最強の黒騎士の中身がTS少女だと気づかれてはいけない理由 作:でかそう
「キーちゃん大丈夫?」
そう言ってコウが私をぎゅっと強く抱きしめる。
両手で私を抱きしめるコウだが、彼女は今右腕が不自由なのであまり右腕に力が入っていない。
そんなコウを不憫に感じながらも私はこの旅館で事件を起こした犯人に……非常に強い怒りを感じていた。
実は私はこの一連の犯人を知っている。
なぜなら
非常に優れた暗殺者で、今回も任務の為この旅館に入り込んでいたのだろう。
そして……外に解き放たれている
何が目的でこの旅館の客とオーナーを殺し、
魔王様……。
誰よりも崇高で偉大なるお方……そう思っていた、
恐らくだが……現魔王様に生み出された魔族達は、例外なく魔王様に崇拝する様に何か埋め込まれているのだと思う。現に前大戦を生き抜いた魔族達は、私達程魔王様を崇拝していないのだから……。
そう、私は一度殺されて蘇ったのだ。そして……魔王様の支配から解放された。
私の前の名前は……ヴェネア。
かつて黒騎士に殺されて、低級の魔物へと意識を移した九天王のヴェネアだ。
低級の魔物へと意識を移し、生まれ変わって直ぐは意識が混濁としていて、なんとか自分の使命に引きずられる様にコウの教会へと辿り着いた時……私はそこにいるクソガキ達から酷い暴行を受けた。
その暴行から救い出し、そして魔物だというのにそんな事は気にせず私を介抱してくれたコウに、ヴェネアとしての記憶がおぼろげな私は完全に懐いて心を許してしまっていた。
そしてコウと行動を共にしている訳なのだが……最近になってようやく私の記憶が戻って来たのだ。
しかし記憶が戻ったからといって今更コウを裏切る気など私にはさらさら無かった。
私は生まれ変わる前、こんなに誰かに優しくしてもらった事なんて無い。
魔王様は私を作り出してすぐに私に役割と仕事を与えてくれた。そしてそれに答えるのが私にとっての最大の生きる理由だった訳だが……今思うと随分とブラックな生活をしていたと思う。
どれだけ完璧に仕事を達成しても、どれだけの成果を上げても、魔王様は少しだけ労いの言葉を掛けてくれるだけで、昔の私はそれだけで満足していた。
コウの様に無償の愛を注いでくれることなど、当然無かったのだ。
私は今コウに対して、強い母性を感じている。
何時も私を抱きしめてくれて、頭を撫でてくれて……そんなコウの愛情に、私は涙が零れそうになる程強く慕っている。
だから……今更魔王軍に戻って、コウ達を裏切るつもりなど私には無いのだ。
確かに今私が魔王軍に戻れば、それは魔王軍にとっての勝利を意味する。
何故なら……私はコウの秘密を知っているのだから。
コウは……黒騎士なのだ。
黒騎士へと変身して、その後分身しているのを私は確かに見た。
最初は王都で、その次は勇者クロスの所で、どちらも私の煙幕に隠れて変身していたのだ。
そしてその黒騎士だが……恐らく今、少し弱っているのだと思う。
それも当然だ。何故なら黒騎士はあの怪物、バエルと戦ったのだから。
勝利こそしたものの、恐らく黒騎士自身……つまりコウ自身只ではすまなかったのだろう。
故に戦闘後、全身から血が噴き出すほどのダメージをコウは負ってしまったのだ。
そして黒騎士が弱っている事を今魔王軍に伝えれば……恐らくコウを……黒騎士を魔王軍は討ち取る事が出来ると思う。
そもそもコウは自身が黒騎士である事を、周りの皆にも隠している。そして黒騎士として戦うには、一度コウから変身しなければいけない。
お世辞にも運動神経がいいとは言えないコウは、咄嗟に変身する事なんて基本的に出来ないので、コウに変身するタイミングさえ作らせなければ……コウを亡き者にするのは簡単だと思う。
勇者クロスの所で少し雰囲気が変わっていたコウならば話は別かもしれないけど……。
ともかく私はコウの弱点を知っているので、そんな私が魔王軍に戻る訳にはいかないのだ絶対に。
話は逸れたが、この旅館で殺人を犯した犯人の魔族。
今は人間に完璧に擬態している為、周りからは魔族とバレてはいない様だ……あの聖女マリフィセントにすら……だ。
彼女自身私の正体に気付いている様で、その為に先程わざわざ訪ねてきたのだ。そしてあの念話……。
『今夜、部屋を抜け出して一人で私の部屋へお越しください。話したい事が山ほどありますが……まずは貴女様の力を取り戻すのが先決。ご安心ください……貴女様の力を取り戻す方法は既に用意しております。それに……既に勇者も仕留めておりますので、私達を邪魔する者はいません……』
あの勇者エイシャを仕留める事が出来るなど、少々考え難いが……あのタイミングでわざわざ嘘をつく必要などない筈だ。
彼女は双子の妹がおり、常に二人で任務にあたる。
つまり勇者エイシャを仕留めたのは……彼女の妹という事になるが、妹の方は戦闘能力ではなく、誰にでも変身できる能力を持っていた筈だ。
故に戦闘よりも諜報活動が主で、そんな魔族が勇者エイシャを仕留めるとは考えられない。
誰が他に協力者がいるか……あるいは
まぁどちらにせよ、勇者エイシャの身に何かあったのは間違い無い。
ならば……コウの為にも、私は彼女の部屋へ赴かなければならない……。
恐らく彼女は本当に私の復活の為に、私を部屋に呼んだはずだ。私を始末する為ならわざわざ私に話しかける必要など無いので、それに間違いはない筈だ……。
ミリヤやマリィを連れていく事も考えたが……もし万が一、エイシャが囚われの身になっていたら、彼女達を連れて行くのはエイシャが危ないかもしれない。
つまり私一人で、彼女と対峙するしかないのだ!コウの為にも!!
コウ……今や私にとって世界で一番大切な存在。
私は貴女の母親を殺し、姉であるミリヤを操り傷つけた……。
その罪は簡単には償う事は出来ないけれど、せめて貴女の為にこの身を捧げるつもりだ……。
そして……本当ならこんな事を想うのもおこがましいけど、出来ればいつも私を抱き寄せて、頭を撫でて一緒にいて欲しい……それが今の私の一番の願いだ。
でもそれはそうと心の底から思う事。
コウの母親を殺し、ミリヤを操り、多くの人間を手にかけてきた前世!!
そう!私(キーちゃん)がヴェネアだと絶対にバレる訳にはいかない!!!