霧虚ろの草に人の感情を抑える効果はない。
後悔は消えない。恐怖は消えない。怒りは消えない。
ただ、そこに嗜虐心が加えられるだけ。
抑えられぬ感情が元素力を通して雷蛍に広がる。
「…バーテ」
「なんですか?淑女様♫」
「雷蛍が目立ちすぎよ。片付けなさい」
「はーい♫」
広がっていた雷蛍を一匹ずつランプの中へと戻していく。
「…」
冷んやりとした夜の暗闇の中、私たちは拠点へと歩く。
「貴女、そこまでファデュイに強い気持ちがあったのね」
「なんですか急に〜♫淑女様はそうじゃないんですか〜?」
「私のは女皇様への忠誠よ。というか大体はそうじゃないかしら」
淑女様は言外に私がファデュイにいる理由を問おうとしている。
さっきの蛍ちゃんに影響されちゃったのかな?
「うーん、ファデュイに強い気持ちがあるわけじゃないですよ?ただ、外野になんか言われたらイラつくだけです♫」
うん、これで正しいはず。別に忠誠を誓ってる訳でもないし。
私がファデュイだってのは譲れないけどね♫
「そう」
淑女様が静かに言葉を返す。
私たち二人はそれ以上言葉を交わすこともなく拠点へと戻っていった。
────
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「バーテ…」
旅人はで一人物思いに耽っていた。
"天空"を手に入れた彼女達はひとまず解散し、旅人は宿の中にいた。
「zzZ…」
ベッドの中には白い非常食がいる。
「何でファデュイに…」
あの少女のことを旅人はほとんど知らない。
何故モンドに入る前襲われたのか。
何故あの日であったのか。
何故先ほど盗みに来たのか。
どれだけがファデュイの命令なのか、彼女にはわからない。
「けど、あの涙は本物だった」
蹲って怯えた彼女の姿を思い出す。
どんな理由のものなのか完全には理解していない。
けれど、あんな恐怖を浮かべる少女が人を殺す仕事について良いはずがない。
ナンセンスな区分ではあるが─"善人"である旅人はそう思っていた。
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────
「はあ…」
淑女は一人物思いに耽っていた。
拠点へと着いた彼女達はそれぞれの部屋へと戻り、淑女は自室にいた。
「何であの子はファデュイをやっているのかしらねえ…」
淑女は少女のことを子供の頃から知っている。
とはいえ、孤児として
───
「あんた達、こっちに来なさい」
「「「はーい!」」」
少女は警戒心の強い子供だった。
他の子がお菓子に釣られて寄ってくる中、彼女は部屋の片隅からじっと視線を向けていた。
「……」
視線が向いていたのはお菓子だったが。
まあ、孤児の中では珍しくもない。
そう考えて私は近づいていく。
けれど、その時に言われた言葉は少しだけ予想外だった。
「あなたは、悪い人ですか?」
突然の言葉に面食らうが、子供の言葉なんてそんなものだろう。
「そうねえ…ファデュイなんて大体悪い人しかいないわよお?従わない子にはお菓子をあげないような…ね?」
彼女は困ったような顔をしてこちらを見ていた。
お菓子か悪人か迷っているのだろうか。
「バーテ、彼女は悪い人ではない」
その時、横から別の声が届く。
「じゃあ、良い人なの?」
「ふっ、良い人ではないかもしれないな…」
声の主の方にも子供が寄っていく。
「お父様!」「お帰りになられてたんですね!」
それぞれに返答する姿を見ながら声を漏らす。
「はあ…せめて良い人って言っておきなさいよ」
「ふむ。君は良い人だと言って欲しかったのかな?」
「……」
まったく彼女には敵わない。
序列も高いから当然戦闘も強いわけだが、こう言ったところや人格面は隊長を抜いたファトゥスの中では一番だろう。
そんなことを考えていると、横から服を引っ張られる。
「あの…お菓子ください」
「ふふっ、可愛い子じゃない」
──
雷蛍術師としてファデュイに入った当初、彼女は期待されていた。
霧虚ろの草の匂いを嗅いでも正気を失わなかったからだ。
体質的に耐性が強かったらしい。雷蛍を操る代償として理性を失うとしても運用されているのだ。期待も当然と言ったところだろう。
「おい、貴様。どう言うつもりだ」
「すいません…」
とはいえ、最初だけだったが。
偶然見かけた彼女は任務終わりなのか、上官に叱責されていた。
話を聞いていれば、任務中に襲ってきた宝盗団に何も攻撃しなかったそうだ。
まあ、入りたての新兵だ。人を襲うのに抵抗を持つのは珍しくない。
「ふん、偽善者が。自分が善人だとでも思っているのか?」
「うっ…あ…」
彼女その場で泣き出してしまった。
あの調子ではすぐに辞めてしまうだろう。ファデュイから漏らせないような情報もあるが、召使は子供に戦いは強制しない。
噂では記憶を消して世に出しているとも聞く。
もう合わないだろうと思いながら私はその場から離れていった。
───
「まさかああなってるとはねえ」
淑女も彼女の噂は聞いていた。戦闘狂だとか見てたら襲われるだとか。
そのどれもが彼女と全く合わないからデマだと思っていたのだ。
「召使も心配するわけね」
彼女がくる前に、淑女は召使から『少しバーテに目をかけてくれ』と頼まれていた。
彼女がこちらに来るのも召使が手を回していたのだろう。どうせなら無理矢理にでも辞めさせてしまえばよいのに、と淑女は考えていた。
────
────
「旅人は優しすぎるな…」
吟遊詩人は一人物思いに耽っていた。
モンドが誇る風神の像の手のひら。吟遊詩人は不敬にもそこに座っていた。
「バーテ…か」
彼は正直にいえば、そこまで彼女のことは気にしていない。
それは彼が薄情というわけではない。
彼だって一人の少年の思いを継いで今の姿でいるのだ。子供は好きな方だろう。
「なーんか、違うんだよね」
そこまで気にしていたわけではないが、一応彼は彼女と出会ったあと"風“で時々確認している。
部屋で辛そうな声を漏らしていたのもみたし、旅人に怯えていたのも知っている。
まあ、人を傷つけるのに拒絶があるのはわかっている。
ただ、彼はそこにある情は優しさとは少し違う気がしていた。
「ま、旅人はほっとかないんだろうね」
今のモンドの台風の目となりつつある彼女のことを思い、彼は少し微笑む。
彼女ならどうにかするんだろうと思い、ひとまずこの国と彼の大切な友人を守ることを考えるのだった。