とあるライダーオタクが絶望の世界に来てしまった件   作:キラトマト

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第41章 グランマ、最後の愛。

 

 ────迷わない。恐れない。悔やまない。わたしは原点に、回帰する。

 

「君の血が、必要だったんだよ」

『渋谷隕石からの物体W』

 

 男が、1冊の本を開く。

 ────床に綴が落ちた。否。生まれた。本の中から、ずるり、と。

 目の前に眠る綴と、服も姿も形も同じ人間が、崩れ落ちた。そして、綴が1人、もう1人と次々に増えていく。

 

「捧げろ、この私に」

 

 友輔が指を鳴らす。瞬間、全員の首筋が内側から弾けた。血が、逆流する。まるで見えない注射器で吸い上げられるように。

 

「……助けて」

「助けてください!」

「嫌、死にたくない……」

 

 声が、しぼむ。身体が干からびていき皮膚が縮む。骨が浮き出る。

 そして軽くなった死体が、ゴミのように転がる。

 どさり。どさり。百を超える綴の死体。部屋に、血の匂いが充満する。

 

「……まだ足りない、か。これじゃあまだ、あの人には従わないとな」

 

 呟き、外の世界に怪人を解き放つ。

 

 

 

 

 

 

 

 しばらくして、新東響ではある噂が流れ始めた。街で同じ顔の人間を見かけた人間は、数日のうちに死ぬ、と。

 最初は都市伝説だった。だが、目撃者の名前が消えていくたび、噂は形を持ち始めた。

 

「それで、僕映像制作会社にいたんですよ」

 

 そう語る男の名前はシュンペイ。目の下には濃い隈。爪は噛み千切られ、指先は血で荒れている。

 

「ロケハン中に、見たんです。……俺が、俺を見てた」

 

 振り向いた先には自分と同じ背丈。同じ癖毛。同じほくろの位置。ただひとつ違ったのは────瞬きをしなかったこと。

 それから、無言電話が続いた。着信履歴は空白。だが受話器を取ると、呼吸音だけがする。自分の声で。

 仕事では身に覚えのないミスが相次いだ。編集データが勝手に書き換わる。自分のログイン履歴が、深夜に残っている。確認しに行ったオフィスの防犯カメラには。

 

 ────自分が映っていた。誰もいない廊下を、ゆっくり歩く自分が。

 その日を境に、彼は退職した。

 窓を板で打ち、ドアの隙間をガムテープで塞ぎ、外界との接点を絶ったのだ。

 

「そうなんですか……」

 

 取材をしているのは真実。自社での新たな企画であるドキュメンタリーホラーの映画のためのネタ集めだった。

 彼女は、メモを取らない。ただ、じっとシュンペイを見ている。

「では、一度呼び出してみましょうか」

 

「はぁ!? な、何を……言ってるんですか?」

「大丈夫です。私、ヒーローのコネあるんで」

「……帰ってください。もう、限界なんです!」

 

 強引に押し出され、真実は部屋から追い出されてしまう。しかし持ち前の厄介さで何度もチャイムを鳴らし、再度ドアを無理やり開けさせることに成功する真実。

 

「ふふふ、私のしつこさは朝の二郎系並みですよ?」

 

 ────ピーンポーン。

 

「……え?」

 

 2人が、玄関を見合う。家主の方は今日の約束は貴方だけだという意味を込めて首を振る。

 真実がドアスコープを覗く。

 

「……いませんね」

 

 誰もいない。廊下は無人で、蛍光灯がわずかに明滅しているだけ。その瞬間。

 

 ドン。

 壁が鳴った。

 ドンドン。

 背後の壁。

 ドンドンドンドン!!

 叩いている。

 内側から。

 

「……来た……また来た……」

「何がです?」

「俺……俺が……外にいるんだ……」

 

 カーテン越しに、影。

 同じシルエット。同じ背格好。同じ癖毛。ゆっくりと窓ガラスに顔が近づく。

 べちゃ。張り付いたのは同じ顔。しかし笑っていた。口が裂けるほどに。

 

 ヒヒヒヒヒヒヒヒ

 

「うわあああ……!!」

 

 シュンペイは耳を塞ぎ、爪を立てる。鼓膜を破れば聞こえなくなると、本気で思ったから。

 しかしその瞬間。

 

「うっせぇな取材の邪魔なんだよ出てけ!!!」

 

 窓に張り付くモノを蹴り飛ばし、地面にたたき落とす。

 

