とあるライダーオタクが絶望の世界に来てしまった件   作:キラトマト

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第35章 羽根と蜘蛛、人と人。

 ────これは、本当のグラナトファの物語。

 

【羽音】

「……あれ」

 

 目を開けた瞬間、鼻先に揚げ物の匂いが漂った。天芽は反射的に身を起こす。大学の学食。

 テーブルに突っ伏して眠っていたらしい。空腹の限界を越えて、意識が飛んだ記憶だけがうっすら残っている。

 

「ああああああ!! まあああああ!! めえええええ!!!」

「おっと……」

 

 鼓膜が震え、完全に覚醒する。視界いっぱいに迫る顔。幼馴染のそれだった。

 

「天芽!! 天芽天芽天芽天芽!!」

「おはようこより」

 

 幼馴染の名は液凪(えきなぎ)こより。幼稚園からの腐れ縁で、周囲からはとっくに答えが出ている関係だが、当人同士だけが認めていない。

 

「あ、おはよう天芽。────じゃなくて!! ここ学食よ!? 倒れてる人間がいたら普通騒ぎになるでしょ!?」

「でも誰も見てない」

「それが問題なのよ!」

 

 こよりは大きく息を吐き、椅子を引いて向かいに座る。

 

「……で。今日は何?」

「昼飯代が無い」

「即答!?」

 

 弁当箱が、テーブルに置かれた。乱暴だが、迷いはない。

 

「事情は聞いたわよ。女の子を庇って、返り討ち。お金も取られて……」

 

 呆れ、同情、しかしそんな彼が可愛くてしょうがなかった。そんな彼女は弁当の中身を二等分する。自然すぎて、もはや儀式だった。

 それを食べながら、天芽は頬をかく。

 

「いや〜……見ちゃったもんは仕方ないよ。そりゃ助けに行くでしょ」

「見過ごすのよ、普通は。それにアンタが傷つく義理はないでしょ」

 

「でもこよりだって僕を助けてくれてるじゃん」

「アンタだからでしょ……他人じゃない」

 

 こよりの溜息に、天芽は食べるのをやめて真っ直ぐに目を見つめる。

 

「こより。それは違う。人は助け合って生きていくんだ。困っている人がいれば他人でも助ける。それは決して特別なことじゃない」

 

「いやいやいや……それであんた自身が……って手大丈夫!?」

「大丈ブイ。もちろん守ったよ」

 

 天芽はピースサインで誇らしげに手を掲げる。

 

「はぁ……ほんっとマイペースね。日コンも近いんだし、手はあんたの財産じゃないの? 立派なピアニストになるんでしょ?」

「分かってるよ。それで音楽で皆のこと笑顔にしてみせる」

「ふふ、ホント呆れるくらいの夢だけどさ、頑張ってよね。主旋律(リーダー)。あ、そうだ。卒演なんだけどさ────」

 

 2人は、卒業公演に関する話し合い、そして練習の約束を取り付け、午後の授業に臨んだ。

 ────そして授業が終わり、人通りも少なくなった21時頃。

 

「あぁ〜もう! 暗くなっちゃったな〜」

 

 天芽は校舎を出て夜風に肩をすくめた。朱雀大学の周囲は都心と比べれば驚くほど静かだ。

 街灯の間隔も広く、人影はまばら。歌声を上げても、誰にも咎められない。

 

「バスは……これで最後か」

 

 時刻表と、闇に沈む田園風景を見比べる。間に合った。それだけで少し安心してしまう自分がいた。

 その時、スマホが震える。

 

「はいもしもし」

『あれ? まだアンタ郊外なの?』

「うん。大学近く。もうすぐバス乗るとこ」

『うわなにやってんの こんな時間まで!?』

「ヴェートーベンのヴァイオリンソナタ、全部読んでてさ。気づいたらピアノソナタもいくつか……」

 

『バッカじゃないの!? もうアンタねぇ、自分の身大事にしなさい? 今までが運良かっただけなんだから』

「あはは、気ぃつけるよ」

『それじゃあ明日の10時、あんたの家でね。じゃあ、気をつけて帰りなさい』

 

「はいはーい」

『あ、遅刻は死刑ね』

 

 ブツッ、と最後っ屁を浴びせて電話は切られた。

 

「ふぅ……まったく」

『LINE!』

「ん? 次はメッセージ?」

 

