とあるライダーオタクが絶望の世界に来てしまった件   作:キラトマト

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幕間1 正しさの亡霊、胸で成る鼓動。

 

 ────正しさなんて言葉、大嫌いだったよ。あなたに出会うまで。片思いなんて、実るはずないのに。

 

「破らないよモグッチ。私はただケンティーの護衛をしに行くだけ」

「そんな屁理屈────!」

 

 会議室を去るアドの姿を、私は見ていることしか出来ない。

 ────結局いつも、私の意見など誰も聞きやしないのだ。

 

 別に今に始まったことじゃない。中学でも高校でも、耳を貸す者なんて一人もいなかった。

 信頼された事など、それこそなかった。当然ですよね。だって、世界は真面目に生きようとする人間ほど煙たがれるようにできているのだから。自分勝手に、欲望任せに、その場限りの感情に任せて行動する『ああいう人』の方が評価され、何故か尊敬される。

 

 対して欲望を理性で抑えて我慢し、努力を積み重ねる人間の方が馬鹿にされる。そうして高校時代も、陸上部で、学校で幅を聞かせてきたのは前者だった。自分のことを主人公だとでも思っているのだろうか。

 

 口うるさい女で、堅物な女で悪かったな。友達もいない、先輩にも後輩にも優しくも尊敬もされない女で悪かったな。

 

「追わなくて、いいんですの? 百喰恵さん」

 

 甘噛さんが、まるで当然のように言ってきた。

 

「追う……?」

「そうですわ。貴方以外に、誰が追いかけられるというんですの?」

 

 それこそ、そんな行動こそ『あっち側』の人間の行動じゃないですか。

 

「はっ、愚問ですね……。追いかけてはいけないと、私は注意していたはずなんですが、聞いていなかったんですか?」

 

 そう言うと甘噛さんはそうですの、と私に呆れたような声を出した。

 

「なら恨みっこなしですわよ」

「……恨みっこ?」

「同じ傍観していた身として、ちゃんと一度権利は譲りましたからね?」

 

 そう言って甘噛さんは腰掛けていた窓枠から立ち上がり、すたすたとアドと同じ方向に歩き出す。

 

「ど、何処に行く気ですかッ」

「はっ、それこそ愚問ですわね。そんなの、賢人様に聞いてみないと分かりませんもの」

「様……? 貴方も来栖崎さんの後を追う気ですか……?」

「正確には賢人様のお供をする、ですけれど」

「……は?」

 

 耳を疑った。

 前々から協調性がないとは思っていたけれど、それでも性根はクレバーで現実的な判断のできる人だと思っていたのに……。

 

「なりませんッ!」

「なぜですの?」

「何故も何もッ! これ以上野放図になれば組織は崩壊しますッ!」

「ふふっ、ウケる、ですわ」

 

 彼女はクスッと笑って私の方を振り向く。

 

「もとより組織の崩壊など、私にとっては些末な問題ですの」

「些末ですって……?」

「えぇ、どうでもいいのです。樽神名さんもそう感じたからこそ、今ここにいないんではなくて?」

 

 ようやく、理解が追いついてきた。怒りがふつふつと湧いてくる。こうなるから……リーダーが規律を破ってはダメなんですよッ! 

 

「組員が好き放題に動き回るのを参謀として放っておくことはできません!」

「参謀ならリーダーを補佐しないと」

「貴方みたいな……貴方みたいな人は早死します!」

 

 少し小馬鹿にしたような言い方で返す甘噛さんに、私はできた返しなど思い付けず負け惜しみのような言葉しか吐けなかった。

 

「いえ、私は死にませんわ」

「いえッ、早死します! 今の渚輪区は、昔みたいに平和の世界じゃないんですよ!? ……子供です。貴方は子供」

 

 そうだ。私も含めて、子供しか生き残ってないんだ。

 

「組織に、社会に、ルールにッ! 守られていることを理解していないただの子供ですッ!」

「誰かが守ってくれると盲信できるほど、わたくしは子供ではありませんのよ」

 

 言外に、私の方が幼いと言っているようなものだった。

 

「……組織がなければ……人は生きられないッ。なんでそれだけの事が、分からないんですかっ……」

 

 私の言葉に甘噛さんは大きなため息を吐く。

 

「失笑モノですね。元より死なないだけて生きられるほど、世界は甘くない。生きるということはもっと……そうですね、胸が弾けることではなくて?」

 

 存外キラキラした主義をお持ちなようで、そんなことを言いながら彼女は扉を開けた。

 

「あなたはずっと、今まで通り、つまらなさそうに、死に(あぶ)れてくださいまし」

 

 去り際のその言葉に、私の胸は、いいや体は弾け散りそうだった。

 

「……悪いな百喰君。やはり私も行かせてもらうよ」

 

 ……え? 

