魔物使い、はじめました。   作:YTとりあえずぶん投げてみる

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第84話 勝者

 避難所内。

 静寂が戻った空間で、俺と吸血鬼――茜は二人仲良く並んで座っていた。

 と言っても、俺と茜の間には先ほどとは違い人一人、いや二人分くらい空いているが。

 

 遠くで鐘を鳴らしたような音がカンカンと響き渡っている。

 松下さんと竹原の戦いも決着がついたようだ。

 

 けれども……沈黙が、痛い。

 

「……あー。なんだ。……あっちも終わったみたいだな」

 

 俺は、先ほどまでの「接吻」を脳内の隅に追いやりながら、冷静を装って言った。

 正直、身体のあちこちがズタボロだ。

 だが、それより目の前の銀髪が醸し出す空気がやばい。

 

「…………」

 

 茜は顔をこれ以上ないほど真っ赤にして、俯いたまま微動だにしない。

 

「おい、茜。まただんまりか? 」

 

「……」

 

「茜、おーい」

 

「……」

 

「茜ぇ? ほら、必要ならまた『魔物通話』してやろうか?」

 

 少しからかうように言うと、茜が弾かれたように顔を上げた。

 

「そ、そんな『茜』『茜』って言わないでよ!」

 

「えぇ……? なんでだよ」

 

 あ、本当は嫌だったのか?

 結構真面目に考えた名前だから、ちょっとショックだぞ。

 

「違うの! まだ慣れてないのよ! 素敵な名前で……は、恥ずかしいの! わかるでしょ!? わかるわよね!? わかりなさいよ! デリカシーないわね馬鹿!」

 

「馬鹿ってなんだよ。名前を呼ばれる度に定義されるんだろ? また魅了されて拗ねられたら嫌だし、だからしっかり定義してやってるんだよ。『茜』、『あかね』、『アカネ』〜? あ、顔が赤いからちゃんと定義されてるってこと?」

 

 茜という名にふさわしいくらい顔真っ赤だし。

 

「〜〜っ!! 貴方、ほんっとにいい性格してるわね!」

 

「そんな褒めんなよ。褒めても……血しかあげられないぞ〜? また口移しであげたほうがいいか〜?」

 

 視線を合わせず怒鳴る茜に、ニヤニヤと笑いながら言ってみる。

 

「く、くち……!? え、その……ていうか、な、なんでそんなに余裕そうなのよ、貴方は!!」

 

「余裕? いや、全身ダルくてそんなんないけど」

 

「そうじゃないわよ! さっき、その、……したじゃない! 」

 

「した? なにを?」

 

「〜〜〜っ!! ききき、キスよ! キス! 私たち、き、き、キスしたのよ!?」

 

「あー、まぁ、緊急避難的なアレだしな。魅了解除のためには一番手っ取り早かったし」

 

 全身ボロボロだし頭殴るのも億劫だったしな。

 頭の魔力を飛ばせばいいなら、俺の魔力で満たせば同じことだろうし。

 

 あとはまぁ……こいつ、こんな性格だからテンパってすぐに表に出てくるだろうって。

 

「手っ取り早い!? 貴方……私の、初めてだったのよ!? な、なのに『くらい』ってなによ!」

 

 茜が涙目で喚く。

 

 ……初めて?

 百年以上生きてる吸血鬼が?

 マジで?

 

「……お前、処女なのはもう知ってっけど、キスもしたことなかったのか? 嘘だろ?」

 

「しょ、処女言うなっ! あ、当たり前でしょ! 誰が好き好んで好きでもない男と口づけなんて……!」

 

「ほーん、好きでもない男とはしないのか、へぇ?」

 

 ニヤニヤ。

 顔真っ赤にした銀髪美人。

 ヤバいな、見てるだけで顔がニヤけてくる。

 

「あ、ち、違う! そういう意味じゃない! あ、貴方がっ、すすす、好きって……意味じゃ……!

 

「なんだ……違うのか……」

 

 ショボーンとしてみる。

 

「ち、違っ! ……わなくは……ないけど、その……」

 

 顔がさらに真っ赤になる茜。

 ……何だコイツ。

 可愛すぎんか?

