羂索?ああ、さっき蟲の餌にしたよ。   作:童慈

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蟲の懐古

呪術全盛、平安。この時代に生きた全ての呪術師は呪いの王、両面宿儺こそが『最強』だと口を揃えて言う。『最強』、又は『最恐』。しかし『最悪』と言うことはついぞなかった。

 

 『最悪』の術師は別にいた。自らの血族を根絶やしにし、京の都を半壊させ、死後も彼の残した呪いが日本中で猛威を振るった。

 

 かの安倍晴明のライバルとして語られる、天才に嫉妬した秀才。『最悪の蟲使い』蘆屋道満。

 

 呪術界上層部、又は御三家に残る記録では悪鬼羅刹、人の姿をした蟲などと記されているが、事実ではない。

 

 彼ほど呪術師に向かない人間はその時代にいなかった。呪術の大家、『蟲繰り』の芦屋家に生まれた彼は5歳にして発現した()()()()により当主になることが決まっていた。

 

 呪術師の出世街道を歩むことがその時点で決まった彼は、しかして呪術師として余りにも、致命的に優しすぎた。

 

 呪霊は祓うが人は殺さずただ自衛に留める。呪術を自分と家ではなく力無き民のために使う。請われれば答え、願われれば叶え、求められれば手を取った。

 

 そのあり方はもはや聖人であり、平安の世では民から現人神『蟲高尊(こどくのみこと)』として信仰を集めた。

 

 しかしてその生き方は、当時宿儺により権威を失いかけていた朝廷と羂索の目を引いた。そして悲劇は起きた。

 

 朝廷より依頼された仕事を終え、家に辿り着き見たのは血に沈む血族達と目の前でジワジワと消滅していく家の守りを任せていた蟲達。

 

 何が起こったか分からずにいた自分に、蟲達は今際の際で伝えてくれた。「安倍晴明がやったと。」

 

 真偽を調べるために安倍家に向かい、待ち受けていたのは惨事を引き起こした安倍晴明と朝廷の人間。

 

 問い詰めようと晴明に詰め寄る前に朝廷の人間が割って入り、同族殺しの大罪人と私を罵った。朗々と語られる罪の数々。どれもこれも身に覚えがなく、冤罪であり、これは仕組まれた事だと分かった。

 

 逃げようとしたができなかった。奴らは用意周到なことに京に住まう実力のある呪術師達を集め連れてきていたのだ。

 

 必死の抵抗も虚しく私は捕えられた。数万いる私の蟲達も結界術により外に出ていた子達は入ってこれず、術式により収納している子達は無駄に命を散らさぬよう絶対に出さなかった。

 

 処刑が決まり刑を牢屋で待つ私の前に現れた晴明、羂索が楽しげに全てを語った。そして理解した。羂索がいる限り悲劇は続く。

 

 呪術とは(まじな)いであり、(のろ)いである。悲劇があれば救いもある。死があれば生がある。表裏一体の理、全ては廻り等しくなる様にできている。

 

 誰かの悪が誰かの正義になる様に。誰かの死が誰かの救いになる様に。誰かの願いが誰かの呪いになる様に。全ては多面的な意味を持ちその積み重ねが歴史を作る。

 

 しかし、しかしだ。これは()だ。忌々しくも世にへばり付き悪逆を悪逆と見做さず、只々自らの愉悦の為に悲劇を重ねる。純粋な悪だ。

 

 かの宿儺ですらここまでではなかった。彼は自らを呪いと評した。それは正しい。疎まれ蔑まれ排斥された。その結果彼が生まれた。人間の行いの結果が返ってきただけの事だ。何より彼の悪は同じく排斥された者の救いとなった。

 

 彼もまた(のろ)いであり(まじな)いであり人間だ。故に、故に眼前の愚物は生かしておけぬ。

 

 我が友、晴明らしからぬ粘りつく様な笑みを浮かべ、私の体を、術式を、蟲達を奪うと宣言した。ただ自らの愉悦のために無辜の民を虐げ、我が血族を滅ぼし、あまつさえ我らが先祖代々から引き継ぎ子々孫々に繋ぎ残していく日の本を、ただの実験場と宣った貴様だけはここで滅ぼす。

 

 故に私は縛りを結んだ。自ら自身と子供達に縛りを結んだ。

 

 今この時をもって術式の永久的な使用不可。ついで自らの命全てを捨てる縛り。最後にこの肉体を子供達の糧とする縛り。

 

 対価として子達に自ら呪力を生成する能力を。子供達の能力、特に知能を向上させ、この身を喰らった子供達は何かしらの術式を得る。

 

