誤字報告ありがとうございます。
人は、間違える生き物だ。
どれほど優れた頭脳を持ち、チート級の技術を振るおうとも、心の機微までは読み切れない。
今回、俺は盛大に「読み違えて」いた。
新造したトラベラー級移民船が完成に近づいた頃、ルオコス大佐から呼び出しを受け、カーハリアの会議室へと足を運んだ。
そこで待っていたのは、予想だにしない光景だった。
「サワミヤ船団長。我々を、ゼクトル船団に加えていただきたい!」
ルオコス大佐が、右手を左胸の「心臓がある場所」に置く。
シドカム流の、最大級の忠誠を示す敬礼だ。
驚いて会議室を見渡せば、そこにいた1,000人以上のシドカム人が、一糸乱れぬ動作で同じ敬礼を俺に捧げていた。
壁一面のモニターには、部屋に入り切れなかった数万の人々が、同じように俺を見つめ、誓いを立てている姿が映し出されている。
どうやら、この船の5万人全員が、ゼクトル船団への合流を希望しているらしい。
「この過酷な宇宙で生きていくには、我々はあまりに弱すぎた。そのことを、この30年で嫌というほど思い知らされたのです。もはや、強き者に従う以外に生きる道はない。それが、同胞たちと出した結論です」
読み違えた。
俺は、新しい船さえあれば彼らは再び旅を続けられると考えていた。
だが、彼らの心は俺が思っていた以上に限界を迎えていたのだ。
「ルオコス大佐。我が船団に入るということが、どういう意味か分かっていますか? あなたたちの文化を、私が塗り替えてしまうことになるかもしれないんですよ」
俺は頭を抱えた。
彼らには守るべきシドカムの文化がある。
それを俺が奪ってしまうのは、あまりに忍びない。
「サワミヤ船団長。私は5歳の時に故郷を脱出しました。ここにいる者のほとんどが、私と同じ幼少期に船に乗ったか、あるいはこの船内で生まれ育った世代です」
30年。
子供が大人になり、親になるには十分すぎる時間だ。
改めて見渡せば、50代以上の年配者がほとんどいないことに気づく。
平均寿命が地球人と変わらない彼らにおいて、その世代がいない理由は、過酷な旅路で命を落としたか、あるいは若い世代に物資を譲って消えていったのか。
「あなたが我々の文化を、思想を尊重してくださるのは、心から嬉しく思います。しかし!」
ルオコス大佐の声が震える。
「もはや我々は、シドカムの風景すら思い出せないのです!」
「縋るべき神の名も!」
「守るべき文化も!」
「伝えていくべき思想も!」
「30年の放浪は、それらすべてを削り取ってしまった!」
「......」
「無いのです、我々には! もう、帰るべき場所も、自分たちを定義する拠り所も!」
悲痛な叫びだった。
彼らにとって、シドカムはもはや「実在する故郷」ではなく、古びた記録の中にある「概念」でしかないのだ。
深く息を吐き、俺は覚悟を決めた。
今さら「嫌だ」なんて言えるはずがない。
「......わかりました。受け入れましょう」
「ありがとうございます、サワミヤ船団長!」
会議室、そしてモニター越しの数万人が、割れんばかりの歓声を上げた。
さて。
忠誠を誓われたということは、彼らは俺の部下になったわけだ。
早速、この男に無茶振りしよ。
「ルオコス大佐」
「はい! 何でしょうか、船団長!」
「現時点をもって、貴官を『ゼクトル船団 副船団長』に任命する」
「ええっ!?」
前々から欲しかったんだよな、優秀な副官。
「い、いくら何でも唐突すぎます! 私よりも適任者がいるはずです!」
せやろか?
