顔を合わせれば喧嘩ばかりしていた暴力系女子と疎遠になって六年──。俺は陰キャになり果て、彼女は清楚可憐なS級美少女に変貌を遂げていた。……うん。見つからないように、影を潜めて生きていこう。   作:おひるねzz

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第21話 我、御方親衛隊三番隊隊長、誰よりも御方を愛する者

 

 そんな、ヴァカナ……ヴァヴァヴァ、ヴァッカーナ……?!

 

 翔太くんの困り顔度指数の上昇が止まらない?!

 

 ……まさか。いや、間違いない。……原因は、僕。

 

 ……落ち着け。状況整理はできている。

 たとえどんなに困り顔度指数が上昇しても、それがたとえ僕のせいだとしても、やるべきことは決まっている。

 

 ――速やかなる、翔太くんの退避。

 

 単にこの場から離れればいいというものではない。

 この場に居る全員の記憶から、翔太くんという存在を霞ませる必要がある。

 

 僕にはわかるよ。今の君の姿をみれば、嫌ってほどにわかってしまう。

 

 あまりにも板に付き過ぎてしまったね。

 

 厚い前髪、重ねるような眼鏡、主張しない体つき。少し前のめりの姿勢。

 

 そのすべてが語っている。どれほどの毎日を生き抜いてきたのかを――。

 

 でも僕は知っている。君が存在するはずのない、カシオペア座の一等星であったことを――。

 

 好きだ。

 好きだから、守りたい。

 僕が君のシェダルとカフになろう。

 

 あの頃のように――。

 

 さぁ、ひと暴れしようか。君を助けられるのであれば、覚悟なんて必要ない。

 

 僕にとってそれは、日常。

 君を失った今日までの僕は、非日常――。

 

 数を信じ、均衡をもって耐え、計算をもって勝利する。

 方程式は魂に刻まれ、理は盾、算盤は刃――。

 

 モード算盤。フルバースト!!

 

 ――停学は覚悟の上だった。それ以上も止む無しと思っていた。君を守れるのなら安過ぎる対価だと思っていた。

 

 しかし視界に、温かな光が映り込む――。

 

「――――――――ッ?!」

 

 待て、女?

 なんだ女?

 その目は、なんだ……?

 

 ――避けられぬ共鳴。感じる、共鳴――。

 

 その目はまさしくガーディアン。

 否、君は――。君こそが、カシオペア座のシェダル!

 

 翔太くんの困り顔度指数を上昇させる悪しき者かと思っていた。

 この場において、翔太くんの困り顔度指数を上昇させる者、即ち悪とはならない。僕という存在がすべてを否定する。

 

 しかしそれは、君も同じだ! シェダル!!

 

 

 ピキーン! ――見えた!

 

 

 これは避けられぬ必然。運命の線が交わる、その瞬間だ!

 

 現段階において、彼女が何者なのかは然したる問題ではない。

 この場を穏便に済ませることができるのであれば、僕はまだ君の役に立てる。まだまだ君のために尽くせる。

 

 好きだ!

 

 翔太くん!

 

 大好きだ!!

 

 最低でも停学は覚悟していた。

 しかしシェダル。君がいるのであれば、我らは今より二天一流。向かうところ敵なし!

 

 シェダルとカフが織りなす双星の二天一流。舞おうか……Shall we dance!

 

 共鳴の刻だ!

 

 

 名前は……そうだな……。つよつよギャルだから……。

 

「やあ、まみちゃん! アポなしで待ち伏せするなんて、いけない子だ。待てができない悪い子には、再教育が必要だね? で、そいつは誰? この五球瑠偉を差し置いて、話す価値のある人間かな? 妬いちゃうじゃないか?」

 

 眼鏡をクイっとしてしょしょしょ翔太くんに威圧を掛ける。

 

 ぐはっ、死ぬ。死ぬ! 死ぬううううううう。ごめん、ごめんよ、翔太くぅぅぅぅん。 

 

 さあ、女! 否、シェダル! 言葉はなくとも伝わるはずだ!