「……え?」

「お待たせしました。では再開しましょう? シュンペイさん」

 

 鼓膜を破ろうとしていた指を離し、彼は姿勢をピンと伸ばして正座をしたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ツヅリンが、攫われた……?」

「……ごめん。俺が宇宙で戦ってる間に」

「それで代わりに妹連れてきたわけだ」

 

 アドの言葉が、賢人の胸を刺す。

 

「……ごめんなさい」

「瑠奏ちゃんが謝る必要ないよ。……ねぇケンティー。何で────ちょっとケンティー!!」

 

 立ち上がり、寮を出ていく賢人を、誰も引き止めることができない。特にアドには。

 

 しかし、1人着いてきたのは来栖崎ひさぎだった。彼女は過去、救われた経験から今度は自分が救う番だ、と思い立った。……訳ではない。

 

「あのさぁ、メソメソしないでくれる? 見ててイライラする」

「……え?」

 

 不器用な、彼女なりの励まし方だとは分かっていたが、それでも今の賢人には劇薬だった。

 

「ほら、来て」

 

 そう言って、来栖崎は目的地に着くまで一言も口を聞かなかった。夜になり、辿り着いたのは彼女の実家。

 

「師匠の、おばあちゃん……?」

「そ、あの時の私の唯一の癒しだった人。……今のあんた、見てられないからさ。ばばに会えば少しは気が晴れるかなって」

「……ありがとうございます」

 

 扉を開けると漂う特有の匂い。賢人にとっては懐かしみのある匂いだった。

 

「……おばあちゃん」

 

 生前の記憶が蘇る。ねだっておもちゃを買ってもらった記憶。ストーブで餅を焼いた記憶。一緒にお菓子を作った記憶。なんて事ない日常。しかしそれは今の賢人をかたどる重要な1ピース。

 

「……賢人?」

「あらぁ」

「……おばあちゃん」

 

 初対面なのに、賢人は呟いた。奥の台所からぱたぱたとスリッパの音。顔を出したのは小柄な老婆。

 来栖崎の記憶の中と、寸分違わない姿。違わなすぎて、ほんの一瞬だけ彼女の胸がざわついた。

 たかが2年、されど2年。しかしあまりに同じだった。写真みたいにそのまま。

 

「ひさちゃんじゃないの。久しぶりだねぇ」

 

 にこ、と笑う。その笑顔は、昔と同じだった。

 

「……来てやった」

「はいはい、偉い偉い」

 

 ぽんぽん、と頭を撫でられる。

 その手の感触、温度、力加減、全部全部全部、覚えているまま。

 来栖崎の喉が鳴る。

 

「……触んな」

「照れてるの?」

「違うし」

「ふふ」

 

 変わらない。何も、何一つ。だからこそ少しだけ怖い。

 

「そっちの子は?」

「あ、俺……賢人です」

「あらぁ。いい顔してるねぇ。ひさちゃんのお友達?」

 

「ち、違……」

「弟子です」

 

 即答。来栖崎がそっぽを向き、祖母は目を細める。

 その目にほんの一瞬だけ、観察するような光が宿った。まるで、孫娘の心の成長を見守るような。

 

「……上がりなさい。お茶淹れるから」

 

 ちゃぶ台 座布団 柱の傷。『ひさぎ 参上』の落書き。

 

「まだ残ってるのこれ……」

「宝物だもの。消せるわけないでしょ」

 

 さらっと言うが、その“宝物”という言葉がやけに丁寧だった。やがて祖母は押し入れを開ける。

 ごそごそと、しかし大事な物を扱うみたいに、慎重に。

 

「……あった」

 

 取り出したのは。茶色くて丸っこいぬいぐるみ。首に赤いマフラーにゆるい目、そして間抜けな口。5才、彼女が幼い頃に祖母と2人で出かけた際にこっそり買って貰ったものだ。

 

「……クマフラー」

 

 来栖崎の呼吸が止まる。

 

「これ、まだ……」

「当たり前でしょ。ひさちゃんのだよ」

 

 ぽす、と胸に押しつけられる。反射的に、抱きしめてしまう。柔らかい。少しだけ、古い匂い。何度も洗った匂い。

 

「……捨てていいって言っただろ」

「こらこら、嘘つかないの」

 

 即答。

 

「夜中にこれ探して泣いてたの、知ってるんだから」

「……っ」

「バレたら怒られるってねぇ」

 

 ひさぎは黙ったままぬいぐるみの耳をぎゅっと握る。

 

