とあるライダーオタクが絶望の世界に来てしまった件 作:キラトマト
────迷わない。恐れない。悔やまない。わたしは原点に、回帰する。
「君の血が、必要だったんだよ」
『渋谷隕石からの物体W』
男が、1冊の本を開く。
────床に綴が落ちた。否。生まれた。本の中から、ずるり、と。
目の前に眠る綴と、服も姿も形も同じ人間が、崩れ落ちた。そして、綴が1人、もう1人と次々に増えていく。
「捧げろ、この私に」
友輔が指を鳴らす。瞬間、全員の首筋が内側から弾けた。血が、逆流する。まるで見えない注射器で吸い上げられるように。
「……助けて」
「助けてください!」
「嫌、死にたくない……」
声が、しぼむ。身体が干からびていき皮膚が縮む。骨が浮き出る。
そして軽くなった死体が、ゴミのように転がる。
どさり。どさり。百を超える綴の死体。部屋に、血の匂いが充満する。
「……まだ足りない、か。これじゃあまだ、あの人には従わないとな」
呟き、外の世界に怪人を解き放つ。
しばらくして、新東響ではある噂が流れ始めた。街で同じ顔の人間を見かけた人間は、数日のうちに死ぬ、と。
最初は都市伝説だった。だが、目撃者の名前が消えていくたび、噂は形を持ち始めた。
「それで、僕映像制作会社にいたんですよ」
そう語る男の名前はシュンペイ。目の下には濃い隈。爪は噛み千切られ、指先は血で荒れている。
「ロケハン中に、見たんです。……俺が、俺を見てた」
振り向いた先には自分と同じ背丈。同じ癖毛。同じほくろの位置。ただひとつ違ったのは────瞬きをしなかったこと。
それから、無言電話が続いた。着信履歴は空白。だが受話器を取ると、呼吸音だけがする。自分の声で。
仕事では身に覚えのないミスが相次いだ。編集データが勝手に書き換わる。自分のログイン履歴が、深夜に残っている。確認しに行ったオフィスの防犯カメラには。
────自分が映っていた。誰もいない廊下を、ゆっくり歩く自分が。
その日を境に、彼は退職した。
窓を板で打ち、ドアの隙間をガムテープで塞ぎ、外界との接点を絶ったのだ。
「そうなんですか……」
取材をしているのは真実。自社での新たな企画であるドキュメンタリーホラーの映画のためのネタ集めだった。
彼女は、メモを取らない。ただ、じっとシュンペイを見ている。
「では、一度呼び出してみましょうか」
「はぁ!? な、何を……言ってるんですか?」
「大丈夫です。私、ヒーローのコネあるんで」
「……帰ってください。もう、限界なんです!」
強引に押し出され、真実は部屋から追い出されてしまう。しかし持ち前の厄介さで何度もチャイムを鳴らし、再度ドアを無理やり開けさせることに成功する真実。
「ふふふ、私のしつこさは朝の二郎系並みですよ?」
────ピーンポーン。
「……え?」
2人が、玄関を見合う。家主の方は今日の約束は貴方だけだという意味を込めて首を振る。
真実がドアスコープを覗く。
「……いませんね」
誰もいない。廊下は無人で、蛍光灯がわずかに明滅しているだけ。その瞬間。
ドン。
壁が鳴った。
ドンドン。
背後の壁。
ドンドンドンドン!!
