とあるライダーオタクが絶望の世界に来てしまった件 作:キラトマト
────愛が人を堕落させるならば、わたしは愛を捨てよう。だがもし、あなたがわたしを愛するのであれば、わたしは再び愛になろう。
「なんでこんなことに……」
翌日の銀の国シルヴァニア。鐘は鳴らなかった。
いつもなら朝を告げる澄んだ金属音が、この日は沈黙していた。
「……あのバカ姉が悪いんでしょ」
低く吐き捨てるように、しずくが言う。
「やっぱりあの男が私たちを崩壊させたんだやっぱりスパイなんだ鬱鬱鬱鬱」
「ほとり……っ! 大丈夫よ安心して」
壁際に身を寄せ、膝を抱えたままぶつぶつと呟いているほとりを、むぐらが背後から抱きしめる。
その声は優しいが、指先にはわずかな震えがあった。よすがが消えてから、まだ一日も経っていない。それなのに、銀の国の空気は、ひどく古びたもののように重く沈んでいた。
その時。重厚な扉が、音もなく開いた。
「たっだいま〜!!」
明るい声。聞き慣れた、弾むような調子。
「なっ……」
「……え?」
むぐらが、息を呑む。
そこに立っていたのは、白名月よすがだった。
いつも身につけているペンダントを胸元で揺らし、屈託のない笑顔を浮かべている。
「ボクが帰ってきたよ! ごめんね〜急に逃げ出したりしちゃって〜」
その場にいた全員が、言葉を失った。
「……お前……」
わだちが、一歩踏み出しかけて止まる。
あまりにも自然だった。声も、表情も、立ち方も。
姉妹たちはその突然の出来事に驚きが勝ってしまい、平静を保てなかった。
「……?」
「心配かけちゃったよね。でも、もう大丈夫!」
よすがはそう言って、首を傾げる。その仕草を見て、しずくだけが眉をひそめた。
────違う。はっきりと言語化できるほどの違和感ではない。ただ、胸の奥に小さな棘が刺さるような感覚。
「……?」
よすがは、しずくの視線に気づき、にこりと笑った。
「どうしたの? しずく」
名前の呼び方が、ほんの少しだけ軽い。いつもなら、もっと遠慮がちな声色のはずだった。
「……別に」
しずくは目を伏せる。その瞬間、胸騒ぎは確信に変わった。
────これは、よすがじゃない。だが、それを口に出すには、あまりにも状況が悪すぎた。
────一方、その頃。銀の国から離れた荒野。白くひび割れた地面の上で、4人は円を作っていた。
「それで、なんで一輝はこの世界に?」
富加宮が尋ねる。
「色々あって……兄妹と一緒に」
「そうか……」
「行けたのは俺たち五十嵐家だけで。……だからギフの細胞が関係してる」
「ギフの細胞?」
「こっちの話です! ……それと深見はそれでいいのか? ずっとビーカーの中で過ごしてたって聞いたけど」
一輝が視線を向ける。深見
「あぁ、寒さや暑さは感じない。そういった風に設計されたんだろう」
「それより賢人、そのベルトって……」
よすがの視線が、腰のソードライバーに向く。
「あぁ、ブックと聖剣か。これで変身するんだ。……君の世界ではフィクションの存在だったか」
「……賢人は本当に変身できるの?」
「あぁ」
次の瞬間、雷光が走った。富加宮はソードライバーとブックで変身してみせたのだ。
「わぁ……! じ、じゃあこれで反撃の糸口は!」
「それは……ある。でもいいのか? 君の家族はまだあの中に」
「……うん。でも、もう出ていけって」
「よすがはもう、家族に会えなくなってもいいのか? 家族が、バラバラになっていいはずが……」
一輝は、しゃがみこんでよすがの目線に合わせる。
「それは……嫌だ。……大好きだもん」
「あぁ、好きなら諦めちゃだめだ。家族のことを忘れることほど辛いことはない」
「一輝……お前一体何を経験した……?」
「いえ、少し……。よすがちゃん、このままじゃあ家族が売られて死ぬんだろ? 止めよう! 絶対に!」
「……よすが、良かったな」
深見は、優しくよすがに語りかけた。
「……うん」
「賢人、一輝、作戦はどうする?」
「それならもう決めてる。よすがの能力でもう一度銀の国に侵入する。出荷は最悪の想定をして別場所で行われると仮定する」
富加宮は大きい紙を広げて作戦を説明する。
「全部最悪を想定するってわけですね。でも変身出来るなら一掃出来るんじゃないですか?」
「数で押されたらどうしようも無い。……それに第1の目標は姉妹たちを守ることだからな。いくら敵を倒せても1人でも犠牲を出してしまえばこっちの負けだ」
「そうでしたね……力を過信しすぎました」
一輝は素直に頭を下げる。
「2人ともいいか? あそこにいたから知ってるんだが、今回の出荷作業は飛行艇で行われるらしい。だから内部工作、任せてくれないか?」
「深見……! 大丈夫か?」
「大丈夫だよ! なんたってプカ美はデータ生命体だからね!」
「データ生命体……」
「今回の出荷は飛行艇。航路は弄れる。認証も誤魔化せる。誘導も少しならな」
「それよりも問題はあの子たちをどうやって心変わりさせるかだ」
深見は補足し、富加宮が懸念した。
「それに関してはボクに任せてよ! 何年一緒にいたと思ってるの!」
「あの時は失敗してたじゃないか」
「時間もあるし、ボクも冷静なんだ」
深見のツッコミに、よすがは顔を見上げた。
「それに、賢人と一輝が守ってくれるんだもんね!」
やれやれと、2人は首を振る。
「……大枠はこれで行く」
富加宮が紙を広げる。
「よすが、お前が要だ」
「うん! プカ美!」
よすがは力強く頷いた。世界は、まだ壊れている。だが、壊れたままでも、人は進める。
そして銀の国では今、よすがの顔をした何かが、静かに姉妹たちの中へ溶け込み始めていた。