「……好きだったら、悪いのかよ」

 

 小さくて子供みたいな声。祖母は、優しく笑う。

 

「いいんだよ」

「……」

「好きなもの、好きって言えない人生なんてつまんないでしょ」

 

 ぽん、と頭に手。その手がほんの一瞬だけ、かすかに震えた。

 賢人は思い出す。両親が言っていた言葉を。

 

『別に何が好きでもいいんだよ。でも、甘やかし過ぎだよ母さん』

 

 高価な昔の仮面ライダーのベルトをねだり、それを祖母に買ってもらった時の賢人。それを少し窘める母親。

 その記憶が、来栖崎の祖母と重なる。

 

「ひさちゃんはね、ずっと我慢してた。だからせめて、ここだけは甘えていいの」

「……」

「私は、そのためにいるんだから」

 

 その言い方。妙に引っかかる。

 おばあちゃんだからじゃない。いる理由がそれだけみたいな言い回し。

 賢人は、違和感を覚える。けどその表情が、あまりにも優しすぎて何も言えなかった。

 

「……ありがと、ばば」

 

 ぼそっと呟と、祖母は一瞬だけ目を丸くして、心底嬉しそうに笑った。

 

「うん」

 

 その笑顔は、どんな人間よりも人間らしかった。まるで、最期の時間を、大切に噛みしめているみたいに。

 

 ────しかし、悲劇は既に始まっていた。祖母と会ったその瞬間に。

 ヒヒヒヒヒヒ。ブゥゥゥン。奇妙な鳴き声、湿った水音。腐った肉みたいな匂いが、家の中に流れ込む。

 

「……え?」

 

 窓ガラスに人型。そして背中側が裂け、触腕が覗いている。

 

「危ない!!」

 

 年齢に見合わない反応速度で、祖母は来栖崎を押し飛ばす。次の瞬間。

 どんっ!! 来栖崎の身体が突き飛ばされ、畳に転がる。それと同時に。

 ────ズブリ。鈍い音が、背後で響く。視界が、目の前が歪む。

 

「……ば、ばば……?」

 

 祖母の胸からどす黒い鉤爪が、生えていた。違う。背中から、貫かれているのはワームの腕。

 何よりも鋭い前腕が、心臓の位置を正確に貫通していた。

 

「……あ、れぇ……」

 

 祖母は、きょとんとした顔で。まるで転んだだけみたいな顔で。自分の胸を見下ろした。

 

「……やだねぇ、最近の子は。家に土足で上がっちゃ……」

 

 どさり。崩れ落ちる。

 

「ばばッ!!」

 

 来栖崎が駆け寄る。血が広がる。しかし、その血の色は緑だった。

 

「なんで……なんでよ……!!」

「ひさちゃん……大丈夫……?」

「いいから喋んな!! 賢人!! 早く治療を!!」

「それは……」

 

 賢人は、知っている。人の姿を写すことができる怪人を。躊躇が、聖剣を持つ手を緩める。

 

「あはは……無理無理」

 

 祖母は力なく笑う。その声がやけに、軽い。

 

「ねぇ……ひさちゃん」

 

 震える手が来栖崎の頬に触れる。

 

「クマフラー……まだ、好き?」

「……は……?」

「好きなもの……好きって、言えてる?」

 

 涙が、溢れる。止まらない。

 

「……うるせぇよ……今それ関係ねぇだろ……」

「関係あるの」

 

 優しく。本当に、優しく。

 

「ずっと我慢してたから……せめて……最期くらい……笑っててほしくて……」

 

 その言葉に賢人が顔を上げる。

 

「……ひさちゃん」

「……」

「ごめんね」

「……何がだよ……」

「私ね……本物の、おばあちゃんじゃないの」

 

 空気が、凍る。

 

「……え……?」

「頼まれたの……あの子をお願いって……」

 

 ネイティブ。目の前の怪物の亜種。人に擬態できる生命体。人間じゃ、ない。でも目の前の存在は、どう見ても怪物じゃない。

 ただの優しい、祖母だった。

 

「……でもね」

 

 祖母は笑う。泣きそうなくらい、優しく。

 

「過ごしてるうちにね……貴方のこと本当に、孫だと思っちゃった」

「……」

「……ばば……行かないで……」

「ごめんねぇ……守れて……よかった……」

 

 最後に。クマフラーを、そっと撫でる。

 

「……それ、捨てちゃダメだからね……」

 

