顔を合わせれば喧嘩ばかりしていた暴力系女子と疎遠になって六年──。俺は陰キャになり果て、彼女は清楚可憐なS級美少女に変貌を遂げていた。……うん。見つからないように、影を潜めて生きていこう。   作:おひるねzz

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第24話 未来への約束

 いろいろあったけど――。三人で電車に揺られていた。

 

 佳純と綾瀬はビンタし合ったのが嘘みたいに、すっかり仲良く会話している。

 それはもう俺が入る隙間なんて一ミリもないくらいに。

 

「髪、可愛いね! どうやって結んでるの?」

「これ? ゴム一本でぐるぐるですよー」

「ぐるぐるって、ぐるぐる?」

「そーです! ぐるぐるして、ぐるぐるぐるーです!」

「やだ可愛い! ほんとセンスあるじゃん!」

「えへへ。お姉さんに褒められた! わぁーい!」

 

 お姉さんは違うんだよな……。そう心で突っ込みながらも、さっきのビンタが脳裏をかすめる。

 

 と、そのとき佳純がふいにこっちへ振ってきた。

 

「ねぇねぇ、翔太くんってさ、彼女いたことあるの?」

「はぁ?! な、なんで急に俺?!」

「きゃー赤くなってるー! これたぶん居たときない童貞のやつだよー、やったね綾瀬さん!」

 

「わぁーい! ……って! ななな、なんのことかにゃ?!」

 

 ……おま、マジでふざけんなよ?!

 わかりきったこと聞いておちょくるとか、鬼畜の所業だろ!

 

 綾瀬は案の定、さっきのことを告白だなんてこれっぽっちも思ってない。

 その無邪気さに、少しだけ胸がきゅっとなる。

 

 つーか……。

 お前にはいるんだよな。……彼氏。

 

 胸の奥にざらつくものが広がった、その瞬間。

 

「あっ! 北高ってことはさ、花火ちゃんもだけど、イツダ――」

「ねえねえそんなことよりさ、番号交換しようよ!」

「あっ、するするー! したいですー!」

 

 なんだよ、今の? 絶対に話を逸らしただろ?

 

 五球瑠偉の名前を出させなかった。……俺がいるから面倒ってか?

 

 これはあれか、このまま、なあなあにされるやつだな。

 って。なあなあってなんだよ。俺になんの権利があるんだよ。……なにもねぇだろ。……バカが。

 

 そんなこんなで、綾瀬とは電車の乗り換えで別れた。

 別れ際に番号交換をしたんだけど……当然、俺はスマホなんて持ってない。

 結局、佳純の提案で自宅の固定電話を教えることになった。……連絡網かっての。

 

 んで。佳純は俺と同じ方向だって言うから、そのまま一緒に電車に揺られることになった。

 聞きたいことも、話したいことも山ほどあるはずなのに。結局、なにも言えないまま、駅だけが過ぎていく。

 

 佳純はスマホを触るわけでもなく、外の景色をぼんやり眺めていた。

 その横顔を盗み見ることすら、なんだかためらわれた。

 

 沈黙。

 

 けど、そこに気まずさはなく、あるのはただの当たり前だった。……昔から変わらない。こいつとは。

 

 そのせいか、あっという間に時間は過ぎ、気づけば俺の最寄り駅についていた。

 

「じゃあ、俺。ここだから」

 

 結局、なにも聞けなかった。

 

 期待していなかったと言えば嘘になる。

 ここまで帰り道が一緒だったんだ。でも手を振られて「じゃあね」って言われてしまった。

 

 少しの後悔と、染みついた諦めを抱えながら、電車を降りる。

 

 振り返る気にはなれなかった。……たぶん見せられる顔じゃない。

 

「……五球瑠偉、か」

 

 気づけば、その名前を口にしていた。

 

「ん? なんて?」

「うっわああああ! おま、なんで?!」

 

「背中から哀愁が漂ってたから? とか言ってみる?」

 

「ば、ばっかやろー!」

「あはっ。じゃ、いこっか」

 

「おう。……って、どこに?」

「いいからいいからいくよー」

 

 家に帰るはずが、気づけば佳純の背中を追っていた。

 

