「エマ。私は……貴女を独占したい」
「……えっ」
セジュムはそう告白すると、一歩踏み込み、エマの肩を両手で掴み、自身の胸へと引き寄せた。彼の懐が近くなり、ムスクの色気のある香りが呼吸に溶け込む。
「私を選んでください、エマ。今すぐ……私のものになってほしい」
その言葉とともに、セジュムはエマの身体を抱き上げるとベッドへと押し倒した。優雅な長衣がシーツに広がり、彼はエマの上に覆いかぶさった。自身の胸元を乱暴に開くと、石像めいたラインの肉体が露わになり、彼の熱がエマに伝わる。どちらかと言えばスレンダーなイメージのセジュムだったが外套がそれを隠してたのだろう。
「ちょ、ちょっと、どうしたの、セジュム! 止めてよ!」
このような形で無理やり抱かれてしまうのか。エマは恐怖に身を固くし、セジュムの肩を掴み、身体を押し返そうとするが、ビクともしない。
『俺達は関係を急いだり、強引なことはしない』
ジェルドの言葉が脳裏を掠める。
(強引なことはしないって言ったのに!)
エマがセジュムを見上げた。欲望に歪んだ男の顔がそこにあると思った。しかし、そこにあったのは辛く影を落とした翳りを差した瞳だった。
(な、なんで……)
「……またレオール」
「えっ」
「あんな粗暴な男に女性は惹かれるのですか? 私だって出来ないわけじゃない。やらないだけです」
セジュムは眼鏡を外すと、エマの首筋に顔を埋め、深く息を吸った。
「セ、セジュム、落ち着いて、ねぇ」
エマの声はセジュムの耳に届いてない。いつも穏やかに微笑み、紳士的にエマに接するセジュム。まるで別人だ。
「エマ……」
「……っ!」
セジュムは熱に浮かされたように呟くとエマの首筋に荒々しくキスを落とした。普段のセジュムからは想像出来ないような激しいキス。
しかし、それは性欲を満たすためのキスではない。エマはセジュムの表情を見て察した。
恐らく彼はレオールとの間で何かあり、理性を失ったのだ。
「やだっ……セジュム、怖いよ! ……やめて!」
「また、先を越される……また……」
うわ言のようなセジュムの呟き。
『またレオール』『先を越される』
その言葉からエマは気がつく。
前世代の黎明の女神、ヒメカ。
レオールは彼女を愛していた。神になると疑わなかったと言っていたので、恐らく途中までは彼女もレオールを愛していたのだろう。
では、その間、他の神の子は……?
『選ばれなかった』神の子はただ指を咥えて、神になるであろう男とそれを愛する女の行く末をただ見守るだけなのだろうか。
この行為は『劣等感』だ。
セジュムは『劣等感』に苦しんでいるのだ。
その瞬間、「怖い」という感情ともう一つ「可哀想」という感情が生まれる。
エマは、震える手を、彼の露わとなった背中にそっと回し、優しく、ゆっくりと撫でた。
信じる。
バファマに来た時に見た、光を抱き込んだような温かな彼の微笑みを。
「も……もしかして、私がレオールを選んだと思ってる?」
セジュムの荒い息遣いが、エマの肌の上でわずかに乱れる。
「……え」
「私、レオールのこと選んでない。まだ、誰のことも選んでない」
「…………え」
エマの温かい体温と、優しく撫でる手の感触、そして静かな言葉が、焦燥に支配されていたセジュムの体に、徐々に理性を呼び戻していった。まるで、凶暴化した獣が、自分を信じて受け入れた飼い主に、ゆっくりと牙を収めていくようだった。
セジュムは首筋へのキスを止め、顔をあげる。自分自身に驚いているような瞳だ。
セジュムはゆっくりとエマから体を起こし、激しく乱れた髪を掻き上げた。彼の胸は激しく上下し、冷や汗が額に滲んでいた。
彼の体から、激しい熱が、少しずつ、羞恥心と後悔の熱へと変わっていくのが分かった。
「エマ……私は……なんてことを……」
「……大丈夫、気にしないで」
セジュムは、自分の醜い独占欲と、劣等感、そして理性を失った姿を見られたことに、激しい羞恥心を感じ、その顔は青ざめている。彼は乱れた長衣を整えると、エマの首筋に幾つもの熱の痕に気が付き、歯を食いしばる。
「気にしないでなんて言わないでください。初めてなんです。自分が、こんな乱暴な……」
「レオールとケンカしたの? 何があったの?」
セジュムが俯いた。大きく息を吐くと、何かを思い出してきたようで、彼の頬が徐々に赤く染まっていく。
「く、くだらない。……です」
「え?」
喉の奥で震える声しか聞こえず、エマは聞き返す。セジュムは耐えかねたように、喉の奥から絞り出すような声でエマに伝えた。
「許してください。……レオールへの嫉妬です。エマとレオが最近仲が良さそうで……」
「ん?」
「混浴、したとか……」
(……あれか……)
全てが正直過ぎる。知的そうな彼がまさかこんな些細なことで嫉妬するようには見えない。口を真一文字に結び、まるで叱られた子供のように俯くセジュムに、思わずエマはふっと声を出して笑ってしまう。
「ふふ、可愛い。確かに混浴はしたけど、セジュムが想像しているようなことは何もなかったよ」
セジュムは可愛いという言葉に面食らったが、すぐにエマのセジュムに対する気遣いだと気が付き、エマの手を取り、深く頭を下げた。
「……ありがとうございます。貴女の優しさが、私を正気に戻してくれました」
彼の完璧な理性と知性の裏にある、人間的な弱さを知った。
普通なら彼に強い嫌悪感を感じるはずだった。だが、誠実に謝罪する彼の姿は不思議とマイナスな印象とはならず、むしろ、その情けなさがプラスになる。
得な男だと思いつつ、エマは普段は長身で見られないセジュムの頭頂部を眺めていた。