とあるライダーオタクが絶望の世界に来てしまった件 作:キラトマト
────夕暮れに響き、丘に立つ。わたしはあなたを愛してる。返事は来ずとも信じてる。
賢人たちは夕焼けの手前の街を北へ進んでいた。アスファルトにはオレンジ色の光がわずかに差し、影は長く伸びている。
「はッ」
夕日に照らされ、可憐に戦う少女、甘噛綴。彼女は琉球武術を扱うファイターである。戦棍を構えたその瞬間、破裂するゾンビの頭部。まるで自動追撃バリアでも張られているかのようだった。
「強っ……!」
ゼロ距離に近づかれでもすればあるいは危機に陥るかもしれない。しかしその万が一は存在しない。戦闘における素早さだけでいえば、来栖崎と互角以上の可能性すらある。
────強さがある。仲間もいる。それでもなお、間に合わなかった未来が現実に存在してしまった。だからこそ、賢人は一秒でも早く辿り着かなければならない。
「甘噛さん……その、なんで今まで戦ってなかったんですか?」
「それはですねぇ……ときめかなかったんですのっ」
甘噛の言葉に、アドが苦笑する。
「……ツヅリンはねぇ、気分にムラがあるんだよねぇ。確かにヒサギンと同じくらい強いんだけど〜」
「肝心な時にしか役に立たないみたいな?」
「酷いですわ賢人さまっ。役に立たないだなんて……」
しくしく、しくしくと甘噛は嘘泣きをする。それを慌ててフォローする賢人を見て、彼女はコロコロと笑う。
「甘噛君。あまりからかうのはやめてあげようか」
笑い声は聞こえる。空気も軽い。だが賢人の中だけが、ひどく静かだった。頭の中にあるのはひとつだけ。
来栖崎ひさぎを、どうやって見つけるか。焦燥感だけが、彼の胸を締め付ける。
「そういえばアドさん。どうしてその……コズミック────」
「コスモリアランド」
「そうそれ、コスモリアランド。なんでそこにいるってわかったんだ?」
アドは前を見たまま、少し考えるように息を吸った。目指す場所はコスモリアランドという遊園地。方角は会議室から甘噛がずっと見ており、それからアドが割り出したのだ。
「……。……ヒサギンにさ、生き別れた恋人がいるって話したじゃん?」
「……うん」
「その人ね、ヒサギンと同じ剣術道場で育った幼馴染なの。10年くらい一緒にいたって言ってた」
────とある小さな恋の話をしよう。今より18年前、日本のとある剣術道場一家に1人の少女が生まれた。跡取りを望む父と、無干渉な母。彼女の最初の不幸は、彼女自身が普通の女の子であったことだろう。最初と言った通り、彼女の不幸には枚挙がない。
女の子らしさのない、周りとは違う異分子を排除することに躊躇いがないのは、いつの時代も同じこと。彼女は筆舌に尽くし難いいじめを受け、家族に相談すれば情けないと叱咤されることなど目に見えていた。彼女に味方は、いなかった。
もちろん、強さだけで言えばいじめる側を血祭りにあげることなど容易だった。でもそれは"本当の強さ"ではない。だが救いはあった。
「そんなヒサギンを支えてたのが、その幼馴染」
少しだけアドが笑った。
名を月詠真司。来栖崎が8歳の頃、剣術道場に入門してきた同い年の少年。それだけが唯一の救いであった。
「あはは……。ケンティーって察しはいいのに女心にゃ鈍いよね〜。10年も一人の相手だけを愛し続けるって、普通は難しいんだよ? あれはね、もう……依存だったんだよ」
アドは呟くように続ける。
「もう、この男性はヒサギンの心を支える背骨。折れたら死んじゃうナニカ」
賢人は黙って聞いていた。胸が締めつけられる感覚だけが残る。
「けどね、その依存も、紆余曲折あって実ったんだって。この前の……3月15日に」
「まさか……」
「本当に察しいいなぁ。うん。大感染の日。渚輪区が、地獄に落ちた日だよ」
賢人の脳裏に、暴走する妄想が次々とよぎった。
『なんだこれは? 俺の道場を継ぐのにこんなもの必要ないだろう!』
『はぁ? 誰が好きんなんだよあんなオトコ女』
『やめろよ! っ、……行こうひさぎ』
来栖崎に苦言を呈する父と、そんな彼女を好き放題言う同級生、そしてそれを庇う恋人。
『────あの、さ。──、話があるんだけどさ』
『うん』
