顔を合わせれば喧嘩ばかりしていた暴力系女子と疎遠になって六年──。俺は陰キャになり果て、彼女は清楚可憐なS級美少女に変貌を遂げていた。……うん。見つからないように、影を潜めて生きていこう。 作:おひるねzz
運命の算盤を揺るがすものなど、存在しえない。
この盤上において、算盤の導きこそが絶対の真理だ!
和泉をシェダルの呪縛から解き放ち、純愛なる無垢な化身として解き放つ――。
盤上を支配したつもりになるなよ、シェダル。
僕の聖域に土足で入り込み、あまつさえ略奪を成したんだ。その不遜に見合うだけの対価は支払ってもらう。
なにより和泉は、大切な生徒会メンバーだ。
――返してもらうよ。
「なあ、和泉。お前は佳純のことが好きなんだよな?」
「す、好きだなんてとんでもない! 彼女は翔太くんと結ばれるべき女性です!」
とはいえ重症だな。直接会話を交わしたわけではなかろうに、ここまで調教されているのか。
僅かな視線誘導と表情の揺らぎだけで掌握されているのだとしたら、末恐ろしい女だ。
――だが、こちらの手札が上回っている。
「翔太くんが実は、常夏花火の思い人だとしても同じことが言えるのか?」
「とこ……な、つ? 花火さんの?! そんな、まさか……」
良い食いつきだ。裏の顔を知らなければ奴は絶世の美少女と持て囃されるティーンネイジャー。
死角はない。
「いいか? よく聞け。佳純のフィアンセは翔太くんではない。断言する。仮に二人が結ばれるのだとしたら、それは常夏花火との婚約を破棄した先にある」
「……こ、婚約破棄。こ、婚約?!」
驚くのも無理はない。
メディア越しに見る虚像とは、存在感の桁が違う。実物を拝める当校の生徒であれば、誰もが焦がれる絶世の美少女。
たとえ皮一枚めくった先が、中身の欠落した空虚な器であったとしても――。 そこに是非はない!
「だから和泉、お前にもチャンスはあるんだよ。戦う前から諦めてどうする? もっと気持ちに、正直になれよ」
ここで肩をポーンッ!
「い、いったいなんの話ですか……?」
「佳純のことが好きなんだろ? それくらい見ていればわかるさ。少なくとも僕の前では素直になれよ。他でもない、彼女の浮気現場に遭遇してしまった僕の前ではな」
このポジションは使える限り、最大限に利用する。
倫理観はもう、いらない――。
「か、会長……で、ですが翔太くんは……」
自分自身や目の前の僕のことなど二の次で、翔太くんの心配とはな。100点満点だ。
だが、間違っている。
和泉。お前のそれは、間違っている!
「心配には及ばないよ。彼には常夏花火がいる。それよりも案じるべきは佳純のほうだ。浮気現場を目撃してしまった以上、僕はもう……彼女の隣に居ることはできない。この手を差し伸べることはもう、できないんだよ」
浮気を許せない男の葛藤を見せつつ、バトンを託す。
もっともらしい、恋のエールを送る!
「よく聞け、和泉。これは僕からの願いだ。仮にも愛を囁きあった仲。まみちゃんという偽りの仮面を被っていたとしても、過ごした時間に嘘はなかった。……彼女の幸せを願えないほど、僕は愚かではない。和泉、お前しかいないんだ。……お前にしか、頼めないんだよ」
「な、なにを言い出しているんですか……?!」
見えるよ、和泉。
貴様が必死に押し殺している感情が――。
「和泉、戦え。それが、惚れた男の定めだ」
「わ、わかりません……」
「大丈夫。お前はひとりじゃないよ。僕がついている。恋愛マスターの僕がな」
「だ、だめです。や、やめてください……。ぼ、僕は……僕は……。翔太くんの幸せを、願っているんです……」
あと一押しだな。
「和泉、大丈夫だよ。数多の女子の心をくぎ付けにした恋愛マスターの僕が断言する。佳純はお前のものだ」
「ぼ、僕の……も、の……」
「そうだぞ、和泉。遠くから見るだけで、手を伸ばさないのは愚か者のすることだ。もう一度、断言しよう。佳純はお前のものだ、和泉!」
ここで両肩をポーンッ!
