魔物使い、はじめました。   作:YTとりあえずぶん投げてみる

90 / 105
第89話 裁きとは

「ねぇ、もういいかな?」

 

 少しだけ困った顔した勇者がこちらを見てくる。

 いや、知らんがな。

 元はといえば誰のせいだと思ってんだお前。

 

 松下さんも額に手を当てて困った顔してる。

 

「望月さん、あなたはいつもこうなんですか……」

 

「え? 俺なんか悪かったですか?」

 

 俺、被害も出さずに綺麗に茜の暴走を止められたよな。

 責められる謂れはないはずだが?

 

「止め方がですね、その……公的機関の人間としてコメントに困るというか」

 

「これが一番コイツに有効だっただけで他意はないです。まぁ、結果オーライってことで。な、茜?」

 

「……ふん」

 

 実際、茜は大人しく俺の横にいる。

 ついさっきまで勇者に血の刃を振りかざしてた奴が、今は袖をちょっと掴んでくるくらいには静かだ。

 

「あぁ、なるほど。部下、ではなく……そういうことですか。なら、何か言うのはそれこそ野暮というものですね」

 

 ……いや、なんで掴んでんだお前。

 なんか勘違いされたっぽいんだけど。

 

「おい、近いぞ」

 

「うるさい……」

 

 小声で言い返してくるが離れはしない。

 顔の赤みを隠すように俯いてこっちを見ない。

 さっきまでの殺気はどこ行ったんだよ。

 すごい顔してたんだぞお前。

 

「まぁいいや。それで?」

 

 俺は頭をガシガシ掻きながら、勇者――アリスティアを睨む。

 

「改めて聞くけど、結局何しに来たんだあんた」

 

「悪を裁きに」

 

 間髪入れず、即答。

 しかも言い方が軽い。

 コンビニ行ってくる、くらいの温度感。

 

「……具体的には?」

 

「終わらせるだけだよ」

 

「だから何をだよ」

 

「悪いことができないようにするんだ」

 

「いや、ふわっとしすぎなんだよ!」

 

 思わず声が出てしまった。

 一応、会話は成立してる……はず。

 なのに、言ってることの意味が何一つ分からねぇ。

 

 こいつ、日本語は通じてんだよな……?

 今更だが、なんで異世界出身の奴らが日本語を話してるのかって話は、今は置いといて。

 通じてるから余計にタチ悪ぃなこれ。

 

「なぁ、具体的にって言ったよな? 何をどうするのかちゃんと教えろ。捕まえるのか、説教すんのか。それとも、殺すのか」

 

「さっきも言ったけど、殺すかどうかは重要じゃないんだ」

 

「つまり?」

 

「殺さないよ」

 

「ああ、それは分かった」

 

 さっきのやり取りでそれだけは何となく理解してる。

 問題はその先だ。

 

「じゃあ何すんだよ」

 

「取り上げるんだ」

 

「何を」

 

「力を」

 

 ……短い。

 致命的に説明が足りないんですが。

 喋る気がないってわけじゃなさそうなのが、逆にイライラする。

 相変わらずニコニコしてるし、顔見てるだけでなんか頭が痛くなってきた。

 

「……松下さん、通訳お願いしていいですか」

 

「諦めないでください。こういう方はですね、こちらが焦って一気に問い質すと余計に要領を得なくなります」

 

 さすがベテラン警察官、落ち着いてるな。

 なるほど、こういう()()()()()()()()()()()()()の相手に慣れてる顔だ。

 

「アリスティアさん」

 

 俺が顔をしかめていると、隣に立った松下さんが一歩前に出た。

 

「うん。アリスでいいよ」

 

「……では、アリスさん。確認しますが、あなたは彼――竹原くんを殺すつもりですか」

 

「ううん」

 

 あっさり否定。

 

「では、直接危害を加えるつもりもない。これも間違ってませんか」

 

「できれば、それもしたくないかな」

 

「では拘束する、あるいは連行する?」

 

「そういうのも()()()しないかな」

 

 松下さんと勇者のやり取りを聞いていると、俺の袖を掴んでた手にギュッと力が入る。

 ちらっと横を見ると、茜が真顔で勇者を睨んでる。

 

「茜」

 

「……分かってるわよ」

 

 ならいいんだが、じゃあそのガンギマリな顔やめろよ。

 

 松下さんは根気よく会話を続ける。

 

