雷蛍術師ちゃん
「ねえ?いつまで逃げるの〜?」
「ひっ、はあっ、なんでこんなことに…!」
ファデュイの訓練施設の廊下、雷蛍術師の少女が赤いデッドエージェントの少年を追いかける。
「痛っ!」
雷を纏った蛍が少年を痺れさせる。
「あはっ!これでお終いかな〜?」
その場に立ち止まった少年を見て、少女は近づくより先に雷蛍を放つことを選んだ。
「ひっ!」
少年の周りはすでに雷蛍に囲まれている。
じわじわと近づいてくるその群れに少年は恐怖で支配される。
もう無理だ。
来る痛みに目を瞑り─
「…?」
しかし、その痛みはなかなか訪れない。
「は〜あ。見つかっちゃった」
恐る恐る目を開ければ少女はつまらなさそうな目で少年の後方を見ていた。
「バーテ、貴様の生活区域とは距離がある。何故ここにいる」
「活きの良さそうな新兵君がいたから気になって追いかけちゃった♫」
少年の後ろでは上官が少女に向かって銃を構えていた。
少女よりも上の立場であるはずだが、少女は恐ることなく喋り続けた。
「…自分の部屋に戻れ」
「上官!?」
「は〜い」
それ以上何も言われずに解放された少女を見て思わず少年は声を上げてしまう。
「なんの咎めもなしですか!?明らかな隊律違反ですよ!?」
「…」
上官は何をいうべきか迷うように沈黙したが、すぐに声を上げた。
「あいつは隊の中でもトップの戦績を残している。俺も強くは言い難い」
「そんな…強かったら何しても良いんですか!?」
上官は入ったばかりの新兵の態度に指導をするか迷うが、今言っても説得力はないだろうと嘆息する。
そして、本心により近い理由を教えた。
「あれは雷蛍を操るために用いる『霧虚ろの草』の副作用だ。あまり態度の指導に意味はない」
「使うのは戦闘時だけでしょう?何で今使ってるんですか!?」
「…あまり上官に歯向かうな。まあ、そうだな…戦闘時以外にも必要とするやつはいるということだ」
納得できなさそうにこちらを見つめる新兵に、上官はこれ以上言うことはないと言うふうに歩き始めた。
それを見た新兵も諦めてとぼとぼと自らの部屋へと歩いていく。
「…見るに堪えん」
上官の呟きは誰もいない廊下へと吸い込まれていった。
────
やっほ〜♫強強雷蛍術師のバーテちゃんだよ♫
自室の扉を開けて棚の草を掴む。正直これがないとやってけないよね。
ファデュイとかいうどこ行っても嫌われる組織。人様に迷惑をかけてんだから当たり前だけどさ♫
ははっ、新兵の子を傷つけて愉しんでおきながら何言ってんだろ?何で私はこんなことを…
「はあ、はあ。うっあっ」
息が苦しい。楽になるために傷つけた。そこまでして生きる…うずくまりながら手に掴んでいた草を口に放り入れる。
「すーっ。はー」
無理やり思考を止めて、息をし続ける。
「あはっ!私がそんなこと考える必要ないよね!」
立ち上がると机の上の薬品と実験器具が目に入る。もう薬も少ないから精製しなきゃいけないのに材料無くなっちゃった。
どうしよっかな〜
ピンポーン
インターホンの音を聞いて扉を開き、
「お父様!」
その姿を確認して抱きついた。
「
抱擁を拒みはしないが、見上げたお父様のその顔は明らかに含みを持っていた。
さっきまで追いかけていた子のことかな?まあ、そうでなくともいくらでも耳に入ってくるだろうけど。
「ふふっ、愉しいからね♫」
迷惑かけちゃったかな?お父様の邪魔はしたくないんだけどなあ。
お父様はいつのまにか手に持っていた鎌に指を滑らしながらこちらを見る。
「君は以前、
「…」
懐かしいことを言うな〜。もっと直接的な表現で言った気がするけど♫
まあ、これって
