魔物使い、はじめました。   作:YTとりあえずぶん投げてみる

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第87話 お前もか

「……退かない、ってことだね」

 

 アリスティアはそう言って、軽くため息をつく。

 

 聞き分けのない子供を見る、親がするような顔で。

 やれやれ、しょうがないなぁ――って、そんな雰囲気。

 

「――退くのは」

 

 突然、視界から茜の姿が消える。

 身体が霧のように夜に溶けて、その場から文字通りに消失する。

 

「あんたの方よッ……!」

 

 声だけが遅れて聞こえる。

 消えたはずの茜が、アリスティアのすぐ横へ現れた。

 

 紅い血が弾けて、瞬時に手元に形成された血の刃。

 

「おい、茜!? やめろ!」

 

 茜のいきなりの行動に、俺は声を上げる。

 なに勝手に動いてんだよコイツ!

 

 俺の声を無視して、茜は血の刃を振るう。

 紅い軌跡が一直線に勇者の喉元を薙いだ。

 

「馬鹿! いきなり殺しに行く奴があるか! ――って、あれ?」

 

 

 

 

 

 ――キンッ。

 

 

 

 金属音。

 夜に響いた、乾いた一音。

 

 

「な……っ!」

 

 そこには剣があった。

 アリスティアの剣が、いつの間にかそこに。

 

 いつ抜いたのかも分からない。

 動いた瞬間を見ていない。

 ずっと視界に入ってたはずなのに。

 

「君、相変わらず速いね」

 

 アリスティアが口元に軽い笑みを浮かべながら、

 

「凄いな、前よりも速くなってる」

 

 感想を言うみたいに。

 

「……彼の血を吸ったからかな?」

 

 俺に一瞬だけ視線を向けてから、転がってる血の刃を剣の先で軽く弾く。

 

「あの時はしばらく血を吸ってないって言ってたけど……魔力の相性が良かったんだね」

 

 マジかよこいつ、雑談始めてんだけど……。

 

「……っ、まだ……!」

 

 茜は歯を食いしばり再び踏み込む。

 今度は血を霧状に散らし、視界ごと勇者を覆いにかかる。

 

 一気に視界が紅く染まる。

 

「だから茜! ちょっと待てって!」

 

 血の粒子が辺り一面を満たし、その中から無数の血の刃が生成される。

 

 勇者を中心に、四方八方を囲むように。

 

「――っ、おい!」

 

 思わず叫ぶ。

 

「ここにはまだ倒れてる奴がいるんだぞ!」

 

 膝をつく松下さん、倒れた影山に拘束された竹原。

 そして駐車場のいたるところに気を失った避難民たち。

 

「そんな無差別みたいな技――!」

 

「そんなヘマしないわよ!」

 

 血霧の中から茜の声。

 

「さっきとは違うんだから、ちゃんと狙えば――」

 

 だが。

 その言葉が終わる前に。

 

「危ないよ」

 

 穏やかな声。

 

 

 ――ブワッ!

 

 

 血霧が、裂けた。

 

 何かが放たれた――いや、振られたという感覚だけはあった。

 辛うじて感じられた、程度だが。

 

 勇者を囲んでいた霧が晴れる。

 同時に、血の刃たちが消失する。

 砕けたとか防がれたとか、そういったものではなく。

 

 ただ、無くなった。

 

「……っ!」

 

 霧が晴れたそこに。

 

 アリスティアは無傷で立っていた。

 衣服すら乱れていない。

 本当に、何事もなかったかのように。

 

 茜が息を呑む。

 

 それでも。

 彼女は止まらない。

 

 霧化して接近。

 血刃に血槍。

 鎖みたいに伸びる血、破裂する血の爆弾。

 あらゆる方法で。

 

 どれも本気。全力だ。

 殺意も、感情も、一切の手加減無しの全部乗せ。

 血を吸って元気いっぱいの夜の眷属の吸血鬼が、全力で殺しにいっている。

 

 なのに。

 

「はは……マジかよ」

 

 アリスティアは、一歩も動かない。

 剣を振るうことすら、ほとんど見えない分からない。

 

 いや、振ってるのか?

