顔を合わせれば喧嘩ばかりしていた暴力系女子と疎遠になって六年──。俺は陰キャになり果て、彼女は清楚可憐なS級美少女に変貌を遂げていた。……うん。見つからないように、影を潜めて生きていこう。   作:おひるねzz

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第14話 智将系眼鏡、現る

「ドッコイショドッコイショ! ソーランソーラン! ドッコイショヨッコイショ! ソーランソーラン!」

 

 七月上旬。例年よりも早く梅雨が明け、夏本番を迎えた体育館はクソ程にも暑くなっていた。そんな中で行われる、汗だく不可避なソーラン節。

 

 非常に迷惑極まりない話。ではなく――。

 

 「素敵……清き一票の集大成よ!」

 「わたしたちの力で成し遂げたステージよ。ルイ様、最高です」

 「決めたの。ルイ様に人生のすべてを捧げるって。わたし、もう決めてるの!」

 

 感極まる生徒、多数。

 

 ルイ様。――五球《いつだま》瑠偉《るい》。特進クラスのエリート様にして定期テストではアイツと一、二を争うほどの秀才。おまけに眉目秀麗《イケメン》。加えて眼鏡属性であることから付けられた二つ名は智将系眼鏡。

 

 そんな男が今日、生徒会長に就任した。

 

 「本気のソーラン節とは相変わらず魅せてくれる」

 「彼奴が天界の御方の番《つがい》になるのなら、涙を呑む覚悟」

 「神は与え過ぎた……あまりに理不尽……なのに恨めない……うっ……ルイ…サ……マ………ステキッ!」

 

 この手の輩は男子からの支持は得られない傾向にあるが、この男に限って言えば例外。

 おひとり様気質で浮ついた話もなければ男女問わず基本は冷徹。イケメンの癖して全く鼻につかないタイプ。

 

 なにより、常夏が推薦人だからな。演説で信者たちの心を鷲掴みにして智将系眼鏡の憎めないキャラをも一層に確立した。実質、影の支配者は常夏なのではないだろうか。とさえ思ってしまう。副会長にも就任してしまったからな。

 

 とはいえ真夏の体育館でソーラン節はいただけない。熱気に当てられ気温は三度上昇。見ているだけで暑苦しい。体感温度はさらに三度上昇。

 そもそも何故、就任挨拶でソーラン節を踊るのか……。特進クラスのエリート様の考えることはわからない……。

 

「ドッコイショドッコイショ! ソーランソーラン! ドッコイショヨッコイショ! ソーランソーラン!」

 

 「ルイ様はわたしたちの希望よ! いつだって期待に応えてくださるわ!」

 「さぁ、ルイ。このステージはあなただけのものよ! 全校生徒を虜にしてしまいなさい!」

 「もうだめ。むり。我慢できない。ルイ様の極上イケメンスメルを近ぐで嗅ぎだい!!!!」

 「わたくしはスメルの源。しぶきを最前列で浴びたいですわ!!」

 

 ……いや。進学校に通う人間の考えが、もはやわからない。

 

 卒業したら爺ちゃんの舟を継ぐ予定だしな。誰しもが進学する当校において、入学式時点で俺の非進学は決まってしまった。

 

 甚だおかしな話だ。自分でもバカだと思っている。

 

 でも――。

 

「ドッコイショドッコイショ! ソーランソーラン! ドッコイショヨッコイショ! ソーランソーラン!」

「ドッコイショドッコイショ! ソーランソーラン! ドッコイショヨッコイショ! ソーランソーラン!」

 

 ………………………………。

 

 ………………………。

 

 ……………。

 

 

 

 

 

 +

 

「続きまして副会長より挨拶があります」

 

 壇上に上がる一輪の花。

 

「えー、(トントン)」

 

 マイクが入らない素振りはもはや毎度のこと。壇上に立つ度、笑顔で暴言を吐く。誰にも届かぬ声量で――。

 

 こうでもしないと、やってらんねえよな。

 だってお前は暴力的で真面目な良い子ちゃんなんて柄じゃないもんな。そりゃ息苦しくもなっちまうよな。

 

 「今日も天界人との交信でござるな。さすが御方。人知を超えし存在」

 「よもや通例行事。恩方の交信を見守るのも、我ら御方見守り隊の務め」

 「御方には百人の下部がついていること、常々お忘れないように。貴方様はひとりではありませんぞ!」

 

 おそらく今日は「(暑い死ね。お前あとでヘッドロック確定な)」かな。相変わらず狂暴な女だ。はははっ。

 

 

 この距離でいい。この距離がいい――。

 

 進学しない俺が退学も転校もせずに、此処に残る理由。

 

 

 

 

 お前が元気なら――。他にはなにも、いらねえんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 +

 

 ソーラン節の熱気には心底ゲンナリしていたけれど、それ以上に馬鹿な行事はある。それは梅雨明け後に行われる真夏の体育だ。

 

 梅雨が明けたのなら夏の間は中止にするべきだと強く思う。

 

 かつては瞬足の二つ名を欲しいままにしてきた俺も、今ではすっかり霞んでしまった。夏だろうが冬だろうが体育の時間とあらば誰よりも早く校庭に出て、皆を先導するのは遠い過去の記憶。