「何を言う。君はここまで数々の困難を乗り越え、5万の人々を導いてきたじゃないか」
本心だった。
折れて、腐って、独裁に走ってもおかしくない環境で、この男は真っ直ぐに立ち続けてきた。
「いえ、私は、多くの仲間を犠牲にしてきた男です。人の上に立つ資格など...」
「ルオコス・レナン。それ以上、俺が認めた男を侮辱するのは許さん」
俺は彼の目を真っ直ぐに見つめ、想いをぶつけた。
「奥さんを亡くしたそうだな」
「...知っておられましたか」
「あぁ、それでも君は折れなかった。真っ直ぐに進み続けた」
「......」
「この船には多くの重症者がいる。見捨てれば物資は浮いたはずだ。だが、君は見捨てなかった。ガトランティスに襲われた時、誰かを囮にすれば自分たちはもっと楽に逃げられたはずだ。だが、君はやらなかった」
俺は一歩踏み出し、彼の肩に手を置いた。
「俺の前に立っている男は、10年間一度も折れず、誰かを犠牲に生き残る道を選ばず、多くの人々を導いてきた不屈の男だ!」
「そんな君を、皆が信頼している。出会って間もない俺ですら、君になら背中を預けられると思っている」
ルオコスに対して、手を差し出す。
「右手で、俺の手を握れ。握手だ。こっちの文化での挨拶だ」
彼はおずおずと手を伸ばす。
それを、俺は強く掴んだ。
「握手には、親愛と信頼の意味がある。最も大切な手を相手に預けることで、友好な関係を築きたいという意思表示だ」
ルオコスが、はっとしたように顔を上げる。
「一緒に行こう、ルオコス。俺が道を誤りそうになったら、遠慮なく引き戻してくれ」
肩を震わせながらも、彼は真っ直ぐに俺を見つめ返す。
先ほどまで弱々しかった手に、確かな力がこもった。
「その任、謹んでお受けいたします!」
先ほどとは比べ物にならないほどの歓声が上がる。
こうして、ゼクトル船団は約5万人の仲間と、最高の「右腕」を手に入れたのだった。
***
あの後、新たな仲間たちが祭りだ宴だと、貴重な物資を惜しげもなく使ってどんちゃん騒ぎを始めたのを何とか鎮め、現在はカーハリアからトラベラーへの引っ越し作業の真っ最中だ。
この調子なら、3日後には出発できるだろう。
カーハリアは再利用不可能と判断し、自沈処分とした。
カーハリア。
シドカム語で「探検家」という意味だ。
偉大な探検家の意思は、今後、旅人が引き継いでいく。
さて、トラベラー出発前にやるべきことがある。
人員の再配置だ。
トラベラーにはマーヴィンやドローンが配備されている。
その結果、余剰となった人員をルオコス副船団長と協議し、別の職場へ配置しなければならない。
その内、何名は戦闘員に志願してくれた。
現在、ハードボックスのブリッジで、彼らが実際に戦闘艦を扱えるかどうかの試験の様子を見ている。
「フリゲート艦ダガー、スピア、メイス。目標ノ撃破確認」
10隻のクロスボウ級が、主砲で標的の小惑星を正確に撃ち抜く。
「アックス、ブロードソード。目標52%撃破」
「コレでは、マーヴィンの方がマシではないでしょうか」
こら、ナビィ。
事実を言うな。
横に立つルオコス副船団長が困った顔をしているだろう。
彼らは軍人ではない。
戦闘員に志願した一般人だ。
武装艦の操艦経験などあるはずもない。
それが、高性能なクロスボウ級を扱っているのだ。
苦戦も当然だろう。
「人は成長できる。訓練を続ければ、いずれマーヴィンを超えるさ」
「しかし、その間は戦力が低下いたしますな」
即座にフォローしたが、ルオコスに一刀両断された。
まあ、事実だから仕方ない。
「トラベラー発進前に、クロスボウ級を増産する。数の暴力で補うよ」
本当は造船所を建設してから、一気に戦力増強といきたい。
だが、守るべき対象が増えた今、悠長なことは言っていられない。
「ん?なんじゃ、あの艦は」
試験を終えた一隻のクロスボウ級が、突如その場で横回転、縦回転。
さらにバレルロールを決めながら小惑星帯へ突入していった。
とんでもない機動だ。
ノイマンでも乗っているのか?
「あの方は、まったく」
ルオコスが頭を抱えている。
それを横目に見ながら、タブレットで該当艦の情報を確認する。
クロスボウ級8番艦ノダチの艦長はと。
セカトン・ゾルグか。
階級は少将で、元シドカム第26移民船護衛艦隊の司令官。
護衛艦隊はガトランティスの襲撃からカーハリアを守る為の戦いで全滅。
運良く...いや、悪く1人だけ生き残り、戦闘後、戻って来たカーハリアが回収。
その後は、船内警備兵の司令官として勤務。
なかなかに重い経歴だ。
だが実態は、司令官の肩書きこそあれ、非常に貴重な酒に溺れ腐っていたらしい。
階級が高かった事も災いして、誰も咎められなかったと。
兵からの評価も芳しくない。
「申し訳ありません、船団長。どうしても乗せろと強く主張されまして」
向こうの方が階級は上だ。断りづらいのも無理はない。
しかし。
小惑星帯を縫うように飛ぶノダチは、クロスボウ級の機動力を最大限に引き出している。
これは操縦士の腕だけではない。
艦長が的確に指揮しなければできない動きだ。
思わず口角が上がる。
だが同時に、違和感もあった。
何かが足りない。
「試験終了後、ノダチの乗組員をブリッジに呼んでくれ」
その違和感を、埋める事にした。
***
「お、来たか」