『卒演、成功したらとっておきのご褒美あげるから、がんばりましょ』

「ご褒美……あはは……まじ楽しみ。よっしゃあ!! そんじゃあ今日のラストナンバー! SPARK!!」

 

 スマホ本体のスピーカーから音楽を流し始める。田舎の静かな夜風と混じり、不思議なハーモニーを生む。

 しかし。

 ────ゴリィ。後頭部に鈍い痛みが走る。

 

「……え?」

 

 痛む後頭部に触れると、ベッタリと赤く濡れていた。

 

「おらッ!」

 

 真横になった視界。倒れたままの田園風景。電気のような痛みが体の各所で弾ける。数人の男が彼の周囲で息を荒げ、何度も硬いものを振り下ろす。

 

「……」

 

 頭が弾けた。それを皮切りに天芽の世界が変わっていく。ゆっくりと、砂のように崩れ落ちる。

 

「はっ、やりゃ出来んじゃねぇか!」

「これでお前も、俺らの仲間だなぁ」

 

 天芽の見た最後の光景はバットを握る、あの時のゴロツキたち。そして浮かぶ、こよりの顔。

 幸せになれるはずだった。卒演と、卒業後の海外留学、ゆくゆくは訪れる選択の日。全てが今、無くなってしまった。

 

「あぁやべぇ、血の量エグいわ。逃げようぜ〜」

「まだ……死にたくない」

「……は?」

 

 その瞬間だった。世界が白く裂けた。

 羽が生える。いや、羽毛が突き破ってくる。骨が軋み皮膚が裂ける。

 それでも痛みの中で、天芽は立ち上がっていた。

 

「……化け、物……」

 

 男たちが逃げるが、一人だけ足をもつらせた。

 天芽は────考えるより早く、羽を放った。切断音。血が飛ぶ。

 

「……あ」

 

 倒れた男は、動かない。

 その瞬間、天芽は理解した。自分は守ったのではない。越えたのだ、と。

 

「ジジ……ジォォォォ。ジォォォォ!!!」

 

 後悔と懺悔の咆哮が、夜空に響く。

 その光景を、少女が見ていた。沙飾 芽舞(さかざり めまい)。今日、自分を助けようとして殴られた少年。

 

「……やっぱり」

 

 彼女は震えながらも、逃げなかった。

 

「私、ずっと……助けてほしいって思ってた。でも、待ってただけだった」

 

 背中から黒い触腕を伸ばす。自分の意思で芽舞は一歩、前に出る。

 

「だから今度は、私が選ぶ」

 

 触腕が天芽を絡め取り、そのまま蜘蛛の糸を雲まで伸ばした。

 高速で巻き取られたそれは遠心力で彼女たちを東広島市まで運んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【しめやかな絶望】

 

 なんのためにうまれて、なにをしていきるのか。あまりに普遍的で、とても暖かい歌詞。

 だけど私はその歌詞が嫌いだった。

 

「ちょっとご飯付き合ってくれるだけでいいからさぁ」

「それが楽しかったら……分かるよね?」

「ヒッ……」

「やめろよっ、嫌がってるだろ!」

 

 言葉ははっきりと、しかしその少女のように華奢な少年は足が震えていた。

 

「あぁ? なんだァ?」

 

 ────その子はボコボコにされたけど、でもその行動が嬉しかった。私は、その子に一目惚れしてしまったのかもしれない。

 

「……でも、変わらないよね」

 

 家庭内での孤立。自分だけ部屋がなくても、自分だけ別料理でも。でもちゃんと生きてるだけマシでしょ?

 だからこんなの、ドラマにもならない。

 死にたい、と口に出すことすら烏滸がましい。私に物語は無い。無いなりに何かするなんて、簡単に言ってしまえるなら、こんなことにはなっていない。

 

「────!!」

「────ない!!」

 

 何か、周りが騒がしい。けどここは都会だからな。どうせ自分には関係の無い話だろう。

 

「────おい!! 危ないお嬢ちゃん!!」

「え??」

 

 ふと振り返ると、1人のおじさんが叫んでいた。え? 私? よく見たらここは横断歩道のど真ん中、信号は赤。

 

「……あ」

 

 脳と、眼球が離れる。肉片が飛び散る。それを見ることなく、私は救われた。けど、最後に1つ、願ってもいいかな? 

