とあるライダーオタクが絶望の世界に来てしまった件 作:キラトマト
────たとえわたしが裏になっても、忘れないで欲しい。わたしは、いつでもそこにいるから。
数日後。
「ふーんふふーんふふんふふーん」
白名月よすがは、ご機嫌だった。理由は単純、自分の中に“何か”が芽生えていると、はっきり分かったからだ。
「あーあ────ああ!!」
息を吸い、吐く。意識を外へ、世界へと薄く広げる。
すると、目の前に立っているはずの見張りの存在感が、すっと遠のいた。
見えている。だが、いない。
「……あ、できてる」
自分自身の“印象”を操作し、相手の認識から弾く能力。
完全な透明化ではない。ただ、そこにいると“思われなくなる”。
「めーでーめーでー!」
調子に乗ったまま、よすがは銀の国の外縁区画へと向かった。姉妹たちは決して出られない場所。だが今は、重厚な扉さえただの置物にすぎない。
「……開いちゃった」
胸が高鳴る。怖さより、嬉しさが勝っていた。
「ふっかみ〜ふっかみ〜」
更に、その日のよすがには会いたい人がいた。
「ぷかぷかぷかぷかぷかりんこく〜ん!」
礼節もノックもなく、よすがは研究室のドアを勢いよく開け放つ。
「ボクが〜? 来たっ!!」
ビーカーの中で液体にぷかぷか浮かぶ男────通称プカ美が、ゆっくりと目を開けた。
「……ん、おお、来たのか」
「なんだいるんじゃーん! てっきりどこかに行っちゃったのかと」
「それはお前の方だろ」
「ひぐっなんでそんなこと言うんだよぉ」
「あ、すまん……」
「えへへ」
泣き真似はすぐに引っ込み、よすがは勢いよく話し始めた。
姉妹のこと。銀の国のこと。訓練のこと。
「……世界を脅かす敵性勢力を倒すために姉妹で訓練に勤しんでいると……」
「簡単に言うとそういうこと!! もぉプカ美は要約が上手いんだねっ!」
「……まぁな。にしてもなんだかドラマみたいな世界観だな」
その言葉に、よすがは胸を張る。
「それでねっ、ボクたちの憧れはね! ソフィアなの!」
────それが姉妹たちの母親の名だった。
「……へぇ、ソフィアか。またすごい所を持ってきたな」
「ふふっ、"奴ら"もキリンさんも知らない無知なプカ美でも、流石にソフィアは知ってたか〜」
「……母さん? まぁソフィアは結構な有名人だからな。国民的アニメの映画主題歌担当してたりしてたり」
「アニメの主題歌……? まぁいいや!! それでさ! もしだよ! もしも!」
「なんだよ早く言え」
「もしボクが、ソフィアの娘だって言ったら驚く?」
「そりゃ……驚くに決まってるだろ」
するとよすがの表情はみるみるうちに明るくなる。
「おうおうおう! 全くチミは聞き上手だねぃ!」
「ああもう鬱陶しいなぁ。ビーカーを叩くな」
「えへへ? 驚いた? 驚いたよね?」
「やめろ、液体が揺れると耳が痛い」
「ごっめーん!」
よすがは軽く謝り、真剣な面持ちて話し始めた。
「実はさ、今まで黙っててごめん。ボクら姉妹はソフィアの娘。地上を取り戻すために生まれてきた、人類の戦う意思」
自分で言っていて耳がこそばゆくなるセリフだった。
「母さんが遺してくれた、可能性なんだ。『闇の剣士 カリバー』の名に恥じないよう、立派な戦士になって戦いたい」
辛く苦しい訓練も多い。しかしソフィアの娘として生を受けた以上、彼女に後悔が浮かんだことはない。
プカ美も驚き、鋭い目を見開き口から泡を吹いていた。
「……なるほど、細かい部分はよくわからなかったが、熱意だけは伝わった」
「ふっふふ〜。でしょでしょ?」
「しかし、君は本当に────『仮面ライダーセイバー』の大ファンなんだな」
「かめんらいだーセイバー? なにそれ」
「ん?」
噛み合わない。そう感じたプカ美は詳しく説明する。
「だからドラマだよ。ドラマのタイトル」
「ドラマ? いきなりドラマがどうしたの?」
「え? いやお前、ソフィアに憧れてんだよな?」
「うん。憧れてるよ?」
「だからテレビドラマ『仮面ライダーセイバー』が大好きなんだなって」
「え……?」
「だってソフィアはこのドラマの────キャラクターだろ?」
聞いちゃいけない。分かっているのに、耳を塞げなかった。
「一昔だったか数百年前だったか、いや最近だったかもしれない。一世を風靡した大人気特撮ドラマだよ」
知らない罪、そして知りすぎるという罠。
「……」
「テレビ版、知らなかったか? でも確かテレビ版最終盤にしか出なかったはず」
ドン! よすがは机を力強く叩く。
「どうしたんだ。ソフィアが好きだって言うから、俺は」