叩いている。
内側から。
「……来た……また来た……」
「何がです?」
「俺……俺が……外にいるんだ……」
カーテン越しに、影。
同じシルエット。同じ背格好。同じ癖毛。ゆっくりと窓ガラスに顔が近づく。
べちゃ。張り付いたのは同じ顔。しかし笑っていた。口が裂けるほどに。
ヒヒヒヒヒヒヒヒ
「うわあああ……!!」
シュンペイは耳を塞ぎ、爪を立てる。鼓膜を破れば聞こえなくなると、本気で思ったから。
しかしその瞬間。
「うっせぇな取材の邪魔なんだよ出てけ!!!」
窓に張り付くモノを蹴り飛ばし、地面にたたき落とす。
「……え?」
「お待たせしました。では再開しましょう? シュンペイさん」
鼓膜を破ろうとしていた指を離し、彼は姿勢をピンと伸ばして正座をしたのだった。
「ツヅリンが、攫われた……?」
「……ごめん。俺が宇宙で戦ってる間に」
「それで代わりに妹連れてきたわけだ」
アドの言葉が、賢人の胸を刺す。
「……ごめんなさい」
「瑠奏ちゃんが謝る必要ないよ。……ねぇケンティー。何で────ちょっとケンティー!!」
立ち上がり、寮を出ていく賢人を、誰も引き止めることができない。特にアドには。
しかし、1人着いてきたのは来栖崎ひさぎだった。彼女は過去、救われた経験から今度は自分が救う番だ、と思い立った。……訳ではない。
「あのさぁ、メソメソしないでくれる? 見ててイライラする」
「……え?」
不器用な、彼女なりの励まし方だとは分かっていたが、それでも今の賢人には劇薬だった。
「ほら、来て」
そう言って、来栖崎は目的地に着くまで一言も口を聞かなかった。夜になり、辿り着いたのは彼女の実家。
「師匠の、おばあちゃん……?」
「そ、あの時の私の唯一の癒しだった人。……今のあんた、見てられないからさ。ばばに会えば少しは気が晴れるかなって」
「……ありがとうございます」
扉を開けると漂う特有の匂い。賢人にとっては懐かしみのある匂いだった。
「……おばあちゃん」
生前の記憶が蘇る。ねだっておもちゃを買ってもらった記憶。ストーブで餅を焼いた記憶。一緒にお菓子を作った記憶。なんて事ない日常。しかしそれは今の賢人をかたどる重要な1ピース。
「……賢人?」
「あらぁ」
「……おばあちゃん」
初対面なのに、賢人は呟いた。奥の台所からぱたぱたとスリッパの音。顔を出したのは小柄な老婆。
来栖崎の記憶の中と、寸分違わない姿。違わなすぎて、ほんの一瞬だけ彼女の胸がざわついた。
たかが2年、されど2年。しかしあまりに同じだった。写真みたいにそのまま。
「ひさちゃんじゃないの。久しぶりだねぇ」
にこ、と笑う。その笑顔は、昔と同じだった。
「……来てやった」
「はいはい、偉い偉い」
ぽんぽん、と頭を撫でられる。
その手の感触、温度、力加減、全部全部全部、覚えているまま。
来栖崎の喉が鳴る。
「……触んな」
「照れてるの?」
「違うし」
「ふふ」
変わらない。何も、何一つ。だからこそ少しだけ怖い。
「そっちの子は?」
「あ、俺……賢人です」
「あらぁ。いい顔してるねぇ。ひさちゃんのお友達?」
「ち、違……」
「弟子です」
即答。来栖崎がそっぽを向き、祖母は目を細める。
その目にほんの一瞬だけ、観察するような光が宿った。まるで、孫娘の心の成長を見守るような。
「……上がりなさい。お茶淹れるから」
ちゃぶ台 座布団 柱の傷。『ひさぎ 参上』の落書き。
「まだ残ってるのこれ……」
「宝物だもの。消せるわけないでしょ」
さらっと言うが、その“宝物”という言葉がやけに丁寧だった。やがて祖母は押し入れを開ける。
ごそごそと、しかし大事な物を扱うみたいに、慎重に。
「……あった」
取り出したのは。茶色くて丸っこいぬいぐるみ。首に赤いマフラーにゆるい目、そして間抜けな口。5才、彼女が幼い頃に祖母と2人で出かけた際にこっそり買って貰ったものだ。
「……クマフラー」
来栖崎の呼吸が止まる。
「これ、まだ……」
