とあるライダーオタクが絶望の世界に来てしまった件   作:キラトマト

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第9章 重なり合う、悲鳴の音色。

 

 ────思い出したくないことがある。でも過去がなくては、人間たり得ない。だからわたしは、それを背負って生きるのだ。

 

 アドが工業地帯へ駆けていってしまったあと、残ったメンバーは気を取り直すように散策の方針を確認していた。

 

「まずは……生存者の捜索ですね。……って、なんなんですかこれ……」

 

 百喰が言葉を失う。その視界いっぱいに転がるのは────無数の死体。腐敗しきったものもあれば、まだ新しさの残るものもあった。そしてどれも、最後に見た“恐怖そのもの”の表情のまま固まっていた。

 

 刃物で裂いたような無数の細い傷。血の流れ方が不自然な死体。軍服が散らばり、その上に靴跡が重なっている。

 

「軍人……?」

「誰がやったんだ?」

 

 賢人は息を呑む。ゾンビにしては妙に“均等な切り方”だ。胸の奥がざわつく。

 

「可哀想に……」

 

 百喰が震える指先で口元を押さえた。その刹那。

 

「みみみんなぁぁぁあああ!!」

 

 アドの悲鳴じみた声が響き、全員が跳び上がる。

 

「な、なんなんですかアドさん!!」

「いいからこっち! ハリーハリー!!」

「ハリーって……この死体の量を見ながら!?」

 

 混乱しつつも百喰が賢人の手首を掴む。

 

「神川さん、行きましょう……! ここに長くいたくありません……」

 

 百喰に引かれ、全員がアドへと向かった。そこにあったのは────。

 

「……船?」

「船……だね」

 

 確かに船だった。大型の漁船。しかし甲板には死体が折り重なり、鎖は根元から千切れ、まるで怪物に引きちぎられたようだ。

 

「はぁ……」

 

 死体ばかり見せられた賢人は額を押さえる。

 

「結局死体ばっかじゃん。どうすんのさ」

「あー、そうだな……どうしよっかな────って!」

 

 言いかけた瞬間、彼の頭の中で何かが噛み合った。

 

「違う……なんで死体があるんですか!?」

 

 その声に、全員がハッと息を呑む。よく目をこらすと船の中にある死体は、銃痕のようなものがあった。────つまり。

 

「そうだ……」

「ゾンビに食われたんならよ……」

「死体は残らないはず、です」

 

 百喰の声が震える。

 

「つまり……誰かが“殺した”……? 人間が……?」

 

「きゃああああッ!!」

 

 重苦しい沈黙が落ちかけたその瞬間、工業地帯全体に悲鳴が響いた。

 

「な、なんだ!?」

「悲鳴ッ!? 生存者ですか!?」

 

 賢人たちは死体の海から離れ、見晴らしのよい高所まで走る。

 

「神川君ッ! 悲鳴は籠っていた、建屋の中の音だ!」

「そ、そんな……この辺、建物ありすぎるんですよ!?」

 

 狼狽する賢人に、やちるが耳に手を添え、じっと聴き込む。

 

「……あの工場……三階……です……!」

「なっ、本当か!?」

「ヤチルンは元フィギュアスケーターだからね!!」

「それ関係ないでしょう!? けど助かった! 行きます!!」

 

 アドへのツッコミを無視しつつ、全員が工場へ突入した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ゾンビ多すぎ!」

 

 狭い廊下にゾンビがぎっしり詰まっている。

 

「皆! 生存者救出が最優先だ!」

「はい!!」

 

 だが二階は更に狭く、姫片とやちるの広く場所を使う戦闘スタイルとは噛み合わなかった。配置ミスに焦りながらも突破し、三階へ向かう。三階の通路は見かけ上はゾンビも少なく、しかしうめき声だけは絶えず聞こえていた。息を切らしながら扉を一つずつ開ける中、賢人には確信めいた“呼ばれる感覚”が胸に刺さった。順番を無視して扉を蹴り開ける。

 

 ────そして視界に飛び込む光景に息が止まる。

 

「大丈夫……大丈夫やから……な……沙南……」

「ぅ……ぅぅ……ほんま……?」

 

 二人の少女が、小さな倉庫の隅で抱き合い、震えていた。

 

 ────無数のゾンビに囲まれながら。

 

「行くぞみんなぁ!!」

 

 絶望を切り開く先陣を切ったのは賢人。叫び、剣を振るい、火花を散らす。

 

「はァァァッ!!」

 

