「私たちってなぜ角が生えてるんですかね?」
白とオレンジの照明に照らされたレーンが一直線に伸び、その先には赤と白に塗られた10本のピンが三角形に並んでいる。
ポリエステル製のボールがそれにぶつかり、乾いた音が場内に響いた。
オニキス造船所内、娯楽区画の一角に新設されたボウリング場。
そこで、船団長を含めた幹部たちによる親善交流が行われていた。
新たに採掘艦隊の指揮官に就任したクロッゼルも呼ばれており、自分の番を待ちながら椅子に腰掛けている。
その時、目の前に座るリカーナを見て、ふと浮かんだ疑問を口にしたのだった。
「え?それは…そういう種族だからじゃないのかしら?」
突然の問いに少し驚きつつも、リカーナは無難な答えを返す。
ネステリアの歴史家や生物学者ならまだしも、艦隊指揮官にとっては難しい話題だった。
「でも、生物の身体って何かしら意味があるじゃないですか。髪の毛なら脳を守るため、爪なら指先を守るため。なのに、私たちの角って特に使い道がないんです」
「…まあ、確かにそうね」
言われてみれば、角を何かに使っている場面など見たことがない。
武器としても弱すぎるし、防御にもならない。
「一点集中!正面突破!」
ならば、異性への求愛アピールかと思い、隣のレーンで妙な掛け声を上げながら、ボールを投げているヴェッティアを見る。
「綺麗にど真ん中だけ射抜いたな」
「ヴェッティア、これそう言うスポーツじゃねぇんだわ」
セカトンと船団長にからかわれている彼にも立派な角が生えているが、異性からモテると言う話は聞かない。
多分違うのだろう、そう思いリカーナは再びクロッゼルへ向き直る。
「それに、リカーナ先輩や船団長、ガトランティス人には無くて、ネステリア人だけの特徴なんです。髪や肌の色は生まれた環境で変わるって分かるんですけど、角の有無って何が関係してるのか」
腕を組み、首を傾げながら唸るクロッゼル。
その様子を見ていたアルッセアが、ボールを投げ終えながら口を開く。
「一説によると、角は超能力を使うための器官だと言われていますわね」
「超能力?念力とか、念話みたいなものですか?」
「ええ。ネステリア人がステーションへ移住するより遥か昔。まだ剣や弓で戦っていた時代の人々は、頭の中で遠くの者と会話し、触れずに物を動かし、さらには空を飛んでいたと古い歴史書に記されていますの」
そこまで聞いて、クロッゼルはさらに首を傾げた。
「それが本当なら、どうして今のネステリア人は力を使えないんでしょうか?」
「超能力よりも便利な技術が発展した結果、使い方を忘れてしまった。と書かれていましたわ」
力を使いこなすには、高度な訓練を必要とする超能力。
対して、誰でも扱える便利な技術。
時代が進むにつれ、人々は後者を選び、やがて前者の使い方は失われたとアルッセアは語る。
「この角は、その名残というわけですか」
クロッゼルは納得したような、してないような微妙な表情を浮かべながら自身の角を触る。
その時、何かに気付いたのか、クロッゼルがはっと顔を上げ、隣のレーンで楽しそうにボウリングをしている船団長へと視線を向ける。
「そういえば、船団長の種族って、この船団にあの人しかいませんよね?その、疎外感とか、感じないんでしょうか」
その言葉に、リカーナとアルッセアも思わず顔を向けた、ちょうどその瞬間。
「しゃあオラァ!ストライクじゃい!!」
両手を高々と掲げ、ダハハハハと豪快に笑う船団長の姿が2人の目に入った。
「…特に何も感じてなさそうね」
「そもそも、疎外感を感じているのなら、こういった親善交流など考えませんと思いますの」
もっともな意見だった。
「あ、クロッゼル。あなたの番よ」
「え?あ、本当だ。行ってきます!」
クロッゼルは勢いよく椅子から立ち上がり、ボールを手にレーンへと向かう。
(大丈夫。ここでストライクを取れば、セカトン中将に追いつける)
元日本人である船団長を除き、この場にいる全員がボウリングは初体験。
しかしセカトンは、わずか数投でコツを掴み、高スコアを叩き出して現在も1位を維持している。
とはいえ、クロッゼルも負けてはいない。
感覚を掴んでからは着実にスコアを伸ばし、2位の座に食らいついていた。
ちなみに船団長は、現在5位である。
「私は!1位以外は!要らない!」
奇妙な掛け声とともに助走をつけるクロッゼル。
そのままボールを投げようとした――その瞬間。
けたたましい警報音が、ステーション全域に鳴り響いた。
それは、緊急事態を告げるサイレンだった。
***
「状況を報告してくれ」
トランスポーターでオニキスの司令室へ飛び込んだ俺とルオコスは、敬礼で迎えたステーション防衛司令官に即座に指示を出す。