 防いでるのか?

 そもそも何してんの?

 

 分からない。

 気づけば防がれている。

 気づけば、攻撃が消えている。

 

 外から見ている俺ですら何をやっているのか全っ然、分からない。

 

 ただ一つ分かるのは。

 

 ――あ、これ、レベルが違いすぎるわ。

 

 ってこと。

 

 明らかに格上だ。

 格上も格上っぽい。

 まるで歯が立たない。

 子供と大人、蟻ん子と象、スライムと大魔王。

 そのくらいの差がありそう。

 まったく勝てるビジョンが浮かばない。

 

 茜が必死になればなるほど、勇者がやべぇ存在だってのがハッキリしていく。

 

 そんな勇者は、剣を下ろしたまま困ったように首を傾げた。

 

「やっぱり、話を聞く気はないみたいだね」

 

「……っ、聞いてないのは……」

 

 茜が息を荒げながら吐き捨てる。

 

「あんたでしょ……!」

 

「そうかな」

 

 本気で不思議そうな顔。

 

「君の言いたいことは分かってるつもりだけど」

 

「なんで……!」

 

 茜の声が戦闘の合間に響く。

 

「なんであの時、助けたのよ!」

 

 血の刃が弾かれる。

 

「信じてたのに……!」

 

 霧が散る。

 

「ずっと守るって……言ったじゃない……!」

 

 アリスティアは困ったように首を傾げた。

 

「守ったよ?」

 

「……は?」

 

「だから今、生きてるでしょ」

 

 ニッコリ。

 

 いや、ニッコリじゃないが。

 なに笑ってんだよ。

 

「私を、売って……!」

 

「裁いただけだよ」

 

 淡々と。

 

「悪だったから」

 

「……っ!」

 

 ……ズレてんなぁ。

 致命的にズレてる。

 

 で、そんなやり取りを横で見る俺はというと、

 

「つーかコイツラなんの話ししてんだよ……」

 

 内心で頭を抱えていた。

 

 いやね、まずさ……

 

 なにいきなり突っ込んでんのあいつ?

 

 殺意マシマシ、マジモード過ぎるだろ。

 操られてた時とは違って、動きが半端ないし。

 

 血をたんまり吸って元気なのは分かる。

 百年ぶり……って言ってたか?

 そりゃテンションも上がるだろ、分かるよ。

 でもさ、

 

「だからって勝手に動くなよ……」

 

 自然と口からこぼれる。

 ボヤキたくもなる。

 

 まさか、()()なのか?

 また、上司の命令聞かない系部下なのか?

 お前はゴブリンか? 脳みそゴブ太郎なのか?

 また独断専行で突っ走ってやらかすんか?

 

「……勝手に動くな。勝手に判断するな。まず上司に聞けよ――何かする前に!」

 

 俺が指示するまで動くな。

 自分の判断でやらかして、そのあとのケツを拭くの誰だと思ってんだ。

 俺だ。

 俺だぞ? 分かってんのか?

 

 もううちの正社員になったんだから弁えろよ、調子乗んなよマジで。

 

 次。

 

 勇者。

 こいつもこいつで何なんだよ。

 

 正義、正義、正義、正義っ!

 

 今日だけでいったい何回聞いたよ?

 

 う・る・せぇ・よ!

 正義って言っときゃ全部通ると思ってんのか!

 意識高い系か?

 正義系インフルエンサーか?

 

 普通の人間はな、正義とか悪とか考えて生きてねぇの。んなめんどくさいこと。

 

 仕事して、飯食って、寝て、面倒なことはなるべく避けて生きてんだよ。

 

 巻き込むんじゃねぇよ、頭イカれてんのか、こいつら。

 

 

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