そして、大感染の日。卒業旅行だろうか、渚輪ニュータウンの遊園地、それは絶好のデートスポットだろう。
『────っと前から好きだったの』
『っ……。ありがとうっ』
『は"や"く"逃"げ"ろ"……俺はもう……』
『────え……、──!? ねぇ──!? どうして』
────こうして、恋は呪いになりました。起こったかもしれないという想像だけで胸がひどく痛み、アドの声が遠く聞こえた。
「ヒサギンさ、……前、一度だけ語ってくれたんだ……生まれてきて初めて……女の子として過ごせた日だって……」
その言葉が、賢人の背を押すように重く響いた。コスモリアランドの外周に差しかかる頃、街は薄い赤に染まっていた。
「……気配がするぞ、賢人くん」
礼音の声は抑えられていたが、緊張がにじんでいた。左右からの攻撃で道を開き、賢人は走る。
焦っている場合ではないと頭ではわかっていても、体が言うことを聞かないのを彼自身感じていた。走るたびに心臓が痛いほど脈打つ。遊園地のゲートが見えた瞬間、賢人は目を疑った。
「……多すぎる……」
そこは“地獄”だった。子ども向けのカラフルな遊具。剥がれた風船。壊れたメリーゴーランド。そして、その合間に積み上がるゾンビの山。アドが歯を食いしばる。
「ここ通ったんだよ……ヒサギンが」
「選択肢が多すぎる……ッ!」
「皆さん! すみません、少しだけ時間を稼いでください!」
焦りで震える手を抑えながら、賢人は指示を出した。
「「承知した!」」
賢人の要望に皆は一切の躊躇もせず、応えてくれた。
(そもそも来栖崎さんは何故こんなテーマパークに来たのか思い出せ。あの人は恋人との記憶に浸りたくて来た……過去にすがろうとしてる……なら、“一番幸せだった場所”は……)
アドの言葉が胸で重なる。
『生まれて来て初めて……女の子として過ごせた日』
女の子として過ごせた場所など、来栖崎にとってはひとつしかない。賢人はアドの両方の肩を掴み眼前で問いかける。
「ケンティー!? な、なにか思いついたの!?」
「アドさんッ、来栖崎さんが一番幸せだった……告白した場所はわかりますか!?」
彼女は一瞬だけ目を見開き、すぐ答えた。
「夕陽見の丘!」
夕陽が赤く山の向こうへ沈む寸前。賢人は息も絶え絶えに丘へ向かって駆け続けた。変身出来れば、という過ぎた要望を抑えながら走る。足が痛い。肺が焼ける。視界が揺れる。それでも止まれない。
「ッ……あれは……!」
丘の頂上。
ゾンビの死体の山の上に、揺れる影がひとつ。そこに少女はいた。未だ声も届かぬ遠い距離。ゾンビの死体が積み上がった山の頂上に、うつろうつろと揺れながら少女は立っていた。それを見る彼の肩に礼音が手をかける。
「神川君」
「はい……」
彼は振り向かない。
「ここから先は手助けできない。あの時黙っていた私たちが踏み込む権利はとうにない。私たちができるのはこの舞台に踏み込む者の排除だけだ」
「はい。ありがとうございます。必ず、連れ戻してみせます」
彼はそう言って、麓まで歩き出した。目いっぱいに深呼吸して彼は叫ぶ。
「来栖崎さんッ!!」
来栖崎はゆっくり振り向く。声はひどく弱かった。
「ッ……なにしに……来た……」
「あなたを……迎えに来ました」
「頼んでない」
冷たい言葉に刺されながら、賢人は言い淀むことなく言葉を紡ぐ。
「これは俺の身勝手です」
「どうでもいいから早く帰れ」
夕陽が彼女の横顔を赤く染めた。涙は出ていないのに、泣いているように見えた。
「一緒に! ……帰りましょう?」
「ねぇ、聞こえなかった? ほんっとうにウザイ……から。もぅ……消えて……」
「嫌です」
彼の絞り出した言葉に、来栖崎の目がわずかに揺れた。
「……ッ、消えて……って言ってるでしょ……!」
「俺にはあなたの気持ちはわかりません。俺はそんな劇的な人生を送っていなかったから。……でもッ! それでも少しの間だけでも一緒に過ごしてわかりました。あなたはただの普通の女の子で──────────」
「うるさいウルサイ煩いッ!!!!」
来栖崎の声が爆ぜた。心を覆っていた“フタ”が割れるような音だった。
「その言葉は……アイツじゃなきゃ……どんなに頑張ろうと……もう私は元には戻れないのッ!」