 

 ────あの男の子に、もう一度会いたいな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【狼の言葉】

 

「ようやく目覚めたか」

 

 天芽が寝かされていたのはとあるコンサートホール。

 

「……誰?」

 

 ボリューミーな白髪の女性 ユゥリザ・ガルメシアが、何かを煮込んでいる。

 隣で寝ている少女は天芽が昨朝、助けた少女だった。

 

「……え、なんで?」

「この女が運んできてな。ここは迷子センターじゃないってのに」

「ここはどこですか? ていうかこの荒廃具合……ゲットー?」

 

 天芽の言葉に、ユゥリザはまるで世間知らずを見るような目でため息をつく。

 

「自分の状態すらわかっていないのか。1度しか言わない、よく聞け。ここは東広島市、お前とこの女はグラナトファ。お前はオリジナルで、もう死ぬことは無い。いいか?」

 

 ユゥリザは早口でまくし立てる。

 

「分からないです。……あ、グラナトファは知ってます。感染源ですよね?」

「まぁ、人間はそう言っているな。だがあれらと一緒にするな。私は一匹狼だからな。名実ともに」

 

 事実、彼女は狼のグラナトファに変身できる。

 

「名実ともに……? あ、もしかしてボッチなんですか? だったら友達になりましょうよ!」

「……お前を拾って後悔している。今ここで殺してもいいか?」

 

「いや死ぬことは無いんですよね? っていうか、もしかして俺もこの子もグラナトファになったんですか!?」

「最初からそう言っている」

「だから感染地域にいても平気って訳なんですね!」

 

「……お前、悲しくないのか?」

「何がですか?」

「人間じゃなくなってだ」

「いやぁ〜、そりゃあちょっと体に違和感はありますけど、でも人間の姿に戻れる訳じゃないですか!」

 

「……そうか。脳天気なんだな」

「まぁ、はい」

 

 すくっと立ち上がった天芽の足が少女の体に当たり、目を覚まさせてしまう。ユゥリザは芽舞の姿を見て少し顔をしかめる。

 

「ようやく目覚めたか。……あぁそうだ。お前はあまり姿を変えるな。私は蜘蛛が嫌いなんだ」

「……え? どういうことですか?」

 

 嫌い、という言葉に無意識に反応し彼女の背中から触腕が伸びる。

 

「やっ、やめろバカ! ……って、そんなことはどうでもいい。お前たちに言いたいことがある」

「なんですか? 僕にできることならなんでも任せてください!」

「あ! この人が一緒なら、私も!」

 

「お前たちは人間として生きろ。……狩られないためにな」

「……え、なんですか急に! ていうか人間社会って、僕ついこないだまで人間だったんですよ? 楽勝に決まってます」

 

「そうなんだが……できるだけ元の居住区とは離れた場所で、な」

「私はいいですよ! 彼と一緒にいられるなら!」

「……マジかよ」

 

 こよりに会えないと、天芽の表情が曇る。約束は破る方が辛いのに。不可抗力で破らざるを得ないから。

 

 その夜。一人になった天芽は血の付いた羽を見つめる。

 

『暴力に負けるな』

 

 父の声が蘇る。だが続きは、曖昧だった。

 助けることは、正しい。でも正しさは、人を壊すことがある。父はそこまで言っていなかった。言えなかったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

【一線】

 

「キャぁッ!!」

 

 彼はバイト面接からの帰り道、人身事故に遭遇した。人通りの少ない交差点での事故だった。

 バイクは少しバックし、歩行者の腕に狙いを定めてもう一度アクセルを吹かす。

 

「なっ……やめてください!!」

「くっ……!」

 

 彼は女性を守ろうと立ち塞がる。しかしバイクはスピードを緩めない。自分の正体と、人間の命。天秤にかけるまでもない。天芽は腕だけを変化させる。

 

「なんだその腕はっ!? 同胞か……?」

「あんたも……?」

「ひっ!? ば……化け物!!」

 

 轢かれた被害者は立ち上がり、天芽の腕を見て驚き逃げた。

 

「あちゃ〜……。同胞って、アンタもグラナトファなのか?」

「グラナトファ……? 違うね。私はオルフェノク。人類の進化形さ」

 

 一瞬で男の姿が変わる。その姿はペストマスクを被った人型の鳥のような姿。オウルオルフェノク。

 

「オルフェノク……? よくわかんねぇけど、お前なんであの人を狙った!」

「楽しいからさ、人の夢を奪うのはな」

 

 心が、変わる。天芽の心の奥深く、自分でも気づかないほど小さな黒が、芽生えた。

 