 

 それに今では。

 

「よーし、じゃあ二人組になってストレッチからいくぞー」

 

 体育教師の号令で当然のように皆が二人組を作りストレッチを始める。

 クラスの男子の数は十六人で欠席者も見学者もいなければ溢れる者は出ないはずだが、俺は必ずひとりになる。

 

 もはや教師も見て見ぬふり。

 まるで触れてはいけない闇でもあるかのように、居ない者扱いされる。

 

 ただ、さすが進学校とだけあって嫌がらせはあれど鹿児島で受けたような教師も黙認する集団リンチにはならない。

 

 落ちこぼれと関わると馬鹿になる。馬鹿が移る。もはや病原菌扱いされ、皮肉や嫌味を言われることはあれどそれ以上はない。

 

 だから俺も極力、可能な限り恨みや怒りを買わないように努力をしている。

 

 空気に徹し、理不尽な状況を受け入れる。

 口答えなどせずに、むしろ申し訳なさそうに振る舞う。

 

 それだけでアイツに気づかれず平穏無事に過ごせるのなら、安いものだ。

 

 

 悪いのは勉強に背を向けたのにも関わらず、進学校に通い続けている俺なのだから――。

 

 

 掃除当番を押し付けられても、

 気づいたら美化委員にさせられていても、

 俺だけ何故か日直の回数が三倍多くても、

 

 

 アイツに今の俺がバレないのであれば些細なこと。

 

 なんだっていいさ。他の誰になにを思われ、なにをされようが興味なんてない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 +

 

 それから少し経って――。

 夏休みを翌週に控えた七月の中旬。

 

 教室内は長期休みに浮かれる者は少数で、むしろ少しばかしピリついた空気が漂っていた。

 

 大学受験は既に始まっているからな。

 

 そのせいか、放課後の掃除当番に集まったのは俺一人だった。理由をつけて押し付けられるわけでもなく、無言の欠席。

 

「……やれやれ」

 

 日直同様、掃除当番の日が俺だけ増える日も近そうだな。

 

 まあべつに、一線を越えて来ないなら構いやしねえけどな。

 

 いや、なんだっていいな。すべてがちっぽけに思える。……なぁ、常夏。

 

 

 

 

 

 

 

 

 +

 

 そんなこんなで疲れて迎えた帰り道。時刻はゆうに五時をまわっていた。

 

 下校ラッシュは過ぎ去り、落ち着いた雰囲気の通学路。

 電車通学の俺は駅まで歩いて帰るわけだが、校門からほんの少し。距離にして五〇メートルほど離れた場所に、見慣れぬ制服の女子が立っていた。

 

 バス停やコンビニがあるわけでもなく、はたまた犬の散歩でもなく――。なにもない通り沿いに立っている姿はあまりに不自然だった。

 

 遠目からでもわかる。短いスカートの丈に緩く着こなされた制服。茶色く染められたであろう髪はほのかにカールを帯びていて存在を確立する。――ギャルだ。それもつよつよ系。

 

 進学校の校門付近では滅多にお目に掛かれない。というか異質な存在。

 

 そんな彼女がなぜかこちらを見やると、ため息混じりに涼しく笑いながら向かって来た。

 

 すると俺の前を歩いていた男子がチラっと後ろ確認すると――。

 

「今、拙者に向かってほほ笑んだでござるな?」

「そう見えなくもないが、微笑みというより乾いた笑いじゃね?」

「否。微笑みでござる。しかしながら拙者、天界の御方に心身を捧げているゆえ、期待には応えられない所存」

「本当、お前って幸せ者だよな。一緒にいて飽きねーよ。マイベストフレンド!」

 

 勘違いするのもわかる。だって視線の先には俺らしかいない。

 ソバカス出っ歯眼鏡、厚髪根暗眼鏡(俺)、そしてゴザル。

 

 どう見てもこの中ではゴザルがギャルと一番に渡り合える好敵手。あくまでこの中に限った話だが。

 

 

 そうして、ギャルがゴザルの前まえで来ると――。

 

「可愛い可愛いお嬢さん、お気持ちは――」

 

 素通り! ゴザルを素通りした!

 

 と、思ったのも束の間。

 

「ていうか遅いし! 何やってんの? 大都会の大宮を案内してもらおうと思ったのに、って……嘘でしょ? ださっ! 洒落にならないくらいダサくなっちゃったね?」

 

 は?

 

 初対面でいきなり文句&悪口。

 

 ……いや違う。驚くべきはそこじゃない。

 

 大都会、大宮。

 違う! ……違くはないが、そうじゃない。

 

 俺は、このギャルを知っている。

 

 左目じりに連なるふたつの泣きぼくろ。

 ギャルになってるから気づかなかったが、かつての面影はある。……佳純《かすみ》だ。爺ちゃん行きつけのスナックの一人娘にして、同級生。幼馴染。……そして、命の恩人。

 

 どうしてお前が、ここに? 

