美味しいお酒と料理を食べる時間は初対面のこの男たちを前に十分緊張を和らげる効果があった。あまり深く考えていなかったが、もしかしたらこれは『歓迎会』ということなのかもしれない。
「……つまり、全員、前世代の別々の女神から産まれていて、一番直近の女神から産まれたのが……」
「俺」
ジェルドが優雅に自身の胸に手を当て、エマに微笑みかける。セジュムが両肘を付き、顎の下で手を組みながらエマに説明する。
「その前が、レオール、次に私、一番昔の女神から産まれているのがシリウスです。今いる神の子は4世代分の黎明の女神から産まれています」
エマはてっきり4人とも同じ黎明の女神から産まれた兄弟だと思っていたので、意外だった。しかし、あのマッドサイエンティストみたいな神の子が一番の古株なのかと思うと納得だった。あんな不気味な男、好んで伴侶にしたい女がいるのだろうか。
エマは葡萄のような見た目のフルーツをつまんでいた。すると……
「そろそろだな」
「そろそろですね」
レオールがガクンとテーブルに突っ伏した。持っていたグラスが傾き、中の赤ワインがテーブルに広がる。すぐさまセジュムがレオールの手からワイングラスを取り上げる。
「レオール?」
ジェルドが声をかける。レオールは顔を上げ、焦点の定まらない目でセジュムを睨みつけた。
「……オレはもう眠いぞ。……ここで寝るぞ、いいのか」
「ダメです」
セジュムは冷静に立ち上がると、レオールを担ぎ上げようとする。
「失礼しました、エマ。私が彼を部屋へ運びます」
「手伝おうか、セジュム」
ジェルドが立ち上がろうとする。エマも何か手伝えることがあるかと立ち上がってはみたものの、身体の大きな自立できない男性に対して恐らく一つも力になることはないだろう。無駄に立ち上がってしまい引っ込みが付かなくなったエマのその表情を見て、ジェルドは微笑んでエマの肩を抑えて座らせる。セジュムもそれに対して微笑ましい顔で首を振る。
「二人ともありがとうございます。酔い潰れたレオールを、エマの前でこれ以上晒すわけにはいきません。私に任せてください」
セジュムはレオールを半ば引きずるようにして晩餐室を出て行った。やがて部屋には、エマとジェルドだけが残された。
「さて、と」
ジェルドは、零れたワインをゆっくりと拭き取りながら、使われた食器を静かに片付け始めた。
「あ、私も手伝うね」
エマも席を立ち、ジェルドの隣へ寄った。彼の体から漂う、甘く誘うような香りが、エマの酔いをさらに加速させる。
「ありがとう。でも、君は座っていてくれてもいいんだ」
ジェルドはそう言いながら、片付けに集中している。彼は両手に複数の皿を抱えており、肩からかけられた布の胸元が片付けの動作でわずかに開き、鍛え上げられた肉体がエマの視界に入る。
(こんなに、近くで……)
彼の完璧な肉体に目が釘付けになる。ふとジェルドの顔を見上げると、彼もまたやや酔っているのか目端がほんのりと赤く色づいている。なんとも色っぽく、エマの鼓動が早くなる。エマもワインを数杯飲んでおり、いつもより思考が大胆になっていた。
「あの……ジェルド。筋肉、触らせてもらってもいい?」
ジェルドは、皿を集めていた手をぴたりと止め、一瞬目を丸くした。すぐに、艶っぽい笑みを浮かべる。
「あ……ダメならいいんだけど」
「まさか、君からそんなことを言われるとは。……いいよ、触ってみるかい?」
ジェルドは皿を持ちながら二の腕辺りをエマに差し出す。
しかし、エマは躊躇なく、ジェルドの脇腹に手を伸ばした。彼の肌は、大理石のように滑らかで冷たい印象だったが、触れるとすぐに体温を感じる。指先に力を込めて、腹筋の硬さを確かめるように優しく、下から上へと撫でる。
「えっ!」
ジェルドの全身が、ピクリと震えた。両手に皿を抱えているため、彼は抵抗できない。エマは躊躇なく、ジェルドの脇腹を腹筋のラインに沿って、指の腹でゆっくりと、そして、くすぐるように撫で上げた。
「……っ!?」
ジェルドの喉から、抑えきれないような、小さなうめき声が漏れた。彼の抱える皿がガチャと鳴り、今にも落としそうになる。その顔はみるみるうちに朱に染まり、青い瞳は熱を帯びて揺れていた。
「すごい硬い……」
「く、くすぐったい! エマ、やめるんだ……皿を落とすだろう!」
ジェルドは息が上がり、肩で浅く呼吸をする。その無防備な姿に、エマは面白さを隠せず、ふたたび彼の腹筋を狙うように触れた。
「シックスパック……初めて触った……」
ジェルドは観念したように、抱えていた皿を静かにテーブルに置いた。皿を置くと、彼はすぐにエマの手首を掴み、自分の脇腹から引き離した。
「エマ」
強い制止の意図で彼はそう言ったのだが、エマは一瞬怒られたのかと思い、顔を上げる。ジェルドは小さく息を吐くと、エマの手首を引き上げ、自分の身に引き寄せる。
「仕返しだ」
次の瞬間、ジェルドはエマの首筋に、指先で触れ、くすぐりあげる。
「ひゃっ! や、やめて……だめっ!」
予想外の場所をくすぐられ、エマの体は大きく跳ね、嬌声を上げる。首を竦めると次は脇腹へ。指先を這わせられるとゾワゾワしたものが込み上げる。
「んっ……ジェルド! ごめんごめん、もう終わりっ! 」
そして、ふいに。
ジェルドがもう片方のエマの手首を取り、二人はピタリと動きを止め、目を見合わせた。
ジェルドの青い瞳は、酔いと羞恥心の名残で、まだ熱を帯びている。その瞳の中にはっきりとエマに対する欲情のようなものが見える。
「ジェ、ジェルド……」
「……っ」
ジェルドはハッとすると先に視線を逸らし、小さく咳払いをした。エマもまた、テーブルの上の皿へと目を移す。
(キスされるかと思った)
エマの心臓は強く乱打し、アルコールの回った身体がますます熱くなる。
ジェルドはまた食器を持ち上げ片付けを始めた。
「少し遊びすぎた。……さあ、片付けよう」
その声は少し上ずっており、緊張しているのかいつもとは少し違う。見た目の色気とは裏腹な、ジェルドの子供っぽい弱点と、それを知ったことで生まれた親密な空気。
エマは、このバファマで誰かに心からの恋愛感情を抱くかはまだ未知だと思っていた。そもそも、この男たちに比べ、特別美しい容姿ではない。恋愛感情を抱いてしまうことなどおこがましい。そう思っていた。
しかし、今のやり取りで感じた『人間らしい反応』。彼らは神の子だけど、中身は手が届かない存在ではない。エマはジェルドに感じた親近感に少しだけ、心を動かされていることを自覚し、頬を熱くするのであった。