 癒封剣の白い炎が弧を描き、少女の周囲のゾンビを一掃する。それは2人も巻き込むが全く熱くなく、むしろ心地よい"温かさ"であった。

 

「もう大丈夫だよ、二人とも」

 

 賢人は微笑んで手を差し出した。

 

「……ありがと……」

「ありがとぅ……」

 

 甘噛が後方から声をかける。

 

「賢人様、まずはここを出ましょう?」

「……あ、そうだ。2人とも行こう。安全なところに」

 

 

 

 

 

 

 

 

 外に出ると、姉の方────夢氷(むひょう)沙織(さおり)が涙と鼻声で何度も頭を下げた。

 

「ほんま……ありがと……うち、もう……死ぬ思て……」

「落ち着いて大丈夫だよ。生きててくれてよかった」

 

 沙南(さなみ)も賢人の袖をぎゅっと掴み、潤んだ瞳で見上げる。

 

「……お兄ちゃん……助けてくれて……ありがと……」

「お、お兄ちゃん!?」

 

 賢人が戸惑うと、アドが笑いながら肩を叩いた。

 

「ケンティー、妹キャラに弱いタイプ〜?」

「ち、違っ……!」

「あんたら、ほんま優しいんやなぁ……」

 

 沙織が微笑む。その笑顔は弱いけれど、確かに生きようとしていた。

 

「微笑ましい空気のとこ悪りぃけどよ、オメェら、本当に二人だけなのか?」

 

 姫片が二人に少し疑いの目を向ける。

 

「えっと……」

「幼女2人で数ヶ月生き残られるほど、この世界は甘かねぇーだろ。今日まで何してたんだ?」

「姫片さん言い方ってもんが……」

「黙れ賢人」

 

 姫片は普段とは違い、掠れた目で言い放った。その態度を身をもって知っている百喰はあちゃーといったふうに頭を抱える。

 

「助けてやったんだ、情報くらい貰ったってバチは当たんねぇだろ」

「うちの名前は……沙織。────夢氷沙織」

 

 沙織は姫片の言葉を聞いてか、真剣な面持ちで語り始めた。

 

「んでこいつは妹の沙南。豊島街から逃げて、ここから来たんや……」

 

「いいね、喋れるじゃねぇか。つか豊島街っつーとかなりこっから離れてんじゃねぇか。どうやって暮らしてたんだ?」

「あのな……豊島街にはライブハウスがあってな、そこで皆で、頑張って暮らしてて。けど……ライブハウス……襲われて……沙南と逃げてきてん……」

 

 どうやら本島にも生存組合に近い組織があるようで、少し頼もしい気分になる賢人。そして、少なくとも数日間は飲まず食わずだったことが声と見た目から容易に推し量れたため、彼は懐からあるものを取り出した。

 

「はいこれ! どうぞ! 仮面ライダーグミとオロナミンC! とってもジューシーだよ!」

 

 いつ作ったのだろうか、自作のパッケージのブドウグミとオロナミンCを2人に渡した。突然渡されたため、困惑が勝ってしまう夢氷姉妹。

 

「……ぇ?」

「いつ作ってたんだよ」

「……。……くれる……の?」

「ん?」

 

 ぶわっ。と、沙織は大粒の涙を流して泣き出してしまう。

 

「え? え? ちょちょちょ」

 

「神川さん、幼女泣かしましたです」

「……幼女誘拐犯」

「犯罪者」

「ロリコン」

「ちょっと聞こえてましたよ師匠!? いちばん酷いの!? な、なんで泣いてるの……かな? お兄ちゃんに……」

「……ぁぅ……ぅぅ」

 

 嗚咽しながら沙織はぶんぶんと頭を振る。

 

「……違くて……食べ物……くれるなんてぅれしくて……」

「え……」

 

 皆で顔を見合わせる。同情より、共感の方が多かったのだろう。その隅で、アドが寂しそうにチョコバーを水で流し込んでいる。

 そう、渡そうとしていたのだ。なのに賢人に役割を取られてしまい、自らで食べて気を紛らわそうとしていた。それを食べ終わり、アドは姉妹の前に立つ。

 

「ねぇふたりとも、もし行くあてがないのならさ、このままお姉さんと一緒に来ちゃいなよ」

「アド……」

 

 百喰は少し口角が上がり、目を細める。

 

「アドの方が誘拐犯じゃん〜」

「ちょっと賢人、いい空気なんだから……!」

 

 頭にチョップを食らわせる来栖崎。茶化すのはやめて、沙織の方を向き直る賢人。

 