 

 見せてやろうぜ?

 

 揃いし双星が織りなす二天一流の共鳴を!!

 

「だってルイ君さぁ~最近ぜんぜん構ってくれないしぃ。通りがかりのオタク君で暇つぶししちゃったぁ。でも、ノリ悪くてつまんなーい。でもでもぉ、妬いてくれたなら結果オーライだよねー!」

 

 きたきたきたきたきたぁ! きたぁぁぁ! 共鳴きたああああああ!

 

 しかも自分を下げることへの躊躇のなさ。ギャル属性を生かすオタク君発言!

 

 確定だ。貴様は守護者シェダル!

 よもや僕と肩を並べる者が存在していたとはな。

 

 翔太くん、君って奴は隅に置けない男だ。

 僕以外にも守護者《ガーディアン》を従えてしまうなんて!

 

 とはいえこれで、翔太くんは僕の彼女に暇つぶしがてら絡まれた、通りがかりの哀れなオタク君になった。

 

 渦中の人物から一転して、群衆のひとりに――。

 

 二天一流。ここに極まれリ――。

 

 だが、慢心は禁物だ。すかさず――。一気に!

 

 畳みかける!

 

 我ら双星に、抜かりも奢りもない!

 

「悪かったね、オタク君。うちのまみちゃんが、ちょっかいを出したみたいだね。でも勘違いしてほしくないから、はっきり言うよ? まみちゃんは僕のものだ。誰にも渡さない。理解したなら去ってよし!」

 

 駅の方角を指さす!

 

 ごめんね、翔太くん。きっと君は僕に気づいていないのであろう。であれば、名乗りはしないよ。

 

 でもね、君のことは守るよ。この命が続く限り、何度でも――。何度だって――。

 

 しかしここでシェダルが、思いもよらぬ行動に出た。

 するりと翔太くんの腕に抱きつき、胸を押し当てながら挑発的な上目遣いを向けているではないか!

 

 その笑みはまるで、獲物を試す小悪魔そのもの――!

 

「オタクくんさあ〜、駅前に二郎系のラーメン屋あるらしいじゃん! それでも食べて、少しは男らしくなったらどうかな?」

 

 こ、小娘の分際でなにをしている?!

 ここは僕へのアンサーとして、愛の囁きを見せつける場面だろうが!

 

 しかもおまっ。それ……当ててるやないか―い!  

 まるで狙った獲物は逃がさないとでも言うような………………ん?

 

 いや、待て。……逃がさない。

 ……そうか。そういうことか。

 

 

 新事実がひとつ明らかになったな。

 

 不自然な会話とたわわな胸押し当てが意味すること――。

 

 彼女は翔太くんと連絡手段を持たない。

 ゆえに学校で待ち伏せをした。しかし、目立ちたくないゆえに、翔太くんに知らない人のフリをされてしまった。

 

 だからって、このままでは帰れない。

 

 つまり二郎は二人がこのあと落ち合う場所。……ってところか。

 

 ならば援護射撃だ。

 

「まったく。まみちゃんはオタク君に優しいな。妬いちゃうじゃないか? 僕というものがありながら、罪な女だね?」

 

 僕の後方支援を確認すると、シェダルはふっと笑みを浮かべる。

 と、次の瞬間――。まるで味のしなくなったガムを吐き出すように、翔太くんの腕をするりと離した。

 そして「じゃあね、オタク君~」と軽く手を振ると、翔太くんは気まずそうに駅へと向かって歩き出した。

 

 それを合図に、シェダルはすぐさま僕の前にぴょんっと現れると悪戯っぽく顔を覗き込んできた。

 

「えへっ作戦成功~! ルイ君は~、ほーんとにやきもち妬き屋さんだね? その顔が見たかったの~」

 

 ……抜かしよる。小娘が。

 