「当たり前でしょ。ひさちゃんのだよ」
ぽす、と胸に押しつけられる。反射的に、抱きしめてしまう。柔らかい。少しだけ、古い匂い。何度も洗った匂い。
「……捨てていいって言っただろ」
「こらこら、嘘つかないの」
即答。
「夜中にこれ探して泣いてたの、知ってるんだから」
「……っ」
「バレたら怒られるってねぇ」
ひさぎは黙ったままぬいぐるみの耳をぎゅっと握る。
「……好きだったら、悪いのかよ」
小さくて子供みたいな声。祖母は、優しく笑う。
「いいんだよ」
「……」
「好きなもの、好きって言えない人生なんてつまんないでしょ」
ぽん、と頭に手。その手がほんの一瞬だけ、かすかに震えた。
賢人は思い出す。両親が言っていた言葉を。
『別に何が好きでもいいんだよ。でも、甘やかし過ぎだよ母さん』
高価な昔の仮面ライダーのベルトをねだり、それを祖母に買ってもらった時の賢人。それを少し窘める母親。
その記憶が、来栖崎の祖母と重なる。
「ひさちゃんはね、ずっと我慢してた。だからせめて、ここだけは甘えていいの」
「……」
「私は、そのためにいるんだから」
その言い方。妙に引っかかる。
おばあちゃんだからじゃない。いる理由がそれだけみたいな言い回し。
賢人は、違和感を覚える。けどその表情が、あまりにも優しすぎて何も言えなかった。
「……ありがと、ばば」
ぼそっと呟と、祖母は一瞬だけ目を丸くして、心底嬉しそうに笑った。
「うん」
その笑顔は、どんな人間よりも人間らしかった。まるで、最期の時間を、大切に噛みしめているみたいに。
────しかし、悲劇は既に始まっていた。祖母と会ったその瞬間に。
ヒヒヒヒヒヒ。ブゥゥゥン。奇妙な鳴き声、湿った水音。腐った肉みたいな匂いが、家の中に流れ込む。
「……え?」
窓ガラスに人型。そして背中側が裂け、触腕が覗いている。
「危ない!!」
年齢に見合わない反応速度で、祖母は来栖崎を押し飛ばす。次の瞬間。
どんっ!! 来栖崎の身体が突き飛ばされ、畳に転がる。それと同時に。
────ズブリ。鈍い音が、背後で響く。視界が、目の前が歪む。
「……ば、ばば……?」
祖母の胸からどす黒い鉤爪が、生えていた。違う。背中から、貫かれているのはワームの腕。
何よりも鋭い前腕が、心臓の位置を正確に貫通していた。
「……あ、れぇ……」
祖母は、きょとんとした顔で。まるで転んだだけみたいな顔で。自分の胸を見下ろした。
「……やだねぇ、最近の子は。家に土足で上がっちゃ……」
どさり。崩れ落ちる。
「ばばッ!!」
来栖崎が駆け寄る。血が広がる。しかし、その血の色は緑だった。
「なんで……なんでよ……!!」
「ひさちゃん……大丈夫……?」
「いいから喋んな!! 賢人!! 早く治療を!!」
「それは……」
賢人は、知っている。人の姿を写すことができる怪人を。躊躇が、聖剣を持つ手を緩める。
「あはは……無理無理」
祖母は力なく笑う。その声がやけに、軽い。
「ねぇ……ひさちゃん」
震える手が来栖崎の頬に触れる。
「クマフラー……まだ、好き?」
「……は……?」
「好きなもの……好きって、言えてる?」
涙が、溢れる。止まらない。
「……うるせぇよ……今それ関係ねぇだろ……」
「関係あるの」
優しく。本当に、優しく。
「ずっと我慢してたから……せめて……最期くらい……笑っててほしくて……」
その言葉に賢人が顔を上げる。
「……ひさちゃん」
「……」
「ごめんね」
「……何がだよ……」
「私ね……本物の、おばあちゃんじゃないの」
空気が、凍る。
「……え……?」
「頼まれたの……あの子をお願いって……」
ネイティブ。目の前の怪物の亜種。人に擬態できる生命体。人間じゃ、ない。でも目の前の存在は、どう見ても怪物じゃない。
ただの優しい、祖母だった。
「……でもね」
祖母は笑う。泣きそうなくらい、優しく。
「過ごしてるうちにね……貴方のこと本当に、孫だと思っちゃった」
