魔物使い、はじめました。   作:YTとりあえずぶん投げてみる

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第95話 勇者と

 なんで勇者がトイレ掃除してんだよ。

 松下さんも、なんで勇者にトイレ掃除させてんの?

 

「アリスさんの驚異的なフィジカルのおかげで、避難所内の片付けはすぐに終わりました」

 

「いやいやいや、だからってそんな雑用頼むのはどうなんすか……」

 

「他になにかやることはないか、僕がマツシタに聞いたんだよ」

 

 それにしたってトイレ掃除はないだろ。

 お前、勇者なんじゃねぇのか。

 世界救えよ。

 トイレ救ってどうすんだよ。

 しかも、こんな地方のド◯キの。

 

「アリスさん、ありがとうございました。あなたのおかげで避難民の方々も落ち着いて休めるでしょう」

 

「それはよかった。睡眠不足は悪だからね」

 

 さらっと言うなよ。

 悪って言っときゃ締まるみたいなのやめろや。

 

「では、また何かあれば」

 

「うん、僕にできることなら」

 

 なんか二人で頷いて握手してる。

 松下さんもいつの間にか扱いに慣れてきてるし。勇者相手に普通の対応してるし。

 なんなんだ、この謎の空気は。

 

 世界を救う勇者だろ、お前。

 そんな町内会の役員みたいなノリで話しすんなよ……。

 

 いや、ここでまた何かこっちに振られても困る。

 いい加減、俺は疲れたんだ。

 

 勇者にもらったポーションのおかげで傷は治った。

 茜に切られた腕も足も、刺された腹も、もう痛くはない。

 

 だけど、精神的なやつは別らしい。

 勇者製ポーションといえど、精神ダメージはダメっぽい。

 ゲームみたいにはいかねぇのな。

 当たり前か、ここは現実なんだから。

 

 というわけで、俺はもう休ませてもらう。

 

「じゃ、じゃあ俺はもう休みます」

 

 俺は倉庫の扉へ向かって、そそくさと歩きだした。

 

 ところで。

 

「ああ、望月さん」

 

 俺の背中に、松下さんの声が飛んできた。

 

「……何でしょう?」

 

 まだなんかあるのか。

 嫌な予感しかしないんだが。

 

「アリスさんを案内してもらいますか」

 

「案内?」

 

「ええ。アリスさんも今晩はこちらで休んでいくそうです。……そうですね。応接室がまだ空いてますので、そちらへ」

 

 

 ……休むなよ。

 

 勇者だろ。

 休んでる場合か。

 

 俺の知ってる勇者はな、世界を救うためなら不眠不休でフィールドを駆け回ってたぞ!

 

 ……ゲームの中で、だけど。

 

「……なんで俺なんすか」

 

 ここには桐生さんも梅野さんもいるだろ。

 なんなら、松下さんが案内すればいいじゃん。

 わざわざ俺を指名するなよ。

 

「それはですねぇ、望月さん」

 

 松下さんは仏の顔でニチャァ。

 

 ま、マズいぞ。

 この人がこの顔のときは決まってめんどくさいって時だ。

 変なこと言われる前に、ここは逃げよう!

 

「俺、もう疲れてるんです。全身ダルいんです。じゃあそういうことで――」

 

 ここは全力で

 

《望月は 逃げ出した!》だ!

 

 

 

 

 

 

 だが、

 

 

「――あなたの寝床も、応接室だからですよ」

 

「は?」

 

 

《しかし、まわりこまれた!》

 

 

 って言葉が頭に浮かんだ。

 くそがっ!

 

 

 松下さん、にっこり。

 その顔やめろや。

 

 

 ☆

 

 

 応接室は昼間よりも広く見えた。

 

 さっきまでここで殺し合いしてたんだよなぁ。

 

 壁や床には切傷や刺突の跡が入ってる。

 元々あったヒビと混ざって、見た目だけはボロボロで廃墟と言われても違和感がない。

 

 ちなみに、部屋に残っていた血痕は既にない。

 呼ばれてないのについて来ていた茜が、ドヤ顔で血液魔法で綺麗にしていった。

 血液魔法は便利だけど、なんでドヤ顔なんだよ。

 元はお前が汚したんだろうが。

 

 部屋から追い出した時も妙に勇者に絡んでたし。

 彼女面して何かワーワー言っていたけど無視した。めんどいし。

 これだから情緒不安定吸血鬼は嫌なんだ。

 

 

 そんな応接室の中というと。

 蛍光灯は割れ、ぶっ壊れた机や椅子も撤去済み。

 そのかわりに、部屋の真ん中に簡易マットと毛布が置かれている。

 二組。

 寄り添うように並べて。

 仲良しかよ。

 

「……配置になにか悪意を感じる」

 

「ん、悪?」

 

「違ぇよ、なんでもねぇよ」

 

 悪って言葉に反応すんなよ。

 なんだその悪センサー、感度良すぎか。

 