「……か、会長」
「いいか、和泉。この世に、叶わない恋なんてないんだよ」
「会長……僕……僕は……」
「さぁ言葉にしなさい。逃げるな、立ち向かえ! 和泉! お前が好きな女の名前は?!」
「かす、か、かすみ……さん」
「さぁもっと! 声をでかくして!」
「か、かすみさぁぁぁん!!」
落ちたな。
すまない和泉。許してくれとは言わない。恨んでくれても構わない。
お前をこのまま野放しにすれば、やがて必ず脅威になる。既にお前はシェダルの手の中だ。だからこうすることでしか、お前を外に出してやることはできない。
惚れた女の駒になるな、和泉。
惚れた女に利用されることほど、悲しいことはない。この世界は、そんな不条理に満ちている。
抗え。今に満足するな。
心地よさなんて覚えるな。
そして。僕の手のひらで、踊れ。
すべては、そろばんの意思が赴くままに――。
しかし。無情にも――。
「……だ、だめです。か、彼女の幸せは……しょ、翔太くんと、ともに、あ、ありま……す」
な、に……!? 魔法が解けない……? そんな馬鹿な。構成術式は完璧に分解したはずだ!
「翔太……く、んの幸せこそが、僕の……しあわ……せ」
だというのに、この反応はなんだ。
あの女は一体、この男の精神構造をどう作り変えた!?
理解が追いつかない僕を置き去りに、和泉は急速に壊れた正気を取り戻していく。次の瞬間には背筋が凍るほどハキハキと、その言葉を連ねた。
「翔太くんはたくさんがんばって来ました。もう、幸せになって欲しいんです。それは常夏さんでもなければ綾瀬さんでもありません。誰よりも彼を思う、佳純さんでなければいけません。優しさだけが愛情とは限りません。彼女は真に、翔太くんを思っています。彼女を除いて他には翔太くんを幸せにできる人はいません。たとえ常夏花火さんや綾瀬雫さんだとしても」
……待て。 なんだ? 明らかに今、外野自由席の名前が出たぞ?
そういえば、さっきも出てたな。
「綾瀬、雫……だと?」
「はい。残念ですが、彼女では翔太くんを救えません」
いったい、なにが起こっている?
なぜここで、綾瀬の名前が出てくるのだ。なぜ、お前のような外野自由席の観戦者がシェダルや常夏と同列に語られる?
シェダル……。
お前はいったい、なんなんだ……。なにをしている……。
この先、僕に打つ手は残っているのか……。
和泉はもう、救えない。
それどころかスパイを飼うようなものだ。
生徒会、会計。役員解任も辞さぬ覚悟が必要か……。
「はぁはぁ……」
なんだ? どうした?
「胸が……苦しいです……はち切れそうで……す。熱い、熱いです……か、会長……」
ふっ、ふはははは! シェダル! 抜かったな!
和泉の心はピュア! 見た目は高校生かもしれないが、こと恋愛耐性に関して言えば中身は中学一年生相当だ!
厳格な父を持つ老舗和菓子屋の一人息子!
整った顔立ちからは彼女の一人や二人、経験の二人三人いても良さそうだが、それは大間違い!
彼女いない歴=年齢の純真無垢な男子なんだよ!
繰り返す。彼女いない歴=年齢の童貞くんなんだよ!
「正常な反応だ。なにもおかしなことはない。さぁ、小さく吸って、深呼吸をしよう。大丈夫だよ、和泉。ほら、僕の手を握って? ここにいるよ。大丈夫、大丈夫」
「はぁはぁ……」
「自分の心に嘘をつくな。もっとわがままに、自分勝手になったっていいんだ。和泉、彼女の幸せを本当に願うなら、お前のその手で幸せにしてやれよ。できるな?」
さぁ、和泉。戻ってこい。
勝利を確信した瞬間――。ようやく、僕は背後の違和感に気づく。
――――雨宮……ッ?!
この場において、最も危惧すべき事象が抜け落ちていた。……ラブホテル前、路上――。
貴様、いったいいつからそこにいた?
誤解を解くにはあまりにも、ピースがハマり過ぎていた。
「会長の手、温かいです。僕は一人じゃないんですね。ああ、ずっと握っていたいな」
はは、は……。
和泉、すまない。
ここから先は、地獄かもしれない。
「まったく。世話の焼ける後輩だ。当然だろ? 誰がお前を一人にするものか。いつだって側に五球瑠偉がいることを忘れるな。この手はお前のためにある。だから安心して、気の済むまで握っていればいいさ」
翔太くん。君を幸せにできるのなら、そこに僕は必要ない。
すべては算盤の意思が、赴くままに――。