 

 つーか……やっぱりこいつチョロすぎる。

 人をいじるのは好きなくせに、いざ自分が当事者になると一気にポンコツ化するじゃん。

 

「はいはい、わかった。お前の初めて貰っちまったのは、まぁ……すまん。ゴチでーす」

 

「……っ! もう、いいわよ! ほら、応急処置は終わったわ!」

 

 茜がヤケクソ気味に、俺の肩をバシンと叩いた。

 

「いってぇ!? お前、力強ぇんだからさぁ! 俺が傷だらけなの分かって……あれ?」

 

 確かめるように身体を動かす。

 血の矢に貫かれた肩、穴が開いた足の甲、茜に刺された腹、あとは最後にザクザク刺されまくった胸。

 

 そのすべてが、不思議と痛まない。

 いや、痛まないつーか……傷口が完全に塞がっている?

 

「……これ、お前が?」

 

「……貴方の血と、私の血が、その……たくさん混ざり合ったからよ。今の貴方の中には、私の血と魔力が強く馴染んでるわ。……深い傷でも、私の血を媒介にして強制的に修復させたの」

 

 茜はゴニョゴニョと説明を続ける。

 

「……それにしても」

 

 茜がそう言って俺の胸元を指で指す。

 

「そこ、あんなに刺されたのに比較的傷が浅かったのよね……」

 

「ああ、これか」

 

 俺はザクザク刺されて穴の空いた胸ポケットから、()()()()()()()()を取り出した。

 

「上手いこと盾になってくれたらしい。いや、今度は股間に行かなくてセーフだったわ」

 

 竹原に捕まったときは股間に戻ってきてたもんな。

 あの時は……あれはあれでちゃんと大事なものを守られてたから良かったけど。

 

「不思議ね。壊れないし無くしても戻ってくるなんて……。どうなってるのかしら?」

 

 茜は「魔導具みたい……」とかなんとか言って首を傾げている。

 

「まぁ、その謎仕様のおかげで助かったんだ。気にしたら負けだ」

 

「でも、もしそれが無くても……たぶん大丈夫だったわよ?」

 

 いや、スマホが無かったら胸にいくつも穴が空いてたと思うんですが?

 

「だって……貴方を治すために、私も私の血をたくさん流し込んだし」

 

 以前、彼女が言っていた「錬金術師の話」を思い出す。

 吸血鬼の血を摂取しすぎると……ってやつ。

 

「……これ、もしかして俺も吸血鬼っぽくなるのか?」

 

「……ええ。貴方くらいの摂取量なら、昼間が少しだるくなる程度よ。その代わり、身体能力や回復力は向上するわ。……い、嫌なら……魔力で分解するけど……」

 

 なんでそんな残念そうなんだよ。

 いちいち可愛いなこいつ。

 

「……いや、このままでいい」

 

 俺は即答した。

 

「年中寝不足でだるかったブラック時代に比べりゃ、そんなの誤差みたいなもんだろ。むしろ死ににくくなるならラッキーだわ。……福利厚生ってことにしとく」

 

「……貴方って、本当に呆れるほど逞しいわね」

 

 茜は呆れたように肩をすくめたが、その表情には安堵の色が混じっていた。

 

「……それより。望月」

 

「ん?」

 

「……ウメノ……梅野は? あのコ、大丈夫かしら。私が……私のせいでひどいことを、してしまったから……」

 

 自分のこと以上に梅野さんの心配する茜。

 さっきまで俺を殺そうとしていたのが嘘のような、お節介なほどの優しさ。

 

「大丈夫だ、安心しろ。安全な倉庫で寝かしてあるから。魅了もちゃんと解けてるよ。お前が頑張ったおかげでな」

 

「そう……良かった」

 

 あの神乳に何かあったらと思うと、俺も気が気じゃないからな。

 あと影山もか。

 

「……つーか、おい。俺の心配よりそっちかよ。上司だぞ、俺は」

 

「当たり前じゃない! 性格の悪い上司なんかより友達のほうが大事でしょ! あんないいコに何かあったら、それこそ寝覚めが悪いわ!」

 

 性格悪いってなんだよ。

 ……やっぱり、こいつはこいつだ。

 

「はいはい。そろそろ行くぞ、茜。仕事の仕上げだ。松下さんも怪我してるんだ、早く手当てしてやらないと」

 

 俺と茜は並んで、ようやく月明かりの差す駐車場へと足を踏み出した。

 