 そして私は死んだ。子供達に羂索の殺害とどうか健やかに生きて欲しいと最後の望み(呪い)を残して。

 

 そして蘆屋道満は死んだ。彼が日の本に散らしていた呪蟲と術式に収納していた呪蟲総数五千万が解き放たれた。

 

 彼の術式、呪蟲生術。蘆屋家相伝の呪蟲操術の突然変異。その術式効果は生成と成長。未来で得る呪蟲創術と違い、成長する圧倒的な数による圧殺を本質とする術式。

 

 彼の末期の縛りにより、文字通り自由となり強者となった彼らは大きく分けて3つの派閥に分かれた。

 

 1つ目は父の最後の願いである羂索の抹殺に全てを捧げる者達。呪蟲達の約7割がここに属し、これより千年間羂索の計画を妨害し続けた。

 

 2つ目はあれほど尽くした父を裏切った人そのものを恨み根絶を掲げた呪蟲達。総数の約2割がこれに該当した。

 

 最後の3つ目は父の誠の思い。健やかに生きて欲しいを実行した1割。呪蟲達の中で最初期に生まれた古参の大半の精鋭がここに属した。

 

 1つ目と2つ目の派閥により京は蹂躙され、羂索は数百年隠れ潜むことを強いられた。

 

 2つ目の派閥は父の縛りにより死なぬ限りいつまでも存在でき、その生まれ故に成長できた。結果として彼ら彼女らは災禍として暴れ蟲の恐怖を日の本に刻みつけた。

 

 1つ目の派閥は羂索を執拗に付け狙い続けた。その為に羂索はそれらの撃滅に時間がかかり明治になるまでロクな暗躍ができなかった。

 

 3つ目の派閥は隠れ潜みとある目的の為に試行錯誤を繰り返した。その成果こそが千年の輪廻の果てに現世に回帰した蟲蔵創世である。

 

 回帰した彼は自らの使命は羂索を討ち取り子供達の仇を討つことだと思っていた。しかし自らの内側の生得領域にて眠るもう一つの魂。夥しい牙と爪、骨から削り出された巨大なナイフとフォーク、痩せ細った獣達の死骸で作られた大穴の中心に浮かぶ飢餓の魂を見捨てる事ができなかった。

 

 何より一度死した身。ならばこの2度目の生は彼のモノであると悟り、復讐を諦め肉体の主導権を放棄し眠る事を選んだ。

 

 微睡みながら夢のように彼の人生を眺めていた。自らの変性した術式を使い昔の自分のように生きながら羂索への恨みを募らせる彼を見た。

 

 嗚呼、何故彼は復讐を望むのだ……ただ健やかに生きて欲しいだけなのに。

 

 前世の因縁を忘れ、復讐を諦めた私。因縁もなく、関わりもなく怨嗟を募らせる彼。平穏な生活を彼に望む私と、激動の復讐を私に望む彼。

 

 逆ではないか。まるで逆ではないか。故にこそ術式にも同じことが言える。彼が生まれ持った術式ではなく私の術式を使うように、私もまた彼の生まれ持った術式を使うのだ。

 

 そして時は今に至る。

 

 「『餓樂堕(がらくた)・餓飢哄笑』」

 

 私が表に出たことで彼本来の術式が顕在化する。身体中に筋が走る。

 

 グパッグバッ。

 

 筋が開く。覗くは黄ばんだ鋭い歯、まろびでる血のように赤い舌。嘲笑するように弧を描く口。その全てが嘲笑う。

 

 「「「「「「ヒハハハハハハハハハハハハハ!!」」」」」」

 

 空気を震わせ嗤う口達。そして何かを食む様に口が開閉する。

 

 「ッ!?」

 

 私と戦っていた羂索がその場で倒れ伏す。それだけではなく灰の英雄と戦っていた呪霊達の術式がコンセントを抜かれたように唐突に消失する。

 

 「私の本来の術式は呪蟲創術。しかし私達は天与呪縛により使える術式が逆転している。創世の術式は餓樂堕。一切合切を喰らう口を生成する術式だ。」

 

 「餓樂堕で生成した口は文字通り全てを喰らう。今お前たちの術式の一部を喰らった。数分程度だがロクに術式を使用できないだろう。まあ、呪力操作は可能故に戦闘自体は止まらんが、お前は例外だな?羂索?」

 

 倒れ伏す羂索。見下ろす私。

 

 「あの時とは真逆だな。羂索。」

 

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