母さんがどうしたのか、その仮面ライダーセイバーというものに出演していたのか、美人だしそれもありえるか、とよすがは自分で無理やり納得させようとする。
「いっそ見た方が早いか。左後ろの青い棚の上から三段目だ。真綾が好きでな、特撮モノは大体揃っているよ。……あ、それともソフィアと同じ俳優が主題歌担当してる翼の勇者たちでも見るか? 赤い棚の左上だ」
否定したい。でも、確認せずにはいられなかった。
『仮面ライダーセイバー Vol.12 第45章』
ソフィアが剣士に変身する巻。
見たらダメだ見たらダメだ見たらダメだ見たらダメだ見たらダメだ見たらダメだ見たらダメだ見たらダメだ。
「……ぇ"」
裏を見た。母が、映っていた。ペンダントと同じ画角で、剣を握っていた。
「興味があるなら見てみるか? そう、そこにBDプレイヤーがある」
指示を頼りに、彼女はディスクを嵌め、再生させた。
『私たちが道を作ります。あなた達は先へ』
荒野に溢れる怪物群。流れる挿入歌。その後流れるオープニング。そこには確かに、キャストとしてソフィアの俳優名が載っていた。
「……ぉ"ぇ"」
増刊号と称された最終回が終わったあと、よすがは吐いた。世界が、裏返った。
地上だと思っていた光景は、映像だった。信じていた母は、架空の存在だった。
5日後の開戦。敵。父。全部が、分からなくなった。
彼女の視界が歪む。赤く染まる。地面が揺れる。何もかもが分からなくなった。
「……おいっ!?」
「ぶが……おぇ」
「おい!! 分からないからっ、分かるように説明してくれ!」
地面の揺れだけは止まった。
「……ボク……ね? ソフィ……ソフィアがお母さんだって育てられてきてて……」
「……そいつは、キツイな」
16年間、親だと教えこまされてきた人物はただのドラマのキャラクターだった。地上の光景だと思っていたのはただの映像だった。
命より大切に、胸に抱きしめていたのはただパッケージの切り抜きだった。
────逃げた。逃げて逃げて、でも姉妹は傷つけたくなくて、道中に父さんを見つけた。
追いかけて、全て話して、何か理由があるのだろうと、勝手に見てごめんなさいと謝ろうと。
────しかし。
「うん、よすがは廃棄処分だ。能力が発現しないのだから仕方がない……と偏見でものを言おうか」
「はぁ……勿体ないだろう?」
「いや、せっかくの真綾の遺伝子だというのにだ。……廃棄しなければ示しがつかん。5日後の納品までに焼却処分だ」
「いえ、示しがつかないのはクライアントにです。先方は5体の納品をご希望です。ああ言った種類の人間をわざわざ敵に回す必要はありませんし、どうせ他の4体も改造や初期化処理はするんです。予備パーツ用に納品したっていいでしょう」
「ふふ、上司にさえ忌憚のない意見をする君がとても面白いよ」
「では……!」
「しかし、せっかく英雄の遺伝子を組み込んだ第1世代と2世代。対して真綾様の遺伝子を組み込んだ第3世代がこんなモノなら示しがつかん。廃棄は決定事項だ」
絶望に絶望の重ねがけ。もはや迷う必要はなかった。
「あのね……姉さん、ほとり、しずく」
よすがは、全てを打ち明けた。能力を発現できたこと。母のこと、外の世界のこと、父さんのこと。
「なるほどな」
よすがの声を遮り、わだちは言った。
「……つまり、母上は空想上の人物で、父上は私たちを殺そうとしていると」
「だから聞こえちゃうって……!」
するとわだちはよすがに歩み寄る。
「……そうか」
「そうっ、だから、ボクたちが売られちゃう前に、売られたら、殺されちゃうかもだから! だから逃げ────」
わだちは振り上げた手を下ろせなかった。
「……ぇ?」
「……出ていけ」
そう言うわだちの手は、震えていた。
「姉……さん?」
「私が理性を無くす前に……出ていけ」
「なん……で」
他の姉妹は、よすがを見られなかった。
「待て!」
富加宮が叫ぶ。
「……賢人?」
「俺は信じる。俺たちの戦いがたとえ架空のものだったとしても、今のお前の境遇は本物だ」
「貴様っ!」
「悪い、わだちさん。俺はよすがに付く」
世界が歪む。視界が白く弾け、ペンダントを捨て、よすがは膝をついた。
「はぁっ……はぁっ」
自らの精神状態に左右される、それが真綾の遺伝子からの能力。よすがの心臓が激しく音を立てる。
それでも、脱出した。銀の国の外で、2人は男に出会う。
「君は……」
「あ! 雷の剣士の! 探しましたよ? これ! 飛羽真さんに届けてくれって」
「雷鳴剣……。ありがとう一輝」
「それでその子は……?」
「白名月よすがと、深見だ」
世界は、未だ壊れていない。だからまだ、動くことができる。
────それだけで、今は十分だった。