黎明の女神   作:浮月 愁

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黎明の女神 59話 First End

景色が激しくブレた。

ザッ、ザッ、というノイズのような音が走り、薄暗い公園の風景が、黄金色の光に照らされた白いシーツの風景へと上書きされていく。

 

「破廉恥なやつだ。その手を離せ」

「ヒヒッ……どうせ覚えていない。『せん妄』だ。よくある」

「おい、てめー、触りすぎだろ!」

 

聞き慣れた罵り合いの声に、意識が鮮明に引き戻されていく。

鼻を突く消毒液の匂い。白衣の男に抱きかかえられている。その横には赤毛の逞しい男が白衣を引っ張り、銀髪の天使のような男は憤慨した様子で白衣の男を見下ろしている。

そしてその奥には――見たこともない、鮮やかなオレンジ色の髪をした男の姿があった。

 

「バ……ファマ」

「君たちが煩いから、エマが気がついてしまっただろ」

「オレたちのせいにすんじゃねーよ、こら」

 

シリウス。レオール。ジェルド。

濡れた頬を拭って、エマは目を見開いた。

バファマだ。ここは、あの塔の中だ。

 

「バファマだ……っ、私、バファマにいる……!!」

 

胸の奥に爆発的な安堵が広がり、エマは反射的に目の前のシリウスにしがみついて慟哭した。

 

神の子もそれぞれホッとした様子でお互い顔を見合わせ、ベッドの上のエマを囲んだ。

 

「シリウスから話は全て聞いた。エマ、君はよく頑張った。相当の覚悟だっただろう」

 

ジェルドがエマの頭を撫でる。優しく大きな手に撫でられエマの心が静かに安らいだ。鼻を啜り、シリウスにしがみついたまま、こっそりと彼の白衣で涙を拭う。

耳元からシリウスの深い吐息が聞こえたかと思うと、彼はエマの肩に頭をもたれさせた。

 

「……どんな夢見てたか知らないけど……あー……興奮してきた……」

「変態め」

 

ジェルドが軽蔑しながらピシャリとシリウスに言い放つ。

「仕方ねぇな」と苦笑いでレオールがエマとシリウスを丁寧に引き剥がすと、優しく彼女を抱き寄せ、その頭をポンポンと叩いた。レオールもエマの温かさに安心したのか、軽い笑みを零す。

 

「怖い夢見たのか? 可愛いやつだな」

 

レオールの逞しい胸板に頭を預けると、彼の声が聞こえた。

 

『レオ! エマから離れなさい!』

 

エマは思わずレオールから身体を離し、周りを見渡す。

 

「え……セジュムいるの? ……今声聞こえた」

 

エマのその言葉に神の子3人は、言葉を失った。

シリウスが口を開きかけたその時、視界の端でベッドの縁に腰を下ろしているオレンジ色の髪の青年が、小さく笑い声を漏らした。

 

「セジュムは神になったよ! 天界へ行ったんだ!」

 

溌剌とした明るい声。

マット素材でクロップド丈の短いトップスから鍛えられた腹筋のラインがちらりと見えている。ボトムは腰位置の低いブラックパンツ。骨盤に引っかけるように履かれていて、バファマの光に反射してベルトのバックルがちかりと光った。

悪戯っぽいやんちゃな瞳がジッとエマを捉えていた。

 

「……テンカ?」

「ご名答! 初めまして、エマちゃん。俺、テンカ。……え、なんで俺の名前知ってるの?」

 

彼の声は風見台で聞いた神の核の声と全く同じだった。

なるほど。神の子は光の粒子から成形されると言われたが、成人した完成された姿で生まれるのだ。そして、神の核の存在だった記憶は失われるのだろう。

エマはテンカをまじまじと眺めた。彼もやはり美しく整った顔立ちだ。

エマにもセジュムにも似てない顔。だが、間違いなく彼はエマとずっと一緒に居て、エマから生まれ出たのだろう。

 

呆然としているように見えるエマに、シリウスが静かに話しかける。

 

「……セジュムは天界に昇り、神になった。そして、エマの身体から神の核は無くなり、黎明の女神からただの女になった。実験は――」

 

『成功しました』

 

シリウスの声に重なるように、またセジュムの声が聞こえた。テンカの横にセジュムが立ち、腕を広げこちらを見て微笑んでいるような気がする。

 

『よく頑張りましたね。たくさん甘えていいですよ』

 

そんな言葉をエマに投げかけるのだろう。そして、温かな広い胸に飛びつくと、彼の懐から甘いムスクの香りがする。

 

エマが一つ瞬きをすると、セジュムの幻影は消え、そこはただ温かなバファマの光が静かに差し込んでいた。

 

彼の、セジュムの言った言葉は真実だった。

セジュムが目の前に居なくても、声が聞こえ、姿が分かる。身体は離れても、互いの形は刻み込んだ。これが『永遠に一緒』の形なのだ。

 

喉の奥が震え、視界が歪む。

ふいに感じるセジュムの欠片に、「もう触れられないのだ」という実感が津波のように胸に押し寄せる。覚悟はしていた。しかし……

 

会いたい

 

そう口に出しそうになった瞬間、テンカの目が真っ直ぐにエマを見抜いていた。

風見台で聞いたテンカの言葉が蘇る。

 

『エマちゃん。君は誰を照らしたい?』

 

ハッと息を呑む。

 

(私は最も愛する男を照らすことができたんだ)

 

自ら選んだ選択。黎明の女神としての役割を果たし、彼を忘れることなく、彼との思い出を抱いたまま、こうしてバファマで目を覚ますことが出来た。

 

見渡すと、ジェルド、レオール、シリウスの3人がエマを温かな眼差しで包むように見守っていた。

 

ここまで共に歩んできた彼らにもまた、未来を見せ、照らすことが出来た。

 

『永遠に……貴女を愛しています』

 

目を瞑る前に聞いた最後のセジュムの言葉が、空っぽの容器を満たすように心を埋めていく。

 

(私も……永遠に――)

 

エマは滲んだ涙を拭うと神の子4人に向き合った。

 

 

こうして、この停滞したバファマの地に初めて新しい風が吹いた。

 

 

ここは、バファマ。

 

琥珀色の光が揺蕩う、黄昏の世界。

 

希望と絶望が紙一重で隣り合う世界。

 

それは表と裏、白と黒。背中合わせの二つの真実。

けれど。

貴女が選び取った道によって、その世界の色は、どこまでも鮮やかに塗り替えられていく。

 

――さあ、貴女は、誰を照らしたい?

 

(完)

 




こちら、サブタイトルが「First End」。
エマの物語はここで終わらないだろうねという
閉じ方をしています。

最終話は貴方にとってハッピーエンドでしたか?
それとも、バッドエンドでしたか?

どうぞその先は貴方が照らしてください。

最終話まで読んでいただきありがとうございました。
またどこかで。
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