「……」
「……ばば……行かないで……」
「ごめんねぇ……守れて……よかった……」
最後に。クマフラーを、そっと撫でる。
「……それ、捨てちゃダメだからね……」
手が落ちた。ぱたり、と。体はもう、動かない。
「……ばば? ……ばば……?」
返事はない。次の瞬間。
ギィィィィィ!! ワームが咆哮する。その音で、来栖崎の中の何かが、切れた。
「……殺す」
低い声。怒りでも悲しみでもない空っぽの声。
「絶対に……殺す……」
賢人がその横顔を見る。
涙はない。来栖崎にも、背負うものがあると知ったから。綴のことも、落ち込んでいる場合じゃないと理解したから。
『スペリオルユニコーン!』
「変身……!」
ブックが、勝手に開いた。聖剣が光る。誰よりも速く、自分の限界を追い越せと。祖母の代わりに、背中を押す。
────戦いが、始まる。
エビのワーム キャマラスワームは甲高い声を上げながら走る。やがてそれは時間の流れすら超える。周囲を遅く、自らのみ速度を上げていく。
「……クロックアップなら、対策済みだ」
『爆走うさぎとかめ! ヒールボンバー!』
ブックの力を自分と、来栖崎に浴びせる。そして余剰のエネルギーはワームに、いや空間自体に広がった。
それは加速ではない。世界全体が、 無理やりワームの速度域に引き上げられる。
止まっていた時計が、一斉に動き出す。砂埃が跳ねる。音が戻る。時間が、追いつく。
『エネグノス 起動』
来栖崎は得物を取り出す。かつてはただの刀だったそれは今、
名を『
感染少女は、原点を思い出す。真司と出会うよりずっと前の、原初の記憶。彼女を最初に抱き上げたのは、両親ではなく、祖母だった。
「始まりさえ、私はいらない」
「師匠……」
何度も、何度も加速しようやくワームに追いつくヴァルキュア。一方の来栖崎は執念で追いすがる。
何度も、何度でも刀を振るう。飛び散る血飛沫が焔になり、相手の装甲を焼き尽くす。切り落とされた触腕からは緑の血が噴き出す。
かつて1度英雄を殺したキャマラスワーム。しかし、今の2人の敵ではない。
人間の1歩と、ワームの1歩は違う。2人は納刀し、相手の攻撃をじっと待つ。
『波癒居合』
「来栖崎流原天」
ヒヒヒヒヒヒヒ ピェェェェ!!!
『────読後一閃!!』
「絶斬天護!!」
閃光の如く、紅白の軌跡がワームの首筋を捉え踏み込む。残ったのは緑の爆炎と、断末魔の残響。赤いマフラーが、夜風に靡く。
「ばばが言ってた……。私は、私の道を生きなさいって」
「師匠……」
涙は置いてきた。もう、迷いは無い。
寮に帰り、賢人は宣言した。
「ごめんなさい。勝手に出ていったりして」
「神川君……」
「私が聞きたいのは謝罪じゃないよ。ケンティー」
頭を上げて見えたのは、アドの暖かい目。
「絶対に連れ戻します。……だから、協力してください」
「モチのロン。それにさ、ルカナンに聞いたけどさ、なんか目的あって連れ去ったらしいじゃん? ……それに敵対勢力である以上、そうそう殺すことはないはずだよ」
「アドさん……」
「……ま、やちるのことで助けてもらったしな」
「私も、参加させてください」
真っ直ぐな眼差しで、瑠奏は言った。既に
「瑠奏……」
「皆さん。それなんですが、5日後に浄化作戦があります。その作戦が瑠奏さんの初任務となります。よろしいですか?」
「……はい。姉さんへの足がかりになるなら、何でもします」
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11/27
落ち込んでるなんて俺らしくない。綴は絶対連れ戻す。あのクジラの怪人も絶対倒す。辛いのは、俺だけじゃないから。
『渋谷隕石からの物体
『目を覚ませ 人に成り代わりしストーリーメギド』
元ネタは遊星からの物体X
序盤のホラーパートはNot found11 のドッペルゲンガーを元にしています。
評価とかください。後、次回神回です