家ではそういう子は結局記憶を消して解放してあげてたみたいだし。
「お父様の迷惑になっちゃうし〜」
「家のことを忘れるなんて本当に死ぬより駄目かな♫」
「…そうか。まったく、君は優秀で困ったものだ」
「わざわざ配慮させといてごめんなさ〜い」
まあ、本当の理由はそうじゃないんだけどね♫
これも嘘ってわけじゃないけど、
けど、お父様にしては珍しい言い方だった。
頼んだら本当に楽になれたのかな…
なんてね♫
ちょっと考えこんじゃった。慌てて前を向くと、お父様が私を守るように背を向けていた。
「何の用だ」
「私は君を訪ねに来たわけではないのだが」
お父様の横から顔を出すとそこには水色の髪に仮面という特徴的な見た目の男がいた。
私でも知っている。あれは、
「念の為自己紹介をしておこう」
「
「わ〜♫執行官の第二位様がわざわざ何をなさりに来たんですか〜?」
「博士」…話に聞いてたより幼いかも?下っ端も知ってるくらいの有名人、血も涙もないマッドサイエンティストだって噂がほとんどだけど♫
そんな博士が私に何を求めるのかな?
戦闘能力?もっと強い人はたくさんいるよね
お父様との情報?ちょっと怪しくはあるかもだけど、研究者が興味を持つかな?
研究者って話なら…
「もしかして、私の使ってるお薬の話ですか?」
今私が使ってるお薬は霧虚ろの草から精製した以外にない。他の子より効果は高いけどリスクも高めな一品。まあ、精神への影響が増すだけだから私にとってはリスクどころかリターンだけど♫
そのために調べたりしたことの内容は提出してるけど、わざわざ執行官様が見たのかな?
「そうだな、君の研究に魅力を感じたのは事実だ。要件は端的に言えば"スカウト"と言ったところだろうか」
博士の言葉を聞いたお父様の目が鋭くなる。
「バーテは非常に優秀な雷蛍術師だ。安易に消費するのは得策ではないと思うが」
「…僕は被験体としてではなく研究者として声をかけに来た。こちらの方が彼女の個性を活かせると判断したまでだ」
博士は会話に入ってきたお父様に不快げな態度を見せつつも、私に答えを促すように視線を向けてきた。
「うーん…」
考えてもみなかった選択肢だけど…何でわざわざ私に声をかけるんだろ?
「彼女は私の部下に当たる。横取りというのはあまり感心しないな」
お父様の言葉こそ軽い調子だが殺気を感じさせるような重苦しさがそこにはこもっている。
「ふん、今日のところは出直した方が良さそうだ。バーテ、君の返答を待っている」
博士はそう言い残して歩いていってしまった。
結局よくわからない人だったな〜
「私も用事がある。ひとまず、これだけ渡しておこう」
お父様はそう言って霧虚ろの草の束をいくつか出していく。
「ありがと♫じゃ、またね〜」
その言葉に頷いて去っていく姿を見届ける。
「とりあえず、お薬の精製しようかな」
さっき食べた分じゃまったく足りない。お父様にまで融通してもらってるのにすぐ無くなっちゃうな〜
扉を閉めた私は今度こそ薬の精製を始めた。
────
「ん〜?」
朝起きて薬を飲んだ後、部屋に届いていた書類を見つめる。
「モンドか〜。面倒くさいね」
そこには派遣の辞令が書かれていた。
モンドについての報告書もついてるけど龍が暴れてるやらなんなら面倒そうだな〜
「『現地では「淑女」様に従うこと』…か」
あの人は悪い人じゃないけど、なーんかきな臭いかも?
「ま、暴れられるならいっか♫」
私に回ってくるって仕事っていうのはそういうことだからね
どっちかっていうと時間をかけて痛めつける方が愉しいんだけど♫
器具とか薬とかその他諸々を準備して玄関に立つ。
「行ってきます」
ここはいつか住んでいた