ジェルドは「ここで寛いでいてくれ」と言い残し、部屋を出ていってしまった。ジェルドは部屋を出る前にエマのことを『黎明の女神』と呼んでいた。
(黎明の女神ってなんだろ……)
すっかり酔いも醒めてしまったエマは窓から外を眺めながらぼんやりしていた。外の風景はあまりに美しくエマの目を楽しませていた。
(あれ……いつになったら目が醒めるんだ?)
部屋にノックの音が鳴る。エマが返事をすると、ジェルドとその後ろに3人の男たちがぞろぞろと部屋に入ってきた。
「ヒヒ、やっと、やっと来た、ヒヒ、ヒヒ」
最初に口を開いたのは黒髪の男だった。目にかかる前髪から見え隠れする夜気を宿した瞳はまるで闇の底。にたりと口元を歪め八重歯を覗かせる。華奢で不健康な白い肌。耳には複数のフープピアスがあり、軟骨にも穴が空いている。黒いシャツに白衣。まるで研究者のような服装。見た目の美しさに反してやや薄気味悪い印象だ。
部屋に入るなり、ソファへと腰を下ろす。
「あぁん? なんだ、ブスじゃねーか」
続いて、赤髪の男がガラの悪い大きな態度でドカドカと足音を鳴らして入ってくる。ベッドに腰掛けると不機嫌そうに鼻を鳴らした。
ワイルドな長髪はまるでライオンのよう。妖しい吊り目がエマを一瞥する。上半身は胸元が大きく開いた軽装。下半身は腰回りがふくらんだ白いアラビアン風のパンツ。全体的にラフな服装だ。
突然に罵られエマは思わず言い返そうとするが、その後に入ってきた緑髪の男がすぐにそれを止めた。
「止めなさい。彼女はまだ状況を理解してません。それに、とても可愛らしいではないですか」
そう言って眼鏡の奥の瞳が柔らかく微笑み、エマの側へと歩み寄る。
猫っ毛の柔らかそうなやや長めの緑色の髪。上半身は、黒い長衣の上にゆったりとした外套を重ね、袖口や肩には金の刺繍が施されている。長く広がる袖と裾が優雅に揺れ、全体に漂う気品と静かな存在感を際立たせている。
柔和な人なのだろうが、かなりの長身ゆえ、若干の威圧感を感じ、エマは作り笑顔でそれに答える。彼は優しくエマの手を取ると一人掛けのアームチェアへ座らせる。紳士的だ。
「どうぞ」
「あ、ありがとうございます……」
それぞれ全員が、息を呑むほど美しい。しかし、それぞれが違う種類の美しさだ。ジェルドも黒髪の男が座るソファの後ろに静かに歩み寄る。
「彼女の名前はエマ。……エマ、彼がシリウス、あっちのベッドに座っているのがレオール、エマの横にいるのがセジュム。今すぐ全てを覚えなくていい」
黒髪がシリウス、赤髪がレオール、緑髪がセジュム。エマが心の中で何度か唱えるが、途中で頭を振る。名前なんて今はどうでもいい。
「あの……ここは……?」
セジュムが確かめるようにジェルドの方をソッと見たが、彼は優雅に微笑み、首を振った。少し呆れたようにセジュムが小さく息を吐く。
「失礼いたしました。エマ。ここはバファマ。神の子の庭です。そして、貴女は『黎明の女神』。神の核によって招かれました」
『神の核』とは、エマの胸に吸い込まれたあの光の欠片のことだろうか。
「で、でも……女神って、どういう……」
シリウスが長い前髪の隙間から、ジッとエマを見ながらにたりと笑う。
「君は新しい神様の伴侶になる」
「伴侶……?」
「新しい神様候補は『神の子』と呼ばれるこのオレら!」
声を張り上げレオールがベッドから立ち上がると、自分を含め『神の子』を順番に指さしながら、歩み寄る。セジュムを押しのけ、エマの座るアームチェアの肘掛けに腰を降ろした。
「てめぇはオレたちの内の一人と子を作る」
思わずレオールを見上げた。エマは耳を疑い、顔を強張らせた。聞き間違いでなければ、"子を作る"と言っていた。
「な、何言ってんの!?」
セジュムがゆっくりと、エマの目の前に膝をつくと、動揺に震えるエマの手を優しく握った。
「我々4人は、前世代の神の子と黎明の女神の間に生まれた子。神は永遠ではありません。永い時を経て世代交代が行われます。新たな神が必要となった時、バファマに黎明の女神が招かれます。黎明の女神であるエマには、我々4人のうち誰かと子を成していただきます。貴女を孕ませた神の子が新世代の神となります」
「子を成す」「孕む」これらの言葉はエマにとっては恋人ができて結婚したあとに現実ごととして自分に関係するものであって、酒に酔って光を追いかけて不思議な世界に来て聞く言葉では無い。
ジェルドが妖艶に微笑んだ。
「女神は我らに朝を与える。その代わり、我らは女神に……すべてを捧げる」
空気が、ぴたりと静まり返った。エマの鼓動が、耳の奥で鳴り響く。
「すべてって……」
シリウスが無感情な冷たい瞳でジッとエマを見据えた。
「僕たちの全部ってこと」
エマは、4人の顔を順番に見た。彫刻のように美しい。どれもが、触れたら壊れてしまいそうなほど完璧で、しかし、触れたいと思わせるほど危険な色香を放っている。
「あの、セジュムさん!」
「呼び捨てで構いませんよ」
「セ、セジュム。これって……もちろん拒否できる話ですよね。なんかあまりにも倫理観がおかしくて、受け止められないっていうか……」
『無理』。
そう言いかけたエマの手をセジュムが優しく握り直した。少し骨ばった大きな手に包まれ、エマの心拍が一瞬早まる。
セジュムは真っ直ぐにエマを見つめ、告げた。
「私は……新世代の神になりたいと思っています。
だから、どうか……私を、伴侶に選んでいただけませんか?」