 

「礼音さん……? 貴方まで……?」

 

 正直、泣きたかった。誰も見ていないなら泣きわめいて、赤ちゃんみたいに地面を転がりたかった。

 

 ────悔しかったのだ。

 

「貴方は……貴方だけは違うと信じていたのに」

 

 そんな卑怯な言葉を使ってしまうほどに、今の私は弱っている。

 

「もし君に信頼されていたのなら、それを裏切るのはとても心苦しい。そして君の持論の正しさに、足を踏み出せずにいた」

「……でも結局貴方も、好き勝手やるのでしょう? ……信じていたのに」

 

 ────信じていた。そんなずるい言葉で引き留めようとするほど、今の私の心は弱っていた。

 

「……すまないが、今の君に信頼される訳にはいかない」

「……意味が、意味がわかりません。理論が破綻しています」

「いつか、いつか君にもわかって欲しい。そう願っている」

 

 結局。結局結局結局こうなるんだ。陸上部の時だってそうだ。後輩が大会前だというのに遊園地に遊びに行くのを注意したところから、全てが狂い始めた。その大会でも3位と芳しくなく、1位はそのサボって遊園地に行った後輩が取っていった。それ以降、後輩は誰も口を聞いてくれなくなり、煙たがられ、皆私から離れていった。

 

 ────そう、今のように。

 

「……なんっで、どいつもこいつも……。私の方が、正しいのにっ……」

 

 私はただ、皆が決めたルールに則っただけなのに、私は正しいことをしてるのに。それなのに負けてしまう。何か机にあれば、それを叩き壊してやりたかった。叫んで泣いて、全部全部壊してやりたかった。

 

「はん。まぁそう気を落とすな百喰」

「姫片……さん?」

 

 驚くべきことに、励ますような言葉をくれたのは、姫片さんだった。彼女は膝の上に乗せた豹藤さんの頭を撫でながら、自由な調子で喋り始めた。

 

「かの有名なコメディアン様はこう言った。『"何のために意味を求めるんだ? 人生は願望だ。意味じゃない"』ってな」

「人生は……願望」

 

 果たしてそれだけで動いて生きられる人間がどれだけいるのか。

 

「気楽にいこうぜ。礼姉たちの行動に意味を求めるなんざ、それはお天道様になんで昇るのなんて聞くくらい無駄なことだ」

 

 つまりこう言いたいのだ。私も行くが、それに意味なんてない、と。

 

「姫片さんも……追いかけたいのであればどうぞご自由に」

「ご自由に?」

「そうです。行きたければ好きにしてください。もう止める気はありません。もっとも、言っても止まる性質(タチ)じゃありませんでしょうけど」

「おいおいおい、待てよ。なんで私まで行くことになってんだ?」

 

 待て。その言葉を言いたいのは私の方だった。いつも乱暴な口調の貴方なら、真っ先に飛び出しても良いものなのに。

 

「助けに……行かないんですか? 来栖崎さんを」

「ハハ、起きてるのに寝言たぁ、宴会じゃヒーローだな」

 

 相変わらずクドい言い方だが、それでも驚きの方が強かった。

 

「では……助けない……と」

ああ(fuckin'A)、────自己責任だ」

「あは……はは、ハッキリ言って意外です」

「おいおい、とうとう自分だけじゃ飽き足らず、他人まで責めるか」

 

 姫片さんは嗜虐的に笑い、気だるそうに頬杖をつく。

 

「私はなぁ百喰。クルクル崎が嫌いじゃねぇし、確かに死んで欲しくねぇ。叶うもんなら救ってやりてぇし、アイツを救うために命を賭ける覚悟もある。実際アイツをヤったゾンビは私がきっちり殺した。……だから助けに行く権利はアド バカガミ 礼姉(アイツら)よりはあるって思ってる」

 

「……だとしたら何故」

 

 姫片さんは膝上の豹藤さんを指さす。

 

「それはあれだ。アイツとコイツじゃあ、決定的に無いもんがある」

「無いもの……?」

「ああそうだ。これは大事な分水嶺だ。愛があろうが友情があろうが、親だろうが子だろうが、例え相手が大統領であってもだ。それがなけりゃあ、助けたくても助けられねぇ」

 

 クドい。本当にクドい。早く要約して欲しい。

 

「……なんですが、それは」

「"義理"さ」

 