 ☆

 

 駐車場へ出ると、空気が一変していた。

 

 白線の引かれたコンクリートの上。

 そこに転がる気絶した男――竹原。

 

 そのすぐ横で、松下さんが折れた腕を庇うようにして腰を下ろしている。

 スーツは破れ、折れてない方の腕を血だらけで。

 それでも背筋は伸びていた。

 

 少し離れた場所には影山。

 こちらも腹を押さえながら、壁にもたれかかっている。

 

「……あ」

 

 影山が先にこちらに気づいた。

 

「望月さん……それに……」

 

 一瞬、俺と茜を見て言葉に詰まる。

 なんだ、複雑そうな顔してるけど……?

 

「あか……吸血鬼さん」

 

「……望月さん。終わったみたいですね」

 

 松下さんが穏やかに笑った。

 

「ああ。なんとか……です」

 

「そちらも無事そうで何よりです」

 

 無事、ね。

 血まみれの俺と、顔真っ赤な吸血鬼を見てよく言う。

 

 俺は苦笑しつつ、視線を下に落とした。

 

「……で、こいつか」

 

 竹原。

 仰向けに倒れたまま動かない。

 白目を剥いているわけでもない。

 だが、完全に意識は飛んでいる。

 

「気持ちよさそうに寝ちゃって、まぁ」

 

 ――と思った、そのとき。

 

「……正義が……」

 

 か細い声が、竹原の口から漏れた。

 

「……俺は……正しい……」

 

「……」

 

 夢でも見てんのか?

 気絶しているくせに口だけは動く。

 

「……負けるわけ……ない……」

 

 俺は思わず鼻で笑った。

 内心、別の感情が湧き上がる。

 

 あ……殴っていいかな。

 

 よく考えたら、俺はこいつに一発殴られたまま、ちゃんとお返ししてない。

 気絶してようが一発は一発だし。

 

 よし……殴ろう。

 今ならなんか許される気がする。

 

 俺は無言で拳を握り、意識を飛ばして寝転んでる竹原に、

 

 

 すっと、振り上げ――

 

 

 

「ちょっと」

 

 

 た瞬間、手首を掴まれた。

 

「貴方、何してるのよ」

 

 茜だった。

 ジト目で俺を見上げている。

 

「いや……ほら。寝てても楽しそうだから、夢見悪くしてやろうかと」

 

「いくら竹原でもダメに決まってるでしょ」

 

「……チッ」

 

 惜しいことをした。

 

「……終わったんですね」

 

 影山が少し安心したように息を吐く。

 

「ええ。彼はしばらく起きません」

 

 松下さんがそう言って、竹原から視線を外した。

 

「……ですが、問題は山積みです」

 

 その言葉に全員が黙る。

 

 倒れている一般人たち。

 竹原に奪われたスキル。

 そして――竹原本人。

 

「……どうするんだ、こいつ」

 

 寝ている竹原の頭を安全靴のつま先で何度も小突きながら俺が言う。

 

「スキルの件もあるしなぁ……。放っとくわけにもいかないし」

 

「……ええ」

 

 松下さんが重く頷いた。

 

「完全に自由にするわけにはいきません。反省も……最後まで見られませんので」

 

「……やっぱり殺しちゃえば?」

 

 俺は投げやりに言った。

 

 場の空気が、一瞬凍る。

 

「じょ、冗談ですか?」

 

 影山が慌てて言う。

 

「まぁ、半分な」

 

 正直、こいつがどうなろうと興味はない。  ただ面倒ごとに巻き込まれたくないだけだ。

 

「……殺しは、論外です」

 

 松下さんははっきりと言った。

 

「ですが……拘束し続けるにも限界がある」

 

「魅了の魔眼も……盗られちゃってもう無いしね」

 

 茜が俯きながら言う。

 

「他の奪われたスキルもどうなってるか分からないし……」

 

 誰も答えを出せない。

 沈黙が流れる。

 

 

 

 

 

「――じゃあ、君たちがやらないなら」

 

 

 聞き慣れない声が駐車場に響いた。

 

 

 

「僕がやるよ」

 

 

 

 全員が、一斉に振り向く。

 

 そこに立っていたのは――

 

 見覚えのない青年だった。

 

 

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