黎明の女神   作:浮月 愁

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黎明の女神 46話 懺悔

シリウスの研究室。彼の告白を聴き終えたセジュムは、複雑な葛藤を湛えた表情で俯いた。今の神の子たちの中で、シリウスとは最も付き合いが長い。彼の本質を理解しているつもりでいたが、実際には何も見えていなかった自分に、底知れぬ失望を覚える。

同時に、エマの覚悟——自分との未来を繋ぎ止めるために恐怖の対象であったシリウスに協力するという彼女の献身を知り、胸の奥が熱く焼かれるようだった。

……しかし。

 

「……シリウス。ですが、私は……」

「あー……」

 

シリウスは遮るように軽く手を振り、セジュムの言葉を霧散させた。

 

「僕は君と長くこのバファマにいる。君が次に何を吐き出そうとしているか、分かりきっているよ。でも、それは僕に言わないで」

 

シリウスは背を向け、無機質なモニターに電源を入れた。その背中は、もうこれ以上語るべき言葉はないという冷ややかな拒絶を示している。

だが、セジュムは引かなかった。シリウスの背中に向かって、沈痛な声を絞り出す。

 

「……分かりました。真実を語ってくれたことには感謝します。貴方を極端に疑っていた非も認めます。……ですが、貴方がエマを犯し、蹂躙した。その事実だけは、どうしても許しがたく、看過できない」

 

セジュムはチェアを回し、シリウスの顔を正面から射抜いた。

 

「棘が刺さったままなのです。今の話を聞いたとて、到底、安心して彼女を預けておくなどできない。……なぜ、あそこまで彼女を傷つけたのですか?」

 

シリウスはしばらく無表情のままセジュムと対峙していたが、やがてその顔にどす黒い不機嫌さを滲み出した。

 

「……何、寝ぼけたことを言ってんの。先に彼女を傷つけたのは、君だろう? 僕だってエマの首筋のキスマークなんて見なけりゃ、彼女に強制避妊薬なんて渡すつもり無かった」

 

セジュムは息を呑んだ。

「こんな残酷なこと、僕に言わせないで」とシリウスは淡々と続けた。エマの首筋に刻まれていた、生々しい痕。それを最初に見たときは、主が誰かはわからなかったという。しかし、その後、セジュムがエマに対して見せていた不自然な負い目、そしてエマが彼を気遣い、もしくは下手に出ている歪な均衡を見て、すべてを理解したのだと。

 

「恐らく、君が強引に彼女を襲ったんだろう。あのままでは、彼女が望まず孕む可能性があった。早急に強制避妊薬を渡したかったが、あいにく彼女に薬効が認められるか最終確認が済んでいない」

 

万が一、薬が機能しなかった場合の責任は、調合した本人が取るべきだ。それが僕なりの覚悟だ。だから、仕方なしに抱いてやったまでだ——シリウスは、そう言い切った。

 

絶句し、言葉を失うセジュムに、シリウスは容赦なく追い打ちをかける。

 

「彼女、僕に抱かれるのを拒んでいたからね。だから、催淫剤まで使って、求められるまで挿れるの待って……ちゃんと何回もイ――」

「やめてください」

 

想像に耐えない。声が、情けなく震える。

エマが暴行を受けた原因が、少なからず自分自身の暴挙にあったとは。視界がグラグラと歪み、焦点が合わない。天地が逆転し、渦を巻く泥に沈んでいく感覚。乾ききった喉の奥から、辛うじて空気が通る異音がヒューヒューと漏れた。

 

シリウスのしたことは、断じて間違っている。

そう糾弾したかった。しかし、それは彼がかつてアイコから受けてきた暴力の連鎖であり、彼なりの「歪んだ愛」の形でもある。理解などしてもらえないだろう。

そして何より、独占欲に駆られてエマをベッドに押し倒し、所有の痕跡を刻みつけた自分に、彼を責める資格がどこにあるというのか。

 

「……大丈夫? 今にも死にそうな顔をしているけど」

 

シリウスの低く冷めた声に、ハッと我に返った。掌にべっとりと嫌な汗が滲む。セジュムは弾かれたように立ち上がった。

 

「……エマは、いつ戻りますか」

「2時間後」

 

シリウスの短い答えを背に、セジュムは幽霊のような足取りで自室へと戻った。

 

時間の感覚が、完全に麻痺していた。

 

自室に戻ってから数分程度にしか感じられなかったが、不意にエマの帰還を告げるノックが響いた。

ドアを開けると、そこにはいつもの天真爛漫な笑顔があった。しかし、彼女はセジュムの顔を覗き込むなり、瞬時に表情を曇らせた。

 

「顔、真っ青だよ……! セジュム、どうしたの?」

 

エマは狼狽えるセジュムの手を引き、ベッドへと座らせた。テキパキと彼の外套を脱がせ、眼鏡を外してやる。

 

「横になって。少し休もう?」

 

エマは彼の肩を優しく押し、寝かせようとした。だが、セジュムは耐えかねたように彼女の薄い背中に腕を回し、その胸に顔を埋めた。

エマは一瞬、意表を突かれたように目を見開いたが、すぐに慈しむような声を上げて彼を抱き返した。

 

「ふふっ。もしかして、戻りが遅くて心配してたの? ……可愛い」

 

エマはセジュムの頭を撫で、自らの顎を擦り付ける。その無垢な優しさに、セジュムは罪悪感で押し潰されそうだった。エマの体温に触れていなければ、自分という輪郭を保っていられない。

 

背後から、もう一人の自分にこめかみに冷たい銃口を突きつけられているような、そんな幻覚に襲われる。

 

——お前を、決して許さない。

——お前には、彼女を愛する資格などない。

 

そんな、自分自身の呪詛が耳の奥で木霊する。

 

エマの指先がうなじを愛撫し、そのまま襟元から滑り込んで、直に背中の肌に触れた。頭上から、少し甘えた柔らかな声が降ってくる。

 

「……キスして、セジュム」

 

あの日、エマが実験に協力すると宣言して以来、セジュムは彼女へのキスを、それ以上の行為を、頑なに避けてきた。彼女の中にシリウスの影が差しているうちは、そんな気になれなかったから。

だが、真実を知った今は——別の理由で、彼女の清廉な唇に触れることができなかった。

彼女を間接的に苦しめたのは、自分のこの唇なのだから。

 

セジュムは彼女の胸の中で、小さく首を横に振った。エマは大きく息を吸い込むと、セジュムの頭をペシペシと軽く叩いた。

 

「もー! 頑固!」

「……ごめんなさい、エマ」

「本当にだよ! せっかくいい雰囲気だったのにー」

「……ごめんなさい。ごめんなさい、エマ」

 

切実で、掠れたセジュムの声に、エマは一瞬だけ違和感を覚えて手を止めた。だが、彼女はすぐに鼻を鳴らして笑うと、慈母のような抱擁でもう一度セジュムの頭を抱きしめるのだった。

 

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