 姫片さんからくたびれた笑顔が消える。その目は確かに希望を見ているが、世界には失望しきっている。それが怖くて気味が悪くて、意味の無いただの相槌を打ってしまう。

 

「そう……ですか」

 

 独特な空気感、姫片がその空気を変えるためか、豹藤さんに、語り掛けた。

 

「やちる。悪いが先に部屋、戻っててくれ」

「栗子?」

「いいから」

「ん、分かった」

 

 豹藤さんはぴょんと膝から降り、伸びをしてから部屋を出ていった。これで正真正銘、2人きり。

 

「なぁ百喰、この際だから教えといてやる。さっき『私の方が正しい』とかなんとかボヤいてたよな? 正しいとか間違ってるとか。そんなの私にとっちゃガキのおもらしくらいどうでもいい議論さ」

 

「……貴方はいつも回りくどい」

「クドい? そう思うなら理解がおせぇな。だからお前は話が早くなる」

「なに……をッ……!」

「結果から目をそらすなっつってんだよ」

「結果……?」

 

「ああそうさ、結果っつーのは影みたいなもんだ。現実という光が当たると、勝手にアタシらの足元に転がりやがる。光の中に入れば影が落ちる。サルでもわかる理論さ。その現象に意思も理由もねぇ。続くのさ、死ぬまで、な」

 

「……つまり?」

「その影と光に正しいだの正しくないだの、そういう人が作った価値観が介在する余地があるか? ってことさ」

 

 そして姫片の目から光が無くなる。

 

「ドライに考えろ百喰。……ってことで、ようやく本題だ。今私らは瀬戸際にいる。たかだか一兵卒を助ける為だけに城も国も放り出した王様が、敵地で討死するかどうかの瀬戸際だ」

 

「はあ……」

「さて、なら臣下がするべきは何だ?」

「王の捜索……でしょうか」

 

 そう答えると姫片さんは深いため息をついた。

 

「バカか。お前はまだ銀紙に包まれたチョコみたいに甘い考えだ。クールになれ百喰恵。『次の王の選定』それ以外に何がある?」

 

「……アドを、見限ると……?」

 

「分かるよな百喰? 今必要なのは道徳でも倫理でもねぇ。経済だ。いかにして最小限の被害に抑えるか、だ」

「あの英雄気取りのガキと、それに唆された王。帰ってくりゃそれで御の字、皆で泣きながら祝杯でもあげようじゃねえか」

 

「私ゃあのガキも一人前の男として認めてるつもりだ。命も顧みず死地に飛び込む。普通のタマじゃできる事じゃねぇ。濡れる展開だろうさ」

 

「だがどうだ? 明日の朝になっても誰もデパートの敷居を跨がねぇ。そうとなりゃ樽神名も礼姉もバカガミも英雄気取りも────」

「便所の糞に同じだった。無価値無意味、さっさと水に流しちまおうぜ」

 

 姫片さんは凄惨な笑みを浮かべながら私に歩み寄り、肩に手を置く。

 

「んで次の王が誰か、サクッと決めようじゃないか百喰」

 

 ま、決まりきったことだがな、と。そう言い残し、姫片さんは会議室を後にした。

 

「ああ……」

 

 ────正真正銘、殺されきったような気分だった。

 しかし、涙は出ない。こんな時に泣けるようであれば、あるいは友達のひとりやふたり出来たのだろう。

 

 ────でも。

 

「結果……」

 

 行為の意味や感情ではなくその過程と結果という事実だけを見る。その考えは私の胸にすっぽりとハマった。だから次の盟主の準備だけは進めなければいけなかった。

 

 それでも私は、アドを諦められない。

 

「本当、恥ずかしいなぁ……」

 

 今の私を、あの頃の私が見たらなんて言うんだろう。自分の感情に身を任せる大うつけ。でも私は参謀として、アドを助けなければならない。

 

「待っててくださいアド」

 

 私は誰でもない。ただの脇役だ。さしづめ、神川賢人(あの人)が主人公といったところでしょうか。私はデパートに残った数少ない移動手段、自転車を借りてアドを探しに出かけた。幸いまだ夕方だ。見通しは悪くない。

 

「……久しぶりね。この感覚は」

 

 風を前進で受ける、陸上部で何度も味わってきたこの感覚。自然と口角が上がる。

 

 ────しかし。

 

「ッ!?」

 

 地面に落ちていた薬莢がタイヤに刺さり、パンクする。その少しの衝撃がハンドルをあらぬ方向にカーブさせ、激しく横転する。

 

「くッ!」

 

