エマは瞬きを繰り返した。まるでプロポーズだ。
目の前にいるセジュムの瞳は、必死だが柔らかく、訴えるその声は優しく誠実な人だということが伝わってくる。彼もまた端正な顔立ちで誰もが見惚れる美形だ。
エマに最後の彼氏がいたのは22歳の時だ。彼氏がいた時ですら、こんなトキメキは感じたことがない。当然だ。エマも相手も普通の会社員。お互い芸能人やインフルエンサーのような華美な見た目や自慢するような容姿は持ち合わせていない。このような見目麗しい男性から熱心に好意を持たれたことは生まれて1度もない。
「……それは、正直、嬉しい、かも」
思わず口から零れた言葉に、セジュムの瞳が大きく見開かれた。その顔に、一瞬だけ抑えきれない歓喜の色が浮かぶ。エマはセジュムの美しさに思わず流されそうになったことを自覚し、慌ててセジュムの手を離した。
「バーカ、調子のんな、ブス!」
レオールは舌打ちし、エマの頭を小突くと立ち上がり、赤い長髪を揺らして隣のソファへとどっかと腰を下ろす。
「僕は神になることに興味は無い。けど、早速新しいおもちゃを独占するのは行儀悪いよねぇ?」
シリウスはゆっくりとソファの背もたれに深く身体を預ける。彼の陰鬱めく瞳がセジュムを睨んだ。
「へぇ、俺よりセジュムの方がいい?」
ジェルドがシリウスの座るソファの背もたれに体重を預け、横目で彼女を眺める。低く甘い声と色気のある視線にエマの心臓は跳ねる。
セジュムはエマの困った表情を見て、間を置いた。
「……エマ、今すぐ決めなくていいんです。今までの黎明の女神だって時間をかけて互いの距離を縮めて伴侶となる相手を選んでいます」
でも……とセジュム。
「焦って私を選んでも後悔させませんよ」
エマは真っ赤な顔でチェアに座ったまま、四人の視線に囲まれて、ただドキドキと鼓動を鳴らすしかなかった。
口ごもっていると、レオールがソファから立ち上がり、忌々しそうに吐き捨てた。
「オレのことだけは選ぶなよ、ブス女」
まるでゴミを見るかのような視線に、エマは夢見心地な気分が一瞬で冷めてしまう。言われてみれば彫刻のような男性たちに比べればエマの顔はへのへのもへじ。釣り合うはずもない。
しかし、直ぐ様セジュムが冷たい声でレオールを止めた。
「レオ。その下品な口と態度をすぐに謝罪しなさい」
「おー? 偉そうだな、優等生。やるか〜?」
少し楽しそうに口端を上げ、腕を振り回すレオールに、シリウスはくだらないと言わんばかりに冷めた視線を向ける。
「説教が必要なようですね。こちらへ来なさい」
セジュムは額を抑え、レオールを追い立てて部屋を出て行った。ドアの外で二人の言い合う声が遠くなる。ジェルドがエマに優雅に笑いかけた。
「気にしないで、エマ。レオのあれは本心じゃない。許してあげてくれ。さて、まずは着替えだ」
ジェルドは、部屋のクローゼットを開いた。ワンピースやブラウス、スカートなど女性らしい色とりどりの衣類がびっしりとハンガーに掛かっている。
「好みの服を選ぶといい」
「あ、ありがとうございます……」
「食事の準備をしてくる。その間に、ゆっくり着替えてくれ。シリウスも。行こう」
そう言って、ジェルドもまた部屋を出ていった。静かになった部屋に、残されたのはエマとシリウスだけ。シリウスは相変わらずつまらなそうな表情でソファに座っている。
(シリウスも見た目は素敵だけど、ちょっと怪しげだし、気味悪さもあるんだよな……)
「あの……」
エマがシリウスに話しかけると、彼はスッとエマの方を見た。
「なに?」
「あ、確認なんですけど、これって夢ですよね」
彼は嘲笑めいた笑いを口の端に浮かべる。
「え? 君って夢の中で夢の中の住人に夢かどうか毎回確認してるの?」
「……してません」
「あっそ。夢じゃないよ。ヒヒ、残念だったね」
あまりいい性格では無さそうだ。苦手かもしれない、とエマは心の中で呟く。
夫婦になるなら、シリウスは無しかもしれない。ジェルドかセジュムが良いなどと思いながらエマはチェアから立ち上がる。
「あの、シリウスさん、着替えるから外に出てくれませんか?」
「あ、僕の名前覚えてる。見た目より優秀だね」
小馬鹿にされている。エマはムッとすると少し強い口調で言い返す。
「やっぱり出ていかなくていいです。元の世界に戻る方法を教えてください」
シリウスは立ち上がると、白衣の裾を翻した。
「この塔は見た目より広い。君が迷子になったら僕たちが探す羽目になる。その前に少し案内してあげるよ。ちゃんと付いてきたら教えてあげる。外で待ってるから早く着替えて、エマ」
そう言って部屋から出て行った。
この塔で暮らすつもりは無いし、もちろん、この神の子の誰かの子を孕むつもりも無い。しかし、彼は元の世界に戻る方法を知っているような口ぶりだった。彼についていけば何か教えてもらえるかもしれない。
エマはワンピースに着替え、部屋のドアを開けると、気だるそうに壁に凭れて座るシリウスが居た。
「遅い」
「……ごめんなさい」
「着いてきて」
シリウスに導かれて廊下を進み、階段を上る。歩く速度が早く、エマはシリウスの後ろを小走りで着いていく。しばらくすると、石畳は変わらないが、壁は装飾が少なく、質素な扉の前に到着した。
「覚えた?」
なにがだろう。
目を白黒させながらシリウスを見上げると、少し嬉しそうな瞳と目が合う。
「ここが僕の部屋」