顔を合わせれば喧嘩ばかりしていた暴力系女子と疎遠になって六年──。俺は陰キャになり果て、彼女は清楚可憐なS級美少女に変貌を遂げていた。……うん。見つからないように、影を潜めて生きていこう。   作:おひるねzz

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第13話 許さない許さない許さない。勝ち逃げは許さない──。

 

「……はぁはぁはぁ」

 

 勢いよく教室を飛び出した俺は校舎裏へと一目散に駆けた。幾度なく相まみえた思い深い場所。

 

 普段のあいつなら俺が教室を出るなり追いかけてきそうなものだが気配はなかった。⋯⋯振り返るも当然あいつの姿はない。歩いて向かっているのか、はたまた未だ教室にいるのかはわからない。でも、返事をした以上は必ず来る。どんなに腑抜けていようとも嘘だけはつかない。俺が好きになった常夏花火って女はそういう人間だ。

 

「ふぅー……」

 

 呼吸を整えていると、なにやらおかしなものが目に映った。

 地面にプリンが置かれている。見慣れた給食のプリン。しかも何故かスプーンがふたつも乗っている。

 

「ははっ。ははは……こりゃすげーわ」

 

 言わずとも誰の仕業か、わかっちまう。

 ここまでずっと、そろばんくんの手のひらの上だと思うと驚きと同時に笑いが込み上げてくる。

 

 あれだけのことがあったのにも関わらず、俺が登校するより以前からプリンはここに待機していた。

 

 それが意味することを考えると笑うしかなかった。

 

 しかも──。

 

「スプーンはふたつ、か」

 

 あの日、始まりの日。プリンを賭けたじゃんけん大会。

 果たされることのなかった約束を今日、やり直せってことだろうか。

 

「ははっ」

 

 駄菓子屋では誰よりも世話になった。

 朝飯の強奪《ハント》に失敗した日は不思議とそろばん君が給食を多くよそってくれて牛乳までくれた。

 

 俺は一等星になれていただろうか。

 もらった分、きっちり返せていただろうか。

 口だけは達者だからな。正直、この先うまくやっていけるのか心配だよ。

 

 ……いや。いらない心配だな。なんてったって手のひらの上だ。

 なにやらそろばんファミリアなんてものもあるみたいだからな。

 

「ありがとうな、そろばん君。……せっかくだ、ここで見守っててくれな」

 

 決闘の邪魔にならないように、そろばん君に見立てたプリンを隅に置いたところで。

 

 ──スタ、スタ、スタ。足音が近づいてきた。

 あいつにしては妙に静かな足音だった。背後からのドロップキックを狙っているのだろうか。どうせお前は助走のタイミングになれば大声で叫んで突進してくるから不意打ちにはならないんだけどな。

 

 ああ、いいぜ。くらってやる。

 

 しかし雄叫びもなければ駆け足にもならない。静かに足音だけが近づいてくる。そうして──。先ほど同様に相も変わらずのしみったれた面での登場だった。

 

「……バカ翔太」

 

 やれやれ。まだそんな面してんのかよ。ったく。

 

「おっ、怖じ気づかずに来れたんだな。偉いじゃねーか! 褒めてやんよ!」

「……当たり前じゃん。バカ翔太」

 

 口を開けばバカ翔太。悪口のキレまで悪くなっちまってる。とはいえ元気がないのはかえって好都合かもしれない。

 今の常夏は冷静だ。頭に血が上ってないのであれば全力でぶつかっても俺は負ける。

 

 負けなければおかしい。

 

「んじゃ、やっか! ラストバトルをよ!」

 

 握った拳を突きつける。すると俺の目をじっと見つめてきた。

 

「もう一度聞くけど、転校しないんだよね?」

「った、……ったりめーよ!」

 

 言った瞬間──。飛びかかってきた。

 

 常夏にしては珍しくも新しい、不意を衝く一撃。

 芝居をする間もなく瞬く間に十八番のヘッドロックが決まる。

 

 なんだよ。できるじゃねぇか。腑抜けはブラフだったか。

 

 なんて思うも──。意識を狩るには至らない。

 

「……嘘つき」

 

 は?

 

「嘘つき。嘘つき。嘘つき!」

「んなこた今はどうでもいいだろ! 決闘の最中になに言ってんだよ?! 真面目に戦え!」

 

「……よくない! いいわけない!」

「なっ、ちょっ。ど、どうした?!」

 

 だめだ。あまりにも弱すぎる。普段のキレがまったく感じられない。

 

 これじゃあ、負けられない。

 腹に肘打ちして簡単にヘッドロックを抜けられてしまう。そっからは俺のターンで、今の常夏ではマシンガンパンチを全部食らっちまう。そうなればもう……。

 

 だめだ。それだけはだめだ。

 

「なんなんだよ、お前! いいかげんにしろよ?! 腑抜けてんじゃねえよ!」

「……嘘つき。嘘つき。嘘つき! 転校するくせに! バカ翔太! バカーッ!」

 

 なんなんだよさっきから。そればっかりじゃねえかよ。

 

「転校なんかしねえって言ってるだろうが! だから本気でぶつかってこい! 俺様を舐めるんじゃねえっ! 手抜かれて勝ったって嬉しくもなんともねえんだよ! 全力のお前を叩き潰さなきゃ意味ねえだろうが!」

 

「だったら目を見て話してよ。なにが瞬速の翔太よ。弱いくせにいっつも無理して……。わたしより弱いんだから、わたしの前では強がらなくていいの!!」

 

 なっ何言ってんだ、こいつ!