 待ち伏せ出待ち系、健気女子として幕を開けたはずなのに、ほんの数回の会話で立場は逆転。

 この僕に「やきもち妬きのワンコ系彼氏」という属性を植え付け、気づけば主導権すら握ってみせた。

 しかもそれを、ほんのついでにやってのけるのだから。いやはや、恐れ入った。

 

 お見事だ、シェダル。

 

 だが、そうか。生徒会の二郎はお預けだな。まさかにも鉢あうわけにはいかないからな。

 

 ――と、不意に背後から妙な声が割り込んできた。

 

「み、み、みみmmそこないました! う、う、浮気野郎はてんちゅー! あいうぉんちゅー!」

 

 あ、雨宮?!

 

 さらに横からは、別の声まで飛んでくる。

 

「ガッカリですよ。清楚系よりもギャル派だったなんて。会長とは今後、仲良くできる気がしません。よ、よりにもよって、ぎゃ、ぎゃぎゃるの彼女がい、いるなんて!!!!」

 

 和泉?!

 

 どうしたチーム生徒会?! いったいなにを言っている? 

 あの女と僕ができていると思っていたのか……。それよりも人格否定してないか?! 

 ギャルが好きだからなんだというのだ? 

 人の趣味嗜好に口を出すほど、愚かなことはないぞ?!

 

 混乱を他所に、シェダルがふっと笑って口を開く。

 

「なーんかルイ君大変そうだし、友達との時間、邪魔しちゃうのも悪いしぃ。このへんでバイバイしよっかなぁ。生ルイ君を一目みれただけで、充電完了しちゃったし~」

 

 ほほう、小娘。引き際も見事なものだ。

 離脱のタイミングを逃さない洞察眼は、まさしく守護者《ガーディアン》の資質。

 

 ならば、この離脱を最大限に援護しよう。

 よもや僕が二度も援護に回るとはな。

 

「充電完了したのは君だけじゃないよ。来てくれてありがとう。生徒会の仕事が落ち着いたら必ず時間を作るからね。そのときは五球瑠偉を独占させてあげよう。待てができる、いい子のまみちゃんにはご褒美をあげないとね」

 

 だがしかし!

 主導権は渡さないぞ、小娘!

 

 ともあれ君の制服は目に焼き付けた。芸能人顔負けのビジュアル。校内でも一目置かれる存在であることに間違いはない。

 

 SNSの海をひと泳ぎすれば容易に辿り着ける。

 

 シェダル。これから先は二人三脚だ。

 

 なんて、油断した刹那――。

 気づけば肩に両手を添えられ、背伸びするように唇が耳元へ――。

 

「(君はさ、翔太くんのなに?)」

 

 ……ッ、み、耳が痺れる。ぞくぞくぞくっと背筋を走る――ッ。

 

 冷たい。なんて冷徹な声……! 

 シェダル、君の底が見えない……!

 

 しかし、僕だって負けてはいられない!

 

 見せてやるよ、僕の力を――。

 

「好きだよ。だが、この想いは秘匿すべき真実。僕と君だけの封印だ」

 

 そう囁き、人差し指を唇に当てて。魂心のウィンク!

 

 さぁ、僕の深淵についてこれるかな?

 

 するとシェダルは、僕が向けていた人差し指を取り、そのまま僕の唇に当て返し……た?!?!

 まるで主導権を奪い返すかのように、

 上目遣いで小悪魔みたいに微笑みながら――。

 

「もぉ! ルイ君ったらすーぐ周りが見えなくなっちゃう! お外で二人だけの世界に入るの禁止! って、いつも言ってるよね? ひょっとしてルイ君は~悪い子なのかな~?」

 

 こ、小娘ぇぇええええええ!!!!