「はっ!約3分前、本星系外縁部にて、全長3km級の宇宙船によるワープアウト反応を観測しました」
「数は?」
「1隻です」
外縁部か、少なくとも0.1光年は離れている。
この距離では、直接映像で確認することはできないな。
「第1航空機動艦隊、短距離ワープで目標の50光秒付近まで接近。偵察を行え」
『了解!第1航空機動艦隊、出撃します!』
リカーナ少将が率いるホシカゼ級3隻とクロスボウ級20隻の艦隊が、金色の輪を潜り、外縁部へと跳躍していく。
「はぐれガトランティスの残党でしょうか?」
「分からん。だが、あの船が、ここを目指しているのは確かだ」
司令室のモニターに映るレーダー情報。
そこには、目標が通常航行で真っ直ぐこちらへ向かってくる様子が表示されていた。
もしあの船が、どっかの星間文明が派遣した調査船なら、まず最寄りの惑星を調べるか、外縁で停止してこの星系に文明が存在するか観測を行うはずだ。
だがあの動きは違う。
明らかに、こちらの存在を認識した上で接近してきている。
「船団長!第1航空機動艦隊が目標を捕捉しました!ですが…いえ、これは……」
「どうした?とりあえず、モニター映像を出せ」
言い淀むオペレーターに違和感を覚えつつ、映像の表示を指示する。
「なっ!まさか!?」
映し出された艦影を見て、ルオコスが驚愕の声を上げた。
それも無理はない。
「おいおい、こいつは…カーハリアじゃないか!」
そこにあったのは、かつて彼らが乗ってきた移民船カーハリアと、寸分違わぬ外見の艦だった。
「いえ、カーハリアではありません。あれは―シドカム第51移民船、ウルリドラです!」
…ふむ。
まさか、この広大な宇宙で、2隻目のシドカム移民船に出会うとは思わなかった。
もしルオコスの言葉が正しいなら、あの船もまたカーハリアと同じく、母星を失ったシドカム人が移住可能な惑星を求めてこの星系に来たということになる。
だが、妙だ。
まるでこちらの位置を正確に把握しているかのような接近。
カーハリアと同型の船に、0.1光年先を捉えるような高性能レーダーは搭載されていないはずだ。
どうやって、俺たちを見つけた?
「情報が足りなさすぎる」
俺は短く呟き、ルオコスへ視線を向ける。
「ルオコス、調査隊を編成しウルリドラと接触。情報収集を行え。顔を合わせるなら、同じシドカム人の方がいい」
「了解しました。有事に備え、ツァンヒア中隊の同行を要請します」
「許可する。何かあれば、すぐに連絡を寄越せ」
敬礼を返し、ルオコスは足早に司令室を後にした。
その背を見送りながら、俺は各艦隊とイシオキへと指示を飛ばしていく。
さて。
何がわかるのやら。
***
ルオコスが調査に向かってから5時間後。
ようやく、連絡が入った。
報告によれば、ウルリドラは3年前、この星系から発信された不審な信号を受信していたという。
解読した結果は。
「居住可能惑星を発見。到着を待つ」
そう記されたメッセージだった。
それを他の移民船からの通信と判断し、この星系へと進路を取ったらしい。
『船団長、これはやはり』
「ああ、間違いない。はぐれガトランティスが仕掛けた罠だろうな」
ウルリドラの目標地点には、ネステリア居住ステーションが存在していた。
しかも3年前といえば、まだはぐれガトランティスがあそこを占拠していた時期だ。
『しかし、なぜ奴らはシドカム移民船の存在を知っていたのでしょうか?』
「カーハリア以外の移民船を襲撃したか、あるいは事故で漂流していた船を拿捕した可能性は高いな」
俺の言葉に、ルオコスの表情が歪む。
知らぬところで、同胞が犠牲になっていたかもしれないのだ、無理もない。
「サワミヤ船団長!発信された信号について解析結果が出ました!居住ステーションを中心に、およそ2000光年先まで送信されていたようです!」
ナビィが信号を解析した結果を報告する。
「ありがとう。思っていたより、広範囲だな」
2000光年。
他の移民船が同じ信号を受け取り、この星系へ向かっている可能性は十分にある。
いや。
「移民船だけとは限らない、か」
思わず小さく呟く。
この信号は、何もシドカム人だけを呼び寄せるものではない。
「全艦隊へ通達」
俺は声を張る。
「他にも接近中の移民船がいる可能性が高い。直ちに捜索へ向かえ。1隻たりとも見捨てるな!」
命令が下されると同時に、各艦隊が担当宙域を割り振られ、次々とワープ、あるいは超空間ジャンプで飛び立っていく。
艦のレーダーは、居住ステーションのシステムを元に大幅に強化済みだ。
近距離にいる船であれば、見逃すことはない。
静かになった宙域を見つめながら、俺は小さく息を吐く。
上手くいってくれればいいが……。
そう祈りながら、出撃していった艦隊を見送った。