「夢を……奪う……?」

「あぁ、彼女は私の教え子でね。ヴァイオリンを教えていたんだ。彼女はとても出来が良かった。……だから」

 

 オウルオルフェノクの足元に、上裸の変異者が映される。彼はとてもしみじみと過去の情景を思い浮かべ……そして突然笑顔になった。

 

「────壊してみたくなった」

「……そうか」

 

 背中から羽を生やし、オルフェノクを抱えて飛び立つ。軽さとしなやかさを兼ね備えた翼が音速を超える。

 目的地は人が生存していない失楽園。相手を乱暴に突き落とし、天芽はゆっくりと着地する。

 

「僕には幼なじみがいてさ。とっても可愛くてヴァイオリンが上手な子なんだ。そう、今お前は壊そうとした夢と同じ、ね」

 

『暴力に訴えてはいけないよ』

 

 父の言葉が、彼の頭に反芻する。その言葉で、手が震える。

 

「なんだ? さっきの翼はこけおどしかぁ?」

 

 オルフェノクの翼が、火花を散らす。飛べないフクロウ、しかしその分、目と足が異常発達しており天芽の身体を容赦なく蹴り抜く。

 

「ぐっ……! がァッ!?」

「これで死なない、か……。なぁら!」

 

 黒い煙が、口からもくもくと吐き出される。

 

「この……煙……!?」

「なぁお前、さっき威勢よくバイクの前に飛び出したよなぁ? それでどうだ? 感謝でもされたか? 怖がられたよなぁ? 逃げ出したよなぁ?」

 

「褒められたくてやってんじゃ……ない」

「そんでどうする? 助けて人の敵だって言われてよぉ。その上殺されでもしたら」

「そんなこと……!」

 

『狩られないためにな』

 

 次はユゥリザの声が浮かぶ。グラナトファは人類の敵。初めて知った情報だったが発言者の表情からして嘘とは思えなかった。

 

「詰まってんじゃねぇか。……まぁよろしくやろうぜ。人じゃない者同士、な。さぁて、それじゃあ次の生徒は……っと」

 

 オルフェノクは懐から名簿を取り出す。中にはバツ印が書かれた顔写真が複数並んでいた。

 

『暴力の誘惑に負けてはならない』

 

 何度も、父の言葉が響く。……でも今動かないと、何もかもが崩れてしまうような気がした。

 

「……ごめん父さん」

 

 白い羽根が全身を包む。そして次に現れたのは……巨大な羽の塊。半変異体であるのにも関わらず、その身体は人の数倍を超える大きさだった。

 

「────誰かの未来は、奪わせない」

 

 オルフェノクの口から、黒いガスが吹き出す。しかし呼吸の必要がない天芽にとって、そんなもの効果はなかった。

 1歩ずつ1歩ずつ、彼はゆっくりと踏みしめ歩く。飛ばした羽を硬質化させる。鉄より硬いそれがアスファルトに突き刺さり、相手の四肢を固定させる。

 

「さぁ、終曲だ」

 

 天芽は大量の羽で相手を包み込み、内部で切り刻む。せめて、血は見たくなかった。自分がしていることが暴力だと、思いたくなかったから。

 ────しかし羽の隙間から零れ落ちてきたのは灰色の砂だった。

 

「……人間じゃ、無かったのか。……でも、言い訳にはならないよな」

 

 彼は落ちる砂に手を合わせる。

 

「分かり合えない人もいる。……でも、それでも僕は、手を伸ばし続けます」

 

 ある種の逃げだった。父と、殺した相手への謝罪が入り交じった。

 その背中を、コンサートホールから見る影が2つ。

 

「天芽さん……」

「……仕方ない、今日は私の奢りだ。おい女、アイツを呼んでこい」

「芽舞ですっ。呼んできますね!」

 

 本来、オリジナルのグラナトファに食事は必要ない。

 ……しかし、生きるとは食べること。それを忘れないため、ユゥリザは成った日から1日も欠かさずに食事を摂っているのだ。

 

 貴方の思いで、人は救えない。貴方の為の、私の力。




『オルフェノクになる勇気』
元ネタ『嫌われる勇気』
『目を覚ませ 進化せしズーメギド』

Tips.その後、SRキャラ、SSRキャラ投票というものもあったぞ。同様に100RTを達成した上で1位になればそのキャラが配布されたぞ。3人のうち2人は140RT程度、何故かもうひとりは40程度だったぞ。
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