 

 落ち着け。……シェダルとカフが張り合ったって、意味がないんだよ

 

 …………いやはや、恐れ入った。

 主導権はどうやってもこちらには戻ってこないのか。これではまるで、首輪を着けられたワンコではないか……。

 

 頭の回転も速く、ずば抜けた洞察力で僕の一歩先を行く。

 そしてこれだけ愛想よく振舞っておきながら、この僕を異性として見る気配は一切ない。

 

 食えない女だ。

 

 もし敵に回していたらと思うと、恐ろしくなるな。

 

「は、はれんちですぅ……! 絶賛、見損ない度、急加速中ですぅ!」

「こ、これだからギャルはハシタナイ……。だ、だあっあだだあから、きききらいなんですよ、ぎゃ、ぎゃるあh!!!」

 

 ……やれやれ、また騒がしいのが始まったか。

 

 さきほどからまさかとは思っていたが、雨宮から向けられる視線は、雌そのものだな。……これはもはや、五球瑠偉ラブワールドに入ってしまっているのか……。

 

 そして、和泉。お前は……ギャルが好きな思春期中学生かなにかか。しっかりしろ!

 

 ともあれ翔太くんは去った。

 もはや皆の記憶に残るのは、通りすがりのギャルに絡まれたオタク君。記憶の中の君は限りなくクリーンに書き換えられた。

 

 では、仕上げといこうか、

 

 僕はひざをつき、恭しく手を差し出す。

 

「まみちゃん。駅まで送るよ?」

 

 すると彼女は手を取り、笑顔で――。

 

「いつもありがとう王子様っ!」

 

 って、ちょ、ちょちょちょまて、まて、そ、それはあかんて……ちょちょちょちょ、……うっ……あああああああ。

 

「行こっか、王子様?」

 

 この手の密着感はなんだ……。

 こ、小娘……お前は、この五球瑠偉すらも掌握しようと言うのか……。

 

 舐めるなぁ!!!!

 

「イエス、マイロード」

 

 ……いや、これは違うな。

 

 

 でも、そうか。僕は初めてをふたつも奪われてしまったのか……。

 

 

 恋人繋ぎと間接キッス。

 

 

 別に誰かのために取っておいたわけじゃない。……なのに、なんだ。この喪失感。

 

 事故や偶然の産物ではなかった。……奪われたんだ。

 

 ……シェダル。君はもしかして、悪魔なのか……?

 

 

 そんな――。問いかけを残したまま、情況は容赦なく押し寄せる。

 

 

「待つでござる。待つでござる、待つでござる!!」

 

 ……うん。引っかかったね。

 このままシェダルと駅へ向かうのは避けたいところだった。

 一目につくのは、少ないに越したことはないからね。

 

 それにイエスマイロードはまずい。

 主従の契約ではないか……。僕らの間には上も下もあってはならない。

 

 初めてを二つも奪われ、気が動転していたとしか言いようがない。

 

 ……考えるな。気持ちを切り替えろ。

 

 たとえなにを失おうとも、僕は君のために五球瑠偉の本分を果たすのみ――!

 

 

「おのれ五球ぁぁ! 御方という最高のパートナーを持ちながら、まみちゃんとは如何なことかぁあ~! 弥彦丸、抜刀を許可する!」

 

「へいへい。……弥彦丸、抜刀ぉ」

「白牙の銀次、抜刀ぉぉぉおおおお! 我、御方親衛隊三番隊隊長、誰よりも御方を愛する者――。いざ、参る――」

 

 なにが抜刀だ。厨二病疾患者共め。

 

 ……とはいえ、絶好の機会だな。

 中二病疾患者に心より、感謝を――。

 

「まみちゃん! ここは僕に任せて先に行くんだ!」

「え~? 置いてっちゃうの~? でもルイ君がそう言うなら、しょうがないかぁ……」

 

 本当によくできた娘だ。ここで食い下がらないのだから、情況がよく見えている。

 

「じゃあまみちゃん、あとでメッセージ送るから」

「うん。ルイ君、無事で居てね……!」

 