 

「負け越しておいてどの口が言ってんだよ! ふざけんな!」

 

「うるさいうるさいうるさーい!」

 

 そのまま取っ組み合いになり、地面をくるくるくる──。

 気づけば背中を取られていて、絶好のヘッドロックをカマされる機会が訪れていた。

 

 いや。この体勢はもはや、バックチョーク。

 

 こうなってしまえばもう、俺の負けは確定だ。過去の戦歴データから見ても万にひとつも逆転の目はない。

 

 しかし。また。

 またしても落ちない。バックチョークが決まったってのに、落ちれない。

 

 ちっとも苦しくない。なんだよ、これ……。

 いくらなんでも弱過ぎる。こんなんじゃ負けられない。

 

 本当にお前、どうしちまったんだよ?!

 

 どうすればいい。今日が最後だってのに……。負けてやることができない…………。

 

 

 

 ……いや。そうか。そういうことかよ。……そろばんくん。

 

 

 

「あーもうやめだやめ。やっぱ最後を締め括るんなら、こいつを賭けてじゃんけんしねえとな?」

 

 言いながらバックチョークを決める常夏を振り払い、プリンを手に取る。

 

「提供者はそろばんくんだ。決闘が終わったあとに二人で食えってことで丁寧にスプーンをふたつも用意してくれたが、しゃらくせえ! 仲良しこよしじゃあるめぇし! 勝ったほうが独り占めだ。いいな?」

 

「…………なにそれ。バカ翔太」

 

 ったく。

 

「つーか拒否権はなし。やんぞ! んじゃ俺はパーを出す! どーせお前は大大大好きなグーパンのグーだもんな? 楽勝楽勝! やる前から勝ちが見えるぜえ! っしゃあっ! 約束された勝利っつーのはたまんねえな!」

 

 最初からこうしていればよかった。

 下手な芝居を打たなくても、いつもの俺で負けられる。いつも通りの俺のままで──。

 

 

 そうして、半ば強引に始めるも──。

 

 

 「「ジャンケン、ポン!」」

 

 常夏が出したのはグーだった。

 

 あの日と同じ、グー。

 大嫌いなはずのグーパンのグー。

 

 けれども今日はくしゃみをしていない。

 

 は? なんで?

 

「ちょ、なにやってんだよ? 俺、パー出すって言ったろ? 言ったよな?!」

「……勝ち逃げは許さない」

「お、おう。次も俺はパー出すからな? グーパン女はグーを出せよ? 暴力大好きグーパン女にはお似合いだからな! んじゃ三回連続でやるぞ? ポンポンポンでいくぞ? わかったか? 俺様がパーで三回連続で勝つからな? いいな?」

「うん」

 

 「「ジャンケン、ポン。ポン。ポン!」」

 

 されども常夏はグーを出すのみ。

 

「おいお前! 人の話ちゃんと聞いてんのかよ? いいのか? グーパン女でいいのか?! 暴力大好きグーパン女のグーだぞ?! いいんだな?」

「……許さない。勝ち逃げは許さない。許さない許さない絶対許さない!」

 

「なんなんだよ? どうしたってんだよ?!」

 

「勝ち逃げは許さないんだから!! バカーッ!」

 

 飛び掛かって来た。かと思えば──。

 

「行っちゃ、やだぁぁああ。やだよぉぉおお……。毎日牛乳飲むからぁ。もう怒ったりしないからぁ……。ママにお願いもする。うちに空いてる部屋あるから翔太はそこに住めばいいの。お小遣いも半分あげる。おやつもご飯も、ぜんぶみんな半分あげるから。だからわたしの前から居なくならないでよぉ。やだぁ……離れたくない。行かないでよ……バカ。バカ翔太ぁぁあああ」

 

 俺の胸の中でわんわん泣き出してしまった。

 ようやくをもってして、元気のない理由がわかってしまった。

 

 ここまで言われて初めて、わかってしまった。

 

 俺はとんでもない馬鹿野郎だった。わかった気になって、なにひとつわかっていなかった。

 それでも──。それなのに──。俺にできることは変わらない。変えようがなかった。

 

「……なぁ、いくらでも負けてやるから。最後くらい笑顔で別れようぜ。なっ? いいだろ……? 頼むよ。俺、他にしてやれることがないんだよ……だから……これしか……なぁ……常夏……」

 

 なにもできない自分に腹が立つ。大好きな女が目の前で泣いているのに、なにもできない自分が悔しくてたまらない。

 

 彼女の願いを叶えられない自分が悔しくて悔しくてたまらない。

 

「……バカ。バカ。ばかぁああああ」

「……うっうぁぁっ……くぅあああ」

 

 

 気づけば俺も泣いていた。

 

 泣くことしか、できなかった。

 あふれてこぼれて、止まらなかった。

 

 

 毎日が楽しかった。

 ずっとこんな日が続くと思っていた。

 いつまでも続くと思っていた、のに──。

 

 

 

 

 

 

 ──最終戦績、一五六勝一五〇敗。

 

 決して動かない数字が頭の中に張り付いて離れない。

 俺の時間はずっと、この時から止まったままなのかもしれない──。

 

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