 開いた目が塞がらず、唖然にとられていると。

 

「な、な、な、なにぃぃぃぃ?!」

 

 俺が驚く以上に、ゴザルがとてつもなく驚いていた。

 

「す、す、す、素通り?! だとおぉぉぉ?!」

 

 佳純はゴザルをまるで虫でも見るような目で一瞬見やると、俺に向き直り――。

 

「ま、でも。変わったのは見た目だけ、かな? ……うーん? 見た目だけ……かぁ? ていうかお母さんのことは殺せたのかな? なーんて」

 

 冗談交じりに言いながら、ナイフを手にしているような仕草で腸をグサッと刺してきた。

 

 ……試されていた。

 

 変わり果てた俺の姿を見て、なにがどう変わったのか、丸裸にしようとしている。

 

 ……できることなら見られたくなかった。……ほかでもない、お前にだけは。

 

 

 でもどうして、俺だってわかったんだ。

 距離はかなりあった。眼鏡と前髪で、顔なんてほとんどわからないはずなのに。

 

 ……違う。今はそんなことを気にしている場合じゃない。このままじゃ、まずい――。

 

「い、今! なんて言ったでござるか!」

「こここここここ56した?!」

 

 今日まで頑なに守ってきたものが壊れる音がする。

 

 『殺し屋。他校のギャルと密会』

 

 真意は関係ない。噂が流れれば悪目立ちして、いずれ常夏の耳にも入る。そうなればもう、ここにはいられない。

 

 ……俺はまだ、終われない。

 アイツが副会長になったんだ。これから先、壇上に上がる機会は増える。こんなところで、終わりたくない……。

 

 幸いにも俺はまだ無言を貫いている。

 人違い、勘違い路線への変更は十分に可能だ。

 

 大丈夫。佳純ならわかってくれる。

 

「……人違いですよ」

 

 困り顔で視線を落としながら言えば、きっと――。

 

 しかし。

 

「あー……、ね?」

 

 どこか呆れたように、乾いた笑みをみせた。

 

 そんな顔で、見ないでくれよ……。

 

「ふーん?」

 

 頼むよ。俺から日常を取らないでくれ。これで今は幸せなんだ。だから頼むよ、佳純……。お願いだ……。

 

「あー…………」

 

 およそきっと――。演技でできるような表情をしていなかったのだと思う。

 

 思えば佳純だって鹿児島からはるばる来ている。なにか大事な用があるに違いない。おいそれと帰れる訳がないんだ。

 

 それなのに――。

 

「そっかぁ……。あー……人違いだったかぁ……うーん…………うん!」

 

 俺に向けてというより、出っ歯とござるに誤解を解くように言ってくれた。

 

「うむ。人違いでござったか」

「56したとか物騒で心配しちまったぜ」

 

 ありがとう。佳純……。

 

 ありがとうな……。

 

 声にできないもどかしさを抱えたまま、感謝していると――。

 

「……しかし、どこか引っかかるでござるな」

「やっぱ思ったか?」

「人違いするような量産型な見た目ではないでござる」

「だよなぁ。陰キャの中のTHE陰キャ!」

「そしてなにより、このゴザルであるワイを差し置いている点、匂うでござるなぁ」

「だよなぁ!! 匂う匂う!」

「これは一度、御方親衛隊で調べる必要があるでござる。このワイを差し置いて声を掛けられるべき存在か、否か!」

「やっぱお前といると飽きねぇよ! おもしれーやつ!」

 

 嘘だろ……? もう俺への疑いが晴れることはないのか?

 ここで、すべてが終わるのか?

 

 どうすることもできず、

 ただ、立ち尽くしていていると――。

 

 不意に佳純は切なげに笑って、次の瞬間には満面の笑みを弾けさせた。

 

「あーっ、ていうかよく見たら可愛い出っ歯してるね? そっちの君はゴザルくんっていうのかな? おともだちになりませんか? なーんて! あはっ」

 

「ななっなっ?! ち、近い! 近いでごぎゃるぅ……! な、ななんかすごいいい匂いがするでごぎゃるぅぅ……ぁぅぁぅ!」

「こ、これはまさか、こ、この御方は……」

 

      「「至高のギャル方!」」

 

 ……あっ。

 

 胸の中でなにかが、ミシミシと軋んだ。

 

 あの日――。鹿児島でボスになれず、生きる理由をなくした俺を救ってくれたときも、そうだった。

 

 お前は何よりも、自分を後回しにする。

 今みたいに、ためらいもせず――。目的のためなら誰にだって笑みを向ける。たとえそれが語尾にゴザルをまとった、変な奴であっても――。

 

 ……今の俺に、そこまでして守られる価値はないんだ。

 

 せっかくお前が、生きる理由をくれたのに……。今の俺は、もう……。

 

「くぅっ……」

 

 息を詰めるも、一歩が出ず、

 二人の間に踏み込めずにいると――。

 

 なんの前触れもなく、突如として――。

 

 

「貴様ァッ! 今すぐその場から離れろぉぉおおおおおお! 万死に値する!!!!」

 

 耳を疑った。

 

 目を疑った。

 

 物凄い剣幕で現れたのは何故か――。智将系眼鏡、五球瑠偉。その人だった。




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