「……ふむ。それ以外となると何をするのでしょうか」

 

「悪を終わらせるだけ。僕は勇者だから」

 

 おい、振り出しに戻ったぞ。

 堂々巡りってレベルじゃねぇなこれ……。

 

 俺はこめかみを押さえる。

 

「おい勇者。要するにだな、あんたは竹原に()()()()()()()なんだ」

 

「彼がもう悪いことをできないようにする」

 

「だ、か、ら! さっきからその方法を聞いてんだっつーの! お前マジでいい加減にしろよ! 頭パルプンテかよ!」

 

「彼にはまだ、残ってるからね」

 

「あぁん? 何言ってんだコラ、会話しろよ会話! 同じことばっか繰り返しやがって、定型文しか返さないゲームのモブかお前は! 勇者のくせに!」

 

「ちょっと! 貴方の方がキレてんじゃないの!」

 

 勇者に詰め寄ろうとした俺の袖をぐいっと引っ張る茜。

 

「悪を裁く、と言ったけど」

 

 勇者はこちらのことなんか気にしてない風に語り出す。

 

「彼自身は、もう十分裁きは受けた」

 

 もう十分。

 その言い方に、俺たちは全員眉を顰める。

 

「おい。十分ってのは俺達がボコったから、って意味か?」

 

「そうだよ」

 

 即答であっさりじゃん。

 裁きが十分なら、悪を裁くってなんだよ……。

 

「君たちが彼を止めた。だから()()もう終わり。でも……」

 

 勇者がニコニコ顔を止め、目を細めて竹原を見る。

 

「まだ、残ってる」

 

「……何がだよ」

 

「悪さできる力が」

 

 勇者の視線の先で、竹原はぐったりと地面に転がったままで動かない。

 生きてはいる。

 こいつのことだ、目を覚ましたら反省なんてせずにまたやらかすのは目に見えている。

 

「彼には偽りの正義がまだ残ってる」

 

 だから、終わってないと。

 勇者はそう言った。

 

 力。

 竹原が勘違いの正義厨になった――元々勘違いクソ野郎だったわ――原因。

 

 なるほど。

 要するに――

 

「……スキルか」

 

 その単語を口にしたら、袖と言うより腕を掴んでた手がピクリと反応した。

 

「そうとも言うね」

 

 短い返事。

 勇者はあっさりと肯定する。

 

 俺が横目で見るより先に、茜が低く呟いた。

 

「やっぱり……!」

 

「知ってるのか、らい……茜?」

 

「らい……? ええ。こいつはそういうことができるの」

 

 視線は勇者から逸らさないまま、淡々と続ける。

 

「戦闘中に放たれた力だけじゃない。もっと根っこのところ……スキルそのものを触れるのよ、こいつ」

 

 松下さんが息を呑んだ。

 

「……それは、つまり」

 

「そうよ、取り上げるってそういう意味」

 

 スキルをそのものをどうにかできるスキル?

 言い方、あとはさっきの戦闘を見るに……、

 

「『勇者』アリスティアは、相手のスキルを自由にいじれるの。それがこいつが、女神から賜った権能。持ってるスキルそのものを消したり封印したり、その逆も」

 

 マジか、なんだそれ。

 チートってレベルじゃないんだけど。

 つーか、女神とか権能とかなにそれ?

 俺の中の中二が騒ぐワードじゃん。

 

「だから竹原の『押収』を消すつもりなのよ」

 

「……へぇ。で、お前なんでそんなこと知ってんだよ」

 

 知ってんなら最初に言えよ。

 報連相忘れんな、報連相!

 

「有名なのよ、向こうじゃ。私みたいなただの田舎娘が知ってるくらいにはね。特にこいつの話は」

 

「そりゃそうか。流石は勇者ってか」

 

「褒めなくていいよ。僕にはそれしかできないから」

 

 勇者は肩をすくめる。

 

「だから、殴り合いとかは普通なんだ」

 

「うん。褒めてねぇし、普通ってなんだよ」

 

 よく言うわ。

 意味がわからんほど速いマジな茜の攻撃を、あれだけひょいひょい見切ってたくせに。

 

「……ちょっと待て。じゃあ何か? アンタ、自分にはその力しかないのか?」

 

「そうだよ」

 

 これもあっさりと肯定。

 じゃあさっきの化け物みたいな強さ、全部ただの身体能力かよ。

 