 不幸というのは連鎖するのか、ゾンビが先程の倒れた音につられてやってくる。武器はハンドガンと、アサルトライフルを持ってきていた。しかし咄嗟の判断が私を逃走という選択に導いてしまった。

 

「はぁ……はぁ……」

 

 どうしてこんな事に……。逃げ込んだのは病院施設。このニュータウンには病院は1軒だけ、『斜目(しゃもく)病院』だろう。

 

「不幸中の幸いね……」

 

 なんと、院内にはゾンビは1体もいなかったのだ。奇跡という他ないだろう。もう動かない自動ドアを手動でこじ開け、その影に隠れる。

 

 しかし……移動手段を失ってしまった。どうしたものか。こんなんじゃアドを見つけだす前に自分が死にかねない。合理的に考えろ百喰恵。万が一アド達が戻ってこなくて、その上私まで戻れなかったら誰があの大きな組織を維持できる?

 

 ────言い訳に聞こえるかもしれない。でも私は……アドを信じてる。ガタリ、と病院の奥で何か物音がした。

 

「ヒッ!?」

 

 情けなくも悲鳴をあげてしまった。よく目を凝らしてみるとそこにあったのは女性の死体。早く、早く帰らなくては。しかしどうやってデパートに戻ろうか。自転車を失ってしまった私は、どうすることも……。

 

 ────いや、あるじゃないか。立派な足が。私は可能な限り走るのに邪魔な装備品を外す。結果、下着と銃器だけになった私は、もう一度ドアを開け放つ。

 

「……」

 

 学生ぶりだろうか。クラウチングスタートの態勢をとり、私は構える。前方からはゾンビが数体近づいて来ている。

 

「スゥー……」

 

 息を軽く吸って軽く吐く。短距離走のスタートの勢いのままデパートまでの長距離を走るのだ。誰が見てもバカげていると言うだろう。そして、私は合図もなしに飛び出した。

 

「……!」

 

 ゾンビの鈍重な動きなどあっという間に突き放す。学生時代も朝練、部活、土曜と1日も練習を欠かしたことはない。そしてポートラルに来てから今日までの体力作りも、1日たりとも欠かしたことはない。彼が来てからは対抗心からか練習量も増やした。だから。

 

 ────スタミナ切れなど、起こるはずがない。

 

「見てたぜ百喰。威勢よく飛び出して行った割には、散々な結果のようだな」

 

 デパートに戻ったのは夕暮れ時のことであった。

 

「はぁ……はぁ……」

 

 私は生きを切らしながらも少し口角が上がる。姫片さんの憎まれ口も、今は心地よく、何故か不思議な友情のような感情さえも感じていた。

 

 

 

 

 

 

 

「……本当に、全員……帰って来たんですか」

 

 太陽もすっかり落ち込み、完全なる夜になった頃、ようやくアド達はデパートに戻ってきた。バリケードが貼られた入口付近に、5人がいた。

 

「来栖崎ひさぎ連れ戻し班、ただいま戻りました」

 

 神川賢人は来栖崎ひさぎを背負っていた。

 

 そうか……結局、こういうヤツが成功する世界なんだ。私のあの苦労など取り沙汰されることも無いのだろう。そして、あの規則違反など無かったかのように、正しかったことのように────。

 

「それと……ごめんなさい」

「え……?」

 

 今、何をしたんだ? この男は。今、頭を下げて、謝罪したのか? 

 

「な、何してますの賢人様!?」

 

「分かっていたんです。ルールの例外は、一度でも許せば崩れるって。でも……それでも俺は、感情で動きました。だから処分は俺一人にしていただけないでしょうか」

 

「っ……」

 

 ありえないと何度もその言葉を胸で反芻した。しかしそれは明らかに現実で、そしてその行為はこれまで会った"このタイプ"の人間の誰よりも誠実だった。

 

「……分かりました」

 

 だから今回は特別だ。

 

「べ、別に彼一人に────」

 

 礼音さんが慌てて言いかけた瞬間、アドがそっと手を差し出して遮る。

 

「今回のみの特例です。二度目はないのでご覚悟を」

 

 アドが無事だったのもある。

 

 ────姫片栗子と、神川賢人にかどわかされた私は、初めて人を許した。




元ネタ なし
正しさの亡霊=正しさに縋るしか無かった百喰
胸で成る鼓動=その価値観が賢人によって変わる。なので成るという動詞。
感想ください

スピンオフのスピンオフて
百喰さん結構かなり好き
百喰アドありえる?
これ見たら1個前の見方変わるな
大二みたい

百喰恵のキャラが好きか

  • 好き
  • 嫌い
  • キャラが薄い
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