「……お前そっちな。俺はこっち使うから」

 

 そう言って寝具を一組持って壁に引きずる。

 こいつと並んで寝るなんて無理だ。

 さっき会ったばかりの見知らぬ奴と並んで寝られる気がしない。

 しかも相手はイカれ勇者だし、なおさら。

 

 俺は繊細なんだ。

 個室で、ちゃんとしたベッドと枕じゃなきゃ寝たくない。

 

 幸い、目はギンギンに冴えている。

 エナドリ数本飲んだときみたいなあの感じ。

 茜の血の影響か、ポーションの影響か知らんけど。

 

 最悪、今日は徹夜だな。

 こいつ何するか分かんねぇし。

 

 ……まぁ、分かったところでどうにかなるとは思わんけど。

 フィジカルモンスターに敵うわけない。

 

 勇者はずっと黙っている。

 

 俺は勇者を無視して、自分の寝床をセッティングしていく。

 毛布が入ったビニールを開ける音が静かな部屋にやけに響く。

 

 俺は無言でマットを広げた。

 部屋の真ん中で勇者も同じことをしている。

 

 世界を救うはずの勇者が、避難所と化した地方のド◯キで寝床を広げてる。

 

 

 

 

 ――なんだこれ。

 

 

 

 意味が分からない。

 松下さんは俺に何をさせたいんだ。

 あの人のことだから、何か意味があるはずなんだが。

 

 ……あるよな?

 ただの嫌がらせとかじゃないよね?

 

「ねぇ。君」

 

 勇者がマットを広げながら、こちらを見ずに言う。

 

「……なんだ?」

 

「君の名前、聞いてなかった」

 

「はぁ? 今さらかよ」

 

 散々松下さんや茜が呼んでただろ。

 

「うん、でも君の口から聞いてない」

 

「……」

 

「僕は名乗ったよね。なら、君も名乗るべきだ」

 

 そこで。

 

 勇者が、こっちを見た。

 

 あの、竹原を見ていたときのような、渇いた眼で。

 

「名乗らないなら、君は……」

 

 言いながら腰の剣に手を――

 

「いや待て待て! 望月! 俺は望月友人だ! よろしくアリスティア!」

 

「うん、よろしく。ユウト」

 

 即答。

 剣の柄から手を離して、パッと笑顔で。

 

「……」

 

 

 

 怖ぇよぉ……。

 

 

 目があれだもの。

 今一瞬、悪絶対裁きマンだったもの。

 名乗らないだけでアウトとかマジでやめて?

 

 こいつの悪判定ガバガバすぎるだろ!

 

「今の……」

 

 俺は毛布を雑に引き寄せながら言う。

 

「名乗らなかったら……どうなってたんだよ」

 

「どうもならないよ。ただの冗談」

 

 ……冗談?

 聞き間違いか?

 

「嘘つけ。お前冗談とか言わないタイプだろうが」

 

「酷いな、僕をなんだと思っているの? ただ……名乗らなかったら、少し残念かな」

 

 なんだその感想。

 残念で済む目じゃなかっただろ今の。

 

「名乗らないのは悪なのかよ」

 

「状況による」

 

「便利な言葉だなそれ」

 

 勇者はマットの端を指でなぞりながら言う。

 

「名前はね、責任だよ」

 

「……は?」

 

「自分が誰かを定義する行為だから」

 

 茜と同じこと言ってんな。

 なんだ、異世界で流行ってんのかそれ。

 意味がわからん。

 名前はあくまで名前だろうに。

 そこに他の意味を持たせてどうするよ。

 

「じゃあ定義しないのは?」

 

「逃げてる」

 

「えぇ……」

 

 重いわ。

 トイレ掃除してた奴の思想じゃねぇだろ。

 

 少し沈黙。

 蛍光灯の壊れた残骸が天井で揺れている。

 俺は横にならず、壁にもたれたまま勇者を見る。

 

「さっきさ」

 

「うん」

 

「睡眠不足は悪って言ってたな」

 

「言ったね」

 

「いや分かるけど、マジで言ってんの?」

 

「うん」

 

 これも即答。

 さっきから全部、俺の問いに間髪入れずに返ってくる。

 

「判断力が落ちる。苛立つ。争いが起きる。事故が増える」

 

 ほんと淡々と言うのな。

 

「人間は簡単に壊れる」

 

 そこで、ほんの一瞬だけ言葉が止まる。

 

 でもすぐ続く。

 

「だから防げるなら防ぐ」

 

「……トイレで?」

 

「トイレは大事だよ」

 

 真顔で言うなよ。

 いや、大事だけどさ。

 

「衛生が崩れると感染症が出る。感染症は人を殺す」

 

 理屈は正しい。

 正しすぎる。

 

「掃除は、ちゃんとしたほうがいい」

 

「いや、まぁ……うん」

 

 そりゃそうだが……でもお前が気にするとこはそこじゃないだろ。

 異世界の勇者様が言うとファンタジー感が壊れるんだけど。

 

