黎明の女神   作:浮月 愁

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晩餐室

エマはホッとしてジェルドに駆け寄る。その姿を見て急に目から光が消えたようなシリウスはスッと顔を背けた。

 

「僕は要らない」

「シリウスの分も用意してある」

「要らない」

 

シリウスはそういうと大きなチェアに腰掛け、背を向けた。ジェルドとエマは目配せすると、シリウスの部屋から出た。

 

「シリウスさん、お腹空かないのかな」

「ああ……」

 

ジェルドは優しくエマの手を取る。先程のシリウスとの張り詰めた空気を忘れさせるような、優雅で甘い匂いが鼻腔をくすぐる。

 

「バファマは時が止まった世界なんだ。空腹になることはない。食事はただの娯楽、コミュニケーションの一つだ」

「へぇ」

「シリウスのことは気にしなくていい。ああいうやつなんだ」

 

先ほど研究室で聞いた話は真実なのだろうか。ジェルドに手を引かれ、エマは再び塔の内部を歩いていたが、ふと立ち止まった。

 

「どうした?」

「あの……なんか、怖くて。私、元の世界に帰られないんですか」

 

ジェルドはエマに向き合うと優しく両手を包み込んだ。

 

「急なことで驚いているのはわかる。俺達はエマとの関係を急いだり、強引なことはしない。怖がらなくていい。君が望むなら、ゆっくりでいい。君の覚悟を待つよ」

 

青い宝石のような瞳がエマを見つめる。低い声で囁かれ、エマは頬が熱くなるのを感じた。大きくて温かな両手はエマの恐怖心を解いていく。

強い感染力を持った菌のようだ。早くこの美しい顔と色気に免疫を付けなければいけない。

 

「……は、はい」

 

思わず返事をしてしまった。ジェルドは柔らかく微笑むと、また、歩き始めた。

今度の部屋は、大きな窓ガラスに囲まれ、バファマの温かで明るい光が差し込まれた明るい広間だ。白い大理石の壁には青や金色の螺鈿細工が施され、中央には巨大な食卓が置かれていた。晩餐室。

食卓には、見たこともない色鮮やかな料理が並んでいる。水晶のように透き通ったスープ、薔薇の形のパン、虹色に輝く果実。

 

「わあ」

 

エマが驚いて声を上げると、キッチンからワイン瓶を持ったセジュムが現れる。

 

「エマ。どうぞ、お好きなお席へ」

「おー、シリウスはこねーのか?」

 

その後ろからレオールがワインクーラーバケットを持って顔を出す。ジェルドは静かに微笑み、エマを自分の右隣の席へと誘導した。

 

「俺の隣へ」

 

セジュムとレオールも着席する。

 

「……全部、夢みたいに綺麗」

 

エマが目を輝かせると、ジェルドはすぐに、見た目からは味が想像できない小さな魚のソテーを、エマの皿に手際よく取り分けた。

 

「まずはこれを。ゆっくり食べるといい」

 

献身的なジェルドの気配りに、エマは頬を緩ませる。

 

「ありがとうございます、ジェルドさん」

「ジェルドでいい。敬語も不要だ」

「ジェルド……いただきます」

 

一口食べて、ホッと安心する。口に合う。美味しい。確かに何かが胃に入ったきた感覚もないが極上の料理はなるほど"味覚"という娯楽として機能することに納得できる。

 

「美味しい……ジェルドが作ったの?」

「いや、料理は全て使いの者が作ってくれる。俺は盛り付けただけ」

「使いの者?」

 

セジュムがエマのグラスにワインを注ぐ。

 

「たまに来て身の回りのものを補充したり、清掃したり、色々世話を焼いてくれます。エマも何か必要なものがあれば彼らに言い付けてください」

 

レオールも別のワインを開けると手酌で自分のワイングラスになみなみとワインを注ぐ。

 

「あいつらいきなり来て、いつの間にか居なくなるからなー」

「レオは粗暴なので嫌われてるんです」

「あぁ!? 嫌われてねぇよ!」

 

レオールは吐き捨てるようにそう言い、不機嫌そうにワインを勢いよく飲み干す。大きな手でその繊細なワイングラスを握り割ってしまうのではないかとエマはハラハラしながら見ていた。すると、据わったレオールの吊り目とエマの目が合う。

 

「何見てんだよ」

「いや、べつに」

 

と、エマはワインに口を付ける。普段あまりワインは口にしないのだが、クセの無いフルーティな飲みやすいワインだった。料理の邪魔をしない味わいだ。グイグイと飲んでしまう。ジェルドはエマの空になった皿に、新しい料理を乗せてやる。

 

「あまり飲み過ぎないように」

「んっ」

「バファマでは飲みすぎても病気になったりしないが、しっかり酔いは回る」

 

ワインから口を離すと、ジェルドは少し笑いを含んだ声でまたグラスにワインを注ぐ。

 

「でも、まあ、俺が介抱するから、安心して飲めばいい」

 

ジェルドの深く、包容力のある言葉に、エマの心は満たされた。彼の青い瞳は、まるで凪いた海のように穏やかで、エマの不安を全て飲み込んでしまいそうだった。

 

 

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