割り当てられた部屋の中で、私はしばらく使わないことになった調薬や実験用の器具を眺める。
少年の脅しに屈した翌日、薬を使えなくなった私はこれからどうするべきか考えていた。
冷静になって考えて、まあ、モンドの外に行くのはあり得ないかな。
逆に自分の部屋から出ないのは?
うーん。食事とか外に出なきゃいけない用事は結局あるし、何もしないで一人きりで部屋にいるのはなあ。
案外会わなければバレなかったり…
脳裏に少年の冷たい瞳が浮かび、首筋が凍える。
…やっぱりやめよう。
乳鉢に残った粉末の香りを感じながら、乳棒を指で挟んだ。
これくらいなら私の精神に影響はないんだけどな…影響がないと意味がないか。
そもそも服用した時の精神状態で歩いてたらそれだけでもう駄目なのでは?
他の薬なら?
色々試していた頃、精神に影響を及ぼすものも調べたことはある。
雷蛍術師として戦うというのは前提だったから霧虚ろの草以外には使ってないけど、単純な気分の高揚とかそういった薬効の薬草もあった。
…けど、薬を使わなきゃ雷蛍術師でいられない。
私は人を殺しで悪人でファデュイの一員。
それを放棄するのか?
手が痛い。
私は気づけば乳棒を握りしめていたが、壊すには至ることはなかった。
壊れなかった乳棒をじっと見つめる。
そうだ、私がファデュイであるためにそうするだけ。雷蛍術師になるための過程で実験するのと変わらない。
私は
────
「薬草…どこ?」
薬草を探しに来た私は路地裏の風で呻いていた。
よくよく考えたらファデュイにいた頃はお父様に頼んで取り寄せてもらっていたし、他の国に任務で行っても生活することはなかったので、薬草がどこに売っているのかなんて知らない。
薬草屋があるのだろうか?薬屋で売っているのだろうか?
歩きながらチラチラと店の中覗いて品を見ているが全くわからない。
さらに、昨日龍に襲われたとは思えないほどの活気。その人の量が私からエネルギーを奪っていく。
その結果が現状だ。
こうなった以上長期戦は不利。リスクを犯してでも短期戦に持ち込まねば。
人影を確認した私は目をつむり、光へと一歩踏み出す。
「ぁ、アノ、すいませン、やヤクソウってドコですか」
「なに言ってるんだ?」
「ごめん、もう一回言ってくれる?」
二つの声が返ってくる。そして、瞼を開き、姿を確認した私は─
「ひ、ひっ!すいませんでした!」
路地裏の奥へと戻り蹲る。
あの特徴的な服装とよくわからない浮いてるやつ。間違いない。私がモンドに来る前に襲ったやつだ。
タン、タンと路地裏に足音が響くのが聞こえる。
ああ、今度は逃してはくれないみたいだ。
タン、タン。
今は元素力を使う道具も何もない。ブリンクもできない。
タン、タン。
「ヒグッ、こ、ころさないで」
自らを人殺しとしながら、それが返ってきたら恐怖に怯える。何と無様だろうか。
彼女らを襲ったときに殺意はなかったが、相手にとっては関係ないだろう。私は自らに返ってきた咎によって死ぬのだ。
タン。
足音が私の目の前で止まった。
「ヒグッ、ヒグッ」
嗚咽が止まらない。蹲っているが、薄暗い路地の中で動く影は認識できる。
それは私に近づく。
もう無理だ。
「ころさないで」
「大丈夫だよ」
頭をそっと撫でた。
「怖くないよ、安心して」
その声があまりにも優しくて、その手があまりにも暖かくて。私の恐怖が解けていってしまう。
顔を上げると、そこには微笑みがあって、つい安心してしまってその顔が滲んでいってしまった。
──
「お母さんはいる?」
「いない…もういないです」
落ち着いた後、彼女が聞いてきた言葉につい答えてしまう。
「!ごめん、嫌なことを聞いちゃったね」
「いや、わたしの…ん?」
何で彼女はこんなことを聞いてきたんだろうか?