ブリッジの自動扉が開き、8人の乗組員と、その中央に、ひときわ目立つ巨漢が入ってきた。
手入れされていない髭、ボサついた髪、荒くれの海賊と見紛う風貌の男だ。
「何か御用ですかな、船団長」
低く良く通る声で喋る。
「まあね。どうだい、クロスボウ級は」
「良い艦だ! アレなら緑色の猿どもにも遅れは取らん!」
「セカトン少将! 船団長への言葉遣いを正してください!」
ルオコスが即座に噛みつく。
「はは、すまんすまん」
まったく悪びれた様子もなく謝るセカトン少将。
そんな2人に俺は苦笑しつつ、本題に入った。
「気に入ってもらえて何よりだが、諸君らには別の艦に乗ってもらう」
「何?」
別に左遷じゃないから怒るんじゃないよ。
俺はタブレットを差し出す。
そこに表示されているのは、駆逐艦センエイの詳細だ。
「センエイ級駆逐艦、1番艦センエイだ」
セカトンはタブレットを奪うように受け取り、食い入るように読み始めた。
「クロスボウ級を率い、敵艦隊へ突撃を敢行するために設計した艦だ」
その一言で、空気が変わる。
「ノダチの動きは見させてもらった」
俺は腕を組みセカトンに笑いながら、自分の考えを話す。
「派手にぶん回していたな。あれは単なる試験運動じゃない」
セカトンの眉がぴくりと動く。
「敵艦隊へ真正面から突っ込む方法を、模索していたな?」
一瞬の沈黙。
やがて、口元がわずかに歪む。
「...そこまで、把握しておられましたか」
「クロスボウ級では物足りなかったはずだ。君のやり方は、強力な火砲と装甲に物を言わせて、敵陣に強引に割り込み、かき回す戦法だ」
まさに、ゼクトル流突撃戦法のやり方と一致する。
「少将には、センエイを旗艦とする第1突撃艦隊を任せたい」
「俺の、経歴を見た上で、言っておられるのですか?」
声のトーンが落ちる。
「ガトランティス相手に手も足も出ず、艦隊を全滅させた男ですぞ」
空気が重くなる。
だが俺は即答した。
「ああ、見た」
そして、一歩踏み出す。
「貴官の指揮が問題ではない。敗因は艦の性能差だ」
ガトランティスを舐めてはいけない。
2199年時点で、あの星間国家ガミラスと渡り合える連中だ。
ついこの前に、恒星間航行ができるようになった艦で勝てる相手ではない。
「ずっと探していたんだ」
俺は、まっすぐセカトンを見る。
「俺が作った艦を、本気で振り回せる奴を」
ブリッジの空気が張り詰める。
「待っていたぞ」
自然と口元が吊り上がる。
「お前のような者を!」
***
トラベラー艦内。
割り当てられた自室の浴室で、セカトン・ゾルグは鏡の前に立っていた。
湯気に曇る鏡の中に映るのは、無精髭に覆われた男。
「待っていた、か」
小さく呟く。
その言葉を思い出すたび、口角がわずかに吊り上がる。
(あの一言で、どれほど救われたか、あの男は分かっているのだろうか)
瞼を閉じる。
あの日の光景が蘇る。
艦隊が崩れ落ち、次々と爆散する艦。
無慈悲に迫るガトランティス艦隊。
何もできなかった。
だが、それでも最後まで戦うつもりだった。
「少将、脱出して下さい!」
「何を言う!?」
「ここは我々が持たせます!」
「セカトン少将は、カーハリアの未来に必要なお方です!」
「我々には構わず、どうか!」
部下達に押さえつけられ、無理やり脱出ポッドへ放り込まれた。
ただ、呆然と。
ポッドの中から、やられていく仲間たちを見ていることしかできなかった。
あの時、死ぬべきだったのは俺だ。
その後、カーハリアに回収され、船内警備兵司令官という肩書きを与えられた。
だが中身は空っぽだった。
艦隊を守れなかった男。
部下を死なせた男。
腐った。
いや、逃げた。
貴重な酒を煽り、ただ時が過ぎるのを待った。
いずれ訪れるはずの“死”を。
だが、それは来なかった。
それどころか――
小惑星が衝突し、船体損傷。
隔壁が閉まらない。
空気が漏れ出す区画を、内側から封鎖する必要があった。
(ようやく、出番が来た)
死ねる。
そう思った。
「少将殿!」
振り向いた瞬間、胸を突き飛ばされた。
「貴方は未来の為に必要な人だ!」
若い整備員だった。
「後は、よろしくお願いします!」
閉まる隔壁。
遮断される音。
その向こうで、青年は死んだ。
拳が震える。
何故だ。
何故、俺を殺してくれない。
何故、若い者が死なねばならない。
ずっと考えていた。
そして。
(あいつらの死は、無駄じゃなかった)
ようやく答えが出た。
(俺が生きているのは、この時のためだった!)
目を開ける。
鏡の中の男を睨みつける。
ボサボサの髪。
伸び放題の髭。
死んだ目。
「いつまで逃げるつもりだ、セカトン・ゾルグ」
鏡の中の自分に言い放つ。
「この船団で必要とされているのは、俺じゃない」
拳を握る。
「お前だ」
血が通い始める。
「かつて“シドカムの獅子”と呼ばれた男だ!」
瞳に光が戻る。
逃げ続けた男が、叩き起こされる。
「......すまなかったな、俺」
小さく息を吐く。
「もう、大丈夫だ」
髭に覆われた自分の顔を見て、苦笑いする。
まるで、海賊だ。
こんな奴は、あの男の槍には相応しくない。
髭剃りを手に取る。
刃が走るたび、過去が削ぎ落とされていく。
湯気の向こう。
そこに立っていたのは、海賊ではない。
不貞腐れた敗残兵でもない。
ただ一頭の、獅子だった。
そろそろ、投稿期間が空き始めると思います。