混浴での一件以来、レオールのエマへの接し方が目に見えて変わった。晩餐室や談話室で顔を会わすなり、必ずレオールからエマに話しかけ、冗談などを言い合い笑いあっている。廊下で会えば立ち止まり、ドアを開けてやるなど、女性として丁寧に扱うようになったのだ。荒々しい態度の裏に隠されていた、彼の不器用な優しさが顔を出し始めていた。
この変化は、セジュムの疑念を呼んだ。
ある日セジュムは、塔の庭で一人でボールを蹴って遊んでいるレオールに声をかけた。
「レオ。……最近、やたらとエマに優しくないですか?」
「ああ? 気のせいだろ」
レオールはリフティングしながら、いつもの挑発的な態度で返す。全く話を聞く態度ではなく、セジュムは苛立ちを抑えながら、レオールからボールを奪うと正面から見据えた。
「まさか……エマとの間に、何かあったのですか?」
「『まさか』?」
レオールはセジュムに手のひらを見せ、悪びれる様子もなく、ニヤリと嘲笑するように口角を上げた。
「黎明の女神と何かするのに、『まさか』なんてことねーよ。あいつに何をしようとされようとオレたちゃ、フェアだ。大体、エマに暴言を吐くな。優しく接しろって説教かましたのはセジュム、おめーだろ」
そう言ってセジュムからボールを奪い返す。
「ハッキリ言えよ。オレが神候補から外れて安心してたのに手のひら返されて焦ってんだろ?」
図星を突かれてセジュムは黙る。
「……そんなにエマを自分のモノにしたいなら無理やりヤれば?……オレみたく」
「レオ!」
セジュムは思わずレオールの胸ぐらを掴みあげる。
いつも穏やかなセジュムの眼鏡の奥の瞳に激しい怒りが映っている。
確かに神の選出のシステムだけいうとレオールの言う通りなのだ。男女という圧倒的な力差。子を成すだけなら男側で主導権を握ろうと思えばいつでもできる。だが、黎明の女神は神の子を産む神聖な存在だ。乱暴は許されない。
ニヤとレオールの口元が歪む。
「嘘。んなわけねーだろ、セジュム」
『嘘』。その言葉に胸ぐらを掴んだセジュムの手の力が少し抜ける。レオールの悪い癖だ。相手が感情的になればなるほど面白がる。そんなレオールにいつも調子を狂わされる。冷静にならなければならない。セジュムは胸ぐらを掴んだままレオールを見据える。レオールは迫るようなセジュムからの視線に観念したのか、エマとの距離が縮まった理由を話す。
「……まあ、一緒に風呂に入っただけだ」
「風呂……?」
あっけらかんと放つレオールの言葉。
だが、セジュムは、レオールがエマの身体の全てを見たことを示す言葉に、理性を失いそうになるほどのショックを受けた。
「風呂……風呂って……」
その時、庭の向こうから、エマが歩いてきた。エマは二人を見つけると、驚いて駆け寄る。
「ちょ、なに! ケンカ!?」
セジュムが手を緩めると、レオールは舌を出しながらセジュムの耳元で囁く。
「何想像してんだよ、スケベ」
レオールは、伸びたシャツの胸元をパンパンと引き伸ばし、先ほどまでの挑発的な目つきを一変させ、エマに優しく微笑みかけた。
「エマ。どうした、オレに何か用か?」
レオールの一言は、セジュムの理性を完全に吹き飛ばした。レオールがエマを独占しているように感じられたのだ。セジュムは焦りのあまり、一瞬の思考も挟まずに動いた。
彼は、レオールに見せつけるように、エマの手を強く掴み取った。エマは戸惑ったように目を見開く。
「エマ。二人きりでお話ししたいことがあります。大事なことです」
「えっ? 大事なこと?」
セジュムは、エマの手を引くと塔の中へと早い足取りで誘導する。彼の美しい顔には、いつもの理性が消え失せ、独占欲に駆られた焦燥の色が濃く浮かんでいた。
***
セジュムは、エマの手を強く引いたまま、自室へと連れ込み、扉を勢いよく閉めた。部屋の壁は濃い青の織物で覆われ、天井近くには細工の細かい飾り房がゆるやかに揺れていた。香炉からは淡いムスクの香りが立ちのぼり、糸のように細長く空中へ溶けていく。その空間は豪華というより、むしろ落ち着きに満ちていた。
「ここは……セジュムの部屋? 大事な話って?……大丈夫?」
エマが尋ねると、セジュムはエマの手を離し、乱れた髪を掻き上げた。いつもの整然とした姿は完全に崩れ去っている。
「大丈夫ではありません」
辛うじて口に出したそれは完全に余裕を失っていた。やはり庭でレオールとケンカしたのだろう。エマはいつもと様子が異なるセジュムに動揺する。
彼は焦燥と怒りに駆られ、羽織っていた外套を一気に脱ぎ捨てた。外套は音もなく床に滑り落ち、セジュムは黒い長衣姿となる。
「エマ。私は……貴女を独占したい」
長身の彼の体躯が露わになり、その下に隠されていた影の入った胸板が、僅かに開いた襟元から覗いた。