこと考えたんだろ?」

 

《……》

 

「意志が弱いんだよ、お前。人間を信じたい? 人間が好き? 馬鹿言うなっての。それでいいように利用されてりゃ世話ねぇだろ」

 

《……》

 

 軽口を叩いてみるが、スマホを持つ左手が小刻みに震える。

 吸血鬼にやられた肩と足の傷が、熱を持ったようにズキズキと痛みやがる。

 

「……っ、痛てぇな。お前、自分が何したか分かってんのか? こっちはお前のおかげで、手が震えてスマホ持つのも一苦労なんだよ。足も痛ぇのにあっちこっち走り回されて。労災だぞ、これ」

 

 それでも、返事はない。

 スピーカーの向こう側からは、喉の奥で何かが詰まったような、ひりついた沈黙だけが返ってくる。

 

「おい」

 

 少し、声を荒げる。

 

「いい加減、なんか言え」

 

 返事はない。

 血の刃が、間を置いて一発。

 さっきより、さらに弱い。

 

 

《……》

 

「……」

 

 

 ……ずっと沈黙。

 俺も、どうしたもんかと黙る。

 

 聞こえてくるのは足音と、遠くで何かがが軋む音。

 どこかでまだ戦ってる気配。

 たぶん、松下さんと竹原だろう。

 

 魔法はまだ飛んでくる。

 でも、そこに殺意があるようには見えない。

 ただ、止め方が分からないから続けているような。何かを拒絶しているかのような。

 

 あるいは……ただ、拗ねているだけみたいな。

 

 

 数秒。

 

 十秒。

 

 

「……なぁ、怒ってんのか?」

 

 ため息混じりに尋ねる。

 吸血鬼の肩が少しだけビクッと跳ねた気がした。

 返事はない。

 

 ただ、血の刃が一発。

 今度は明後日の方向に飛んでいった。

 

「……あー」

 

 頭を掻く。

 

「だよなぁ……」

 

『魅了の魔眼』――本当はこれを欲しがってたのが見事にバレた。

 

 自業自得。

 いや、竹原の巧妙な作戦のせいだ。

 あのうんこ野郎が余計なことをベラベラ喋りやがったからな。

 

 興味ねぇ、とか言っといて。

 かわいいだの、おっぱい見てぇだの。

 落ち込んでりゃ励まして。

 調子いいこと、散々並べて。

 上手いこと丸め込んで。

 

 ――実は、スキル狙い。

 

 吸血鬼にとっては、最悪の裏切りなんだろう。

 

 それを、よりにもよって。

 竹原の口から聞かされた。

 

 しかも。

 

 昔、信じた人間に裏切られて、実験動物や奴隷にされたっていうトラウマがある彼女にとっちゃ……俺も「結局、他の人間と同じ」ってわけだ。

 

 それを理由にこっちを殺しに来たんだもんなぁ。

 本気で。

 魅了されてるとはいえ。

 

 そりゃあ……黙るわな。いろんな意味で。

 

 正直、バチクソめんどい。

 この空気、めちゃくちゃダルいんだけど。

 ビジネスライクの付き合いでいいじゃん。

 俺はこいつの過去を全部背負ってやるなんて、一言も言ってないんだが。

 

「あー……めんどくせぇなぁ」

 

 俺はぼやいた。

 

 血の刃が一発。

 今度は床を転がるだけ。

 俺は、スマホに向かって言う。

 

「……あー、分かったよ。分かった分かった」

 

 俺は、スマホ越しに最大限の「あー、めんどくせぇ」というニュアンスを込めて、吐き捨てるように言った。

 

「俺が悪かった。……ごめんて」

 

 正直に謝った。

 軽く。

 本当に、軽く。

 事務的に。

 

「スキル狙いだったのは事実だ。お前のこと騙してたのも、まぁ、否定はしねぇ」

 

《……っ!》

 

 吸血鬼の動きが止まった。

 

「でも……最初だけだぞ? 今はそんなこと全然思ってないし……だから、ごめん。な?」

 

《……》

 

 また、魔法が飛んでくる。

 

「おい、聞いてんのか? ……悪いと思ってるよ。嘘じゃねぇ。いや、嘘も混じってたけど、今は謝ってる。謝るから……その虚ろな目ぇしてんの、もうやめてくれない? 見てて寝覚めが悪いし」

 

《……》

 

 無言。

 

「いや、だからさ」

 

 バットで刃を弾きながら続ける。

 

「ちゃんと謝ってんじゃん」

 

 沈黙。

 

「……あー、もう」

 

 肩が痛む。

 足が震える。

 正直、余裕なんてないんだけど。

 

「ごめんって」

 

 もう一度。

 

「何度も言うけどさ、騙すつもりは……まぁ、ちょっとはあったけど」

 

「最初から捨てる気とか、ねぇから。お前かわいいし。あとおっぱいでかいからな!」

 

 血の球がぽすっと一発、俺に当たる。

 

「いや、これは本当だぞ? 最初から言ってるだろ。かわいくて美人だから気になるって」

 

 また、一発。

 今度は俺の足元で止まった。

 

「スキルは貰うつもりだったけど、円満に進めていくつもりだったし。それはそれとして、お前とは仲良くしたかったし。……なあ、聞いてる?」

 

 しばらくして。

 

 スピーカーの向こうからかすかな息遣い。

 

 そして――

 

《………っ………》

 

 何か言いかけてやめたような間。

 

 俺は、少しだけ笑った。

 

「……ほら。無言でも、いいから」

 

 バットを床にカランと落とし、スマホを右手に持ち替えて耳に当て直す。

 

「電話、切るな」

 

 弱々しい血の魔法が、最後にもう一発だけ飛んできた。

 

 さっきまでより、ずっと遅く。

 ずっと、迷っている軌道で。

 

 俺はそれを、震える左手を上げて受け止める。

 

「まぁ、切っても……お前が話すまで、かけ続けるからな」

 

 上司ってのは、しつこいんだよ。

 

 ――特に、部下が黙り込んだときほど。

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