「戻れなくてもッ! 俺の聖剣があれば治せる! そのためだったら何度だって切ってやるよ自分の身でも何でも!」
「それでなんでアンタが傷つくことになんのよ……なんで私なんかの為に……」
ひさぎの目が赤く染まっていく。
「あぁ……アァもう……。うざいうざいうざい! 知ってんだよアイツらが私をどういう目で見てるかぁ! あんな気色悪い目で見られて……。もう人じゃないのよ……私は────」
「人だッ! 人の心がある……だからあなたは人です。ちょっとスパルタで可愛いもの好きのただの人ですッ!」
彼女の目を見た礼音が賢人に忠告しようとするのをアドが止める。
「あーいや……ちょっと違いました。師匠です。来栖崎さんは俺の剣の師匠です」
「……ッ。……バッカみたい」
「……え?」
「こんなバカの前じゃ、死んでも成仏で────」
その瞬間、彼女の体が大きく震えた。体の中で長く戦い続けた抗体のタイムリミットだ。
「来栖崎さん!?」
「急げ神川くん! 症状が進行しているぞッ!!」
苦しむ身体が崩れ落ちる。礼音が下から叫んだ。賢人は迷わず聖剣を抜き、自分の肩を切り裂いた。しかし痛みに慣れることはなく、少し歯を食いしばる。噴き出した血をひさぎの口元へ運び、優しく飲ませる。
「お願いです……飲んでください……!」
来栖崎は痙攣しながら、その血を受け取った。やがて苦悶は落ち着き、呼吸が安定していく。賢人は彼女の肩を抱きしめ、強く息を吐いた。
デパートへ戻った頃には、空はすっかり夜だった。全員欠けることなく帰ってきた5人を見た百喰は目を丸くする。
「……本当に、全員……帰って来たんですか」
その声音は冷たく聞こえたが、胸元で握る拳はわずかに震えていた。
「来栖崎ひさぎ連れ戻し班、ただいま戻りました」
賢人は息を整えながら笑顔で報告し、そして小さく息を飲む。
「それと……ごめんなさい」
静まり返る中、賢人ははっきりと頭を下げた。
「え……?」
「な、何してますの賢人様!?」
百喰はひときわ目を見開き、甘噛が思わず声を上げる。
「分かっていたんです。ルールの例外は、一度でも許せば崩れるって。でも……それでも俺は、感情で動きました。だから処分は俺一人にしていただけないでしょうか」
百喰は口を開きかける。怒りでも嘲りでもない、言葉にできない葛藤がその瞳に揺れていた。やっと絞り出した声は、彼女にしては驚くほど静かだった。
「……分かりました」
「べ、別に彼一人に────」
礼音が慌てて言いかけた瞬間、アドがそっと手を差し出して遮る。百喰が続けて冷徹に、されどいつもより温かさのある言葉を言い放つ。
「今回のみの特例です。二度目はないのでご覚悟を」
「ッ……ありがとうございます!!」
その後、会議室で全員が見守る前で、賢人は誓う。来栖崎と24時間、365日離れないことを。
「何よ師匠って」
ベッドに横たわった来栖崎が、ふてくされたように呟く。
「だって懇切丁寧に教えてくれたじゃないですか。それでいつか絶対、追い越しますよ〜!」
賢人がどこか誇らしげに言うと、来栖崎の眉がぴくりと跳ねた。
「コラ夜なんだから静かに!」
完全に“お母さんのトーン”だった。温かな空気の中、夜は静かに更けていく。
────転機は過ぎた。
感染×少女 第一部 第四章 章タイトル『夢と呪いの境界』より
感想ください
Tips.アプリ版初期は貞子VS伽椰子、通称さだかやとコラボもしていたぞ。
来栖崎彼氏持ちかよ
↑ユニコーンも見てますと
取ってつけたような悲しい過去……
ゾンビの驚異があんまわからん。1話だけじゃない? 怖かったの
百喰ってキャラすきかも
あんまキャラに愛着持てない
謝ったのは好感持てる
神川賢人のキャラが好きか
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好き
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嫌い
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キャラが薄い