 手が落ちた。ぱたり、と。体はもう、動かない。

 

「……ばば? ……ばば……?」

 

 返事はない。次の瞬間。

 ギィィィィィ!! ワームが咆哮する。その音で、来栖崎の中の何かが、切れた。

 

「……殺す」

 

 低い声。怒りでも悲しみでもない空っぽの声。

 

「絶対に……殺す……」

 

 賢人がその横顔を見る。

 涙はない。来栖崎にも、背負うものがあると知ったから。綴のことも、落ち込んでいる場合じゃないと理解したから。

 

『スペリオルユニコーン!』

「変身……!」

 

 ブックが、勝手に開いた。聖剣が光る。誰よりも速く、自分の限界を追い越せと。祖母の代わりに、背中を押す。

 

 ────戦いが、始まる。

 エビのワーム キャマラスワームは甲高い声を上げながら走る。やがてそれは時間の流れすら超える。周囲を遅く、自らのみ速度を上げていく。

 

「……クロックアップなら、対策済みだ」

『爆走うさぎとかめ! ヒールボンバー!』

 

 ブックの力を自分と、来栖崎に浴びせる。そして余剰のエネルギーはワームに、いや空間自体に広がった。

 それは加速ではない。世界全体が、 無理やりワームの速度域に引き上げられる。

 止まっていた時計が、一斉に動き出す。砂埃が跳ねる。音が戻る。時間が、追いつく。

 

『エネグノス 起動』

 

 来栖崎は得物を取り出す。かつてはただの刀だったそれは今、治癒射器(シリンジ)として生まれ変わっていた。

 名を『楸刀(しゅうとう)』。自らの名前を冠するその名刀は、赤く鈍く煌めく。

 感染少女は、原点を思い出す。真司と出会うよりずっと前の、原初の記憶。彼女を最初に抱き上げたのは、両親ではなく、祖母だった。

 

「始まりさえ、私はいらない」

「師匠……」

 

 何度も、何度も加速しようやくワームに追いつくヴァルキュア。一方の来栖崎は執念で追いすがる。

 何度も、何度でも刀を振るう。飛び散る血飛沫が焔になり、相手の装甲を焼き尽くす。切り落とされた触腕からは緑の血が噴き出す。

 かつて1度英雄を殺したキャマラスワーム。しかし、今の2人の敵ではない。

 人間の1歩と、ワームの1歩は違う。2人は納刀し、相手の攻撃をじっと待つ。

 

『波癒居合』

「来栖崎流原天」

 

 ヒヒヒヒヒヒヒ ピェェェェ!!! 

 

『────読後一閃!!』

「絶斬天護!!」

 

 閃光の如く、紅白の軌跡がワームの首筋を捉え踏み込む。残ったのは緑の爆炎と、断末魔の残響。赤いマフラーが、夜風に靡く。

 

「ばばが言ってた……。私は、私の道を生きなさいって」

「師匠……」

 

 涙は置いてきた。もう、迷いは無い。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 寮に帰り、賢人は宣言した。

 

「ごめんなさい。勝手に出ていったりして」

「神川君……」

「私が聞きたいのは謝罪じゃないよ。ケンティー」

 

 頭を上げて見えたのは、アドの暖かい目。

 

「絶対に連れ戻します。……だから、協力してください」

「モチのロン。それにさ、ルカナンに聞いたけどさ、なんか目的あって連れ去ったらしいじゃん? ……それに敵対勢力である以上、そうそう殺すことはないはずだよ」

「アドさん……」

 

「……ま、やちるのことで助けてもらったしな」

「私も、参加させてください」

 

 真っ直ぐな眼差しで、瑠奏は言った。既に治癒姫(ヴァルキュア)への適合手術を受けた彼女は、覚悟を決めていた。

 

「瑠奏……」

「皆さん。それなんですが、5日後に浄化作戦があります。その作戦が瑠奏さんの初任務となります。よろしいですか?」

「……はい。姉さんへの足がかりになるなら、何でもします」

 

 

 

 

 

 

 

 ──────────────────────

 

 11/27

 落ち込んでるなんて俺らしくない。綴は絶対連れ戻す。あのクジラの怪人も絶対倒す。辛いのは、俺だけじゃないから。




『渋谷隕石からの物体W(ワーム)
『目を覚ませ 人に成り代わりしストーリーメギド』
元ネタは遊星からの物体X
序盤のホラーパートはNot found11 のドッペルゲンガーを元にしています。
評価とかください。後、次回神回です
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