 ふっと口元を和らげると、シェダルは軽く手を振って、駅のほうへと歩き出した。……その後ろ姿からは、僕の初めてを二つも奪った罪の意識等、微塵も感じられなかった。

 

 事のついでに、狩られてしまったのだな。

 

 それはまるで、道端の小石を気まぐれに蹴り飛ばすようなもの。

 

 揺れる心を押し隠しながら、彼女の背中が見えなくなるまで、厨二病疾患者共の前に立ちはだかってみせた。

 

「隙がない。さすがは五球瑠偉でござる。相手にとって不足はない」

「いつだまくんってギャル派だったんだぁ~もっと硬派な男だと思っていたよ」

 

 ここで僕が潰れれば、君を守れない。

 

 明日の校内新聞の一面が【五球瑠偉、他校のギャルと熱愛】ともなれば、御方親衛隊の逆鱗に触れ、校内での僕の地位はたちまち地に落ち、自由が利かなくなる。

 

 それは困る。

 

 双星の二天一流はどちらか片方が欠けても成立しない。

 

 と、なれば僕の取る行動は決まっている。

 

 君を守れるのなら、この世に現存するすべての対価は無に等しい。

 

「今、ここで見たことを忘れると言うのなら、甘んじてパンチの雨を受け入れよう。謝罪を望むのなら、百に渡り地面に頭を打ちつけよう。さぁ、君たちはなにを望む? 両方と言うのなら、それも受け入れよう」

 

「げ、外道が! なぜ、なぜおまえみたいな男を御方が御認めになったのかあああ! お前を殴っても、お前に謝られても、御方の傷付いた心は戻ってこないでござる!」

「やれやれ。もて男は辛いねえ、いつだまくん?」

「ささささいていでううすううう! こ、こ、こんなたらし野郎だったなんてえ」

「きょ、巨乳ギャルと……巨乳清楚系……二股……また、ふた……さ、さん、三人でいいいいったい……」

 

 概ね予想通りの反応だが、若干一名。様子がおかしいのが混じっているな。

 

 とはいえ弥彦丸が同席しているのは、不幸中の幸いだったな。

 

「大前提として、僕は常夏花火とは付き合っていない。これはまみちゃんに誓って本当だし、明日常夏本人に確かめてもらっても構わない」

 

「そんなことはどうでもいいでござる! 御方の気持ちはどうなる?! この垂らしがぁぁあああ!」

 

 ……はぁ。願望を押し付けられても困る。

 

 尻に敷かれるだけの、決定権のない彼氏。その理想像が僕なのだろう。

 

 まったく、御方親衛隊とは名ばかりの集団だな。

 

 

「しゅ、主従関係が成立していると言うのですか!さ、さ、さ、、さ、、、、、、、ぴ――――――――――――」

 

 中学生はいいかげん、黙っていようか。

 

「そもそも僕と常夏花火はそういう間柄にはないんだよ。君らにだから言うが、彼女には心に決めた相手がいる。誰一人として、入り込む余地なんてないよ」

 

「……抜かせ。念のために聞いてやるでござる。その相手と言うのは?」

「僕なんかでは到底敵わない、人類史上、最高の男だよ」

「笑わせるな! 御方がそこまでほれ込む男などいるものか!」

 

 まったく、都合のいい幻想を抱く脳みそだ。あの女が乙な人たちと言うのも納得できる。

 

 ……だが、お前は違うよな?