 改札を抜けると、駅前には文具屋があって、その前には古びたガチャポンがずらりと並んでいる。

 

「わっ! 懐かしい~! まだあるんだね~」

「お、おう」

 

 胸の奥で時間の流れを感じる。

 あれからもう四年が経っていた。小六の春休み。鹿児島を離れるときにお前も一緒についてきてさ、このへんで遊んだよな。

 

 そんなことを思いながら、ガチャポンを覗き込む後ろ姿を見ていると、彼女は振り返ってこちらを見上げた。

 

「根暗」

「な?!」

 

 俺の驚く顔を見るなり、にやりと笑って。

 

「陰キャ」

「お、お前な!」

 

 そう言ってガチャを一回まわし、立ち上がると――。

 

「オタク君さぁ、なにか聞きたいことあるんじゃないの~?」

 

 言いながら、佳純はガチャから出た不細工な猫のキーホルダーを渡してきた。見るからに外れガチャ。

 

 ていうか、このしゃべり方は、五球瑠偉のときの……。

 

「……彼氏、できたんだな」

「はい。よく言えました!」

 

 なんだよ、それ。

 あまりのふざけた態度に、言葉が続けて出る。

 

「まみちゃんって、誰だよ?!」

「あははっ! ほんとうけるよね!」

 

 はぁ? なんなんだよ、まじで……。

 

「ここ、笑うとこじゃねーから」

「ん? ひょっとして妬いてるの~?」

 

 そのセリフも聞いた。何度も聞いた。五球瑠偉がいたときに。……ふざけやがって。

 

「かもな」

 

 もう、なんとでも言え。

 

「君ってさ、謎に独占欲だけはあるよね?」

「は、はぁ?」

「その感じ、初めてじゃないからね? もしかして自覚なかった?」

「べ、べつに……」

 

 お前が剛場と一緒にいるときも、似たような感情が胸を刺した。けど、あの時と今とじゃまるで違う。

 

 すると、不意に佳純の笑顔が消えた。

 

「すぐ、どもるようになちゃったね」

 

 それは、今の俺にとって何よりも突かれたくない言葉だった。

 目の前にいるのに、まるで硝子越しに見ているみたいに遠くなった。

 

「べ、べつに。そんなんじゃ、ねーよ」

 

 否定しても、それさえも噛んでしまう。余計にみっともなく響くだけ――。

 

 そんな俺の姿を優しく見つめる彼女の目が、かえって俺をみじめにさせる。

 

「ねぇ知ってる? 一人しか選べないんだよ?」

 

 一言一言が胸を貫き、息が詰まる。

 今も昔も――。選ぶ立場になんてないはずなのに、当たり前のように聞いてくる。

 

「ど、どういう意味だよ……」

 

「そのままの意味だよ?」

 

 真っすぐな視線が、ただただ痛い。

 

「あっ、でも。取っ替え引っ替えするなら、話は別かな? 君にそんなことする根性があればの話だけど」

 

「なにいってるか、意味わかんねえ……」

 

「嘘。本当はわかってるくせに」

 

 ……わからない。わかるわけが、ねえ。

 

「……だってお前、彼氏いるじゃん」

 

「え? あー……その話、まだ続いてたんだ?」

 

 は? なんだよ、それ……。

 さっきからなんなんだよ?! からかうにしても、こんなのは、あんまりだろ?!

 

「ふっざけんな! なんなんだよその言い方?! おかしいだろうが!!」

 

「あーらら……怒っちゃった。ていうか、やっとちゃんと怒れたね? たいへんよくできました」

 

「はぁ? おまっ、それ――」

 

 佳純は両手でタイムの形を作り、わざとらしく間を置いた。

 考え込むように首をかしげたかと思うと、不意に俺の唇へ人差し指を当ててきた。

 

「好きだよ。だが、この想いは秘匿すべき真実。僕と君だけの封印だ」

 

「な、何いってんだよお前?!」

 

 再び両手でタイムのポーズ。

 今度はわざと大げさに間を取って、またも考える素振りを見せると――。

 

「ってことで、まぁ、彼のことは一旦置いといて」

 

 な、なんでだよ……。

 どうしてここまでふざけ倒せるんだ、この女は……?