それに話し方が…何と言うか幼子に声をかけるような。
「あ、あの!」
「どうしたの?」
「私、子供じゃないんですよ?」
「そっかそっか。お父さん、いや、大人の人とは一緒にいた?」
「お父様はいますけど、元から一人です…って違くて!そもそも私は」
そこまで言って口を止めて俯く。
見たところ二人は私が先日襲ってきた人間だと気づいていない。
勘違いしているならそれを正す必要はないだろう。
「家出なのか?」
「あんな反応したってことはもしかしたら虐待とかかも…」
「お父様はそんなことしません!…あ…」
小声で喋っていた彼女達の言葉につい口を出してしまった。
「これは…」
「そうだな…」
終わりだ。けど、彼女達になら─
「ちょっとお姉さん達と一緒に歩こうか」
「あ…」
彼女に手を引かれて、明るい方へ進んでいく。その手を剥がすのは簡単だけれど、家族を、
私はそのまま明るい通りへと共に歩んでいった。
──
「旅人は栄誉騎士って呼ばれてて、風魔龍だって追い返したんだぞ!」
「へ、へ〜。す、すごいですね、蛍さん」
「目の前の災いを見逃せなかったからね」
安心させるための言葉なんだろうけど、冷や汗が止まらない。龍と飛んでた人間もこの人だったんだ…
と言うかどこに向かっているんだろうか。これで騎士団に引き渡しとかなら全力で逃げなければいけないのだが。
彼女達から目を逸らしていると、パイモンが「ん?」と声を上げた。
「なあ、今入っていった緑のやつって」
「うん、あのときの人だ」
「どうするんだ?」
「一応助けてくれた人だし、言いたいことはあるけど…」
二人は私の方を見ながら悩んでいる。
話していたことから察するに、人を追いかけようとしているのだろう。
「私は大丈夫ですから、どうぞ二人で…」
流石にここらで離れたい。彼女達は「うーん…」と唸っている。これならあともう一押しでいけそうだ。
「早く帰らないとお父様に怒られてしまいますので、どうか…」
そのために勘違いを利用させてもらおう。ごめんなさいお父様。
モンドの英雄である彼女をこんなふうに騙しているところを、あの少年見られたらどう思うのか想像するだけで恐怖で顔が歪む。早く決めてくれないかな…
そして、彼女は「よし!」とどうするか決めたようだ。
よかった、これで。
「私がお父様に一緒に話してあげるから大丈夫だよ!」
そう言って手を引いて進んでいってしまう。
どこかの建物に入るようで、見上げてみれば、そこには昨日来た酒場。
「あの、ちょっと、ここは」
私の小さな声は開いた扉から漏れる酒場の音に紛れてしまう。
「見つけた!」
パイモンが声を上げる。彼女の視線を辿ると─
「おや、君たちは…」
緑色の帽子をつけた少年の視線がパイモン、蛍と来た後、私を刺して止まる。
本当に、これは、違くて。
外に出すわけにもいかない声を心のうちで無意味に紡ぐ。
「まあ、立ち話も何だし座りなよ」
カウンター席にいた彼女はテーブルの方に移って私達を誘う。
視線は念押しするように私から離れない。
「はい…」
少年の声に従い、蛍とパイモン、そして私は席へと向かっていった…
──
狙っているのかいないのか、昨日と同じ席に座った私は会話に割り込むことなく気配を消していた。
どうにかこの場が流れることを祈る。
「あのときトワリンを驚かした人たちだね」
「どちらかというとあいつの方が原因だったと思うぞ!」
「あはは、僕もそう思うよ」
こっちを見ないでください…
「風魔龍のことをトワリンって呼んでるの?」
「仲が良いのか?なんか怪しいぞ」
「まさか、僕はただの吟遊詩人、ウェンティさ。いや、ただの吟遊詩人ではなかった。"モンド城で一番愛される吟遊詩人"を三期連続で優勝したウェンティだよ」
「私は蛍。旅人だよ。今は栄誉騎士もやってる」
「オイラはパイモン、その「非常食だよ」違う!案内人だぞ!」
会話が止まり、三人とも私を見ている。
え、私も紹介する流れ?