 

 弥彦丸が銀次の肩に手を置いた。

 

「ほら行くぞ」

「まだ話は終わっていないでござる」

「終わったよ。この男はギャルに御執心だ。邪魔してやるな」

「しかし御方の心は……」

 

「もう、夢を見る時間は終わりだ」

 

 その一言で、銀次の膝から力が抜けた。

 崩れ落ちた彼を支えるように、弥彦丸が肩を差し出す。

 二人はそのまま、駅へ向かって歩き出した。

 

 僕は声を張る。

 

「おい、弥彦丸! お前の()()は見つかったか?」

 

「馬鹿言えよ」

 

 振り返らず背中越しに返ってきた声は短く、だが揺るぎなかった。

 

 

 翔太くん。君の地味偽装は完璧だよ。

 

 今日まで、僕が気づけなかった。

 君自身でさえも偽装という事実を忘れていることがなによりも大きいのだろうな。

 

 シェダル。君は確かな意思を持って、ここに来た。

 

 運命の算盤は動き出したよ。

 

 僕たちは今日、出会えた。

 

 これは、偶然にして必然なのだろう。

 

 今はただ、この出会いに感謝を――。

 

 とはいえ僕はまだ、翔太くんに認知されてはいけない。

 きっと君は、いまの姿を見られたくはないだろうからね。

 

 だが、それに関しては恐らくシェダルが導いてくれるだろう。

 翔太くん、君に足りないのは自信だ。あとは自分を受け入れること。このふたつだけでいいんだよ。それだけで、世界は変わる。

 

 他のだれがなんと言おうと、知ったことじゃない。……早く、昔みたいに君と笑いあいたいよ。

 

 

 そして僕のやるべきことは、ひとつ。

 常夏花火の再生だ。

 

 今のまま翔太くんと再会を果たしてもきっとロクなことにはならない。

 

 地下にでも閉じ込めてしまいそうで、怖いからね。

 

 とりあえず――。

 ポテチを取り上げるところから、始めてみるか。

 

 これはなかなかに、骨が折れそうだ――。

 

 モード算盤。フルバーストは避けられないだろうな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして僕はまた、ひとりか。

 チーム生徒会は実質、今日で崩壊したと言ってもいい。

 

「……す、すみません会長。疑ってしまって」

 

 雨宮は肩をすくめ、小さく縮こまるように視線を落とした。

 唇を噛み、両手をぎゅっと胸の前で握りしめている。

 その震えは、忠誠心とは別の感情――。

 

 彼女の恋心を知ってしまった今、適切な距離を取る必要がある。

 

「いいよ。今日はもう帰りなさい」

「あ、え……で、でも、じ、じろうさん」

 

 首を横に振る。

 

「ああは言ったけど、あれでまみちゃんは甘えん坊でね。きっと僕のことを待っている。頭を撫でに行ってあげないと」

 

 肩が小さく震えた。視線は揺れ、言葉を探すように唇がわずかに開いては閉じる。

 

 それでもやがて、息を吐き出すように小さく頷いた。

 

「……わかりました」

 

 かすれた声を残し、駅へと歩き出した。

 

 すまないな、雨宮。

 

 僕の心はもう、翔太くんで満たされているんだ

 

「こ、こ、これから! な、ななんあなにをするんですか?」

 

 この中学生はもう、だめだな。頭、真っピンク。

 勉強もできて、顔立ちも整っている。しかも家は老舗和菓子の名家だ。

 

 貴様、いったいどこで間違えた?

 

 僕ではもう、君を導ける気がしないよ。

 

 なによりギャルを彼女に持つ僕を目の敵にしているのが、ひしひし伝わる。

 隠し切れない敵意ほど、愚かなものはない。

 

 だから、ここまでだ。

 

「なにって、お子様はここから先は立ち入り禁止だよ。早く帰ってママのミルクでも飲んでいなさい」

 

「くぅ……うううううう」

 

 僕に敵意を向ける者に、下手な優しさは必要ない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………ふぅ。空は、青いな」

 

 君を見つけた代償としては、あまりにも安すぎる。

 こんなのなんともない。……へっちゃらさ。

 

 

 

 頭上には夏の陽を弾き返すような蒼穹が広がり、白い雲がひとつ、ゆっくりと流れていく。

 

 

 校庭のざわめきも、遠くの蝉の声も、今の僕には届かない。

 

 

 

 

 

 

 

 ――寂しくなるな。

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