 なんだそれ。

 バランス調整どうなってんだあっちの世界。

 

「じゃあなんで茜のは消さなかったんだよ」

 

 つい口から出た。

 茜の『魅了の魔眼』。

 あれもスキルだ。

 

「そもそもな話、スキル消せるなら最初から消しとけば済んだ話じゃないのか」

 

 勇者は瞬き一つしてから、普通の声で答える。

 

「必要なかったから」

 

 それだけ。

 勇者はそれ以上何も言わない。

 

 でも、俺たちは知っている。

 助けて、信頼させて。

 裏切って縛って、奴隷という支配される側に落とした。

 

 ――スキルを消すよりも、ずっと回りくどい方法で。

 

 ……ああ、そういう理屈かよ

 

 スキルを消すこと自体が目的じゃない。

 ()()()()()()()()()ことが裁き。

 

 だから茜の時は消さなかった。

 消す必要がないと、こいつが判断したから。

 

 ただ、それだけ。

 

 善意百パーセントでこれやってんのが一番怖ぇよ、こいつ。

 

「……あんた基準だと、それで終わりだったってわけか」

 

「うん。だから彼女はもう裁かれてる」

 

 横から息が詰まる音がした。

 怒鳴りはしない。

 飛びかかりもしない。

 ただ、袖を握る手が震えてる。

 

 俺はその上から、自分の手を軽く重ねた。

 

「落ち着けよ」

 

「……落ち着いてるわよ」

 

 声は低いがちゃんと返ってくる。

 なら、まだ大丈夫だな。

 

「……とにかく」

 

 俺は話を戻す。

 

「竹原はもう終わったってあんたは判断してる。でもスキルだけは消す」

 

「うん」

 

「それが、あんたの言う『裁き』か」

 

「そうだよ」

 

 静かで、迷いがない。

 こいつの中では、それで完全に決着がつくらしい。

 気に入らないが筋は通ってる気がする。

 

「……殺さない、直接傷つけない、でも二度と同じことはできなくする、ってか」

 

「うん。十分でしょ?」

 

 善悪の境界線を定規で引いたみたいに扱う声。

 

 横で松下さんが小さく息を吐いた。

 

「……松下さん」

 

「はい」

 

「この内容、警察的にはどうなんすか」

 

 少しの間のあと、苦い顔で答えが返る。

 否定も肯定もできない、そんな顔だった。

 

「法的には何も言えません。ですが、これ以上の被害を防ぐという意味では……最小限です」

 

「ですよねぇ」

 

 逮捕も拘束もできない。

 だったら、そもそも()()()()()()のは現実的な落としどころだろう。

 

 ただ、こいつのやり方は妙に中途半端で、妙に的確だ。

 

「……では、確認します」

 

 松下さんが口を開く。

 

「あなたは竹原くんに、直接的な危害は加えない」

 

「うん」

 

「命も奪わない」

 

「奪わないよ」

 

「法の外での私刑もしない」

 

「しないよ。もう終わってるから」

 

 こいつの話を聞いてると、どうにも釈然としないのはなんなんだ。

 俺がうんざりした顔をしていると、勇者がこっちを見てふと思いついたみたいに言った。

 

「ねぇ」

 

 俺の目を見て、まっすぐに。

 

「君はもう十分やったよ」

 

「……は?」

 

「彼を止めた。人々を守った。悪を裁いた」

 

 言葉が妙にまっすぐ飛んでくる。

 急にどうした勇者。キモいぞ。

 

「君の正義は、ちゃんと勇者《僕》に届いたよ」

 

 ニコっ。

 

「…………」

 

 いや、ニコっじゃないが。

 なんだこれ気持ち悪ぃな。

 こそばゆいというか、なんというか。

 コイツに評価される覚えはないぞ。

 

「だからさ」

 

 勇者は少しだけ首を傾げた。

 

「一緒にやらない?」

 

「……何をだよ」

 

 

 

 

 

「勇者」

 

 ニコっ。

 

 

 

 

「………………はぁっ!?」

 

 

 その単語に、

 

 

「アンタっ! なに言ってんのよ!」

 

 

 俺より先に、

 

 

「なに私のもんに……!」

 

 

 横の茜の方が先に爆発したみたいだ。

 

 

「手ェ出してんのよっ!!」

 

 

 俺、お前のもんじゃないんだが?

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。