「お前さ」

 

「うん」

 

「魔物が人を殺すのと、病気で人が死ぬのと、同じ扱いなのか?」

 

 少しだけ、勇者の視線がこちらに向く。

 

「外じゃ魔物がウロウロしてるだろ。お前らの世界から来たらしいけど」

 

「……」

 

 即答、しない。

 

「お前が勇者で悪を裁くって言うなら、なんで魔物を裁かない? 魔物のせいで、こっちの人間が何人殺されたと思ってる」

 

 こちらを見つめる琥珀色の瞳。

 

「竹原みたいな小物に構ってる暇があるなら、そっちをどうにかしろよ。避難所の片付け? トイレ掃除? そんなことしてる間にみんな、殺されてんぞ」

 

 勇者は何かを考える風に目を細めるだけで、何も言わない。

 何を考えてるのか、その表情からは全くわからない。

 

「……君は」

 

 勇者がポツリと。

 

「やっぱり、『勇者』に向いているね」

 

 口元に笑みを浮かべて言った。

 

「あぁ? 向いてねぇよ。話を逸らすな。勇者はお前だ」

 

 その話はいいんだよ。

 蒸し返すな。

 

「……死は同じだよ」

 

「原因は違うだろ」

 

「原因で悲しみの量は変わらない。大事なのは結果だ」

 

 ……こいつ、気づいてんのか?

 言ってることとやってることが、違うことに。

 

「……じゃあ、魔物は悪じゃねぇのか」

 

「個体による」

 

 またそれだ。

 

「人を襲うやつも?」

 

「襲うしか選択肢がないなら、悪とは言えない」

 

「選択肢?」

 

「理解していて、踏み越えるなら悪」

 

 茜の顔が浮かぶ。

 竹原の顔も。

 

 俺は天井を見る。

 なんでこうなんだこいつは。

 答えがいちいち、わかりにくいんだってェ!

 

「……野生動物はどうなんだ? テリトリーに入ってきた人間を襲うのは?」

 

「悪じゃない」

 

「じゃあ吸血鬼。血を吸うのは生きるためだって、人を襲ったら?」

 

「……状況による」

 

「お前の匙加減じゃねぇか。便利だなほんと」

 

 こいつの返答に対して思うのは、なんだそれ、だ。

 結局、こいつも竹原と同じで自己中野郎なだけか?

 

 だが、勇者は少しだけ首を傾げる。

 

「便利じゃないよ。面倒なんだ」

 

「は?」

 

 

 

 

 

 

「正直……全部斬った方が早い」

 

 

 

 

 

 

 

 

「でも、それは違う」

 

 それだけ言って黙り込む。

 理由は言わない。

 

 俺は小さく息を吐く。

 

「……お前、めんどくさいな」

 

「よく言われる」

 

「誰に」

 

「君が二人、いや三人目かな」

 

 俺は思わず吹き出す。

 

「少なっ」

 

 勇者は少しだけ目を細める。

 笑ってるのかどうか分からない、微妙な表情。

 

 沈黙が落ちる。

 さっきまでより、少しだけ柔らかい沈黙。

 

 俺は毛布に潜り込む。

 

 空気が少しだけ冷える。

 部屋は静かだ。

 

 外の風の音がかすかに聞こえる。

 避難民たちの笑う声も。

 

「なあ、勇者サマよ」

 

「うん」

 

「もう一個聞いていいか?」

 

「なに?」

 

「世界がこうなったのって誰のせいなんだ?」

 

 俺は軽い調子で聞いてみる。

 別に聞いたからといって、俺に何かあるわけでもない。

 むしろ俺からしたらありがたいまである。

 だから、ただ単純な疑問。

 

「……理由が必要かな?」

 

「必要だろ。誰かが意図的にこんな状況にしたってなら、そいつのせいでみんな死んだってことだ」

 

 人も、魔物も。

 本来なら交わらなかったはずのこの世界も。

 

「だったら、そこだけ見たら、そいつが……お前の言う『悪』じゃないのか?」

 

「……」

 

「裁かなくていいのか? 勇者サマ」

 

 勇者は黙り込んで答えない。

 答えずに数秒、目を瞑って天井を見上げる。

 そのまま、蛍光灯の割れた残骸をただ見つめている。

 

「……分からない」

 

「分からないってなんだよ。お前さっきからブレブレじゃねぇか」

 

「……そう、だね」

 

 勇者は目を閉じたまま、静かに息を吐いた。

 

 数秒。

 

 それから、ゆっくりと腰の剣に手をかける。

 金具が外れる小さな音が、やけに大きく響いた。

 鞘ごと外したそれを、枕元に置く。

 まるで、何かを手放すみたいに。

 

 そして、勇者は言った。

 

「世界がこうなったのは……」

 

 

 

 呼吸を、深く。

 

 

 

「女神のせい、かもしれない」

 

 淡々としているのに、どこか擦り切れた声だった。

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