黎明の女神   作:浮月 愁

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黎明の女神 38話 ナカ1

遊戯室の濃い薄闇の中、セジュムの荒い吐息がようやく穏やかなリズムへと落ち着いていった。

シーツの代わりとしてエマの火照った肌を覆うのは、セジュムが脱ぎ捨てた上質な外套だ。厚手の布地からは、彼の香りが立ち上っている。

エマはソファの上で脚を抱えて座り、重くなった頭を膝に預けた。小さく吐き出した吐息には、心地よい疲労感が混じっている。

 

セジュムはエマを背にするように立ち、乱れた長衣の襟を整えた。指先で帯をきつく締め上げると、ゆっくりと振り返る。その瞳は、先ほどまでの激しい情熱を嘘のように鎮め、どこまでも深く、慈しむように澄んでいた。

 

「エマ……」

 

彼は再びエマの隣に腰を下ろすと、吸い寄せられるようにその身体を抱き寄せた。肩ごしに伝わる彼の胸の鼓動は、まだ僅かに速い。

 

「少し狭かったですね。身体に障る場所はありませんか?」

「……ありがとう、大丈夫」

 

気遣う言葉に、エマは溶けるような幸福感を味わいながらも、ふと胸にわだかまっていた疑問に唇を噛んだ。

 

「セジュム……」

「はい」

「あの……」

 

言い出そうとして、言葉が喉に張り付く。エマは金魚のように、ただ無力に口を小さく開閉させた。

 

「……何でしょうか?」

 

低く、甘く、鼓膜を震わせるような声音。セジュムはそれを、更なる愛撫を求める合図だとでも勘違いしたのか、耳裏にキスを落とす。

 

「ん、違うよ……あの、なんで……『ナカ』に出さなかったの?」

「え……」

 

黎明の女神を孕ませ、新しい神の子を産ませることこそが、神の子の絶対的な役割であるはずだ。だがセジュムは、あれほど激しく求めておきながら、一度としてエマの胎内に種を残そうとはしなかった。エマは、全てを捧げる覚悟でいたのに。

 

「あ……」

「ナカに出してよ」

「ちょっ……そんな、はっきりと……」

 

セジュムは一瞬にして耳の付け根まで朱に染めると、泳ぐような視線で空中を見つめ、気まずそうに髪を掻き上げた。

 

「エマ……その話は、また改めて」

 

逃げるように困った顔をする彼に、エマは釈然としない思いを抱えながらも、今はそれ以上の追求を飲み込むしかなかった。

 

それからというもの、意外にもセジュムは公共の場で必要以上にエマと親密に振る舞うことはなかった。独占欲の強い彼のことだ、他の神の子を露骨に牽制するのではないかとエマは危惧していたが、事実は違った。

互いの心が完全に通じ合ったという揺るぎない確信。そして、なるべく視界の届く範囲にエマを置き、その所在を把握できているという状況そのものが、彼に以前よりも穏やかな余裕を与えていた。

 

場所は変わり、セジュムの私室。

事後の甘く温い空気が部屋を支配している。セジュムは横たわるエマにふわりとシーツを被せると、まだ乱れた肩の呼吸を整えながら、天蓋の幕を静かに引いた。窓から差し込むバファマの明るい光が、絡み合った二人の名残を容赦なく照らし出す。

 

セジュムは眩しそうに目を細めて眼鏡を掛けると、そのシーツの中へと滑り込み、背後からエマの腰を引き寄せた。

 

「……このあと、一緒にシャワーを浴びますか?」

 

耳元で囁かれる少し気だるげな声。けれど、エマからの返答はない。彼女は寝返りを打ってセジュムの方へ向き直ると、情事の熱で潤んだ瞳で彼を見上げた。

 

「……セジュムは、神になりたいんじゃないの?」

 

遊戯室で初めて一つになって以来、幾度となく肌を重ねてきた。そのたびに、セジュムは周到なまでに、エマを孕ませようとする行為を避けている。エマの問いかけに、セジュムは即座に意図を察したが、遊戯室の時と同じように言葉を濁すだけだった。

 

エマの胸に、じわりと不安の霧が立ち込める。彼は初めから「神になりたい」と渇望していたはずだ。その権利を今まさに掌中に収めているというのに、避妊を続ける理由が分からない。

信じたいが、まさか、セジュムはシリウスの「実験」を完遂させるために、あえて自分を孕ませず、この塔に留まる時間を引き延ばしているのではないか。疑念は重く、深く、エマの心に影を落とした。

 

「あ……エマ、この話はまた改めて……」

「ダメ! また……不安になる。今教えて」

 

必死なエマの表情を見て、セジュムは躊躇いに一瞬息を呑むが、はっきりと端的に伝えた。

 

「……まだ、誰からも聞いていないのですか?」

 

その言葉は、無慈悲なバファマの理だった。

 

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