「ま、ポートラルに来れば当面の食事に不安は無いし、欲しかったらあのグミ、作ってあげるよ。あのジュースはあまり在庫が無いからあれだけど……」

 

「……ぇえの?」

「もちろん! 俺も後輩出来て嬉しいしね」

 

 すると、沙織は一度深く頷いいて、妹と一緒に頭を下げた。

 

「ぁりがとう……ござぃます……。ほら……良かったなぁ……沙南」

「……ぉねぇちゃん……?」

「世の中まだ……捨てたもんじゃないで……」

 

 メンバーたちの胸に、かすかに温かいものが灯る。

 

「迷惑ばっかで……ほんま、悪ぃ……。この恩……絶対返すから……」

 

 破れかけた上着の裾を握りしめ、ふるふると震えた。

 

「迷惑なんて思ってないよ。一緒に生き残ろう」

「……うん……」

「お姉ちゃん……これ……」

 

 自分の分のグミを分けようとした妹に対し、沙織は拒否を示す。

 

「それは沙南の分やで。……明日やったら貰ったっても」

「……」

 

 沙南は無言のままだが、少し笑った。人前で笑顔になるその珍しさに、思わず感極まる沙織。その小さな笑顔に、場の空気が少しだけ緩む。ゾンビの呻きも、風の音も、遠い世界の出来事のように感じられた。賢人はふっと肩の力を抜いた。

 

 ────ああ、助けられたんだ。誰も口には出さなかったが、そこにいた全員が同じことを思っていた。ほんの少しだけ、この世界が元に戻ったような気がしたのだ。

 

 そんな、温かい時間が、永遠に続くはずだった。ほんの数分前まで、誰もがそう思っていた。

 

「ほんまに……ありがと────」

 

 その瞬間だった。ピン、と空気が鳴った。誰かが弦を弾いたような、細い音。次の瞬間、地面のコンクリートに一直線の亀裂が走った。

 

「……え?」

 

 賢人が目を向けたその刹那。

 

「へぶっ!?」

 

 鈍い音が、世界を切り裂いた。沙織の身体が横から弾き飛ばされ、地面を転がる。砂利が皮膚を裂き、血が線を描いた。

 

「沙織ちゃん!?」

「なっ……!?」

 

 空気が凍る。来栖崎が反射的に斬撃を放つが、包帯のような線が空間を這い、来栖崎の軌道を絡め取る。包帯とも糸ともつかない禍々しい線が建物を切り裂き、そこら中からゾンビが溢れ出す。

 

「ワイヤーワークス……? なんで……」

 

 誰かの呟きが、喧騒の中に消える。ワイヤーワークスと呼称されたその怪物は凶暴に、大きな"泣き声"を上げながら来栖崎の刀と拮抗する。いいや、むしろ少しばかり押していた。彼女の刀捌きを真似したかのような動きを1本、また1本と包帯のような触腕が繰り返す。

 

 いつも冷静な彼女の呼吸が荒く、その上ゾンビも次々と溢れて足を取られる。

 

「来栖崎さんッ!!」

 

 怪物は来栖崎を無視し沙織へ、そしてその背に隠れる沙南へゆっくりと歩き出した。そのゆっくりさが、真綿で首を絞めるように、生き殺しの感覚を姉妹に与えていた。

 

「……ぁ……」

 

 血まみれのまま、沙織が立ち上がる。足は震えているのに、妹の前に立つ。満身創痍、そんな状態の姉の首根っこを、怪物は掴む。

 

「……ゃめて」

 

 沙織の足が宙に浮く。喉が潰れ、呼吸が漏れる。人間の喉が、もう二度と声を出せなくなるまでの残り数秒が目に見えるようだった。

 

「やめろッ!!」

 

 賢人は走る。だが間に合わない。

 

 来栖崎は膝をつく。姫片はゾンビに押し返される。やちるの腕は震えている。百喰は声が出ない。アドでさえ叫べない。誰も届かない。白い炎の剣を握る。呼吸が荒れ、視界がにじむ。

 

「……ぉれに……力をくれ……」

 

 声は震え、祈りのようだった。

 

「癒封剣波癒……!! お願いだ……! 頼む……!!」

 

 しかし────白い炎は揺れなかった。

 

 ただ冷たい風が吹き抜ける。

 世界が遅くなる。

 音が消える。

 色彩が薄れる。

 沙南の唇が震える。

 

「誰か……ぉねぇちゃんを……たす……けて……」

 

 その声だけが、賢人の胸に深く、深く突き刺さった。




次回予告
「俺が書き換える!!」
「変身!!」
第10章 癒の剣士、そのはじまり。

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