魔物使い、はじめました。   作:YTとりあえずぶん投げてみる

86 / 105
第85話 勇者

 ――君たちがやらないなら。

 

 駐車場に澄んだ声が響いた。

 

 ――僕がやるよ。

 

 その場違いな声にみんなの空気が止まる。

 

 全員が同時に振り向く。

 

 白線の引かれたコンクリートの上。

 月の光を背にして、いつの間にか一人の青年が立っていた。

 

 背丈は俺より少し低く、百七十センチくらいか。

 青く、さらさらとした髪。

 琥珀色の瞳。

 透き通るような白い肌。

 鼻筋は通っていて、整いすぎているくらい整った顔立ち。

 

 柔らかな笑みを浮かべているのに笑っていないような、どこか距離を感じさせる。

 

 額にはサークレットのような金属の輪。

 ちょうど額の中央に、青い大きな宝石が嵌め込まれている。

 

 赤い――バカみたいに派手で、明らかに高そうなマント。

 その下には金糸の刺繍が施された、聖職者めいた衣装。

 腰には、厨二心を全力でくすぐる龍の意匠が彫られた鞘。

 そこから覗く剣の柄だけは、不思議なほど質素だった。

 

 そして足元だけが浮いている。

 なぜかコンバットブーツ。

 

 ――なんだこいつ。

 

 ガチのコスプレイヤー?

 それとも、どこかのイベント帰り?

 ドラ◯エに出てきそうな格好しやがって……ちょっとかっこいいと思ってしまった。

 

 理解が追いつかず言葉を失う俺の横で、なぜか茜が硬直していた。

 

 目を見開き、かと思えば苦虫を噛み潰したような顔になる。

 

 ……あ?

 この反応、もしかして知り合いか?

 言われてみれば異世界の人っぽいもんな。

 

 沈黙の中、松下さんが一歩前に出た。

 

「……失礼ですが。あなたはどちら様でしょうか」

 

 青年は少しだけ目を丸くした。

 

「ああ、そうか。普通は名乗るのが先だったよね。注意されたばかりなのに、また忘れていたよ」

 

 そう言ってこちらへ数歩近づく。

 

「こちらは僕のことを知らない人間ばかりで……少し慣れないね」

 

 その足音は妙に軽かった。

 

「僕の名はアリスティア。()()()アリスティアさ」

 

「ただの?」

 

 俺の呟きにコイツはにこり、と笑う。

 

「そう、()()()。親しみを込めて、アリスって呼んでくれても構わないよ」

 

 うん、分かった。

 こいつの距離感無理だわ。

 めんどくさそう。

 

「……そのアリスティアさんが、何のご用件でしょうか」

 

「アリスでいいのに。まぁいいや。うん。さっきも言ったけどね」

 

 青年――アリスティアは、地面に転がる竹原をちらりと見た。

 

「君たちがやらないなら、僕がやろうかなって」

 

「……何を、ですか」

 

「? 僕がやることなんて決まってるでしょ?」

 

「だからそれを聞いてんだよ」

 

「悪を裁くんだよ」

 

 いちいち勿体ぶった言い方に俺は思わず口を挟んでしまうが、今度は即答だった。

 

 悪を裁く、ときたか……。

 俺は竹原をちらりと横目に見る。

 悪、ね。

 あぁ、やっぱめんどくせぇわコイツ。

 

 松下さんがわずかに眉をひそめる。

 

「失礼。あなたが誰を、裁くと?」

 

「そこの悪だよ」

 

 指差された先には気絶したままの竹原。

 

「……理由をお聞きしても?」

 

「うん?」

 

 アリスティアはまたしてもキョトンとた顔。

 そして、少しだけ考える素振りを見せる。

 

「……理由、必要?」

 

「必要です」

 

「そっか」

 

 納得したように頷き、それから言う。

 

「悪だから、かな」

 

「……」

 

 松下さんの顔がスンッとなった。

 短い付き合いだけど松下さん、今絶対イラついてるぞこれ。

 黙ってしまった松下さんに代わり、俺が前に出る。

 

「なぁアンタ。急に出てきて裁くとか何言ってんだ。こっちはもうクタクタなんだ。余計なことすんな」

 

「うん。大変だったね」

 

「いや、同情いらねぇんだけど」

 

 ヤベェな。話が噛み合わない。

 

「おい、言ってること分かるか? 部外者がしゃしゃり出てくんなって言ってんの」

 

「ねぇ、僕が名乗ったのに君たちは名乗らないの?」

 

「あぁん? なんだとコラ」

 

 くそ、噛み合わなさすぎてイライラしてきた。

 

「あれ? 名乗られたら名乗り返す、当たり前のことだよね。そういう礼儀とか知らない?」

 

「……」

 

()()()ではそういうの無いのかな? あれ? 聞いてるの? ちゃんと会話しようよ」

 

 ……あかん、キレそう。

 コイツ、竹原とはまた違った方向でイカれてるくさい。

 

「……失礼しました。私は松下といいます。それで、アリスティアさんは――」

 

「アリス」

 

「……はい?」

 

「だから、アリスって呼んで構わないよ」

 

「……」

 

 何だコイツ……あの松下さんが圧倒されてる。

 マジで意味が分からない。

 さっきから自由すぎんか?

 

「……松下さん、こいつ何言ってんですか?」

 

「……私にも、少々」

 

 そのとき。

 

「――何しに来たのよ、アリス」

 

 隣の茜が低い声で言った。

 

 俺の前に出る。

 さっきまでのポンコツ吸血鬼は影も形もない。

 敵意を隠そうともしていない表情。

 

 アリスティアはその声に首を傾げた。

 

「……」

 

 何も言わない。

 首を傾げたまま動かない。

 

 ん、なんだ?

 コイツラ知り合いなんじゃないのか?

 

「……ああ」

 

 アリスティアはようやく思い出したように、ぽんっと手を打つ。

 

「君、誰かと思えばあの時の吸血鬼……」

 

「何しに来たのかって、聞いてるのよ!」

 

 茜が叫ぶ。

 今にも掴みかかりそうな勢いだ。

 

「おい、茜……?」

 

「……やぁ。数日ぶりだね」

 

 アリスティアは変わらずに笑みを浮かべたまま穏やかに言った。

 

「逃げられるとは思わなかったけど」

 

「……っ!」

 

 茜の肩が震える。

 

「せっかく奴隷に落としたのに」

 

 その言葉に、場の空気が凍りついた。

 

「……おい。今、なんつった?」

 

 俺が低く言う。

 

「まさか、あのタイミングで転移するとはね。……まぁ、君もそこの悪に『魅了の魔眼』を奪われて、魅了されて」

 

 アリスティアは淡々と続ける。

 

「これで、今まで君が魅了してきた被害者の気持ちも、少しは分かったんじゃないかな?」

 

 ニッコリと笑う。

「良かったね」なんて言いながら。

 

 ……あ。

 

 こいつか。

 

 茜が言ってた――

 茜を騙して、売った勇者。

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。