「…バーテです」
「それだけ〜?」
「子供なんだからあんまりいじめるなよ」
ここでファデュイです。ただのファデュイじゃなくて先日襲いかかったバーテです。とか言った日には私の胴と頭が泣き別れだ。もしかしたらこのままでも頭に矢で風穴が開くかもしれない
そんなことを考えていると蛍が私の方を見ながら何か彼に耳打ちしていた。私に会った経緯を説明してくれたのかな?
「なるほどなるほど、それじゃあモンドの英雄様は何の用かな?」
「あの時のことについて感謝が伝えたくて。あなたのおかげで助かったとも言えるから」
「僕はただの吟遊詩人だし、トワリンを見て怖がったんじゃないかな〜」
どっちも怖かったよ…
「それと、風魔龍について教えて欲しくて」
「え〜?僕は何も知らないよ?」
「今更とぼけるなよ!」
「これについて知ってる?」
「!これは…」
旅人が何かの結晶のようなものを出すと、彼は顔を真剣なものに変えた。
風魔龍に関係する何かなのだろうか?予想外のことではあったが、報告するためにも話に集中した方が良いだろう。
「少し話す場所を変えようか。"英雄の象徴"で待っていてくれるかい?」
「"英雄の象徴"…なるほど、あそこのことだな!けど、何で一緒に行かないんだ?」
英雄の象徴?一体どこのことだろうか。モンドにきたばかりの私では「僕はその子を先に騎士団に連れていってくるよ。今話題の栄誉騎士様が連れていったら目立つだろう?」
「え?」
「わかった。それじゃあ、よろしく」
「バーテ!良い子にしてるんだぞー!」
パイモンの声に頷く。
しかし、反射で動いたのは体だけ。脳内はこれから起こる事態のことを全力で考えていた。
騎士団に連れて行く?普通に困るけど、旅人を騙したと考えているならそんなことを罰にはしないはず。
ってことはやっぱり、旅人から離すための方便?処刑?今度こそ…死?
自らの顔が青ざめて行くのがわかる。
今から逃げようにも、目の前の少年はニコニコとした笑みでこちらを真っ直ぐ見つめている。
非常に厳しいだろうが説明を信じてもらうしかない。少なくともこの酒場ではそんな行為には出れないはず。
「あ!あの「あははは!」「え?」」
突然お腹を抱えて笑い出す少年。今のうちに逃げるべきなんだろうか?
「ふー、真剣な顔してるから面白くて笑っちゃったよ。今回のことは君が狙っていたわけじゃないのは知ってるよ」
え、何で知ってるの?
私の困惑が顔に出ていたのか、少年はまた吹き出しながら話し出す。
「ふふっ!─人の声は千の風となってモンドを流れて行く─偶然僕のところに流れてくることもあるかもしれないね?」
内容は意味がわからない…適当に誤魔化しているようにしか見えないが、彼の紡ぐ言葉の神秘を纏っているような雰囲気に納得しかけてしまう。
流石吟遊詩人ということだろうか。まあ、普通に推察してからかっているのか、言えないことがあるのか、どちらにしても…
「助かった…」
「それじゃあ、君を送ってから旅人と話に行こうかな」
「え、どこに?」
まさか本当に騎士団に?
「薬草を探してるんだろう?売ってるお店まで連れていってあげるよ」
思ったより優しい…というか本当に何でわかったんだろう
…こっそり薬を使ってもわかるんだろうな…
そんなことを考えながら、席を立ったウェンティの背中についていった。
雷蛍術師ちゃんの身長は140くらい
せっかくちらつかせたし早くバーテちゃんの過去とか壁炉の家の話が書きたい…
けどプロット的にはかなり先なんだよな…