黎明の女神   作:浮月 愁

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酩酊

ジェルドが談話室へ行こうと部屋を出ると、廊下から軽く酔いが回った様子のレオールが豪快に足音を鳴らしながら近寄ってきた。

 

「ジェルド! ちょうど良かった」

 

そう言いながら、レオールは筋肉質な太い腕をジェルドの肩に回した。その重さにジェルドは少しよろめく。上機嫌なレオールを不審に思いつつ、ジェルドはレオールに促されるまま、レオールの部屋に招かれた。

レオールの部屋は、ワイルドながらも趣がある。壁には幾何模様の布が飾られ、奥のベッドのさらに奥の薄布の向こうでは、壺に差されたミルラの煙が、銀色の蛇のように揺蕩って空へ昇っていく。そして、金と墨色の細い模様が描かれた絨毯の真ん中には、色とりどりのクッションが置かれ、その中にセジュムが背を向けて座っていた。

 

「セジュム?」

「な? 珍しいだろ? 見ろよ。酔ってんだよ、セジュムが」

 

レオールは愉しげにジェルドの背を叩き、部屋の中心へと押し出す。無造作に放り出されたいくつかの酒瓶が、絨毯の上で虚しく光を反射していた。

 

「セジュム、大丈夫か?」

「うん……?」

 

隣に腰を下ろすと、咽せるような酒の匂いが鼻を突いた。眼鏡の奥、普段は理知的な光を宿すその瞳は完全に焦点を失い、とろりと虚空を彷徨っている。常に節度を保ち、嗜む程度しか口にしないはずの彼が、ここまで無惨に酩酊している姿を、ジェルドは一度も見たことがなかった。

 

「一体どうした。何があった?」

「いや、晩餐室で一人、手当たり次第に煽ってたからな。見かねて拉致してきた」

 

レオールもドカッと近くへ座ると、自分の銀のコップに酒をなみなみと注ぐ。

 

「おら、ジェルドも」

 

空いたコップに酒を注ぐレオール。ジェルドは酩酊状態のセジュムが心配でならない。セジュムがおぼつかない手つきでコップに手を伸ばしたため、ジェルドはその手首を優しく制し、コップを取り上げた。

 

「止めておけ。もう飲むな」

「ん……?」

 

セジュムは力なく身体を揺らすと、身近なクッションを恋しそうに抱き寄せ、背中を丸めた。そのままクッションの柔らかな生地に顔を埋め、掠れた声を漏らす。

 

「エマに……」

「エマに?」

 

ニヤリと下卑た笑みを浮かべたレオールが、銀コップの酒を一気に喉へ流し込んだ。ジェルドもまた、すべてを察したように深く、重々しく頷く。

 

「エマにフラれたんだな」

「エマにフラれたんだな」

 

レオールとジェルドは声をハモらせる。ジェルドは慈悲に満ちた表情で、セジュムの肩をそっと撫でた。

 

「心配は要らない。エマのことは俺に任せろ。セジュムは……酒を飲め」

 

そう言って、ジェルドは先程取り上げた銀コップに更になみなみと酒を注ぎ、セジュムに手渡す。

 

「零すなよ」

 

セジュムは素直に頷いて酒を飲みながら小さな声で言う。

 

「……私の心が狭すぎたのです。受け止めてあげるべきでした……」

「あー、それはおめーが悪い。知らねーけど」

「俺も飲もう」

 

ニヤニヤと笑うレオールは酒を飲み、嬉しそうなジェルドもセジュムが力なく持つコップに自分のコップの縁をカチンとぶつけた。

 

「……そもそもエマを怖がらせた私が悪いんです」

 

自嘲気味な呟きに、レオールがすかさず身を乗り出す。

 

「おいおい……怖がらせたって……エマに何したんだよ」

「……首を」

 

セジュムは酒の入ったコップを床に置くと、不意に隣にいたジェルドの側頭部を両手で掴んだ。鋼のような力に頭を固定され、ジェルドが驚愕に目を見開く。

 

「……こう」

 

セジュムはソッとジェルドの首に手を当てる。大きな手がジェルドの太い首に触れ、手のひらの熱が直に皮膚に伝わる。ジェルドは驚いて後退りした。

 

「くびっ、くびを絞めたのか!?」

「あー……」

 

男として何かを深く理解したように頷くレオールは、勢いよく酒を飲み干すとセジュムに指をさす。

 

「わかる」

「わかる!? 何がわかったんだ、レオール!」

「締めると、締まるよな」

「どういう意味だ、レオール!」

 

ジェルドの困惑を余所に、セジュムは力なく、ジェルドの逞しい肩に頭を預けた。そして、消え入るような吐息とともに、心の奥底を吐露した。

 

「本当に……好きだったんだ……」

 

ジェルドとレオールは顔を見合わす。2人は言葉を交わすことなく立ち上がり、まもなく意識を落とすであろうセジュムを抱えベッドに運ぶ。背が高く、重厚の衣服も合わさり、成人男性2人でも抱えるのは容易ではない。

ベッドにセジュムを寝かす。レオールとジェルドはベッドから降りようとしたのだが、セジュムがレオールのシャツの裾を掴み引っ張った。思わず身体を引かれ、レオールはセジュムに振り返る。

 

「……ん?」

 

口を動かしてはいるものの何を言っているのかはわからない。やれやれ、といった表情でレオールが口元に耳を近づけると、やっとその言葉を聞く。

 

「レオ? どうした?」

 

レオールがやけに真面目な表情を見せたため、ジェルドがセジュムの方へ近寄るが、レオールはその胸を押し返してジェルドをセジュムから引き離す。

 

「まあまあ。まだいいだろ。2人で飲むぞ。話したいことがある」

 

その言葉に訝しげに眉を顰めつつジェルドは頷く。

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