 

「置いとけるわけ、ないだろ? あいつは常夏の隣にいる男なんだよ。それで今度はお前の彼氏だって言うんだから……」

 

「ああね。あぁ。そうなんだ。常夏花火の隣に……。それもまぁ、そっか」

 

「なんでそんなに他人事なんだよ?! お前の彼氏なんだろ?! どういう付き合い方したらそうなるんだよ?!」

 

「……うーん。それを聞かれちゃうと、困るなぁ……。もうさ、言葉じゃなにを言っても足らないから、やることやっちゃおっか?」

 

「……は?」

 

「そうなると、綾瀬さんに会わす顔がなくなっちゃうわけだけど、仕方ないよね」

 

 あ、結局……。てのひらの上だ。

 

 ……ふざけやがって。

 

「……冗談で済ませないからな」

 

 なに言ってんだよ、俺。

 やめとけって。火傷じゃ済まないぞ。

 

「いいよ。じゃあいこっか」

 

 今ならまだ、間に合う。

 

 間違いなく手のひらの上だ。

 お前はきっと、どっちだっていいと思っている。

 違う。どうなってもいいって、本気で思っているんだ。

 

 お前はいつも、自分のことを勘定に入れない。

 

 じゃあ、俺は……? 覚悟はあるのか?

 

 四年前のあの日。裏切ったら殺すって言われた。あれは冗談なんかじゃなかった。

 

 

 ……覚悟はある。

 

 

 けど、今の俺じゃ足りない――。まだ、足りないんだよ。

 

 

 そんな思考が頭の中でぐるぐると渦を巻いているうちに、気づけば俺は建物の中に足を踏み入れようとしていた。

 

 慌てて佳純の手をつかんで、引き戻す。

 

「ちょ、ちょいちょいちょい!!」

 

 てっきり家に来るものだとばかり思っていた。……ラブホって、ちょ待てよ!!

 

「はいそれ目立つよ〜。こんなところで騒いだり駄々こねたりすると、ひときわ目立つよ〜。わたしはこのあたりに住んでるわけじゃないからいいとして、君、割かし近くの、それも進学校に通ってるんでしょ? 停学? ひょっとしたら退学なんてことも……」

 

 ……退学、ね。

 

「大丈夫だって。君にその気がないなら、昼寝して出てくればいいだけなんだから。その代わり、今後は五球瑠偉のことで、うだうだ言わないでね?」

 

 ずるいな。どっちに転んでも結局、五球瑠偉については話す気がないってことじゃねえか……。

 

 でも――。ここまで言われて、引き下がれるわけがない。

 

「……わかった」

 

 

 目の前にそびえるホテル。看板だけは何度も見ていたけれど、足を踏み入れるのは初めてだった。

 

 入口をくぐると大きなタッチパネル式のモニターがあって、好きな部屋を選べるみたいだった。

 

「どの部屋にするー?」

 

 手慣れた手つきでぴっぴと押す姿に胸が押しつぶされそうになる。

 

「……任せる」

「ふぅん。じゃあマッサージチェア付きの部屋にきーめた!」

 

 その時、受付横の貼り紙が目に入った。

 

 《学生服での入店お断り》

 

「あ……」

 

 佳純の声が漏れる。

 

「お、おい……大丈夫なのかよ?」

「入ったもん勝ちってことで、走るよ!」

 

 小声なのに、やけに楽しそうに笑っていた。

 手を引かれるまま、気づけば駆け足になっていた。

 

 そうして謎に二周三周して、ようやく部屋を見つけて中に入る。

 

 すると佳純は――。

 

「わぁ、広っ! すっごーい!」

 

 言いながらベッドにジャンプすると、スカートがひらりと舞い、パステルカラーの見えてはいけないものがチラリとした。

 

 とっさに視線を隅にやると――。

 

「うわっ。パンツくらいで顔真っ赤とかさ、ここがどこか忘れてない? せいぜいお昼寝コースで終了だね! 乙〜!」

 

 なんて言って、余裕ありげに俺を茶化すも、普段と違ってどこかはしゃいでいるように見えて。

 ふとここまでのやり取りが頭をよぎった。そしたら、なんだか笑えてきて。

 

 張りつめていた糸が、ふっとほどけた。そんな俺の様子を見てか──。

 

「あ、これは失敗しちゃったね……」

 

 本気で残念そうに肩を落とした。

 

「お前本当にいいかげんにしろよ!」

「だって、君が嫉妬してる姿見てるの、面白いんだもん」

「ば、ばばばっかろー!」

 

「ねぇ、経験豊富って言ったら、どうする?」

「ここ来て、はしゃぐような奴がそんなわけないだろ」

 

「わかんないよ~? べつにここだけじゃないからね~家とか外とか? 同意の上ならどこでもできるんだよ?」

「残念だったな。それをするには、ここに入るところからやり直さないと無理だな!」

 

「げぇ~。もうちょっと君の反応見て遊びたかったのに。……ざぁんねん!」

 

 ふっと気を抜いた、その瞬間。

 

「じゃあ、これならどうかな?」

 

 ベッドに腰掛けていた俺の膝に、彼女がそのまま乗ってきた。

 

「今日、暑かったよね。まずはシャワー浴びる? それとも――」

 

「なっ、おま?!」

 

 不意に押し倒されかけて、心臓が跳ね上がる。

 耳元で囁かれる声に、背筋がぞくりとする。

 

「いっぱい汗かいちゃったから、汗臭いかも。嫌なら、逃げてもいいよ?」

「べ、べつに臭くなんか、ねえよ」

「ぷっ、鼻息荒いよ?」

「おまっ、本当にからかいすぎな!」

 

 笑い声がふっと消え、声の温度が一変した。

 

「今だけ、わたしは常夏花火に勝てるの。温度も、息遣いも、匂いも……遠くから眺めるのとは違う。こうして近くで感じられる。肌が触れるたびに熱が伝わって、鼓動の速さだってバレちゃう。囁けばすぐ耳に届いて、吐息が頬をかすめるの。隠してきたところだって、ぜんぶ。今だけは全部、君のもの。だから勝てるの。これで負けたらわたし、存在する理由がなくなっちゃう」

 

 なに言ってんだよ。

 今だけなわけ、ないだろ。

 

 そう言えない自分が、ひどくもどかしい。

 

「……さぁ、ここで問題です。このまま佳純ちゃんを押し倒してゴールインしてしまうのか。それとも情けなくも、お昼寝コースに突入してしまうのか~?」

 

 答えられない俺のために、ふざけて逃げ道を作ってくれるのも、お前らしい優しさだよな。

 

 だからもう、逃げない。

 

「……それで、お前はいいのか」

 

「…………いいよ」

 

 わかってる。ゴールイン。それがなにを指すのか。

 今の俺じゃ足らないこともわかってる。あの日からずっと、足らないままだ。

 

 だからもう、終わりにしなきゃいけない。

 

「俺さ、もう一回がんばるよ」

「うん」

「灰は拾ってくれるんだよな」

「うん」

 

「ならいい。もう、五球瑠偉のことは聞かない」

 

 

 未練を残したままの俺じゃ、足りない。

 

 俺さ、やっと気づいたよ。お前のことが好きだよ。常夏よりも、お前が好きだった。

 

 お前のことだから、とっくに気づいてたんだろ。

 

 でも、常夏が好きな自分も消えない。あいつはずっと――。冬雪の野郎は俺の中にいる。

 

 

 このまま諦めたら、

 未練だけが残ったままになる。

 

 

 それをお前は許してくれない。

 

 

 だから、今の俺じゃ足りない。

 あの日からずっと、足りてないんだ。

 

 

 だから、もう一度――。戦う。

 

 

 そんな俺の覚悟に応えるように、佳純は静かに微笑んだ。

 そっと額を寄せ、温もりごと包み込むように声を落とした。

 

「じゃあ、君に――。ひとつだけあげる。嫌なら、避けてね?」

 

 

 

 避けるわけ、ないだろ。バカ。

 

 

 

 どちらともなく重ねたそれは、

 まるで二人だけの、小さな未来への約束のように思えた――。

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